118話 妹とある意味初デート・4
「兄さん、兄さん! ペンギンですよ、ペンギン! はぁあああ……かわいいですね♪」
ヨタヨタと歩くペンギンを見て、結衣が恍惚とした表情を浮かべる。
さすがペンギン。
女の子には大人気だ。
「本当にかわいいですね……抱きしめて、なでなでして、抱きしめたいです!」
「抱きしめる、二回言ったな」
「大事なことですから!」
ウチの妹がちょっとおかしい。
かわいいペンギンを前に、テンションが振り切れて、ハイになってるんだろうか?
最高にハイってやつか。
「兄さん、兄さん」
「うん?」
「ペンギン、たくさんいますから、一羽くらいお持ち帰りしても構いませんよね?」
「いいわけあるか!?」
「大丈夫ですよ、バレませんから」
「バレるよっ! だいたい、どうやって連れ帰る気だ!?」
「兄さんにおまかせします」
「とんでもない無茶振りをされた!?」
「ペンギン、飼いたいです。ダメですか?」
「ダメです」
「そうですか……さようなら、また来ますね」
ガチで凹んでた。
冗談じゃなくて、マジトークだったのか……
女の子の理性を失わせるなんて、ペンギン、恐ろしい子!
――――――――――
今度は、クリオネを見に来た。
再び、結衣の目がハートマークになる。
「小さくて、ぴょこぴょこってしていて、かわいいです♪」
「なんか、妙な愛くるしさを感じるよな」
「ですです。羽をぱたぱたさせるところなんて、もう最高ですね!」
水族館に来てから、結衣の性格が変わってしまったような気がする。
ウチの妹がおかしいのか、それとも、女の子全員こうなるのか……
どうか、後者でありますように。
「泳いでますよ、いっぱい泳いでますよ。がんばれー」
水槽に顔をぴったりと寄せて、結衣はクリオネを鑑賞してた。
とてもかわいらしい。
ほっこりする。
でも、なんでクリオネを応援するんだ?
クリオネ、レースでもしてるのか?
そんなに忙しい生き物だっけ?
「ところで、知ってるか?」
「なんですか?」
「クリオネがなんて呼ばれているか。通称……」
「『流氷の天使』、あるいは『氷の妖精』ですよね」
おおっ、迷うことのない即答。
さすがだな。
かわいいもの知識では女の子に勝てないかもしれないが……
もう一つの豆知識については知らないだろう。
「なら、クリオネって何類か知ってるか?」
「……そういえば、何類なんでしょうね?」
結衣が、コテンと小首を傾げた。
「普通の魚……ではないですし、イカ? いえ、クラゲ? ……あるいは、天使類という可能性も」
天使類ってなんだ。
クリオネ、そんなにすごい生き物だったのか。
「正解は、貝類だ」
「か、貝……?」
「こんなんでも、コイツ、貝だぞ」
「で、でもでも、貝はどこに……?」
「成長したら外れるらしい。どこかで、そんなことを見た記憶があるぞ」
「貝……」
どんよりとした顔で、結衣は水槽から離れた。
「……兄さん、ひどいです」
「え? え? 俺、なんで怒られているの?」
「クリオネが貝なんて……女の子の夢を壊して楽しいんですか?」
「えぇ!?」
豆知識を披露したら、なぜか怒られた……
女の子は複雑だ。
――――――――――
次は、ちょっと趣向を変えてサメを見に来た。
サメと言っても映画に出てくるようなものじゃなくて、温厚と言われてるジンベエザメだ。
大きな水槽の中を、巨大なジンベエザメがゆったりと泳いでる。
「おーっ、でかいな」
「そ、そうですね」
「でも、ノロマだな。あれなら、俺でも勝てそうだ」
「そ、そうですね」
結衣の様子がおかしい。
心なしか、俺の後ろに隠れるようにしてて……
チラチラと目をやるだけで、水槽をまともに見ていない。
「……これくらい大きいと、結衣なんて一口でパクリだな」
「ぴゃあ!?」
リアルに、結衣が飛び跳ねた。
「な、ななな、なんて恐ろしいことを言うんですか!? 兄さんは鬼ですか!?」
「怖いのか?」
「だってだって、サメですよ!? シャークですよ!? 怖いに決まってるじゃないですか!」
「こんなサメなのに?」
「サメは全部凶悪なんです!」
ひどい冤罪だ。
「ジンベエザメは、滅多なことで人を襲ったりしないんだぞ?」
「ということは、言い換えれば、たまに人を襲うこともあるんですよね?」
「確かに……」
「あの大きな口で、パクリ……と」
やばい、そう考えると怖くなってきた。
「……行くか」
「……はい」
サメ、怖い。