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模擬戦 セロVSバスク

 傭兵会社『アースラ』六階層。セロ達が自室を持つフロアだ。

 セロ達四人はこのフロアの端にあるトレーニングルームにいた。

 

 三階層から六階層の全ての階層にトレーニングルームは設けられているのだが、スペースの関係上、上位のランクのものほど上の階層のものを使用することになっている。

 つまり、自分の部屋があるフロアのトレーニングルームを使ってくれ、ということだ。


 中の広い空間は二つに区切られ、片方は広間に、もう片方は模擬戦専用の部屋のなっている。

 そこは模擬戦が行われる半径五十メートルの円形ドーム状をなす一階と、それを観戦するための二階に分かれており、二階には流れ弾の危険を無くすべく、魔術によって強化された特殊なガラスで仕切られている。

 これだけの施設をそろえているのだから、『アースラ』がどれだけ巨大な建物かというものが分かってもらえるだろう。国からのバックアップもあり、この施設を維持することが可能になっているのだ。

 

 戦時には国王直属の軍隊だけでなく、傭兵も召集される。この国は徴兵制で農民を兵士として使用するが、それでは戦力も士気も低く、敵国に敵わないためだ。

 よってかなりの数が存在する傭兵会社の内、上位の会社には国から多大な資金が出されている。訓練の手間をかけずとも勝手に強くなってくれる傭兵の存在は、国にとってもありがたいものなのである。


 今、一階のドームにはセロとバスクが、二階の観客席にはイルミナとエレナがいた。他にもちらほらと他の隊員の姿も見える。見る分にはランクの制限はないので、誰でも来ようと思えば見に来ることができるのだ。

 

「ところで、イルミナはどっちが勝ってほしい?」


「え? そ、それは……」 


エレナの質問に、即答することができないイルミナ。

 

 どちらが勝ってほしいか。どちらが勝つかと言われたらイルミナはバスクだと即答するだろう。

 積んできた経験が違う上に、セロは魔術を使用できないはずだ。

 『あの姿』にバスクがならずとも、勝利は間違いないだろう。まぁ、模擬戦でそこまでするとは思わないが。

 

 しかしエレナの質問はどちらが勝ってほしいか、というもの。これは彼女の気持ちの問題になる。

 だからこそ、イルミナは即座に返答できなかった自分に驚いていた。

 長年苦楽を共にしたバスクと、昨日あったばかりのセロという少年。


 何故、答えに迷うのか。

 何故、迷う必要があるのか。

 

「あはは、ごめんごめん。難しいこと聞いちゃったね」


「いえ……そういうわけでは」


 答えがなかなか出せずにいるイルミナを見かねてか、エレナが苦笑する。

 ついで、その顔には我が子を導く母のような、優しげな微笑が浮かべられた。


「いずれ分かるよ。その気持ちの正体が、ね」


 


 ドーム状の形をした一階。セロとバスクの両者は中央に向かい合って対峙していた。

 セロの手には先ほどバスクが持ってきてくれたバスタードソードが握られている。研究所で〈ゾンビ〉の群れをなぎ倒した際に使用していたものだ。

 対するバスクも右手に柄の長さが一メートルほどあるアックス。刃が照明を反射し、禍々しくぎらついている。刃と柄の接合部分には青銅のようなものが使われているようだ。

 あの温和そうなバスクにしては少々、いや、かなり凶悪な武器。

 

「あの……死ぬ可能性ってあります?」


 アックスの放つ並々ならぬ凶悪さに表情を引きつらせるセロ。

 それを察してか、バスクはその得物を扱うに相応しいような獰猛な笑みを浮かべる。


「安心しろ。ここには高レベルの治癒魔術を取得している者が何人もいる。四肢が切断されようが即座にくっつくさ」


「……そうですか」 


 暗に「手足の一本くらいは覚悟しておけよ?」と言われている気がするのは気のせいだろうか。

 

 ついでだ、と付け加えてからこちらに向けてグローブを外したバスクの手が出される。

 てっきり試合前の握手かと思って差し出された手を握り返した瞬間、セロはその驚きに目を見開いた。


「硬ッ……!?」


 その手はまるで鋼鉄。生物本来の温もりを全く感じさせない無機質な感触だ。


「獣人は基本的に高い身体能力を活かした体術で戦う。肉体の強化魔術がせいぜい、と言ったところか。私の場合は魔術によって自身の肉体を硬質化できる。その剣くらいなら防げるぞ」


「何でそれを言うんだ? ばらしても勝てるってことか」


 まさか、と首を振るバスク。


「お前は魔術が使えないらしいからな、情報に関して少しでも有利にしてやっただけだ。遠慮はいらんぞ」


「……そりゃどうも」


 それを皮切りにして、フィールドの中央を離れた両者は所定の位置につく。

 その距離、十メートル。

 勝負はどちらかが気絶、もしくは降参するまで。

 

 しゃらん、と甲高い音をたてて白銀の巨剣を鞘から抜き放つセロ。

 魔力が込められた――そのおかげで刃こぼれや切れ味がなくなっているらしい――刀身がその魅惑的な輝きを露わにする。

 此方が腰を落として巨剣を中段に構えたのに対し、バスクは動かない。

 何もせず、ただ直立して不動の構えを保っている。

 

(よっぽど舐められてるってことか……ッ!)


