109話 妹の手料理・3
「しかし、ホントにうまいな」
予想外のおいしさに、手が止まらなくて……
気がついたら、半分を一気に食べてた。
すごい、新記録だ。
いつもなら、結衣の料理を食べた時は、完食するのに1時間以上かかるか、あるいは途中で倒れてたのに。
「……」
ふと、結衣の視線に気がついた。
じっと、懐疑的な視線をこちらに向けている。
「どうしたんだ?」
「あの……ホントにおいしいんですか?」
「ん? うまいぞ?」
「私のためにウソついてたりしません?」
「疑り深いヤツだな」
苦笑しつつ、フォークでハンバーグを一切れ、刺す。
それを結衣の口元へ。
「ほら、あーん」
「え? な、ななな、なんですか、急に」
「自分で確かめた方が早いだろ? だから、あーん」
「で、ででで、でも、その、いきなりで……あうあう、心の準備が……ひゃあ」
真白ちゃんの前だから恥ずかしいんだろうか?
照れる結衣もほほえましい。
「ほら」
「ふわっ」
ちょっと強引だけど、結衣の口にハンバーグを放り込んだ。
「あむ……んっ……はむ」
「どうだ?」
「おいしい……です」
「だろ?」
自分で食べることで、ようやく実感が湧いてきたらしい。
今までとは違う質の笑顔……達成感に満ちた笑顔を、結衣は浮かべた。
「私……ホントに、できたんですね……うまく料理を作ることができて……それで、兄さんにおいしい、って言ってもらえて……ようやく、できたんですね……」
「結衣……?」
「……よかった」
しみじみと言う結衣。
ただ、料理がうまくできたことを喜んでるだけじゃない。
それ以外に、なにか、抱えていた大きなものを解き放つことができたような……
そんな安堵が見られる。
「どうしたんだ?」
「……実は、夢だったんです。私が作った料理で、兄さんに喜んでもらうことが」
「そう……なのか?」
「兄さんには、その……いつも、た、助けられていて……本当は、ずっと……か……か……感謝、していて……だから、お礼がしたくて。でも、私にできることなんて、たかがしれてますから……せめて、おいしい料理を食べてほしくて。そうしたら、兄さんの力になることが……い、妹らしくなることも……だから、ずっと……」
あふれる感情をそのまま言葉にする。
整理されてなくて、なにを言いたいかいまいちわからないが……
でも、一つだけわかることがある。
それは……結衣が、俺のためにがんばってくれた、っていうことだ。
「ありがとうな、結衣」
「あ……」
ぽんぽん、と結衣の頭を撫でる。
ハンバーグを作ってくれたことに。
俺のためにがんばってくれたことに
それらのことに感謝の気持ちを込めて……優しく頭を撫でる。
「く、くすぐったいですよ、兄さん」
「たまにはいいじゃないか」
「そ、そんなことを言われても……私は、もう子供じゃないんですからね? こ、こんな風に子供扱いするなんて……」
「結衣お姉ちゃん? ほら、さっき決めた通りに」
「あ、う……えと」
真白ちゃんが何か合図をすると、結衣は尖らせた唇を元に戻した。
「その、あの、えと……ど、どういたしまして……」
おぉ!?
またしても、結衣が素直な反応を……
ここまでくると、ただの気まぐれとか偶然とか、そういう風には思えない。
真白ちゃんが、何か合図してたし……
二人の間で、何かがあったんだろうか?
「あの……私の料理、どうですか?」
「おいしいよ。何度でも言うけど、ホントにうまい」
「兄さん、喜んでくれました……?」
「ああ、もちろん」
「そうですか……よ、よかったです。兄さんに、よ、喜んでほしいって……そう思いながら、作ったので」
「そっか、俺のために……」
「あっ、で、でもでも! 勘違いしないで……あっ、いえ、勘違いしてもいいですよ? 兄さんのためにがんばったことは、その、事実なので……」
「うん?」
勘違いって、なんだ?
なにをどう勘違いすればいいんだろうか?
「どういう意味なんだ?」
「いえ、だから、それは……わ、わかりませんか?」
「えっと……すまん、わからん」
「そ、そうですか……」
安堵したような落胆したような、そんな複雑な感情を顔に宿す結衣。
いったい、どういうことなんだ? 俺はさっぱりだよ。
「あー……これは、結衣お姉ちゃんだけの責任ってわけじゃないかなー。お兄ちゃんもどうかと思うな」
傍で俺たちのやりとりを見てた真白ちゃんは、やれやれと肩をすくめてみせた。
え? え?
だから、なんなの?
俺、なにか間違えた?
自分の行動を振り返ってみるが、さっぱりわからない。
「私、がんばりましたよね……?」
「うんうん、結衣お姉ちゃんはがんばったよ。悪いのはお兄ちゃん。これ以上は、ちょっと厳しいかな?」
「ですよね!?」
「今日はこれくらいでいいかな」
「よかったです……これ以上となると、さすがに厳しいので」
なにやら、二人は通じ合った様子で、俺にはわからない話をしてる。
「えっと……どういうことなんだ?」
「それは」
「秘密です」
二人は揃って、いたずらをする子供のような顔をした。