承認欲求
初投稿の作品、小説書く知識多分ほぼ0
「寒い・・・」
真冬の12月の寒さの中、莉菜は消え入りそうな声で呟いた。少し息を吐いただけで息が白く変わる。制服に、学校用の鞄、コートも着ずマフラーだけを巻いた状態で公園のベンチに座っている。夜遅くということもあり、公園には人気がないことが莉菜にとっては良かった。お昼時、夕方はざわざわとしていて考え事に向かない。
家出少女、という言葉が今の莉菜の状況だった。家出の原因は莉菜の家庭環境にあった。優秀な姉と自分を比べ、優秀な姉のほうにばかり愛情がいき莉菜の居場所が無いことに耐えられなくなったことが今回の家出につながった。学校の試験も、順位の維持に精いっぱいになって必死に勉強してそれなりの順位を維持する莉菜とは違って姉は優秀で、トップ10にも毎回入る成績を維持、親や教師からの期待も大きい姉が、莉菜にとって羨ましくもあり、自分の居場所を奪ったこともあり、苦手という気持ちも感じていた。近所の人の、莉菜と話をするときもどこかには姉の話が出てくる。自分は姉の踏み台でしかない。母親の愛情をもらえるのは姉のほうだった。
愛されたい、自分の存在を認めてもらいたい。その思いで莉菜の心の中は一杯だった。 よいしょ・・・と腰を上げる。何か温かい飲み物が欲しい。寒い中1時間ほど暇つぶしにベンチに座ってたので手も頬も耳も突き刺すような冷気に包まれている。暗闇の中、自動販売機の光だけが莉菜を照らしている。
(あ、80円しかない・・・)
財布の中でキラリと光る銀色の輝きが見えたけれどよく見れば、100円ではなく50円であった。さすがに50円で買える自動販売機の飲み物なんてないよね、とため息をつく。前々から家出しようという計画を立てていた訳ではなく、今回の家出は突発的なことだった。元々あった無計画さに加えてこの突発的な家出。所持金50円で使えない財布、スマートフォン、充電器、イヤホンが鞄の中に入っている。バスを待ってるときなど、少し空いた時間をつぶすためなら十分なものだが家出になると足りなくなってくる。行く当てがない。今は真夜中の0時過ぎたあたり、さすがにこの時間に友達の家や祖父母の家に「家出したからしばらく泊まらせて」と押しかけることもできない。お金に余裕があればネットカフェで泊まる考えも出てきた。公園から見える家の明かりも暗くなっていき、周りの遊具施設もパッと見だと見づらくなる。
誰かから期待を受け、愛されてる安心感を得て眠り、朝を迎えることがどれだけ幸せなのだろうか。目の前にある家を見て思う。2階建ての一戸建て、隣に並ぶ2台の新車、玄関に飾られたクリスマスのリース。玄関先に置いてある、雄と雌の犬の置物。ここに住んでいるのは新婚の夫婦なのだろうか。お互いを心から愛して、信じ合っての婚約。純粋にそう思わない人も中にはいるけれど、莉菜はお互いを愛しあう関係へのあこがれが強かった。誰かに必要とされて、日々を送っている。それに比べて、私は。
考え事をしてぼーっとしていた瞬間、莉菜の口元に布が詰め込まれる。
(・・・・・・!?)