 セロの剣を持つ手にぎりっ、と力が入る。


「いつでも来て構わんぞ」


 バスクの平然とした言葉が終わった瞬間、セロが前方に向けて飛び出した。

 体の右側で剣を地面と水平に持ったまま、一瞬でその距離を縮める。


「せあっ!」


 横薙ぎに振るわれた巨剣。  

 

 が、一瞬の迷いがわずかにその速度を鈍らせた。

 それは相手の命への気遣い。

 

 そしてその瞬間、バスクの目がわずかに細められた――ように見えた。

 

 迫る巨剣と体の間にアックスを割り込ませ、その柄で横薙ぎを受ける。

 硬質な金属同士を思いっきり叩きつけたような甲高い音。

 その状態で二人は競り合う。

 

 そのままの硬直状態が続くかと思われた矢先、バスクが動いた。


「なっ!?」


 刃と触れあったままの柄を滑らせたのだ。

 激しい火花を散らしながらも吸い込まれるようにそれは接近し――一撃。


 めきっ、という不快な音。

 一瞬遅れてセロの体は数メートル後方まで吹き飛ばされた。

 床を一転、二転とし、やっと止まる。

 

 客席からは悲鳴にも似たどよめきが上がった。


「がっ……げほっ!」


 バスクが当てる寸前に斧を反したので致命傷ではないが、あばらの骨が何本か折れていてもおかしくない。それほどの衝撃だった。


「遠慮するなと言ったはずだ! 俺を殺すくらいの気持ちでなければ、触れることすらできんぞ」

 

「ぐっ……!」


 ずきずきと痛む脇腹に手を当てながら、ゆっくりとセロは立ち上がった。


 あぁ、そうかい。

 そっちがそう言うんなら、もう容赦しねぇぞ。

 

 心の中で固く決心する。

 それと同時に再びの前傾姿勢。

 痛みが体中でのたうち回るが、意識の外に追いやる。

 ただ、目の前の「倒すべき相手」のみに全神経を注ぐ。


「ほぅ……」


 セロには気づかれない程度にして、バスクは口元を歪める。

 目の前の人物の雰囲気が変わったのだ。

 

 先ほどまでは自分、あるいはバスクの命を気にかけすぎているのが表情に出ていた。

 それは、命をかけた戦闘では絶対にやってはいけない行為。 

 引けた腰では全力は出せない。

 が、今のセロからはもうその気配は感じ取れない。


(大したものだ。本来ならこうなるまでにもっと時間がかかるんだが……)


 これなら、楽しめる。


 無意識のうちに、バスクの両手に力が入る。

 目には先ほど見せたものよりも獰猛で、荒々しい光。


「来い……セロ!」


「うおおおお!」


 セロは先ほどと同じ体勢で駆ける。

 が、その速度は比べ物にならない。

 さながら、放たれた漆黒の弾丸の様。

 

 また横薙ぎか、と構えるバスク。

 しかし、その予想は裏切られた。

 バスクまであともう数歩、というところで右側に構えられていた剣がわずかに沈む。

 

 右下方向からの切り上げ。


「ぐっ!」


 バスクはぎりぎりのところで上体を反らして避ける。

 刃が胸のあたりの毛を僅かに掠め、それ自体が攻撃であるかのような風圧が全身を叩く。

 

 しかし、受けるのではなく回避をしたことによって反撃のチャンスを得た。

 振りかぶり、そのまま斧の刃を叩き込もうとするが、セロの攻撃はまだ終わってはいなかった。

 白銀の巨剣の勢いに逆らわず、体をぐるりと回転させる。

 そしてそのまま水平に一閃。

 再びアックスの柄で一撃を受けるバスクだったが、細身の少年による全体重、遠心力を存分に加えた一撃は、その巨体をそのまま吹き飛ばした。


 再びどよめく観客達。

 当然だろう。細身の少年が、まるで大木のような体躯のバスクを吹き飛ばしたのだから。


 床を滑るようにして後退するバスク。

 セロも攻勢に移る隙を与えまいと、再び颯のように距離を詰める。


「ッ!……舐めるなぁ!」


 水平に振られた片刃斧を、セロは大剣の腹で受けて軌道を逸らす。

 お返しとばかりに繰り出された回転切りは、バスクの硬質化した手刀によって弾かれる。

 

 まるで事前に打ち合わせをした演武のように、流れるような攻防が続く。

 実力が下の伴わない大部分の者達は武器の軌跡すら目で追えなかっただろう。

 実際、この場所で一つ一つすべての打ち合いをはっきりと知覚できているのはイルミナとエレナくらいのものだ。

 

 よって二人はどちらが押しているのか、ということもはっきりと分かっている。

 セロの繰り出す斬撃をすれすれのところで回避、もしくは相殺し続けているバスク。危うい場面はいくらかあったが、入った、といえるようなものはない。

 対して体術を合わせたバスクの攻撃のほとんどはセロが無効化しているが、中には致命傷にならない程度に当たっているものもある。

 徐々に決着の時が迫ってきていた。


 大上段から振り下ろされた剣戟を右腕で受けるバスク。

 初撃よりも何倍も大きな金属音が響き、大気を震わせた。


 セロがバスタードソードを引こうとするが、それをバスクは許さない。

 右手を伸ばし、剣の刃を握りこむ。これは硬質化されているから行える技で、もしそうでなければ彼の指はすっぱりと切断されていただろう。

 そのまま左手のアックスをセロ目掛けて叩きつけんと振るう。

 当然刃は反していない。

 このまま当たれば胴体を真っ二つにしかねない一撃。

 

(こいつ……殺す気かよ!?)


