転生したけど頑張ります=結果。
唐突だがどうやら俺は転生したらしい――しかも前世でいうところのアニメの、物語の世界に。
その日は厭に晴れた快晴だった。俺はいつも通りの通学路の横断歩道を渡っているところ、不意に感じた悪寒に反射的に振り向いた。そこで俺の瞳に映ったのは信号を無視し恐ろしいスピードで道路を逆走する黒のスポーツカー。
走馬灯なんてものを感じる暇もなく、俺はあっさりその車にはね飛ばされた。ゴム弾よろしく何度かコンクリの地面をバウンドしながら鮮血を撒き散らし、日本の男性平均寿命より余りにも短いその生涯に幕を閉じた――。享年、一六歳。高校二年生の夏場だった。
次に眼が覚めると豪奢なベットの上。見目麗しい金髪の美女と一緒に寝ている自分の姿だった。
中世ヨーロッパを連想させるような内装の部屋。映画のセットでしか見たことがない光景に慌てて起き上がろうとして――自身の身体がまったく動かないことに気が付く。
それどころか声もまともに出せない。なにを喋ろうにも「あうー」という呻き声にしかならないことに焦燥を抱いていると、ふと隣にいた妙齢の美女が目を覚まし、
「……フィー? どうしたの?」
そう言って柔らかな微笑をこちらに向ける女性は呆然として硬直する俺を抱きすくめた。
まるで赤子を宥めるかのような手つきで俺の背中を撫でる女性の姿に――ようやく俺は自身の肉体の異変にも気がついた。
手も足も、目線に至るまで余りにも小さくなっている。
ことここに至って俺はようやく一つの可能性を悟った。つまり――俺は今、どういうわけか赤子の姿になっているのではないのかと。
* * *
果たして俺の読みは見事に当たっていた。衝撃の目覚めから数日。何とかこの幼い身体に慣れてきたものの未だ儘ならない肉体で難とか集めた情報はここが『アレンブルグ』という“魔法”王国の首都にある『ベルトイア』という名家が所有する豪邸で、先日俺と一緒に寝ていた金髪の女性はその当主の妻であり、俺はその一人“娘”であるということ。
以下の事実から総合するに、どうやら俺は転生したらしいしかも前世でいうところの異世界の、いわば剣と魔法の世界に。
ここはやれやれとでも言っておけばいいのか、冗談だと笑い飛ばしたいところだが何度寝ても覚めないので質の悪い悪夢もいいところである。
かくしてどういうわけか唐突に第二の人生を歩むことになった俺は王国でも有数の貴族であるベルトイア家の一人娘。新名をフィオレ・ベルトイアとして生きることとなったのである。
――ここで一つ、声を大にして言っておきたい。
――フィオレ・ベルトイアって『運騎士』の悪役令嬢の名前じゃねぇか!!
* * *
前世にディスティニー・ザ・ナイツというそこそこ人気を博したアニメがあった。
――その昔、魔王軍と王国軍による激しい戦争が行われていた戦乱の時代。しかし一人の巨大な力を持った勇者が魔王討伐を果たし人類に平和が訪れる。
それから千年の時が過ぎ、穏やかな日々を過ごす内、人々の記憶からはいつしか魔王の脅威と勇者の栄光は忘れ去られようとしていた――。
そんな時、喧騒とは無縁ののどかな田舎に産まれた主人公は、昔話の勇者に憧れて世界一の騎士を目指して村を飛び出し、国内の首都に上京。≪王都騎士育成学園アレンブルグ≫へ入学するところから物語が始まる――というのがストーリーの大まかな流れである。
その中でフィオレ・ベルトイアの役回りを一言でいえば陰険極まりない。
努力して学園への入学をもぎ取った主人公に反しフィオレは半ば親のコネと権力で入学。
更には日に日に実力を上げていく主人公を妬み嫌がらせをする。主人公が平民出なことを蔑み差別する。「卑しい平民が、このワタクシの視界に入らないで下さらない!?」等といった台詞を自慢のドリルの如き縦巻きロールの金髪をゆっさゆさ揺らしながら息するように暴言を吐く姿は典型的な悪役キャラのソレである。
そんなフィオレの最期といえば、主人公に嫉妬に嫉妬を重ねた挙げ句、そこを魔族に漬け込まれ、異形の化け物にその身を変化。主人公とその一味に襲いかかるも学園序列第一位騎士≪戦乙女≫エルの「目障りだ」という一言と共に放たれた一刀によって頭から両断され、呆気なくその生涯を終えることからかませ犬としての地位を確立させ、以降ファンからは半ばネタキャラのような扱いを受けることとなった。
さて、そんな生ける地雷に転生した俺の心中は壮絶を極めた。
単純に物語の主要キャラと接触しなければ――そもそも学園に入学しなければいいという手がある。
