プロローグ 「想像屋」
タイムリープという言葉を聞いた時、俺がまず最初に思い浮かべたのは、某国民的漫画のようにタイムマシンを使って時間移動する、というものだった。しかし、実際はそうではないらしい。
俺は、清水 逸葵。現在小学五年生。学校という、子供を束縛しているとしか思えないシステムに馴染めず、クラスでも孤立しがちである。先ほどまで近所をあてもなくぶらぶらしていたところ、いつの間にか目の前に『想像屋』と書かれた看板がぶら下がっている、一見するとまるでカフェみたいな建物が建っていた。俺は、『想像屋』という名前に興味を惹かれ、この建物に入ってみた。中には、カウンターの向こうに陣取って本を読んでいるおっちゃんがいて、周りにはまだガキの俺にでも、骨董品とわかる品々が多数ある。
「いらっしゃ‥‥‥おめえ、まだ坊主じゃねえか。なんでこんなとこにいるんだ?」
おっちゃんは本から顔を上げ、こう尋ねてきた。
「なんでって‥‥‥外をぶらぶらしてたら、いつの間にかこの店の前に居たんだよ。」
「‥‥‥おめえ、それは本当か?本当だとしたら、ちょっとおめえは特殊な奴ってことになるぞ。」
聞いてみると、この想像屋は今の世界に飽きている人が迷い込む場所であり、普通の人が来ることはまずないという。
「ま、そういうことだ。‥‥‥まだ未来が有り余ってる坊主が、今の世界に飽きているとは思いたくねえがな‥‥‥。」
しょうがないじゃないか。実際に飽きてしまっているんだから。
「‥‥‥それで、俺はどうすればいいんだ?日も落ちたし、そろそろ帰りたいんだが。」
なぜか、この店に俺が入ったら、もともとあった入り口は消えてしまっていた。
「ちょっと待て。‥‥‥坊主、おめえ別の世界に行ってみる気はねえかい?」
聞くと、こういうことだった。
この店に迷い込む人は「タイムリープ」を可能とする人間である。タイムリープするには、理想の未来、または過去を思い浮かべ、その世界の夢を毎日見続けると、現実と夢が混合していき、現実とは異なった一つの『next world』が創造される。しかし、二つ難点があり、タイムリープしたとき目覚める年齢がランダムであることと、代償が必要なことだった。
「で、その代償ってなんなんだ?」
正直、馬鹿らしいとも思ったが、俺はこの話に乗ってみることにした。そのために代償とはなんなのかを聞いたのだが、おっちゃんの答えはさらに馬鹿らしくなるものだった。
「寿命だ」
「ちょっと待て、寿命ってどんくらいだ。そしてどうやって俺から寿命を取るんだ?」
いきなり話が飛んできやがった。
「タイムリープ一回につき、一年ぶんだ。寿命の取り方は‥‥‥企業秘密だ。」
「一回につき、ということは、タイムリープは複数回できるのか?」
「ああ、新しい世界にも俺がいるからな。世界が『next world』になったとき、『next world』を創造した奴以外の記憶はその世界に適応したものになるが、俺だけは元の世界の記憶を引き継げるのさ。しかも、タイムリープした時の年齢がランダムで決まるんだから、寿命を売ったときのデメリットは0だぜ?‥‥‥どうだ、悪い話じゃねえだろう?」
「ああ。‥‥‥大体理解したが、あんたは寿命を俺から取ってどんなメリットがある?自分の寿命にするのか?」
「‥‥‥坊主なのに、かしけえなぁ。」
「はぐらかすな」
「企業秘密だ。」
「そうか。あと、タイムリープした場合、その後この世界に戻って来ることはできるのか?」
「やろうと思えばできないこともないが‥‥‥力をすげえ使うから、あんまりやりたくねえなぁ。」
「その場合も代償は寿命か?」
「いや、寿命くらいじゃ見合わねえ。まだやったことねえから考えてなかったが‥‥‥そうだな。おめえが戻りたくなったときまでに考えておくよ」
