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あの春のやくそく  作者: 藍栖 萌菜香
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04 過去、現在、それから

「なに言ってんの~。今日はひなまつりよ。このシーズンには、やっぱりこのシリーズを見なくっちゃ」

 母さんが、至極当然とでも言いたげにそう主張した。

 でもそんな理由は、息子の黒歴史を作った張本人がそれを引っ張り出し、晒しものにしていい理由にはならない。


 とはいえ、無理やり没収するのも大人げないか……。

 『このシーズンには』と言うわりに、オレが『このシリーズ』を目にするのは初めてだ。去年までは、母さんなりに思春期の息子に対する気遣いがあったと見える。

 それをいまになって出してきたということは、それだけオレの成長を認めてくれたか、あるいは、それだけ息子の巣立ちが寂しいか……そのどちらかだろう。


 やはりここは、オレが大人になるべきだな、うん。



 シリーズというからには、ここに積んであるアルバムは全部ひなまつりの写真ってわけだ。

 確か六歳以降のひなまつりは、朝から脱走を企てて夜になるまで帰らないという暴挙にでることで、やっと難を逃れられるようになったんだよな。

 オレが握った不格好なおにぎりを二人分持って、ちょっと遠い公園で一日過ごした。二人だけの内緒の日帰り旅行みたいで、毎回わくわくだった。


 ……というのは、オレだけで。実際には、隆志が子ども用携帯でちゃんと親に連絡を入れていたから、内緒でもなんでもなかったんだよな。

 それを知った小学三年のひなまつりには、けっこうショックを受けた。秘密の脱走が親に筒抜けだったからじゃない。親に心配をかけないようにしつつも、親に口裏を合わさせてまで、隆志がオレのわくわくを幼稚園の年長からずっと気遣ってくれていたという事実が、だ。

 隆志にはオレがいないとダメだと思ってたのに、全然違ってたんだよな。


 少し苦い記憶を思い返しながら、なんの気なしに目の前に積まれた山を眺めていたら。

 あれ? なんか、アルバムの冊数が多くないか?

 五歳のときは写真を撮られる前に逃げたから、ひなまつりシリーズは、多くても〇歳から四歳までの五冊分とういことになるはずだが……なんで六冊?



 試しに一冊手に取り開いてみると、一歳のときのものだったらしく、オレと隆志が二人並んでちんまりとお座りしてる写真が何枚も収められていた。見事に着飾られてることも知らずに、イイ顔して笑っている。

 白を基調にしたデザイン違いのドレスがこの年の衣装なのかと、早くも呆れる思いでページを繰っていると、途中から赤系とオレンジ系の色違いで着物風ドレスにお色直しされていた。

 こんな乳幼児を相手にずいぶんと手の込んだ遊びをしてくださる母たちだ。


 そんなのばかりが何ページにも渡ってずらりと並んでいるのかと思えば、ときおり仲良さげな母親たちも加わって、息子たちと楽しそうにしている写真もあった。

 まあ、知らない人に息子だと言っても、とても信じてもらえそうにない謎な写真ばかりだが。

 とりあえず、肩を寄せ合って全開の笑顔を見せてる若い母たちの写真からは、この二人が今も昔もつくづく仲良しだってことがよくわかった。



「ああ、それは五歳のときのね。うわぁ、たっくんもあっくんも、やっぱりかわいいわ~」

 隆志が新たに手にしたアルバムを横から覗き込んだ母さんが、声のトーンを一段とあげる。

 五歳のひなまつり?

 不思議に思って覗いたそこには、確かに記憶通りのピンクと水色がふりふりひらひらと写っていた。


「なんで? 五歳のひなまつりんときは、写真を撮られる前にオレたち脱走しただろ?」

 遥か昔のことだけど、このときのことは鮮明に覚えている。隆志と二人で脱走したあと、オレの部屋にリンゴジュースを持ち込んでこっそり宴ったんだよな。

 なんで写真が残ってるんだろうと、オレが首を傾げて考え込んでいると、

「ええ、二人でナオの部屋に隠れていたはずですが」

 と、隆志も不思議そうな顔をする。


 って、隆志も覚えてるのか。あのときのこと。

 いや、隆志は人一倍記憶力がいいんだ。誰も覚えてないような些細なことだって、きっちり覚えてる。五歳頃のことなら楽勝だろう。

 そうか、覚えてるのか……。



 オレがやや駆け足になってきた鼓動を深呼吸でこっそりやりすごしていると、

「そんなの、隠し撮りに決まってるじゃない」

 私を誰だと思ってるの、と、元プロカメラマンが倫理的に問題のあることを自信満々に自慢した。


 見れば、確かに四歳までのアルバムにはポーズや構図を意識した写真が多いのに、五歳のアルバムにはカメラを意識していないモデルたちの自然な姿が写し取られていた。

 中には、望遠レンズを使い、床に寝そべって撮ったようなアングルまである。

 プロ根性というか、息子たちの晴れ姿を逃すまいとする母親の執念というか、とかく空恐ろしい。



 あーあ、隆志ってば。こんなカッコしてるのに、こんなに嬉しそうな顔しちゃって。男子校の正門で出待ちしてる女の子たちが知ったら腰を抜かすぞ、きっと。

 いや、腰を抜かすのは、うちの学校の男どももか。この頃の隆志はこんなドレスを着せなくても女の子にしか見えなかったもんな。今とのギャップに騒然となるのは必至だ。


 何がそんなに嬉しかったんだか、と、今の隆志からは想像できない全開の笑顔をアルバムの中で追っていると、その視線の先に、ちょっと不貞腐れた顔をした五歳のオレを見つけてしまった。


 懐かしい……。この頃のオレたちってほんとベッタリで、一緒にいるだけでわけもなく楽しかったんだよな。このときのオレも顔だけは不貞腐れてるけど、どこか楽しそうな雰囲気が滲んで見えた。



 オレも人のこと言えないやと思いつつ、もうひとつページをめくってみると、二人で手を取り合って廊下の奥へと歩いてる後ろ姿が目に飛び込んできた。

 ほかにも、廊下の先で振り返り何かを確認しているオレだったり、二人しゃがんで靴を履いているところだったり、玄関ドアの外へと静かに消える二人の影までが連続して写し取られている。


 くっそ、バレバレだったのか。

 五歳の幼児なりに用心深く警戒しながら挑んだ逃避行だったのに、まるで盗撮に気づいていなかった。


 これが自分たちでさえなければと痛切に思う。もしそうなら、きっとこれらは、愛らしい少女たちの微笑ましい連続写真にしか見えない。写真集にすれば多くの人たちが癒され喜んだだろうに。

 逆光を上手く利用したカメラマンのセンスの良さがまた、余計に腹が立つ。絶対に世に出ることのない傑作だなんて。ちくしょう、さすがだぜ、母さん。



 次のページをめくろうとして、残りページの枚数の多さにドキリとした。

 ここから先は、逃亡先であるオレのうちでの風景ということになる。まさか、そこまで盗撮に来てたのか?

 このまま次のページをめくっていいものかどうか悩んでいると、横から隆志が手を伸ばしてきた。


 そうされて気がついた。

 さっきまで隆志が持っていたアルバムをオレが横から覗き込んでいたはずなのに、いつのまにかオレがアルバムを持っている。


 きっと、オレがよく見たいと思ってたのを察して、譲ってくれたんだろう。隆志は、そういう気遣いができちゃうヤツだ。

 自分だって、よく見たかっただろうに。いつも楽しそうに見入ってるくらいだもんな。


 いまもほら、オレがページをめくるのを待ちきれずに、自分でめくろうと……え、隆志、めくっちゃうのか?

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