Ⅶ
某所
辺りを森林で囲ったある小さな小屋には、夜にも関わらず明かりが灯っていた。
ここはある反社会派国際犯罪者グループの砦だ。
国際レベルのハッカーが集うこのグループは、現在ある目的を持っている。
《鳥羽 茜の暗殺》━━それは彼らにとって最重要事項かつ、存在意義を問われる事業、そして、彼ら本来の目的でもある。
実を言うと、彼女の病は、ある工作員によって企てられたものだ。それ自体、殺傷効果は皆無だ。しかし、彼らによって彼女の身体を意図も容易く操ることが可能だ。
つまり、病は病気ではなくウイルス━━最先端の技術をもって作られたそれは、そこらのヤブ医者に分かるような代物ではない。
恐らく、彼女には不治の病と知らせられていることだろう。
ある外国人系の男性はニヤリと笑った。
彼は、反社会国際犯罪者グループ日本支部のリーダーだ。だが、この事業は彼が企てた気晴らしなどではなく、上からの命令だ。勿論、彼には何の得もない。今思えば、拒否権があったのではないか━━。
アンドラゴス=ルシア━━彼の偽名だ。幼い頃から両親から虐待を受けた。そのためだろうか、彼には全ての人間が恨めしく感じられる。
前人類に対する報復がためにこのグループに入ったのではないだろうか━━と、時折考えないこともない。
工作は今も絶えず進んでいる。
鳥羽 茜の入院している病院に手下を送り込み、幼馴染み赤坂 桐人との会話を盗み聞きしているのだ。新たな情報が入ることはないと彼にも分かっているのだが、律儀な性格故に諜報工作をしているのである。
夜通し勤めていた手下に休むよう指示した後、自ら頬を叩き活を入れた。
(俺も頑張らなければな)
◆◇◆◇
ある工作員が、リーダーであるルシアからの命令により、ターゲットの入院する病院に着いたのは昼を過ぎた頃のことだ。
慣れた動きで病室の天井裏に辿り着いた。心の中でホッと溜息をつき、事務としての顔で、隙間から下をのぞき見る。
(赤坂 桐人………リア充が)
ターゲットの下に顔を埋めてすーすーと寝息を立てる桐人をキッと睨みつける。自分は一度も女性と馴れ合ったことなど無いというのに━━。
しばらくうとうととしていると、下の室内から音がした。
いつの間にか桐人は起きて、ターゲットと何やら喋っていた。慌てて録音機のスイッチを押す。
………「お前のお母さん、なんで死んじまったのかなぁって」
「分からない」
「犯人………舞踏会の会場に逃げたんだろうけど。心当たりのある人は無いし、怪しい人もいないとなると━━どうしようもないな」
「そだね」━━
突如、工作員の足元を何かが通り過ぎた。
つい、ザッ、と足音を立ててしまう。
(ネズミか………!?)
下から椅子を勢い良く立ち上がる音がした。桐人だ。
気付かれたのでは、と一瞬背筋に悪寒が走る。
………「桐ちゃん、どうしたの?」
「もう、帰っちゃうの?」
「いや………何でもない………蚊が飛んでたから、叩こうと思って」
「嘘~、桐ちゃん、この時期は蚊なんて飛んでないよ?」
「ああ、そうか………何かの見間違えかなぁ、あははははは」………。
諜報工作は、夜まで続いた。
時折危うく音を立てそうになることがあったものの、桐人が病室から出たことを確認すると、足速に病院を去っていった。




