Ⅲ
俺は、突如姿を消した彼女を探すべく、教室から右手の方向に伸びる薄暗い廊下をひた走っていた。その奥、突き当たりには、学校の七不思議である理科室がある。
そんなことはないだろうなと思いながら、ドアの窓から中をのぞき見てみた。
その時である。
「グガガ………私ノ………私ノ子ヲ………返セェ………」
「うわぁ!」
低く透き通った女の声だった。闇に包まれた室内から、何かうごめくのが見えたような気がした。
「………私ノ………私ノ子ヲ………返セェ………私ノ………私ノ子ヲ………返セェ………」
今だ続く、女の声に顔を引き攣らせ、後ずさる。腰の抜けた俺は一刻も立ち去るべく、身体を180度回転させようとした。
聞いたことがある。この理科室には、この学校に来るはずだった、少女の母親の霊が取り付いているらしい。9年前から………。
◆◇◆◇
「ハァハァ………言わなきゃ良かったな、んなこと、いきなり………大丈夫か?」
学校中を走り回った挙げ句、校舎の屋上に辿り着いた俺の目に、茜がぽつんと立っているのが見えた。
「ううん、なにも━━どうもないよ?」
「んなわけ………」
茜は振り向き、苦汁に満ちたはずの顔ではなく、心の底からの笑顔を俺に見せた。どこかで見たことがある気がする、と思った。
「えっとね、有難う、嬉しい」
「えっ?」
全てを受け入れたかのようなその声は、好きだ。
腰まで伸ばした黄金色のロングヘアをたなびかせ、こちらに近寄って来る。
「私、桐人君が大好き」
寒空の元、俺は人生初のキスをした。まるで永遠の誓いをするかのように。
二人の愛に応えて、うっすらと雪が降っている。
「あのさ」
「ん?ああ、私の病気?………大丈夫、キスで移る病気じゃないよ」
「いや、そうじゃなくて」
屋上に一つしかないベンチに並んで座る俺達の間は狭かった。
「9年前」
「ん」
「お前、俺とノルマントン2号に乗ってただろう?」
曖昧な記憶の欠片を総動員させ、僅かだが確か━━9年前のことを、走って茜を探していた時、思い出した。
「うん、そだよ」
今も雪は降り続き、既に1cmほど積もり、一面真っ白だった。そこにいる幼馴染みは、天使と相まって可愛かった。
「生き残ったのか?」
「いや、私は死んだよ」
茜は俯き、何やら思案している様子だった。
「え?」
「私、よく分からない。もしかしたら生きてたかも」
「じゃぁ、どうして━━」
「うーん、分からない。けど私は、桐ちゃんとの愛で奇跡的に、今もこうやって再開したことだし」
そうだ。これは奇跡だ。
あの事故後、泣き叫び幼馴染みとの突然の別れを嘆いた俺は、今またこうして━━昔が蘇ったかのようだ。
「私、死ぬまでの1週間、桐ちゃんとしたいことたくさんあるから、よろしくね」
「ああ、思う存分かかってこい」
俺は幸せ者のようだ。
茜の死を忘れて、これから1週間の計画をあれこれ考える俺達は。
しかし、次の日、茜は学校を休んだ。