‥‥‥俺がタイムリープする前提かよ。いやまあ実際にするつもりだからいいんだが。
「‥‥‥俺の前に『next world』を創った奴はいるのか?」
「おう。一人だけいるぜ。そいつが創造した世界が、今俺たちがいきている世界ってわけだよ、坊主。」
「ということは、前世の記憶を持った奴がこの世界にもあんたと一人いるってわけか。どこのどいつだ?」
「‥‥‥客のプライバシーに関わることなんで、詳しくは言えんが‥‥‥女だ。」
「それだけで十分だ。俺が知ったって、何も起こらないしな。」
ふう‥‥‥質問攻めにしてしまった。そのとき、俺の思考を読んだらしいおっちゃんが、
「さて、こっちの質問にも答えてもらおうか。俺がタイムリープさせるのに、ふさわしい奴か調べなきゃいけないんでね。まず、おめえの名前と、年齢だ。」
「俺は、清水 逸葵。11歳だ。」
清水、と言ったとき、おっちゃんが一瞬目を見開いた気がしたが、そこまでは俺が詮索することじゃない。同じ名字の友人でもいたのだろう。
「11歳‥‥‥か。やっぱりまだタイムリープする歳じゃねえよなぁー。」
タイムリープするのに、適している年齢などあるのだろうか。
「次だ。‥‥‥一応確認しとくが、おめえはタイムリープがしたいんだよな?今ならまだ引き返せるぞ?」
「したい!」
「即答かよ。じゃ、なんでそんなにタイムリープがしたいんだ?」
「俺は、この世界の学校というシステムが大嫌いだ。学校に行く理由がわからない。俺は理由がわからないまま行動する『なんとなく』が嫌いなんだ。だから、学校がない世界を創ってやるのさ!」
「ああ、俺もそんなことを考えたことがあったなぁ。そのとき俺が出した結論なんだが‥‥‥結局、学校に行く理由なんてないのさ。勉強なら、家でできるし、コミニュケーションの練習なら毎日やる必要もない。もし理由を無理矢理作るとしたら、それは、『みんなと同じ行動をして、社会から孤立しないため』だろうな。しかし、学校が元々ない世界なら、その問題もなくなる。その上でのおめえの判断は、ある意味正しいと言えるだろう。」
俺は、嬉しかった。おっちゃんがこの考えを理解してくれたこともだが、大体はおっちゃんも同じように考えたことがあるという仲間意識にだろう。
「俺からの質問はこんだけだ。さて、タイムリープできるようにするぞ。準備はいいな?」
準備ってなんだよ。実際にタイムリープするわけでもないのに。
「ああ!」
「よし。じゃ、目をつぶってくれ。」
そう言われ、目をつぶってから何分くらいが経っただろうか。
「よし、開けていいぞ。」
目を開けると、そこには‥‥‥!
先ほどと変わらぬ、さびれた店内とどこにでもいそうなおっちゃんがいるだけだった。
「なんだ、何も変わらねえじゃねえか。本当にタイムリープできるようになったのか?」
自分でつくった罠にはまりに行ったのに、何も起こらなかったときのような気分だ。(実体験)
「ああ、これでおめえは立派な『タイム・リーパー』だ。さっさと帰って、『next world』の夢を見るといいさ。」
いつの間にやら、消えたはずの入り口が元に戻っていた。
「タイム・リーパー?タイムリープする人間のことか?」
「そうだ。いやぁ、これで俺はタイム・リーパーを二人育てたことになるのか。」
感慨深そうに、うんうん頷いているおっちゃんを尻目に、俺は
「じゃあな。」
と言いながら、入り口に駆け足で向かう。ちょっと冷たいかなとも思ったが、俺は待ちきれなかったのだ。新しい世界、『next world』を。
そんな俺の気持ちに気付いたのか、おっちゃんは何も言わずに見送ってくれた。
そこからどうやって家に帰り、姉、父、母とどういうやりとりをして布団に潜るに至ったのか、俺は一切覚えていない。