突然すぎて、考える時間も無い。ひんやりとした感触を首元に感じた。
小型ナイフ・・・・・・。
「動かないで、喋らないでついてきて・・・騒がれると困るし。」
低い声、20代くらいの青年の声が莉菜の後ろから聞こえた。騒いだら即殺すという言葉の代わりに、少しだけナイフを首筋に当てる力を強めた。羽交い締めにされ、ナイフを持った左手は首筋にしっかり添えられている。恐怖心からか、思うように力が出せない。やめて、離してという声も布に阻まれる。
相手がどのような人なのか、後ろに振り向いたら殺されかねない。慎重に、相手に従うしかできない。無防備な自分にも非があったが、莉菜は泣きそうな気持でいっぱいだった。
(大人しくついていって、いうこと聞けば解放されるかな・・・)
けれど泣き喚いたりしたら自分の命が危ない。
「殺したりはしない。そこまで僕はひどくはないから」
青年は莉菜にアイマスクをかける。自分が今から何をされるのか、薄々想像できてしまう。
身体を拘束されたまま移動する。後ろの男の力が強く逃げられない。しばらく歩いた後、ドアの開く音がし、乱暴に車の中に放られ、終いには大きい布で身体を巻かれ本当に身動きが取れなくなってしまった。どこかに捨てられるのだろうか、莉菜の心の中で不安が大きくなる。
大きい布が口元も覆っているため息がしづらい。
「…こ、ろす・・・・・・の・・・?」
布の中で篭って声が思うように大きく出せない。
「……殺しはしないけど、今から何をされるのか分からなくて怖い?」
「怖い……」
悲鳴をあげたり泣かないあたり冷静に考える力が残っている。後ろから男が運転する姿も見ることができなかった。
ウィンカーを出す頻度が高い、入り組んだ住宅街や繁華街にでも行くのだろうか。誘拐、風俗、ラブホテル……考えたくないのに頭の中に出てきてしまう。建物の明かりが車の中にも差し込んできて眩しく感じ、目を閉じてしまう。外の寒さからか、誘拐されたことの恐怖からか身体が震えてしまう。
「寒い・・・・・・」
莉菜の小さなつぶやきが聞こえたのか、男は暖房を点けた。車の中に投げられた時は荒々しい印象だったけれど根っから悪い人というわけではなさそうだった。
「着いた」
車が停められた場所は、繁華街から外れたひっそりとした場所にあるマンションの駐車場だった。マンションの管理は行き届いているようで外観も悪くはない。アイマスクが外され、初めて莉菜は男の姿を見ることができた。肩まである茶髪と眠そうな目、眼鏡をかけていて目元がよく見えない。
「え・・・、何でここに?どなたですか・・・?」
震える声で尋ねる。
「住むとこ提供しただけだよ。夜中に1人、困ってるみたいだったから・・・僕は政俊」
嘘だ、と莉菜は思った。住むところを提供するのにさっきみたいな強引な手を使うところ、なぜ自分が家出をしていて住む場所に困っているということを知っているのかが疑問に感じた。
「どこで、わたしのことを知ったんですか?」
「たまたま通りかかったら見つけただけ。あんなところに1人でいたら家出してるのかなって思うでしょ・・・それだけ」
少し苛立ちをこめた口調で返された。あまりにぎやかな環境が好きではない印象を受ける。
「それだけなら刃物突き付けたりしなくてもよかったんじゃないですか・・・!?」
言った瞬間、莉菜はしまったと後悔した。
「住む場所提供してやってるのに騒ぐなよ・・・」
舌打ちした後、政俊はぶっきらぼうな口調で答えた。莉菜の手を掴んで引っ張り、薄暗い部屋へを少し乱暴に連れていき、部屋の中に軽く突き飛ばす。
「この部屋は好きに使っていいから。あのまま寒い公園にいるよりかはいいでしょ」
外よりも部屋のほうが暖かい。急すぎる展開で、内心落ち着くのに精いっぱいだ。最初の政俊との出会いがいいものではないことからこれからのことに不安を感じてしまう。なんでナイフを当てられ、怖い思いをしなければいけなかったのかが莉菜には疑問だった。政俊という名前も顔も、今の莉菜の記憶にはなかった。改めて部屋の中をじっと見る。連れていかれた場所には、ローテーブルと布団だけという生活感のない洋室の部屋だった。
反発しても、追い出されて帰りづらくなってしまう。
(考え方を改めるしかないのかな・・・・・・)
