出会い
上野の駅につく頃は、傘をもつ人が目につくようになっていた。改札をでると、地面に突き刺さるような大雨がふり、山から流れてくる水のように歩道の水は低いほうにと流れ下水道へと排水される。流れの知らない雨水は水たまりとかわる。駅の売店で傘を買い、雨の中歩きはじめた。数多くの水たまりの雨水が、少しずつ靴に染み込む。視界にはいる動物園の入口は、足の冷たさに比例し、徐々に視界いっぱいになってくる。
その視界のなかに、彼女はいた。
一人赤い傘をさし、高校生とは感じさせないような毅然とした物腰で、俺のほうをみていた。
雨ということもあり、その他の人はまったくいなかった。
「こんにちは。せっかくのデートも雨ね。」みゆきは苦笑しながらいった。
「こう落ち着いてお会い出来てうれしいです。」
俺はみゆきとは電話で二度ほど話したが、初対面に近く少し緊張した。
「ねぇ。もう入場券買ったから中にはいらない。動物みながらお話も悪くないんじゃない。」
動物園にきたのが目的ではないのだが、みゆきの誘導でゲートをくぐり中にはいった。
広々とした園内は、人があまりおらず、雨の冷たさに耐える動物の悲痛な鳴き声がひびきわたっていた。
みゆきは俺の横から俺の顔を笑顔でのぞきこむ。
「あそこにパンダいるよ。」
みゆきが指した方向に目を向けあるきだした。
室内のようなトンネルのような建物をくぐり、ガラス張りの中に笹をむさぼり食うパンダがいた。
みゆきは口をあけたまま、笹を食べるパンダをじっとみていた。
そしてみゆきはパンダをみながら話し出した。
「まず、中村と私の関係から話すわ。私と中村は兄弟じゃないの。中村とは同じ組織に属してて、私が情報伝達するために兄弟っていうのが都合いいから、そういってるだけ。私は高校生でもなく、名前は工藤みゆき、今年で22になるわ。」
「ある組織って?吉祥寺駅の事件と関係あるの?」
俺の問いかけに、みゆきは数秒口をとじ、じっとパンダをみつめていた。
「ある。私達は破綻してる日本経済、混迷してる政治に嫌気がさしてるの。 戦後日本は高度成長期をむかえ、そして安定成長期と時代は流れ、1974年から下降をたどり、今となっては、アメリカ、中国のいいなりに。戦争を知らない人の作る国家は破綻への道をたどるわ。だから私達は戦後にリセットするの。どんな犠牲を払っても。」みゆきは、熱い眼差しで俺の目をみた。
俺はバックから飲みかけのペットボトルをだし、口に運んだ。
感情的になったみゆきは、雨で濡れた髪をみだらに振り乱しながら話した。
「私達は新しい国をつくるの『国が国民ために努める。』じゃないの。『国民が国のために努める。』ということなの。自分だけ幸せならそれでいいという人が多すぎるの。戦時中に国のために死んでいった人が、今の日本をみたら何って思うのかしら?」
俺はバックからハンカチをとりだし彼女に差し出した。
彼女は自分の価値観を夢中に話すなかで、いきなりハンカチを差し出す俺に、人の温かみを感じたような驚きの顔をした。
「あ、ありがとう。」
みゆきはハンカチで自分の髪を丁寧に拭いた。
「洗って返すわ。それにどうせまた濡れるし、かしといてよ。」
みゆきは大雨の中、あるきだした。俺はみゆきの腕をつかんだ。
「待って。あっちに室内のレストランあるから、少し雨が弱くなるまでそこで話さない?」
俺は言った。
みゆきの細い腕は冷たくなっていた。
みゆきは俺に対しての警戒心が溶けたような安心したような笑顔で、答えた。
「そうね。」