101話 妹に起こしてもらいます・再チャレンジ
ビクンッ、と体が震えて目が覚めた。
慌てて周囲に視線を走らせると……
そこは、見慣れた俺の部屋。
「なんだ、夢か……」
結衣にものすごい冷めた目で睨みつけられて、『兄さん、嫌いです』と言われる夢を見た。
恐ろしい……
……正夢にならないよな?
頼むから、そんなことは勘弁してくれよ。
現実になったら、立ち直れる自信がないぞ。
「……もうちょっと寝てられるかな」
枕元の時計を見ると、針は9時をちょっと過ぎたところを指していた。
今日は日曜だから何も問題はない。
二度寝しよう。
目を閉じて……
ガチャ、という音がして扉が開いた。
「結衣?」
「あ、あれ? 兄さん?」
私服姿の結衣が俺の部屋に。
どうしたんだろう?
「どうして兄さんが起きているんですか?」
「どうしてとか言われてもな……たまたま、目が覚めたとしか」
二度寝しようとしてたことは秘密だ。
「だ、ダメじゃないですか!」
「え? え? なんでいけないんだ?」
「それは、その……また、兄さんを起こしてあげたくて……それは、妹の役目だから……でもでも、まさか、休日なのに早く起きてるなんて誤算でした……うぅ、兄さんの寝顔、見たかったのに……とてもかわいらしくて、普段とのギャップがたまらなくて……はっ!? な、なんでもありませんからね!? 兄さんは何も聞いていません、わかりましたね!?」
「お、おう」
結衣は、ちょくちょく小声になることが多いから、『俺の寝顔が~』くらいしか聞こえていない。
ただ、それさえもNGっぽい雰囲気だから、一言も聞こえなかったことにした。
「兄さん、もう一度、寝ませんか?」
「いや、寝ないけど……」
今のやりとりで完全に目が覚めたし……
結衣の目の前で二度寝なんてしようものなら、怒られてしまいそうだ。
「はぁ……そうですか、しないんですか」
なぜか残念そうだ。
だから、なんで?
「な、なら……き、ききき、着替えを手伝いましょうか!?」
「そんなことしないでいいぞ?」
「い、いえ。これも妹の役目といいますか……えっと、ほら……兄さんのせいですよ!」
「えぇ!? なにそのとんでもない責任転嫁は!?」
「だから、それは……兄さんがだらしないから、し、仕方なく私が面倒を見てあげるんですよ! とんでもなく、どうしようもないくらい、救いがたいほどにだらしないから、見ていられないって言いますか……ほら、そういうのあるでしょう? ダメな人を見ていると、手を差し伸べたくなるような、そんな感覚」
メタクソに言われてた……
まさか、あの夢が現実のものになるなんて。
俺、もうちょっとしっかりした方がいいだろうか?
二度寝なんてやめて、規則正しい生活をして……
そうすれば、結衣も俺のことを見直してくれるかもしれない。
自慢の兄です、とか言ってくれるかもしれない。
よし、がんばるか!
「結衣、見ていてくれ」
「え? なにがですか?」
「俺、しっかりしてみせるからな。結衣の手を煩わせないように、立派になってみせる!」
「立派にならないでください!」
「えぇ!?」
「兄さんは、だらしないままでいいんですよ。というか、だらしなくない兄さんなんて兄さんじゃありません! というかというか、もっともっとだらしなくなってください! そして、私の手を煩わせてください! ホント、ダメダメな兄さんですね!」
「理不尽すぎる要求なんだが!?」
「べ、別に私が兄さんの面倒を見たいとか、妹らしいことをしたいとか……そんなことはありませんからね!? か、勘違いしないでくださいよっ」
お兄ちゃんは、結衣が何を考えてるのか、もうサッパリだよ……
俺、どうすればいいんだ?
「というわけで、き、着替えを手伝います!」
「い、いや。それはいいから」
「どうしてですか? ……私の手なんて、借りたくないんですか?」
「一人で着替えられるし……子供じゃないんだから」
「むぅ、むぅううう」
結衣が不満そうに頬を膨らませた。
なにが納得いかないんだ?
というか、ここ最近の結衣は、どこかおかしいぞ?
今まで、朝起こしに来たことはもちろん、着替えを手伝おうとしたことなんて一度もないのに……
しかも、これが二度目。
一度なら、一生に一度きりの気まぐれが起きたと考えられるが……
二度となると、偶然と決めることはできない。
必然……何かしらの考えがあるんだろう。
でも、なんだそれは?
兄の着替えを手伝いたい理由?
……仲良くなりたい?
なわけないか。
「と、とにかく! 兄さんは黙って私に着替えの手伝いをさせればいいんですっ」
着替えの手伝いをさせればいいって、よくよく考えると、とんでもない日本語だな。
「この前は、逃げたのに?」
「あ、あれは、実際にやるとなると恥ずかしくなって……で、でも、今回はキッチリと覚悟を決めてきましたから大丈夫です! 兄さんの、は、ははは、裸を見ても動揺なんてしたりしまちぇん!」
噛んだ。
すでに、おもいきり動揺してるような気がするが、それは?
「さあ、兄さん! 私に着替えの手伝いをさせてくださいっ」
「だから、それはいいから……」
「こうなったら、も、問答無用です! 覚悟してください、兄さん!」
お前は決闘に挑む騎士か!
結衣は、顔を赤くしながらも、決死の表情で飛び込んできた。
ベッドに座ったままの俺は、避けることはできない。というか、避けたら結衣が床に落ちて頭をぶつけてしまう。
受け止めるしかなくて……
どさっ!
俺と結衣は、重なり合うような感じで、ベッドの上に転がる。
俺は下。結衣は上。
そして……結衣の目の前には、俺の股間が。
「……」
言い訳すると、これは生理現象だ。
男なら、朝はこうなることが多い。
決してやましいことを考えてたわけじゃない。
以上、言い訳終わり。
「ぴゃああああああああああぁぁぁっ!!!?」
結衣の悲鳴が家に響き渡るのだった。