108話 妹の手料理・2
一見すると、結衣のハンバーグはおいしそうだ。
変な匂いもしない。
刺激臭とかはない。
目が痛くなる、なんてこともない。
安心していいはずなんだけど……
蘇る過去の忌まわしい記憶。
焦げとか焦げとか焦げとか、たまに塩たっぷりとか……
そんな記憶に妨げられて、手をつけるのを躊躇してしまう。
「兄さん?」
いつまでも食べようとしない俺に、結衣が不思議そうな顔をした。
うっ。
いかん。
このままだと、結衣が不審に思って、俺が考えてることに気づいて……
いつものように、ぷくーと頬を膨らませて、不機嫌になるに違いない。
まあ、試食はいつも俺の役目だし。
今更、って感じはする。
胃薬は飲んであるから、たぶん、大丈夫。
よし、いくぞ!
覚悟を決めて、俺はナイフとフォークを手に取り、ハンバーグを切り分けた。
「おっ……おぉ?」
スッ、とナイフが簡単に入る。
肉が柔らかい。
でも、崩れることはない。きっと、ほどよい加減に焼かれているんだろう。
そして……あふれる肉汁。
透き通るくらいに透明で、濁っているとかそんなことはない。
それに、食欲を刺激するいい匂いがして……
「なにこれ……すっごいうまそうなんだけど」
って……しまった!?
ついつい、本音が!
こんなことを口にしたら、『期待していなかったんですか?』と、結衣に怒られてしまう。
恐る恐る結衣を見ると……
「そんなこと……に、兄さんのためにがんばって作りましたから。真白ちゃんもいますし、今日は失敗してないはずです」
「あれ?」
「どうしたんですか?」
「いや……うん、なんでもないよ」
てっきり、怒られると思ったんだが……
結衣にそんな様子はない。
おかしいな……?
結衣の様子がいつもと違う気がしてならない。
……まあ、いいか。
それよりも、これ以上、料理に手をつけないでいると、ホントに怒られてしまうかもしれない。
とりあえず、食べることにしよう。
切り分けたハンバーグを口に運ぶ。
「んっ」
「ど、どうですか?」
「どうどう、お兄ちゃん? 結衣お姉ちゃんの作ったハンバーグはおいしい?」
「お、おいしいですか? その、えっと……に、兄さんのために、がんばって、つ、つつつ、作ったんですよ?」
「ちょ、ちょっとまってくれ」
矢継ぎ早に言われても、じっくりと味わえない。
感想が気になる様子の二人に待ったをかけて、じっくりとハンバーグを味わう。
味、食感、匂い……
料理評論家になった気分で、それらを一つ一つチェックする。
そして、至った答えは……
「……う、うまい」
「え?」
「これ、すっごいうまいよ! うん、うまいっ」
「ほ、本当ですか!? 冗談とかウソとか気を使っているとか、そういうのじゃありませんか!?」
「本当だって。マジでうまいよ。プロレベルっていうとウソになるけどさ、でも、なんていうか……家庭の味? みたいな。これなら、毎日でも食べたいくらい」
「ま、毎日……そ、そそそ、それって、私と……け、けけけ……はぅ」
「どうした? 顔、赤いぞ?」
「な、なななっ、なんでも……あっ、いえ、その……兄さんにおいしいって言ってもらえて、う……ううう……うれしくて!」
「そ、そうなんだ」
今日の結衣は、やたら素直な気がするな?
うれしい、なんて言うとは思ってもなかった。
「しかし、ホントにうまいな、これ……結衣がこんなものを作れるなんて、正直、思ってもなかったよ」
結衣が素直だからなのか、ついつい余計なことを口にしてしまう。
「そ、それはっ……ううう……その、がんばりましたから! に、兄さんのために……!」
「お、おう? ありがとう」
そう言ってくれることは、すっごいうれしいんだけど……
なんだ? これ、本当に結衣か? ニセモノじゃないだろうな?
うちの妹が素直すぎて怖い。
「でも、よかったです。兄さんに、おいしい、って言ってもらえて。これも、真白ちゃんのおかげです。ありがとうございます」
「いえいえ、どーいたしまして」
にこにこ笑顔の真白ちゃん。
結衣の成功を自分のことのように喜んでくれている。
ホント、いい子だなあ。