母の眠る島
次の早朝6時。ともみの家のチャイムがなる。オートロックのマンションはマンションの入口の来客者が部屋にうつしだされるようになっていた。
村川だった。
私は村川に少し待つことを告げ、支度をした。
全開に開けた窓からは、湿っぽい空気が部屋に流れ込み、生きる精気が失わせた。私の中のみゆきは私にいう。
『あなたの命なんて、虫けら並よ。宇宙の中のあなたの存在なんて、サクラを散らせる一瞬の風のようなもの。』
私はみゆきに答える。
『そうね。』
マンションの入口で村川と会った頃は、すでに柿沼は来ていた。私は柿沼の虚ろな顔を見ながら、笑顔で話しかけた。
「舞子。昨日眠れた。」
その笑顔は夢から覚めた彼女を少しでも、つらい現実から開放してあげたい私からの心使いであり。その心使いもまた、柿沼舞子から習ったものだった。
「うん。少し寝たかな。」
柿沼は答えた。
そのやり取りを横で無言で聞いていた村川が、
「それじゃ。行こうか。」
孤島までは船で4時間くらいかかるようだ。船の中には、私と柿沼と村川。そして柿沼の母の亡骸。その他に父親の組織の男が三人同乗していた。三人の中には私と同じくらいの歳の男の子が乗っており、村川は彼を息子のように可愛がっているようだった。
「ともみちゃん。舞子ちゃん。こちら中村君。ともみちゃん達と同じくらいの歳だよ。仲良くしてあげてね。」
中村は恥ずかしげに村川の影に隠れている。
「ところでともみちゃん。みゆきちゃんは?君のお父さんからは、あなたのことみゆきっていっていたけど、舞子ちゃんのことで学校側の名簿みてたら牧草ともみってのってたから。びっくりしたよ。みゆきちゃんは元気かい?」
やはり村川は気づいていたようだ。
「死にました。私が青森で殺しました。」
私は母親に口止めされていたことを意図も簡単に口にした。私としてはみゆきの死は隠す必要はないと思っていたからだ。
柿沼は普通に答えた私の言動を冗談にとり、中村は口を閉じ村川の影に隠れ私を見ているだけで、村川だけが重いまぶたを閉じ、眉間にしわをよせ静まりかえっていた。
船は大きな波に揺らされ、船が右に左に傾き
静まりかえっていた村川の表情が波のように揺れ始めた。村川は40代の深く刻まれたシワを増やすかのように目から涙が流れ話した。
「私はね。昔あなたのお父さんとお母さんと私でね、いつかこの日本で革命を起こそうと息巻いていた頃があった。それは戦後の日米間の友好条約と偽った米国の一方的なやり口に気に入らなかっただけで、今になってはそれも満更でもないと感じているよ。それはね。あなたのお母さんがあなたとみゆきちゃん二人の双子を産んだ時に、私達の次世代の子供が戦いよりも共存共栄を重んじ平和的な生活を望んでいたからなんだ。この双子の人生を全うできるように。死んでほしくはなかった。私達三人の考え方はそれぞれ違うけれど、私達の各々の意志をついで欲しいとは更々思ってない。ただ自分が正しいという道に進み次世代を作っていって欲しい。私は人間の一生とは尊いものと思う。君もみゆきちゃんも自由であってほしかった。私にも一人、ともみちゃんくらいの息子がいてね。いつかともみちゃん達と何か新しいものを作り上げてほしかった。」
村川は泣いていた。
それを隠すように席を立ち私達の場所からいなくなった。
船は大きく揺れながら前に進む、柿沼の母親の夢を乗せながら。
その場から村川がいなくなった後、残された中村は口を開けた。
「ともみさん、それとも、みゆきさんってよんだほうが良いですか?」
「みゆきでいいわ。」
「僕。母親と父親と離婚しまして。母親と住んでるんですが、母親が男つくって、出ていちゃっていないも同然なんです。僕も以前はそういう母親に殺意をもっていました。でも村川さんと会って、そんなことどうでもよくなったような気がしてきたんです。僕の置かれてる環境より自分の気持ちのが大切だと思いまして。まぁ僕の場合は時々会う父親が僕に愛情を注いでくれるのもありますが。」
黙っていた中村は一転し長々と話した。
私は今までの人生に否定は感じていたが、村川、中村に完全な共感もしなかった。
それはみゆきを殺してから、私の中にみゆきが住みついているからである。そのみゆきが私に語りかける。
『もう遅い。遅いよね。ともみ。』
そして船は見知らぬ島の船着き場に止まった。