第二話:公園②
扉が開いた、扉が開いた、扉が開いた――。
ドクンドクンと、動悸する心臓がうるさい。鍵が開いた、誰かが入ってくるだろう。
しかし、30秒経っても誰かが入ってくることはなかった。俺は落ち着きを取り戻し、物音を立てずに立ち上がってそっと扉を押す。
開いた扉の向こうに、人は居なかった。扉の向こうには無人の公園が広がっている。そこでようやく安心し、扉の外に出た。
「……イタズラ、だったのか? ったく、タチが悪い……」
ため息まじりに扉を閉めて、やっと気付いた。扉にあれだけの音を立てて、なにもしてないはずがない――。
赤い水が垂れている。そして同時に、自分が血を踏んでいることに気が付いた。扉の正面は血で真っ赤に染まり、真ん中には俺に読める程度に濡れていない部分があった。
――ヨ ウ コ ソ
「…………」
血の気が引いた。急激に頭が冷たく感じ、フラフラと歩き、なんとかベンチに腰を下ろす。
「……夢だろ、これ」
記憶がなくたってわかる。こんな非日常的なことが現実に起こるわけがないと、本能が告げている。だってあんなに――血が――。
「……くっ。さっさと覚めてくれ」
俯き、気持ち悪い頭を振るった。……余計気持ち悪くなるだけだった。
「……大丈夫?」
「え?」
不意にかけられた声に顔を上げた。突然の事で戸惑いもなく、不安もなく。しかし、見上げた先にはちゃんとした少年がいた。
俺の目の前に立っていた少年は茶髪で目が丸く、可愛らしい少年という印象だ。背丈は俺と変わらないから高校生ぐらいだろうか、白い着物と頭巾をかぶった姿は少しだけ不気味だ。
「……えーと、大丈夫です。いや、記憶とかなくて大丈夫じゃないんだけど」
「え? 記憶が? あぁ、だからさっき……」
「?」
「いや、こっちの話なんだ。でも、それはそれで好都合かもね」
「……なんなんだよ」
よくわからない独り言を少年が呟く。何かを考えるように腕組みをしながら俺の顔をジロジロと見つめた。
「……そっか。とにかく記憶喪失なんだね?」
「そうなんだよ……。だから交番とか病院に連れてってくれないか?」
「……。残念だけど、それは出来ないよ」
「は?」
思わず首をかしげてしまう。病院は遠くにあるのかもしれないが、交番なら駅前にあるはずだ。この男が暇じゃないのか、連れて来たくないのか……。
少年は悲しむように眉を下げ、ポツリとつぶやいた。
「ごめんね、ここには交番も病院もないんだ」
「……交番がない?」
どういう事かわからなかった。交番ぐらい、どこにでもあるはずなのに……。
少年は言葉を続けた。だが、その顔には急に影ができ、目元が暗くなる。
「そう……だってここは――霊界の一部だから――」
「…………」
霊界――自分の知識のそれは、死人の世界だと記憶している。さっき起きた怪奇現象もそれで説明がつく。
ドクン――心臓が脈を打つ。俺を脅そうとしたあの現象……まだ何度も俺の身に押し寄せるのだろうか。自分が何者かもわからない、助けを求める場所もない。
「俺は……どうしたらいいんだ……?」
すがるように少年に尋ねた。今ここで頼れるのはこの名も知らぬ少年しかいない。少年はあごに手を当てて考える。
「……そうだなぁ。帰るならどこかにある、君が通ってきた入り口を探すしかないね。奥に行けば本当に霊界に行けるけど、どうする?」
「……どうするって言われても、帰るってどこにだかわからないし、霊界がどんなのかも知らない。なぁ……もし知ってたら、俺の事を教えてくれないか?」
「…………」
俺の問いかけに、少年は笑顔を見せた。
「――知らない方が、いい事もあるよ」
その笑顔とは裏腹に、彼の言葉は残酷だった。思わず口が開いてしまい、何も言葉は出なかった。
「あっ、でも必要最低限の事は教えてあげるよ。君の名前はダイキ。今は現世で気絶してる」
打って変わって、彼は俺の事をちょっぴり教えてくれた。ダイキ……それと、現世では……
「気絶? それなら、誰かが起こしてくれたりすれば……」
「それは無理だよ。ここは霊界の一部、入り口なんだ。魂がここにあるのに、体が起きることはできない」
「……そうか」
「うん。それに、記憶もこの霊界に分散してしまったんだと思う。帰るなら、探して帰んないと大変なことになるよ?」
「…………」
帰るとなると、デメリットが大きそうだ。それに、死人どもは信用できねぇ。コイツも、俺の記憶教えてくれねぇしな。
「……それで、ダイキはどうするの? 霊界で暮らす? それとも現世に帰る?」
少年が微笑んで尋ねてくる。そんなもの、答えは決まっていた。
「俺は現世に帰りたい。こんな暗くて気持ち悪りぃのは嫌だ!」
「……あはは。ダイキらしいや。うん、じゃあ頑張ってね」
「え」
俺の言葉を聞いた刹那、少年の体が透け始めた。いっ、いなくなっちまうのか!?
「ちょっ、ちょっと待て! 案内とかしてくれねぇのか!?」
「サポートはするから」
「いやいやいや、一緒に居てくれよ! こんなわけわからんとこに俺1人置いてくつもりか!?」
「うん。じゃあね」
「……えぇ〜?」
少年は途端に姿を消してしまい、公園に1人、俺は取り残された。現世に戻る、といったところで帰る道などわからない。
「……まぁ、することねぇしな。探索でもするか」
とにかく、公園で使えるものがないか、探すしかなさそうだ。
◇
公園にあるのは滑り台、ブランコ、砂場、そしてトイレ。トイレは二度と入りたくないし、男性用は開かないとして個室は何もなかった。ここから出る手掛かりを調べると言っても、外周りに立つ木を見るぐらいしかない。
「どこかに穴でもあいてりゃいいんだが……」
1本1本木の根元を確認しながらもうすぐ半周。特にこれといった収穫もなく、体力もなくてへばってきた。
「……んっ」
そんな時に、漸く活路が見える。
今まで見た中で一番細い木の根の近くに、大きな穴が空いていた。大きい、といっても俺の足が一本入るか入らないか。俺は腕をまくり、穴に手を突っ込む。手に当たる感触――何やら薄っぺらいものを、俺は取り出した。
「これは……ノート?」
緑色の表紙が付いた、30枚入りのノートだった。これが何かの鍵になっているのかはわからない、でも今はこれを見るしかないだろう。
俺はそのノートを開いた――。
「……これは」
ノートの初めには日付と天気、朝起きた時間などが書かれている。その下には1日の出来事が……
「……日記?」
このノートは、誰かの日記のようだった――