寒さで凍えて倒れるよりは誘拐されている今の状況のほうがまだいい、と莉菜は思ってしまった。ナイフを当てられた首元は幸い深い傷にはなっていない。色々と考えなければいけないこともあったけれど今は疲れを取るために睡眠を取らなければ。
**
「痛・・・」
いつもの環境と違うこともあって、寝心地がよくなかった。敷布団が薄く、身体が少し痛い。寝る前はあまり部屋の中を気にしてはいなかったけれど、窓も時計も無い。外からの日差しも来ないので今が朝なのか夜なのかもスマートフォンを見るまでは分からない。スマートフォンを確認してみると、今は火曜日のAM10:24。時間を見た莉菜の表情が固まる。学校に行かなければ・・・・・・。今まで無遅刻無欠席で2年間通っていたので欠席日数や授業についていくことなどは大丈夫だった。けれどそれは無遅刻無欠席であればの話。莉菜はクラスの中でも浮いた存在だった。親に気に入られようと頑張って勉強し、その頑張りがクラスの担任も含め、何人かの先生のお気に入りにもされている。しかし、その状況がクラスメイトの気に障ったらしくリーダー格の同性の何人かにちょこちょこと嫌がらせを受けるようになり、止めることで自分が嫌がらせのターゲットになることを恐れた周りのクラスメイトも莉菜との関わりを避けるようになっていった。けれど何も取り柄がないといわれ続け、そのことを挽回するために学力では努力し、その生活がずっと続くと思ったけれど・・・・・・。
(期末試験も近いのに・・・・・・)
急いで行かなければ、と焦ってドアノブに手を掛けるけれど鍵が開かない・・・。閉じ込められている。
寝て落ち着いたはずなのにまた焦りの感情が出てくる。焦ってドアノブをがちゃがちゃと動かしても開かないことには変わりない。
そして、今いる場所がどこなのかが分からないことに気付く。窓も部屋の中にないこともあり、場所も検索することができない。
「はぁ・・・」
一気に肩の力が抜け、莉菜はぱたりと布団の上に寝転んだ。ドアの鍵も開かないうえにこの家の住所も分からない。こんなことで今までの努力が水の泡になってしまう。
なんでわたしがこんな目に遭わなくちゃいけないの。正体不明の男にいきなり連れ去られて監禁されている状況。これから毎日ここにいなければいけないのだろうか、そもそも自分を監禁して何がしたいのだろうかという疑問が大きかった。身代金・・・だったらどうしよう。
「ご飯、食べなくちゃ・・・」
昨日の夜ご飯も食べていない、そしてここのドアも鍵がかかって出ることができないので朝食も食べない。せめて窓があったら抜け出して何か買いに行けるのに。
政俊が帰るまでは自分はずっとこの狭い部屋でじっとしていなければいけない。莉菜は鞄の中にあるスマートフォンで時間を潰すことにした。着信履歴が13件、メール22件。学校からの連絡が殆どだった。はぁ、とため息が出る。この部屋からいつ出れるかも分からない、もしかしたらこのまましばらく学校には行けないかもしれない、最悪出席日数が足りなくて留年の場合もある。着信履歴に「死ね」という名前が表示され、莉菜は変に気まずくなり、名前を「母」に戻した。以前母親と喧嘩したときに、自分の話を聞いてもらえないのと自分を理解しようとしない母親に苛立って変えてしまった。相手にも伝わらないのにこんな方法で相手に対しての怒りを出している。悩みも、自分の怒りも発散して聞いてくれる相手がいないため身の回りのものに当たってしまう。母親にもらったぬいぐるみも今はもうボロボロになっている。喧嘩した後は紐でぬいぐるみの首を絞めたりドアノブから逆さに吊り下げ、母親に殺意を持ったときにはぬいぐるみの心臓の辺りをハサミで刺したりもした。ぬいぐるみ自体は何の罪も無いけれど、母親から貰ったものでもあり、ぬいぐるみが莉菜の怒りのサンドバッグになっていった。
メール欄を見てみたら自分の生活とは何の関係も無い迷惑メールだったので纏めて削除した。『初めまして、東京在住の23歳の彩瀬万梨江です。最近彼氏とマンネリ気味で……』 下らない。マンネリ気味なら彼氏の好きなことを自分も好きになってみたり一緒の趣味を持てばいいのに。他の21件も似たような文章だった。彼氏が素っ気ない、夫の浮気、彼氏が欲しい…自分宛てに女性からのメールしか来ないのが少し複雑な気持ちになる。
