120話 妹とある意味初デート・6
サンドを置いて、きょとんとする結衣。
そんな妹の頬に指を伸ばして……
「ソース、ついてるぞ」
「はぅっ!?」
頬についたソースを、ペーパーナプキンで拭う。
「に、兄さんっ、今のは……」
「え? だから、頬にソースがついてたんだけど」
「で、でもでも、いきなり触られたりしたら……あぅ、ど、ドキドキしてしまうというか、不意打ちすぎるというか……も、もう、兄さんえっちです!」
「えぇ!?」
不名誉な称号が!
「わ、私は子供じゃないんですからね? これくらい、教えてくれれば自分でできます」
「そ、そうか。すまん」
「って……あああぁ、私は、また、こんなことをして……なんとかしないといけないのに、素直じゃない態度をとってしまうなんて……うぅ、ダメダメです……」
今度は、なぜか落ち込んだ。
妹の感情の振れ幅が大きすぎて、よくわからない。
「えっと……次からは、指摘するだけにするよ」
「それはそれでダメです!」
「えぇ!?」
「あっ、いえ。やっぱり、兄さんにあれこれしてもらうのは、わ、わわわ、悪くないといいますか……まあ、その……ちょっとくらい、なら?」
「そうなのか?」
「は、はい。イヤ……じゃ……あ、ありませんよ」
「ならいいんだけど……また嫌われたのかと思った」
「そ、そんなことっ……! むしろ、私の方が……」
「結衣?」
結衣がひどくつらそうな、悲しそうな顔をした。
唇をぎゅっと噛んで、なにかに耐えているみたいだ。
どうして、そんな顔をするんだよ……
俺は、結衣に笑っていてほしいのに。
「……あっ。兄さんも、その、ソースがついてますよ?」
気まずい空気を振り払うように、結衣が表情を元に戻して、そう指摘してきた。
「あれ? どこ?」
「そこじゃなくて、反対側……兄さん、動かないで。じっとしててください」
これは、結衣が取ってくれるパターン?
妹の世話になることは、ちょっと恥ずかしいが、反面、距離が縮まったようでうれしくもある。
結衣は、軽く身を乗り出して……
そっと、指先で俺の頬を拭う。
「えっ」
「と、ととと、取れましたよ……れる」
指先についたソースを、そのまま舐める結衣。
「ちょっ、なにを!?」
「ななな、何を慌てているるるんですか!? に、兄さん、変なことををを考えてませんか!? こここれくらい、ふ、普通ですよ。そう、普通なんです!」
「普通……なのか?」
「ただの、す、スキンシップですよ。そう、スキンシップです! だから、慌てたり、あわわ……驚いたりする必要はないんです!」
そう言う本人が、一番慌ててる気がするんだが……?
顔は赤い。
瞳も潤んでいる。
どことなく色っぽくて……
って、俺は妹相手に何を考えてるんだ!?
結衣は妹なんだぞ?
恋人のフリをしてはいるが、あくまでもフリだ。
それだけの関係で、俺たちの間に何もない。
というか、嫌われてる分、マイナスだ。
「や、やりましたよ、私……! 兄さんに妙な誤解をさせないで、一歩、踏み込むことができて……このまま、距離を縮めて……兄さんのことを信じられるように……」
結衣がなにやらガッツポーズを決めていたが、こちらもこちらで慌ててたので、何を言ってるのかさっぱりわからなかった。
――――――――――
<結衣視点>
我ながら、とんでもなく大胆な行動に出てしまいました。
兄さんの頬についたソースを指で取り……
しかも、そのソースを舐めてしまうなんて!
は、はしたないと思われなかったでしょうか?
とても不安です。
でもでも、ああすることで、『私は兄さんのことが好きなんですよ?』とアピールすることができましたし……
あと、『嫌ってなんていませんよ?』と、遠回しに伝えることができたはずです。
まあ、相手が兄さんなので、どれだけ伝わったかわかりませんが……
何もしないよりはマシなはずです。
それなりに、がんばることができたとは思います。
でも……
「……やっぱり、私はまだ……」
決定的な一歩を踏み込むことができません。
兄さんを嫌っていないのなら、好きなのなら、言葉で伝えればいいんです。
そうすることが一番効果的な方法です。
言葉にしないと伝わらないことがあるのですから。
だけど、そうすることができません。
もしも、兄さんに迷惑そうな顔をされたら?
もしも、私のことは嫌いと言われたら?
どうしても、そんなことを考えてしまいます。
兄さんのことを……信じることができません。
私、なんでこんな子になってしまったんでしょう……
なんとかしたいのに、どうにもできなくて……
自分で自分がイヤになってしまいます。
本当に、かわいくない子です……
「結衣、どうかしたか? なんていうか、顔が……」
「いえ、なんでもありませんよ」
せめて、兄さんに心配はかけたくなくて……
「兄さん。次は、イルカショーを見に行きましょう? ちょうど、次のショーが始まる時間ですよ。ほらほら、行きますよ」
「お、おいっ、引っ張るなよ」
「それくらい楽しみなんです」
兄さんの前では、明るく振る舞うのでした。