106話 妹は料理の練習をします
<結衣視点>
素直になる特訓……は、後回しです。
その前に、当初の目的である料理の特訓をしないといけません。
特訓、特訓、特訓ばかりですね。
これを無事に乗り越えられたら、私、今まで以上にパワーアップできそうです。
私のため、兄さんのため、がんばらないといけませんね!
「じゃあ、まずは料理の特訓だね! 今日作るのは、ハンバーグだよ!」
「ハンバーグ! いいですね、心躍る料理です」
兄さんは、ハンバーグが好きですからね。
他には、カレーとかグラタンとか……子供が好きそうな料理が好きなんです。
兄さん、かわいいです♪
私が作ったハンバーグを、兄さんに食べてもらって……
『おいしいよ。さすが結衣だな』なんて言ってもらったりして……
「……えへ♪」
「結衣お姉ちゃん? どうしたの? なんか、人様に見せられない顔になってるよ」
「な、なんでもありませんよっ、なんでも! 決して、兄さんに食べてもらう時のことを考えて、幸せに浸っていたわけじゃないですからね!?」
「ほうほう、幸せに浸ってたんだ。くふっ、結衣お姉ちゃん、かわいいなあ♪」
「あう……ど、どうしてバレて……」
「だって、普通に口にしてたじゃん」
そうでした。
ついつい妄想が捗ってしまい、口にしてしまうクセがあるんですよね、私。
兄さんは鈍感中の鈍感なので、それでも気づきませんが……
いつも兄さんの前で妄想を繰り広げていたせいか、真白ちゃんの前でも同じような行動をとってしまいました。
うぅ、恥ずかしいです。
「結衣お姉ちゃん、その調子だよ!」
「え? どの調子ですか?」
「お兄ちゃんに対する愛情をいっぱいいっぱい持って、っていうこと」
「え? いえ、それは、あの……は、恥ずかしいですよ」
「ダメ。恥ずかしくてもがんばるの」
「真白ちゃん、厳しいですね……」
「これは、料理に必要なことなんだよ」
料理に必要? どういうことでしょう?
真白ちゃんの言いたいことがわからなくて、ついつい、きょとんとしてしまいます。
そんな私に、真白ちゃんは人差し指をぴんと立てて解説します。
気分はすっかり先生ですね。
「おいしい料理に必要なのは、愛情なんだよ!」
「愛情っ!」
「ありがち、って思ったらダメだよ? これ、わりとホントのことなんだからね」
「そうなんですか?」
「好きな人のことを想いながら料理を作ると、自然と、しっかりと丁寧に作業するようになるの。おいしいものを食べてもらいたいから、知らず知らずのうちにそうなっちゃうんだよね。でも、イヤイヤ作ったりしてると、作業も雑になって、料理がおいしくなくなっちゃうの」
「なるほど……」
真白ちゃんの言うこと、よくわかります。
大事な人のことを想えば、作業にも熱が入りますからね。
料理は愛情……この言葉を生み出した人は偉大です!
「結衣お姉ちゃんは、お兄ちゃんのことを考えながら料理を作ること。まずは、これが基本だよ」
「はい、わかりました!」
「じゃあ、さっそく料理にとりかかろうか。はい、これ。レシピね」
真白ちゃんは携帯を取り出して、料理サイトにアクセス。ハンバーグのレシピを表示しました。
「まずは、ハンバーグに使う玉ねぎをみじん切りにして、じっくり炒めるの。粗熱を取る必要があるから、玉ねぎが一番最初なんだよ」
「なるほど」
ふむふむとうなずきながら、たまねぎを取り出して、まな板の上へ。
包丁を手に、いざカット……
「ストップ!」
「は、はい?」
「玉ねぎは、丸ごと切ろうとしたら、大きすぎてやりにくいよ。まずは半分にカット。それから、包丁を入れるといいよ」
「なるほど、半分に……」
「ストォップ!!」
「は、はい!?」
「玉ねぎは、そのまま切ると目が痛くなっちゃうよね? だから、まずはその対策をしないと。手っ取り早いのは、電子レンジでチンすることかな。全部とまではいかないけど、だいぶ楽になるよ」
「なるほど」
言われた通り、電子レンジで軽くチン。
それから半分に切って、包丁を走らせます。
トントントン。
包丁がまな板を叩く音が響きます。
「こう言ったらなんだけど、包丁の扱い、けっこう上手だね?」
「料理の練習は、たまにしていたので。うまくいったことはありませんが……」
「でもでも、練習したおかげで、こうしてうまくいってるんだよ? 結衣お姉ちゃんの練習は、無駄じゃなかったんだよ」
そう言ってもらえると、とてもうれしいです。
やる気が出てきます。
技術を教えるだけじゃなくて、生徒のやる気も引き出す……
それに、調理技術以外に、玉ねぎを切っても目が痛くならない方法とか、細かい情報を持っていて……
「真白ちゃんは、とてもいい料理の先生ですね」
「ど、どうしたの? 突然」
「色々なことを、とても丁寧に教えてもらって……そう思ったんですよ。本格的に料理の先生をやったら、人気が出るかもしれません」
「ほ、褒めすぎだよぉ。えへへ……でもでも、うれしいな」
「どこで技術や知識を身に着けたんですか? 誰かに教わったり?」
「ううん。真白の場合は、全部独学だよ」
独学でこんなに色々なことを……
すごい、という言葉以外出てきません。
「真白ちゃんも、誰かを想って料理をするんですか? 例えば、その……に、兄さんとか!?」
「んー? お兄ちゃんに料理は作ってあげたいなー、って思うけど、まだ作ったことはないかな? 真白の場合は、お父さんとお母さんのことを考えてるんだ」
「両親の?」
「真白のお父さんとお母さん、共働きなんだよね。いつも遅くまで働いてて……だから、家事は真白の担当なの」
「そう、なんですか……大変ですね」
「そんなことないよ。真白の作った料理を、お父さんとお母さんはおいしい、って笑いながら食べてくれるの。そんなところを見たら、疲れなんて吹き飛んじゃうよ」
にっこりと笑う真白ちゃんが、どこか眩しいです。
真白ちゃんの両親を想う感情……それは、私にはないものです。
いえ、なくはないですが……
たぶん、私には、一生手に入れられないもの。
お母さんもお父さんも、私には……
「真白、鍵っ子であることは、別になんとも思ってないんだけど……あ、や。ちょっとは思ってるかな? 一人はやっぱり寂しいから、兄弟とかいたらいいなー、なんて。だからね、お兄ちゃんと再会できてうれしいの。結衣お姉ちゃんと出会うことができて、うれしいの!」
「真白ちゃん……」
「ねえねえ! 真白、これからも遊びに来ていいかな? お兄ちゃんと結衣お姉ちゃんと、もっともっと仲良くなりたいの」
「もちろん、構いませんよ。私も、真白ちゃんと仲良くなりたいです。料理を教えてもらうとか、『妹らしさ』を教えてもらうとか、そういうのは関係なくて……」
お父さんとお母さんは傍にいません。
でも、兄さんがいる。
それに……
「私のことを、お姉ちゃんと思ってくださいね」
「わーい♪ 結衣お姉ちゃん!」
これからは、真白ちゃんも家族です。