116話 妹とある意味初デート・2
電車に揺られること、しばらく……
水族館のある街にやってきた。
『あふれる』という言葉がぴったりと合うくらい、たくさんの人がいる。
サラリーマンから学生まで、さまざまだ。
「すごい人ですね」
「日曜だからな」
「休日かどうかなんて、関係あるんでしょうか? この街、いつも人であふれかえっていそうなイメージです」
「かもな。ウチとは違って、本物の都会だからな」
左右にビルが立ち並び、遠くに、同じく高く伸びたビルが見える。
人工物であふれかえっているかと思えば、歩道に適度に木々が植えられていて……
なんていうんだろうな。計算された風景、とでも言うべきか?
整えられた舞台みたいで、まったく別の場所に迷い込んだような錯覚を感じる。
まあ、10分もすれば慣れて、なんとも思わなくなるんだけどな。
「んっ……う! 人とぶつかってしまいそうで……」
「こっちは慣れそうにないな」
まっすぐ進むのが難しいほど、人が多い。
隙間を縫って歩くような感じだ。
「……」
「どうした、結衣?」
「あの、ですね……」
結衣が顔を赤くして、チラチラと俺の手を見てる。
もしかして、手を繋ぎたいんだろうか?
でも、さっきは怒られたしな……なんだろう?
「うぅ……ゆ、勇気を出すんですよ、私っ……今日は、がんばると決めたじゃないですか……兄さんと距離を縮めることで、私が、信じられるように……がんばらないと」
「おーい、行くぞ?」
「兄さんっ」
「ん?」
「え、えいっ!」
気合を入れるような声と共に、結衣が俺の手を握る。
……手を握る、というよりは、手を掴むというような勢いだ。
「あわ、あわわわっ……て、手を繋いじゃいました! 兄さんと手を……フリでもないのに、ふ、普通に手を繋いで……あうあう」
「ん? やっぱり、手を繋ぐのか?」
「……まったく動じていない兄さんが、ちょっと憎たらしいですね」
なんで睨まれてるの?
反抗期なの?
「こ、これは仕方なくですよ! ほら、人混みがすごいから、こ、こうしていないとはぐれてしまいそうで……仕方なくですからね!? 勘違いしないでくださいよっ、この手はもう洗いたくないとか、そんなこと思ってませんからね!?」
「なんか、以前も聞いたようなセリフが……?」
「気のせいです!」
「そ、そうか」
結衣がそう言うのなら、気のせいなんだろう。
気にしないことにしよう。
深く考えると、色々とドツボにはまりそうだった。
「んっ」
結衣は落ち着かない様子で、何度か俺の手を握り直していた。
視線もあちこちに飛ばして、こちらを見てくれない。
小動物みたいで、ちょっとかわいい。
ただ、なんていうか……
「……」
「? どうしたんですか、兄さん? 私の顔、なにかついています?」
「あ、いや。なんでもない」
今、不思議と結衣から目を離すことができなかった。
なんでだろうな?
見惚れてた、っていうのとはちょっと違う。
結衣から目を離したらいけないというか……
その姿をしっかりと見て、繋いだ手を離さず……
掴まえておかないといけない、そんな気がしたんだ。
――――――――――
<結衣視点>
うぅ……私の顔、なぜかじっと見られています。
赤くなってないでしょうか?
それで、じっと見られているんでしょうか?
だとしたら、一大事です。
兄さんと手を繋ぐことで、ドキドキしてることがバレてしまいます。
こうして手を繋いでいると、体温だけじゃなくて、私の気持ちも筒抜けになってしまうような気がして……
あーうー!
ドキドキが止まりません。
手を繋ぐなんて、何度もしてきたのに……
『恋人のフリ』という大義名分がない状態だと、こんな風になってしまうんですね。
何か理由をつけて、デートをしているわけじゃなくて……
まっさらな状態での、兄さんとのデート。
とてもうれしいですが……
それ以上に、とても恥ずかしいです。
『恋人のフリ』は関係なくて、ほ、ホントに兄さんとデートしてるわけですから……
ま、また胸がドキドキしてきました。
ドクンドクン、と心臓がうるさいです。
これ、兄さんに聞こえてないでしょうか……?
兄さんを意識していること……
今の私は、完全に『恋する女の子』になっていること……
それらがバレてしまったら、顔をまともに合わせることができません。
言葉を交わすことだってできません。
だって……嫌われるかもしれませんし……
「って、そういう考えがいけないんですよ!」
「うおっ、ど、どうした?」
「い、いえ。なんでもありません」
驚く兄さんに、ごまかすような笑いを見せて、私は気持ちを切り替えます。
せっかく、真白ちゃんが用意してくれた舞台。
余計なことは考えないで、弱い心を乗り越えられるように、しっかりとがんばらないといけません!