110話 妹の秘密特訓
<結衣視点>
料理特訓は、大成功といってもいい結果を残すことができました。
兄さんに『おいしい』と言ってもらえて……
えへ♪
兄さんに喜んでもらえました。
私の手料理を、おいしいって言ってくれて、全部、残さずに食べてくれて……
はぅ……笑顔でハンバーグを食べる兄さんの顔、かわいかったです。
ハンバーグを作る時は、いっぱいいっぱい、兄さんのことを考えました。
真白ちゃんの言う通り、愛情をたっぷり込めました。
そんなハンバーグを兄さんが食べたということは、私の愛情を受け取ったといっても過言ではなくて……
あうあう、ど、どうしましょう?
今になって、急に恥ずかしくなってきました。
兄さんが私の愛情を……はう。
もしも、私の気持ちに、き、気づかれたりしたら?
うれしいやら恥ずかしいやら、心が大混乱です。
それはともかく。
もう一つの特訓は、今ひとつでした。
「料理、うまくできてよかったね」
一緒に後片付けをしていると、真白ちゃんが笑顔でそう言いました。
料理を教えてもらった上に、後片付けまで手伝ってもらっては申し訳ないと思ったんですが……
でも、真白ちゃんはにこにこ笑顔で、ちょっと強引に、手伝いをしてくれました。
その上、料理の成功を自分のことのように喜んでくれて……
真白ちゃん、本当にいい子です。
そして、かわいいです。
なでなでしたいですが、今は食器を洗っている最中なので、それはできません。
ちなみに、兄さんは自室に戻りました。
兄さんも手伝おうとしましたが、兄さんがいたら真白ちゃんと『二つ目の特訓』についての話がでませんからね。
手は足りていると説明して、戻ってもらいました。
「上手にハンバーグを作ることができたのは、真白ちゃんのおかげです。ありがとうございます」
「いえいえ、どういたしましてだよ! いつでも、手伝うからね。これ、社交辞令じゃないからね? ホントに、いつでも呼んでいいからね?」
「いいんですか?」
「もちろん! 私は、結衣お姉ちゃんの料理の先生だからね!」
「えっと……じゃあ、機会があれば、またお願いしたいです。まだまだ完璧とは言えないですし……他の料理も覚えたいですし……」
ハンバーグは、なんとなくですが、作り方は覚えました。
とはいえ、一度の成功でこれから全部うまくいく、なんてことは思えなくて……
ちょっと自信がありません。
まだ手をつけたことのない他の料理となると、なおさらです。
真白ちゃんという先生がいれば、とても心強いです。
「……はぁ」
とあることを思い出して、料理がうまくできて上昇した気分が、すぐに下降してしまいます。
「もう一つの特訓は、微妙でしたね……」
「あー……まあ、そんな日もあるよ。うん!」
真白ちゃんは慰めてくれますが、落ち込んだ気分はなかなか回復しません。
もう一つの特訓。
それは……
「『兄さんに対して素直になること』……うまくいきませんでした。言葉につっかえたり、感情が顔に出てしまったり……微妙な態度をとってしまったと思います」
「うーん……結衣お姉ちゃんの援護をしたいけど、できないかも」
料理の特訓と並行して行われることになった、素直になる特訓。
その内容は、『思ったことをそのまま口にする』というものでした。
例えば、私の料理を食べた兄さんが、『おいしいよ』と言ってくれた場合……
普段の私なら、恥ずかしさから、照れ隠しに心無い言葉をぶつけていたでしょう。
でも、それは封印。
恥ずかしさを必死に我慢して、『うれしい』という本音を伝えることにしたんです。
そうすることで、素直になれない自分を変えていこう……と。
特訓の結果は……微妙なところでした。
ある程度、思ったことをそのまま口にすることはできました。
でも、素直になれたのは半分くらい。
心の奥底にある本音は、ずっと引き出しにしまわれたままでした。
フルオープンになっていたのなら……
『私の料理をおいしいって言ってくれて、すごくうれしいです。兄さん、好きです♪』
……まで言ってましたからね。
『うれしい』で留まっていたので、まだまだ、素直になれたとは言い難いです。
いつか、素直に『兄さんが好きです♪』と言えるようにならないと!
……そんな未来がまったく思い描けません。
本当に、うまくできるんでしょうか?
「大丈夫だよ。結衣お姉ちゃんなら、きっとうまくできるよ!」
不安を伝えると、真白ちゃんは笑顔で励ましてくれます。
うぅ、本当にいい子です。私の妹にしたいです。
「まあ、今日は特訓初日だから、しょうがないんじゃないかな? いきなりうまくいくなんてこと、ないと思うし……」
「そうでしょうか……?」
「そうだよ。結衣お姉ちゃんはなんでもできそうなイメージがあるけど、そういうわけじゃないんでしょ? 勉強にしても、日頃の予習復習があるから、良い成績を残せたんでしょ? それと同じだって」
「そう……かもしれません」
勉強も、一朝一夕でどうにかなるものではありません。
日々の積み重ねがあって、始めて成果が出るもので……
……そうですね、真白ちゃんの言う通りかもしれません。
すぐにどうにかなるものではないんでしょうね、きっと。
私は、少し焦り過ぎていたのかもしれません。
「ねえねえ、ちょっと聞いてもいーい?」
「はい、なんですか?」
「結衣お姉ちゃん、なんか焦ってる?」
「え?」
ずばり、内心を言い当てられて、思わず動揺が顔に出てしまいます。
それを的確に察した真白ちゃんは、なるほどー、というような顔をします。
「やっぱり、そうだったんだ。なんとなく、そんな気がしてたんだけど……」
「鋭いですね」
「これでも、人を見る目はあるんだよ! えっへん。……あれ? 人を見る目は関係ない? 心を読む目? ……まあいいや。とにかく、大好きな結衣お姉ちゃんのことだから、見ていれば、なんとなくわかるよ」
とてもうれしい言葉でした。
本当にうれしかったから……
真白ちゃんにだけは、本当の本当の心を打ち明けることにしました。