107話 妹の手料理・1
結衣が料理の練習を始めて、2時間くらいが経っただろうか?
俺は、生きた心地がしない。
また、結衣の料理を味見しないといけないなんて……
今から胃が痛くなってきた。
「でも」
時折、こっそりリビングの様子を覗いてみると……
結衣と真白ちゃんは、とても楽しそうに料理をしてた。
漫画でよくあるような、悲鳴をあげたり騒ぎを起こしたり、なんてことはない。
もしかして、うまくいってるんだろうか……?
期待とまではいかなくても、不安に思わなくてもいいんだろうか……?
「兄さん」
「っ!?」
コンコンと扉を叩く音して、次いで、結衣の声。
「ど、どどど、どうぞ!?」
「失礼します」
結衣が部屋に入ってくる。
「な、ななな、なんだ!?」
「料理ができたので、味見をしてほしいんですが……えっと、どうしてそんなに慌ててるんですか?」
失礼なことを考えてる真っ最中に結衣がやってきたからです、なんて言えない。
「あー、いや、ほら。ちょっと眠くて、ぼーっとしてたからさ。それで驚いたんだよ」
「そうなんですか?」
あっ、疑いの眼差し。
これはまずいパターンだ。
『本当にぼーっとしていたんですか?』『もしかして、失礼なことを考えてませんでした?』『兄さんはバカなんですか?』
……なんて感じで、結衣の口撃が始まる合図だ。
「えっと……眠いなら、ね、寝ていてもいいんですよ?」
「え?」
「ど、どうしたんですか? 少し寝ますか?」
「いや……うん、大丈夫。平気だから」
「なら、味見をお願いしてもいいですか?」
「了解」
「じゃあ、すぐに降りてきてくださいね。待ってます」
結衣はにっこりと笑い、部屋を後にした。
「……あれ?」
てっきり、あれこれ言われると思ってたんだけど、でも、そんなことはなくて……
なんでだろう?
たまたま機嫌がよかったのか、勘ぐりすぎたったのか……
「……とりあえず、胃薬を飲んでおくか」
深く考えるのはやめて、これからに備えるのだった。
――――――――――
「やっほー、お兄ちゃん♪」
「遅いで……ま、待ってました、兄さん」
リビングに移動すると、二人に迎えられる。
「……特に焦げ臭いとか、そういうのはないな」
「兄さん? 今、なにか言いましたか?」
「い、いや。なんでもないぞ」
警戒してるせいか、どうもいらないことを口にしてしまう。
幸い、今のは聞こえなかったらしく、結衣はきょとんとしてた。
「えっと……それで、どんなものを作ったんだ? なるべく、難易度が低いものだと安心できるんだけど……」
「ハンバーグだよん♪」
ハンバーグか……
ちょっと怖いな。
わりとシンプルな料理ではあるが、作業工程もそれなりに多い。
結衣がいつものように、『妙なアレンジ』をしたら、とんでもない味になる可能性は高い。
それと、火加減が問題だ。
ハンバーグを良い状態で焼き上げるのって、意外と難しいんだよな。
火を通しすぎて固くなってしまう、なんてことは、料理初心者にはよくあることだ。
それくらいならかわいいミスだが、逆はまずい。
火を通してなくて、中が半生だったりしたら?
合い挽きで豚肉も使ってたら?
……腹を壊してしまう可能性大だ。
結衣のハンバーグは、いったい、どんな感じに……?
恐る恐るテーブルを見ると……
「あれ?」
意外と言うべきか、良い感じに焼けたハンバーグが、付け合せのポテトやにんじんと一緒に皿に乗っていた。
「これが、結衣が作ったヤツ……?」
「はい、そうですよ。あの……ど、どうでしょうか?」
「意外だ……見た感じは、普通にうまそう……って、あ」
しまった!? 意外とか言ってしまった!?
これは、結衣が怒るパターン……
「もうっ……意外とか言わないでください。き、傷つきますよ」
「す、すまん」
「でも、その……おいしそう、って言ってくれたことは、う、ううう……うれしい、です! 兄さんのために、が、ががが……がんばり、ましたからね!」
「え? あ……はい」
怒るどころか、わりと機嫌が良さそうだ。
どういうことだ?
以前に味見をした時、形だけは良いものができたことがあり、見た目はいいね、って褒めたことがあるんだけど……
その時は、『見た目だけですか?』『まるで、他に褒めるところがないような言い方ですね』って、怒られたんだけど……
気まぐれ……なのか?
それとも、真白ちゃんという先生がいるから、絶対の自信があるんだろうか?
わからない……
妹のことが、さっぱりわからないぞ。
「さあ、兄さん。食べてみてください。今日は、本当に、うまくできたと思いますよ」