第四話:中学校①
着いた先は、電気の着いた教室だった。スニーカーのまま歩いて教室を見渡すと、教卓の上に出席簿が置いてあった。中を見ると座席表があり、一番後ろの廊下側に“川橋大樹”の名前があった。
憶えている――俺はあそこに座っていた。何か手がかりがあるかもしれない。俺は駆け出し、自分の机の中を探った。
「……数学のノート、か」
机の上に座り、ノートを開く。二次方程式、一次関数、図形の問題などの数学の問題や解法がまとめられていた。どこか懐かしさを覚えるノートで、一枚一枚見ていく。
「ん……?」
そんな中、ノートの上端にメモが書かれていた。
“11/13日、中弥の誕プレを買う”
「……。日記に書かれていた、ナカヤか」
ナカヤは中弥と書くようだ。子供の頃から付き合いのあるやつ……俗に言う幼馴染というやつだろう。それほど仲がいいのに、俺はまだ思い出せていない。そもそも自分のことすらうろ覚えだから当然だが……。
「はぁ――パリンッ!――いいっ!!?」
ため息の後に続く何かが割れた音。キョロキョロ辺りを見渡すと、窓側にある花瓶が落ちたようだった。
「もうびっくり系はいいって……」
きっと故意に落とされたのだろう。そういう驚ろかしはうんざりだ。いや、怖いけども……。
しかし、数学のノートだけしかないのだろうか。おそらく、ここから抜け出すにはまたあの黒い道に繋がる通路を探さなくちゃいけないのだろう。ノート一冊ではどうにもならない。
「…………」
俺は自分のロッカーの前に立ち、扉を開いた。中は空っぽで、何もない。
「他に探す場所って言ってもなぁ……」
他人のロッカーを1つずつ見ていくか、机の中を見ていくか。時間はありそうだが、面倒だし何かが飛び出てきたりしたら嫌だ。
ここは一度、座席表を見直して知り合いっぽい奴を思い当てるしかない。どういうわけか、ここは俺の過去を思い起こすものがあり、俺の過去に関する手掛かりが隠されている。そいつを探し出して、早い所此処を出ないと……。
「進んでるね」
「っ!?」
背後から掛けられた声に、パッと振り向いた。背後に立っていたのは、公園でも見たあの少年だった。
「調子はどう? 水飲む?」
「飲んだら帰れなくなるんだろ……?」
「お、よく知ってるね。霊界の物を口にしたら霊界の住人になる。昔から伝わるこの世界の掟だよ」
「……知識だけはあるんだよ。そういう本を、どっかで読んだはずだ」
「……かもね?」
「…………」
コテンと小首を傾げる少年には呆れてしまう。今度は一体全体、なんだって俺の前に現れたんだ……?
「それでね、大樹。僕は君が帰れる道を探してきたんだ」
「ん?」
「でね、なんとか抜け出せそうだったから、君を帰すことはできるよ」
「おおっ……」
何かと思えば、耳寄りな情報を持ってきてくれた。変な奴ではあるが、この男かなり良い奴だぞ。
「でもね、帰すにしても記憶は戻らないんだ……」
「あー……記憶が散らばってるからか?」
「御察しの通り、この空間は君の記憶から成り立ってる。不思議なものだね、僕もこんなのは初めてだ」
あっけらかんとして話す少年はどこか嬉しそうだった。やっぱり嫌な奴……。
「それでさ、大樹。今すぐ帰る? それとも記憶を探す?」
「探すって言っただろーが。まだ帰れねぇよ」
「此処にいると本当に死ぬかもしれないよ? それでも?」
「男に二言はねぇよ」
自分の言葉を曲げるのは良いことじゃない、言葉には責任があるのだから。俺が断言すると少年は黙ったが、やがて溜息を吐き出した。
「大樹はほんっと、なんでこんな風に育っちゃったのか……」
「うるせぇ。お前は俺の母親か」
「そんなわけないし……。でも、うん、大樹はその性格だから大樹なんだろうね」
「………?」
1人で納得する少年を見て、俺はふと思った。コイツは俺の事を昔から知ってるような口振りだ。俺の記憶を知っている――としても、その口調はおかしい。コイツ、本当は……俺と親しい奴だった?
「お前、俺のなんなんだよ……?」
「さぁね。君が記憶を取り戻したら教えてあげるよ」
「その時には俺もお前を思い出してんだろ……多分」
「そうかもね」
…………。
教えてくれる気はないようだ。コイツの目的もわからないし、このままでいいのだろうか……。いや、今はこれしかない。この男に導かれるままにやるしかないんだ。
「なら少しでもそうなるように、僕からもヒントを出すよ」
「ヒント?」
「教卓の前、ここから見て左側の机だ。中を探してごらん」
言われるがまま、俺は数学のノートを片手に教卓の前の机の中を確認した。平たい鉄の感触とは他に、キーホルダーのついた鍵を見つける。キーホルダーにはシールで職員室と書かれていた。
「これは……俺に職員室に行けってことか?」
振り返って少年に尋ねる。しかし、既に少年は影も見せずに消えていた。
「……行けってことかよ」
ヒントはもうない、ここに行くしかないようだ。……とその前に、この机の主を確認しておこう。ヒントがあるということは、俺に所縁のある人物のはずだ。
俺は教卓にある出席簿から、机の人物の名を呼んだ。
「……國原、小子?」
名前を呟き、生唾を飲み込む。やはりそうだった。小子といえば、日記でも名前を見た人物だ。ならばもう一人の“ナカヤ”という人物は……。
「……いねぇ。クラス違うのか」
ナカヤの名前はなく出席簿をパタンと閉じる。きっと、ナカヤの机にも何かあるだろう。だがその前に、一度職員室に向かおうか。
俺は教室を出た。廊下は真っ暗で、他の教室は電気が一切付いてないらしい。真っ暗闇だ、非常口の案内板も消火栓の赤いランプも点いていない。
「懐中電灯……いや、いいか」
暗闇なんて30秒もすれば目が慣れる。職員室の場所はなんとなくわかるし、ここから階段降りてすぐのはずだ。
俺はなるべく音を立てないよう移動を開始した。中学校の廊下はこんなに狭かったのかと痛感しながら、ゆっくりゆっくりと歩く。
ここでは何が起こるかわからない。急な驚かしは何度もあったんだ。もう何も起きないでほしい。
そんな俺の憶測とは裏腹に、職員室までは何も出なかった。良かった……が、もっと嫌なものを職員室内に見つける。
「…………」
ソレは何も言わず、グルグルと室内を徘徊していた。鉈を右手にぶら下げ、ギャリリリ、ギャリリリと刃を引き摺りながら。奴が歩く度に、その足跡を残すよう血が垂れている。
ソレは髪の長い女だった。髪が長く顔は確認できないが、制服姿の女性であることに間違いない。
教室の扉から見えるその姿はあまりにも異様であり、俺はどうしたものかと思考を巡らせる。
手元にあるのはノート一冊、携帯、そして教室の鍵。この中で使えるものといえば、携帯しかない。
「…………」
作戦を考えた。この暗闇でも携帯の画面が明るくなれば、人影ぐらいは見えるはず……。
「……理科室に行くか」
俺は声と足を忍ばせ、ゆっくりと理科室へ向かったのだった。
次回予告:大したことない作戦が発動