「あ……」
がちゃがちゃ、と玄関のドアが開く音がする。政俊が帰ってきたようだった。1人暮らしなのだろうか。今いる部屋のドアも開かれる。
「ただいま」
「お、お帰りなさい……」
莉菜のイメージする監禁はもう少し手荒な手段だったけれど今の状況は普通に挨拶も交わしていて、事件に繋がるような監禁ではなかった。政俊はコートを脱ぎ、近くの椅子にかける。
「山科の生徒か……」
『山科高校』は莉菜の通う学校だった。紺のセーラー服に、学科ごとに違う色のバッジ。有名な進学校だ。2年生になったら学生との進路相談、主にどのような大学を目指すかによってクラスが決まる。国立などの難関大学は特別進学αクラスで青色、私立の難関大学は特別進学βクラスで緑色。中堅辺り、地元の国立進学を目指す進学aクラスは黄色。地元の私立を目指す進学bクラスは水色。その他音大、芸大などにも幅広く対応している。
「あ、はい…政俊さんは?」
「……」
「ごめんなさい…」
政俊の眉間にしわが寄り、イライラしてる表情に威圧感を覚えつい謝ってしまう。
「謝らなくてもいいよ。…あと、昨日は痛い思いさせてごめん。首の傷」 ナイフで当てられた首筋。もう血も止まって痛みも引いてきた。
「あれからちょっと冷静になって考えてみたんだけど僕のほうもちょっとやりすぎだったな、って。このドアも開けておくからこの家の中、使っていいよ。あと、これご飯…お腹空いてるの気付いてあげられなくてごめん」
(同じ人とは思えない…)
昨日とは話し方も接し方も全く違って別人のようにしか感じない。別人すぎて一瞬双子なのだろうかと思った。
「怖かったよね、ごめんね。僕は友達が欲しかった。人付き合いが苦手で、異性どころか同性ともまともに仲良くなることができない…、公園で寂しそうにしてた君の話を聞いてあげたかったのとか仲良くなりたかったのもある。敵意を向けられるのが怖いんだ」
苛められた過去のトラウマから、敵意を向けられることを恐れ、これ以上向けられないよう先に自分から敵意としての護身用ナイフを持っていた、とのことだった。
監禁といういつ自分が危険な目に遭うかもわからない状況に置かれているけれど、連れ去られてすぐの頃よりも莉菜は不思議と怖いとは思わなくなっていた。連れ去られたときは自分に対して敵意しか感じられなかったけれど、政俊は悪い人ではなさそうというのが莉菜の今の気持ちだった。
「最初はびっくりしました。自分が殺されるのかとか、性的暴行を受けるのかとか不安で…警察に通報しようかなと。けど政俊さん、悪い人じゃない印象ですし……、敵意だったり悪意から身を守るために人を傷つけるものを持たせるようにしてしまった環境、想像したら怖いです」
ナイフを持ち歩くのは、心の中に「不安」があるから、人間関係にいつも不安を感じ、自分が被害に遭うことを避け、「護身」を考えている。
「わたしは大丈夫です。けど、これ以上わたし以外の人に危害を与えることはやめたほうがいいです・・・。自分を守ろうと必死になりすぎた結果、過剰防衛になったりで傷付く被害者も増えるし、政俊さん自身が一番つらくなります」
「会ったばかりなのに親切な忠告有難う。けど僕はそんなに優しくないよ。気が変わって君にひどいことをまたしちゃいそうになる、不安定なんだ。」
深くは話したくない、この話は終わり、と政俊は顔を背けた。
「わたしでよかったら…話し相手になります。政俊さんが言ってる、友達にも」
政俊が「え…」と意外そうな表情になる。
「友達にもなりたいです・・・、色々頑張ってもなかなか認めてもらえなくて、話す人もいなくて」
気持ちが不安定になりやすいのも、自分の性格とよく似ており親近感を覚えたので恐怖心もなく話せている。
「お母さんは頭のいいお姉ちゃんを可愛がってばかりでわたしのことをまともに認めてくれたこともない。お父さんも、お母さんが怖いからお母さんに従ってばかりで誰もわたしのことを見てくれない。・・・・・・誰かに必要とされたかった、ずっと。褒められたり、してほしかった……」
「こんな状況で言うのもおかしいと思われるかもだけど、わたしをここにいさせてほしい・・・・・・不安定で、傷つけられてもいい。必要としてほしい、・・・・・・・わたしを、見てほしいです」