 空中、尚且つ剣を掴まれている状態では回避する術はない。


(だったら……!)


 セロは自らの剣の柄を思いっきり引き寄せる。

 剣はバスクによって固定されているので、反動で身体が前に出た。

 

 なんとかアックスの凶刃からは逃れたが、柄が先ほど受けた一撃と同じ個所に食い込む。


「ぐっ……あああ!」


 失神するほどの強烈な痛みがセロの体を駆け抜けるが、耐える。

 吹き飛ばされないように両手で柄を握りしめることで衝撃を殺し、バスクの眼前に飛び出る。

 

 セロの無謀ともいえる行動に、バスクに一瞬の隙が生じる。


「ぜいやああああああ!」


 飛んでいきそうになる意識に必死に手繰り寄せ、裂帛の気合いと共にバスクの眉間目掛けて拳を突き出す。勝てないまでも、せめて一撃。そんな思いで繰り出された、辛うじて繰り出した打撃だった。


 しかし、さすがは上位ランカーといったところか。

 驚異的な反応速度で首を捻りセロの決死の突きを躱すと、強靭な咢で剣山のように並び立つ牙をその腕に突き立てた。

 ミシリと音をたてて骨が軋む。


 その勢いに遠心力を加え、振り向きざまに腕から牙を引き抜く。

 セロの体はそのまま空中を滑空し、数メートル後方の壁に背中からしたたかに打ち付けられた。


「う……まだ……だ……」 


 一瞬持ちこたえたかのようによろよろと数歩進み、がくり、と糸が切れた操り人形のように崩れ落ちる。

 

 バスクはただ、その姿を見つめていた。




「勝負あり、かな」


 いつになく真面目な面持ちでエレナが呟く。

 イルミナはただ、言葉もなくその光景を見つめていた。


 最初から分かっていたことではないか。


 しかしどこかで、「もしかしたら」と思う自分がいたことも事実だった。

 が、結果だけでいえばセロの惨敗だ。 

 バカなことを考えていたものだ。

 いつの間にかきつく握りしめられていた両手の力を抜く。

 

 一階のフィールド内へとつながる通路に向かうべく立ち上がると、何やら微笑ましいものを見るような目でこちらを見てくるエレナの視線とぶつかる。


「フフッ、セロ君の手当てかい?」


「……バスクにお疲れ様って言ってくるだけですから」


 やけに荒々しい足音を立てて通路へと歩き出すイルミナ。

 その背中が離れるにつれて小さくなると、エレナの口から一言。


「……若いねぇー」


 一瞬自分が二十歳なのも忘れてしまっていた。


 その時、彼女の右後方、少し離れたところから観客の一人である男の声が聞こえた。


「はっ! いい気味だぜ」


 エレナがそちらを見ると、頭部以外を鎧で覆った若い男の姿。髪を金に染め、じゃらじゃらという音が鳴るほどの大量のネックレスやらチェーンやらを首から下げている。鎧もかなり自己流でアレンジされているようだ。

 どうやらエレナの存在には気づいていないらしい。同じような格好をした数人の仲間達と話しているようだ。彼らの視線の先にあるのは、言葉からして倒れているセロの姿だろう。


「よくもまぁ、バスクさんに勝負なんか挑めたもんだ」


「身の程を知れっての。ま、イルミナさんにちょっかいだす馬鹿には無理な話か」


「まったくだな。これに懲りたらもう――」


「――おい、お前ら」


 ぴたっと男らの動きが止まり、エレナの方に視線が向く。

 彼女の顔には微笑が浮かべられている。

 そこからは不思議と慈愛や慈しみといった感情は読み取れない。

 しかし男達は、いや、ここに所属する隊員全員はその表情に秘められた感情を知っていた。


「エレナさ……!? いや、今のは……違うんすよ! 俺達は、ただ――」


「あ? うるせーよ」


 その表情からは考えられないほどの、底冷えするような声。その瞬間、男達は悟った。

 怒らせてはいけない相手を怒らせてしまった、と。


「次に私がそっち振り向いた時、まだそこに居たら……どうなるか、分かるよな?」


「は……はいぃ……」


 男達は逃げるようにして出口に向かう。


「……全く、興冷めだよー」


 瞬時に普段の雰囲気へと戻り、鼻歌交じりにイルミナ達三人を見つめるエレナ。

 そこにはもう、一瞬だけ顔を見せた『アースラ』社内ランキング不動の一位、エレナ=クリスティアの姿はなかった。

   

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