秘密
腐敗した死体は彼女の母親だった。ほとんど髪が抜け落ち、顔面が限りなく骨の形を浮き彫りになり、変色した肉が今にもとろけ落ちそうに泥のように骨にへばりついていた。そしてむき出しになった眼球は彼女と私をみつめている。
「お母さん。友達のともみちゃんだよ。」
彼女は私のほうをみて、溜まりにたまったダムの水がとうとう溢れだしたように私にいった。
「ともみちゃん。もう私。限界。こんなお母さん見たくない。どうすればいいの。ねぇ。ねぇ。教えて。ねぇ。教えてよ。」
彼女は涙ながらに私に何度も言った。
私は彼女の問いに答えることができずに黙っていた。
台所のフライパンにのっているハンバーグの焦げる匂いが鼻につき、肉の固まりから流れる肉汁の跳び跳ねる音が私達の耳に入ってくる。
「とにかく、全部教えて。」
泣いてる彼女の両肩に手をのせ私は彼女と向かい合った。
「うん。お母さんね。私が学校から帰ってきたら、動かなくなってたの。お風呂場で。それが一週間たっても、一ヶ月たっても動かないの。」
彼女は母親が死んでいるのが、わかっていたかもしれないが、唯一の肉親の死を受け入れられないでいるだけなのだろう。
多分彼女の母親は自殺した。腐敗した口からアゴにかけて黒く色が変わっていた。あれは薬物か何かを飲んで血を吐いた跡と推測した。
私は彼女を安心させるために、まんべんな笑顔を彼女に見せながら、
「大丈夫。安心して。私がなんとかする。とにかくあっちに行こう。」
フライパンの上のハンバーグはすでに真っ黒な炭に変わっていた。私は台所の火を消し、その上についている換気扇のボタンをおした。換気扇は勢いよく回り始め、すべてを吸い込んでくれた。
母親の死体と過ごした数ヵ月、彼女はどんなことを考えていたのだろうか。私がみゆきを殺した時、みゆきのバラバラになった死体を人気のいない山中に置いてきた。それは誰かに見つかってはまずいというものではなく、みゆきを自然中、いや土に、大地に帰う。と思ったからで。 決して彼女のように死んでからも尚自分のそばに置いておくとは私の中で理解できなかった。
母親の愛を一心に受けて成長した柿沼舞子を、毎日闘いの中に身を置きながら育ったともみには理解できなくて当然だった。
柿沼は部屋から離れようとしなかった。部屋からではなく母親のそばから。