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あの春のやくそく  作者: 藍栖 萌菜香
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03 チカイの儀式

「チカイのキス?」

「うん。ケッコンのやくそくをするときにするんだって」

「それって、ケッコンシキでのことだろ? するなら大人になってからじゃなのか?」


 この前、親戚のねーちゃんがケッコンするからって、お城みたいなところにつれていかれたんだ。そこで一番偉そうな人が、ねーちゃんとそのハナムコサンにキスしろって言ったから驚いた。


 キスは大人がするものだ。子どもは見るのもするのもダメなんだ。ママがそう言ってた。

 でもオレ、一度だけテレビで見たことがある。「あっくんにはまだ早い」って、ママがすぐにチャンネルを変えちゃったから、一瞬だけだったけど。


 テレビでは二人の大人がくちびるをくっつけてた。それをなんで子どもがしたらダメなのかはわからない。

 けど、やっぱりキスは「大人になってから」なんだろ。だって、偉そうな人がみんなの前でしろってねーちゃんたちに言ったそのときも、ママはオレの目をふさいだんだから。



 でもそのシュンカン、きゃあきゃあさわぐ女の子たちの声が聞こえたんだ。ママの手が離れてから声のしたほうを見てみたら、小学生くらいの女の子たちが真っ赤な顔をしてワイワイさわいでた。どうやら見ちゃいけないものを見ちゃったらしい。


 その子たちは恥ずかしそうにしながらも笑ってた。ああいう笑顔はオレも知ってる。ケイスケがよくああして笑うんだ。みんなは、ケイスケのこと『えっち』だって言ってたけど……。


「だめ? ボク、あゆちゃんとキスしたい」

 そう言ってるたーちゃんも、モジモジしながら真っ赤な顔して笑ってる。なんだ、たーちゃんも『えっち』なのか。


 それにしても、『えっち』ってなんだろう?

 幼稚園のみんなに聞いても「やだあ」って笑って教えてくれないからよくわからない。でもたぶん、キスと同じでイケナイことなんだろうな。


 ということは、だ。

 たーちゃんがえっちになっちゃうキスは、やっぱり大人になるまでしちゃいけないことなんだ。

 ならオレは、たーちゃんのオネダリに「だめ」って答えなきゃ。



 なのに、オレの口からはなかなかそのひとことが出てこなかった。

 だって、たとえそれがイケナイことでも、それが『チカイ』になるなら……。


 「オレらが大人になったとき」なんてやくそくは、とても遠い気がする。

 「もしできるようになってたら」なんてやくそくは、すごくウスッペラいじゃないか。

 そんなやくそくは、『チカイ』でもしておかないとジツゲンしそうにないだろ?


 いや、ケッコンはダメでも、一緒にいるってやくそくは守れるよ。ゼッタイな。だって、たーちゃんにはオレがいないとダメなんだから。

 だから、オレとたーちゃんはずっといっしょにいられるはずだ。


 あれ? なら、『チカイのキス』はしなくても大丈夫ってことか?

 ちらっと、「まだ早いのよ。二人ともお願いだから、まっすぐそだってね」って言ってたママの心配そうな顔を思い出した。



 たーちゃんとキスしたらママ怒るかな、なんて考えてたら、

「ね、だめ?」

 って、たーちゃんが急にオレの顔をのぞきこんできた。

 その顔があんまり近いのとカワイイのとで、胸がぎゅっとなって、どきどきしだした。


「し、したいなら、勝手にすればいいだろ!」

 ママにはナイショだ。もしバレても、小言なんか聞き流せばいい。

 オレはたーちゃんと『チカイのキス』をする。それで、大人になったらゼッタイにやくそくを守るんだ。


 そう決めて、「してもいいよ」って言おうとしたのに、どきどきがいつもよりすごくて、なんだか怒ってるみたいな感じになっちゃった。



 でも、たーちゃんには、オレの言いたかったことがちゃんと通じたみたいで、

「え、いいの? キスしても? ほんとに?」

 なんて、何度も聞いてきた。


「いいって言っただろ!」

 いまからナイショのことするんだぞ。そんなに何度もカクニンするなよな。


 どきどきと、そわそわと、ちょっと驚いてるたーちゃんがやっぱりかわいいせいで、オレはもう、どうしていいかわからなくなった。

 だからつい、そっぽを向いて目を閉じちゃったんだ。



 どうしよう。

 シンゾウがばくばくして痛い。

 目を閉じてるからよくわからないけど、たーちゃんがオレの前に回り込んできたみたいだった。

 いよいよだと思ったら、シンゾウどころか、からだ中がさわがしくなって、いまにも叫び出しちゃいそうになる。


 膝においてた手のうえと、片方の肩があたたかくなった。

 これは、たーちゃんの手だ。


 顔が近づいたのか、あたたかな風がほっぺをかすめた。

 それから……。


 肩にのった手が重たくなって。

 くちびるに、やわらかい何かが。

 ……触れて……消えた。



「うふふっ。しちゃったーッ」

 なんだかスキップでもしそうな浮かれた声に目を開けた。


 見るとたーちゃんは、ピンク色のきらきらほっぺを両手でおさえて、セイダイにテレまくっている。カンゼンに『えっち』になっちゃった。

 オレはといえば、とにかくもう恥ずかしくて恥ずかしくて、何も言えなくなっていた。


「これで、あゆちゃんはボクのオヨメサンだよ。チカイのキスしたんだから。ね、やくそくだよ?」

「わかってるよ!」

「うふふ~。うっれしぃ~いッ」

 見てるだけで恥ずかしいから浮かれるな、って、怒ってやろうかと思ったけど……。


 やめた。

 こんな浮かれたたーちゃんが、かわいくないわけがない。恥ずかしいからって怒るより、いまはこの笑顔をタンノーしたほうがゼッタイいいに決まってる。


 窓のそばで春のおひさまがぽかぽかと踊るなか、いつまでも「うふふ~」と笑っているたーちゃんにつられて、気がつけばオレもクスクスと笑っていた。

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