しかしそれだけではフィオレというキャラの死亡フラグを折ることはできないのだ。
それは『運騎士』の物語の終盤。もうお約束のような展開だが。千年前に勇者に倒されたという魔王が実は命からがら生き延びていたということが発覚し、当然のように魔王が復活して王都に奇襲を仕掛ける。
魔族に対し、人類は戦力差で上回っていたはずが、敵の策略、そして兵士の統率、技量、慢心、様々な理由が重なって王国軍は大敗。アレンブルグ王国は一度魔王の前に陥落するのだ。
そんな中、主人公たちは諦めずに立ち上がり魔王に戦いを挑む。決して少なくない犠牲、被害を被いながらも最後まで諦めなかった主人公が今度こそ魔王を討ち滅ぼし、世界に平和が訪れ、物語は終わりを迎える。
このことから分かるように最終章は酷い世紀末になるのだ。それまで活躍していた主要キャラもばんばん死ぬし、一般人は言わずもがな。
魔王が復活することで世界中で魔物が活発化するのでぶっちゃけどこへ逃げても逃げ場がない。
まさにどう足掻いても絶望である。
結論から言えば、俺が強くなるしかない。――最低でも自分の身は守れる程度に。
そのためにも、世界中の若き騎士たちが集う≪王都騎士育成学園≫に入学し、教えを請うのが一番効率が良いのだろう。
僅かな逡巡。やがて結論は纏まった。
当面の目標は強くなる、だ。極めて単純だが一番合理的でもある。原作のフィオレは修行どころか重いものすら持ったことがないような箱入り娘のワガママ令嬢っぷりだったが俺はそうはいかない。
いっそのことブチ抜けて力を求めてみよう。何せここには魔法がある。前世では夢と空想の世界でしかあり得なかった幻想がここには存在するのだ。多少ながらも興味が湧く。
強くなれば、死亡フラグもなくなるだろう。そもそも今の俺と原作の悪役令嬢フィオレとは別物である。主人公を含めた主要キャラにもあまり関わらなければいいのだと思い。俺は決意を固めた――。
――――のだが。
* * *
王都中央に位置する騎士育成学園。
毎年一〇〇〇人以上もの受験者が世界中から集うこの学園では若き見習い騎士たちが日夜修練に励んでいた。
五年による学修期間を経て、この学園を無事卒業した者のほとんどは首都アレンブルグを守護する国栄騎士となる。
中でも極めて優良とした成績を出した上位九名は国のお抱え騎士として王直々に城へ招待されるらしい。
富、名誉、あるいは力。そういった物を求めて少年少女たちは日々研鑽を重ねるのだ――。
そしてここに、一人の少女がいる。
往来の激しい昼下がりの渡り廊下。多くの若き見習い騎士が行き交う中をしどけなく歩く少女。
年頃は十代半ばか、手入れのされていない跳ね返った髪は耳にかかるか否か。しかし元々の毛色はいいのかショートカットの金髪が太陽に反射してきらきらと輝いている。
学園指定の黒のブレザーを腰に巻きつけ、肌を露にタンクトップ一枚という姿は一見すると男子と見紛うが、薄着の胸元の確かな膨らみが女性らしさを主張する。貴族出の箱入り娘が見ればショックで卒倒してしまいそうなあられもない姿だが、そんな彼女自身が国内有数の貴族出だというのだから笑わせる。
訓練用の木剣を肩に鋭い視線を周囲に巡らせる少女。まるで冷たい氷塊を思わせる絶対零度の青の瞳に周囲の人間は息を呑み、黙って道脇に逸れていくのだ。
――――おい、あれが。
――――噂の『狂剣』だ。
――――大型のドラゴン種を単独討伐したって噂だぜ。
――――この前、模擬戦で序列第一位と引き分けたって本当かよ。
――――目が合ったら喰い殺されるぞ。
生徒間でひそひそと交わされる噂話。
しかしそれを意に介した様子を見せず少女はやがて廊下の曲がり角へと至り。
「――――――――」
「――――おっと、悪りぃ」
どんっと、微かな衝突音。
傍らに居た友人と談話していて気付かなかったのだろうか。一人の男子生徒が彼女とぶつかり反射的に謝ったところ。
「――――――いや、」
一言発した少女。その言葉に反応した二人の少年が彼女の姿を捉え。
「――お、おいっ……! この人……!!」
「――――えっ……?」
同時に両目を見開いて硬直する。
ぷるぷると赤子のように震える少年と肌を青を越え紫色にまで変色させる少年の姿に、いつものことかと少女は心の中でため息を吐くと二人の脇を通り過ぎてぽつりと言った。
「――――私、急いでるから」
ぱたりと、背後で倒れる二つの音。
学園序列第九位騎士『狂剣』のフィオレ・ベルトイアは、寮の自室に入りぴたりと扉を閉めると同時に、ずるずるとその場に沈み込んだ。
「どうしてこうなった……!!」