第一部 村川ヒロシ編 始まり1
高校を卒業したヒロシは、東京の中央線の国分寺にいた。大学入試に失敗したヒロシは来春の大学生活を夢見ながら、予備校の寮に住んでいた。三畳の部屋に備え付けのベットに机、冷蔵庫、エアコンがあり、トイレと風呂は共同だが、生活する上では何一つ不自由しなかった。
「おーーい 村川。なんで最近予備校こねーの。」
洗濯物を干している俺に、ベランダごしに話しかけるのは、隣り部屋の中村だった。
眩しいくらいの太陽、俺の視界を暗くさせ、中村の声が能に響き渡る。
「よく 昨日あれだけ酒飲んで、朝起きて予備校いけたな。」
俺は言った。
覚えたての酒は、俺の能を溶かし、すべてをリセットしてくれる。
「おまえの場合、酒のんでも、飲まなくても予備校こねえだろ。」
中村は笑いながらいった。
俺は中村の笑顔に笑顔でかえした。
俺は早々に洗濯ものを干し、部屋の机にむかった。夢中に教科書を読んでいると、耳から入ってくる音が消え、目に移した文字が能の中で映像化される。上映時間は人によって個人差はあると思うが俺は二時間が限界。
そして、机の横の窓を全開にあけ、新鮮な空気を体に注入する。それを何回も繰り返すことが俺の一日だった。そして深夜12時に就寝する。
めずらしく隣りの部屋の中村が俺の部屋をノックした。
「村川起きろよ。一緒に予備校いこうぜ。」
俺はノックの音に飛び起き、手で髪の毛を直しながらドアをあけた。
「ういっす。早く着替えろよ。たまには予備校いかねえと田舎の母ちゃん泣くぞ。」
爽やかな顔をした中村は俺にいった。
「五分待ってくれ。」
俺は手で顔をこすりながら、教科書とノートをバックの中に放り込んだ。
慣れない目覚めで調子を崩した俺は会話することなく、中村と駅に向かい、新宿行の列車に乗った。朝の列車は通勤のサラリーマンがごった返し、右に左に体が揺れる。100人以上の人を乗せ列車は走る。目的地まで約20分、見知らね女性に体がぶつかる。その度に頭をさげ小声で、
「すいません。」
と俺は言う。
俺たちは人混みの中、体ねねじ込むようにかき分け、列車から降りた。
「村川。まだ時間あるから飯食わねぇ?」
中村は言った。
俺はどこかで落ち着きたい一心で、
「そうしよう。」
へ返答した。
朝の吉祥寺駅はイナゴの大軍のようなスーツを着た人が改札に群がる。
俺も中村も、イナゴの一匹だった。
「おはよう。お兄ちゃん。」
俺は見知らね女性の声に振り返った。
隣りいた中村は待っていたとばかりに
「おせーよ。こいつ妹のみゆき。」
制服をきた女子高生のみゆきは、無垢な笑顔で話しかけ、背中に背負ってる体より大きなリュックの中から大きな封筒をとりだし、中村に手渡した。中村は封筒を受けり、妹の目をみながら頷いた。
「それじゃあ、私学校いくね。村川さん、これからも兄と仲良くしてあげてくださいね。」
中村の妹は俺に軽く頭をさげ去っていった。
「おまえに妹なんかいたんだ。」
中村は封筒の中の書類をじっとみていた。そして俺の言葉を遮るように
「悪い村川。ちと用事できた。さき予備校いっててくれ。」
ぶっきらぼうに言葉を発っし、中村は背中をむけた。
「おいおい、理由くらい話せよ。」
俺は中村の背中越しに話したが、中村は小走りに人混みの中に消えていった。
一人残された俺は肩にかけたバックを違う肩にかけ直し予備校にむかった。吉祥寺の駅から徒歩で約15分、たいした距離ではないが、歩き慣れてない俺には10キロ近い距離に感じた。
その時だった。後ろから熱い風圧が俺の背中にぶち当たり、前のめりになり、耳には凄い爆発音が飛び込んできた。
振り返るとそこには空めがけて一直線に立ち上る太い煙のトンネルがあった。人が駅から飛び出し、更なる爆発が風圧と鼓膜が破れるほどの爆発音を発生させる。人々は耳をおさえ、我先にと逃げ出す。立ち上る煙は炎をおおい青々とした空を闇に染める。世界が終わった瞬間だと思った。
俺は駅で別れた中村が心配になった。彼はまだ中にいたのだろうか。最悪の状況しか見えない。俺は駅に近寄ろうとも、パニックに陥ってる人々の群で進めない。
『中村ーーー。』
俺は頭の中で名一杯叫んだ。
非情にも爆発は更なる爆発を引き起こす。俺は狂喜に満ちた人々の大きな波にながされ遠ざけられた。
俺は道路に膝をつき、波の中に中村の姿を探した。
しかし彼はいなかった。