月夜の出会い
僕はあの晩、鈴虫の鳴く原っぱの丘で、彼女と出会った。
その日は月が見事な満月で、その光にシルエットとして浮かび上がった長髪の彼女は、手に槍のように長い銃を持っていた。
「誰?」
彼女は振り向き、僕を見る。
「ごめんなさい。散歩してたら、つい」
「人間ね。今は作戦遂行中よ。早く行きなさい」
キーンと頭に響く音が響いた。
パンッと風船が割れたような音がして、彼女のシルエットが崩れる。
銃と銃を掛けていた肩が吹き飛び、鉄や、油が弾ける。
「あっ」
僕は思わず丘を駆け登り、倒れる彼女を抱き支えた。
「うっうう……」
肩の開口部から止めどなく油が流れる。僕の服が黒く汚れる。
「待って。いま縛るから」
「いいっ……から。早く行って」
足音が近づく。撃鉄を起こす音が響き、僕の鼓動は速くなる。
「そこにいるのは人間か?」
僕は思わず、破損した彼女の上に被さり、目を閉じる。
「命拾いしたな。EJW0642」
足音が去っていく。僕は起き上がり、目の前の彼女と視線が重なる。
「私が女だから助けたのか?」
彼女は半身を起こすとポーチから銀の紙を取り出し、それを傷口に当てる。
「私は原隊に戻る。君は家に帰るといい」
「でもその傷じゃ」
「私は人間ではない。気にするな」
彼女は立ち上がる。片腕を失ってもなお、戦火を交えるために。
家に着いて、僕はテレビをつける。ちょうど夜のニュースが始まる。
最初のニュースは芸能人の離婚騒動。次にスポーツの国際試合結果。そして政治家のスキャンダル。
最後になって、東シベリア連邦との戦況についての報道。東シベリア連邦機甲歩兵がトウキョウに侵攻。トウキョウ陥落により、大和は降伏。以後は納税先が東シベリア政府となるらしい。
僕はカーテンを開ける。
電飾に輝くトウキョウの街。シブヤ駅の前ではいつものようにスポーツのサポーターがどんちゃん騒ぎをしているという。
戦争を遂行する全て、戦略策定から前線の一兵士、補給物資の生産輸送まで完全に機械化された戦争。誰も死なない戦争。
「ただいま入ってきたニュースです。南部ユーラシア連合が東シベリア政府に最後通牒を通達。返答が無ければ24時間後に自由行動に移るとのことです」
戦争の死の恐怖から解き放たれた人間は、飽くなき戦争に酔いしれる。
終わらぬ戦争。けれど、誰も死なない平和な世界。
今もどこかで破壊され続ける兵士たちを躯に、人間の社会は続く。