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傭兵会社アースラ━3

 イルミナとバスクの二人に連れられて、医務室を出るセロ。

 そのまま三人は右手側の通路に歩を進める。

 

 硬質な材質でできた床はゆるくカーブを描きながら、かなり長く続いているようだ。

 五人程なら一列に並んで歩けそうなほどの幅の通路には、医務室のほかにもいくつかの部屋が見受けられる。

 左側はガラス張りになっており、夜の帳が降りた外の景色が一望できた。

 

 セロはそこから見える光景に思わず目を奪われる。そこから眺めることができた景色が、この世界そのものを表していた。

外には西洋風の四角張った住居が並ぶ住宅街。その内部からはぼんやりとした明かりが漏れているのが確認できる。科学が存在しないこの世界では、おそらく発光ダイオードなどによる光ではなく、魔術によって生み出されているものだろう。

 さらに数キロほど先には、まるで城のような豪勢な邸宅がいくつか構えられており、当然それらは周りの住宅の数倍はある。窓から漏れ出る光も他の比ではない。住んでいるのは位の高い人間らしいことが窺えた。

 

 ここが自分の知る世界ではないという確信めいたものは既に持ってはいた。しかし実際にそれを目の当たりにするとやはりショックは大きい。

 

 セロ自身完全に記憶を失ったわけではない。自分に関すること――例えば名前や研究所で目覚めるまでの経緯――などは思い出すことができないが、自分が元々いたであろう世界の常識や文化などははっきりと覚えていた。

 だから分かるのだ。この世界は自分の本来の自分がいるべきところではない、と。

 同時に、それをイルミナ達に話したところで余計に混乱させるだけであることも分かっていた。彼女らはセロが記憶を失っているだけの、この時代の人間であると思っている。

 

「何やってんのー? 早く行くよー」

 見ると、二人はもう自分よりもかなり先に進んだところで立ち止まっている。

 そそくさとセロが二人に追いつくと、イルミナがからかうような視線を寄越した。


「そんなにいい眺めだった? もう夜だから何も見えないでしょ」

「いや、そのー……でっかい城だなーと思ってさ」

「……あぁ、あの貴族達の邸宅のこと?」

 イルミナの言葉には、表情には出さずとも嫌悪の色合いが多分に含まれていた。どうやら、彼女は貴族とやらにはいい感情を抱いていないらしい。


「ろくな連中じゃないよ、あいつらは。位ばっか気にしてさ、平民のことバカにしてるし。傭兵だって自分達の言うとおりに動く手下か何かだと勘違いしてるし……んもぅ、私達はそんなんじゃないっての」

 

 語気を荒げて不満を吐きだす彼女を、慣れたものなのか、バスクが「まぁまぁ」となだめる。


「貴族の中にもちゃんとした方はいらっしゃいますし、我々も国王や貴族の支援あってこそ動けるのではないですか」

「まぁ……そうだけどさ……」

 イルミナは一応は怒りを納めるも、まだ何かブツブツと呟いている。


(よっぽど嫌いなんだなぁ……)

 

 彼女の前で貴族の話はなるべくしない方がいいな、とセロはこの新たな知識を心のメモに残しておくことにした。


 ■


 どうやらこの世界にエレベーターというものは存在しないらしく、三人は階段を使って最上階へと進んでいった。この『アースラ』という傭兵会社は全部で七フロアある建物らしく、やはりどこの世界でも社長室は最上階にあるらしい。セロ達のいた医務室は五階層だったので、近かっただけ幸運だったといえる。

 

 社長室に向かう途中で聞いたのだが、この会社の一階層は依頼などの受付、二階層は食堂、三階層から六階層はトレーニングルームや各隊員の個室があるらしい。イルミナやほとんどの隊員は此処に住み込みで働いているそうだ。

実際に外で活動する隊員の他に、事務的なことをする者もいて総隊員数は五百人前後とのことだった。

 ちなみに傭兵にはランクというものが存在するようで、上のフロアの個室の者ほどそのランクが高いらしい。

興味本位で二人に聞いたところ、二人は社内のランキングでも上位に食い込む実力だと聞いたときは驚いた。 

 ふふん、と自慢そうに胸を張り、「こんなに可愛くて強い私にエスコートしてもらえることに感謝なさい」とか言われたときはランキングとやらに性格は考慮されていないことを理解したが。


 そんな話をしているうちに、最上階のフロアを真っ直ぐ進んだ突き当り、「社長室」とのプレートが付けられた扉の前に着いた。

 年代を感じさせる木製の扉をイルミナが数度ノックすると、「入れ」という男の声が中から聞こえる。 

 その声からは年代を特定することは難しかった。

「失礼します」 


 扉を開け、しっかり一礼してから中に足を踏み入れるイルミナとバスク。

 先ほどまで自分をからかっていた同年代の少女の姿はもうそこにはなかった。


(さすがはプロってところか……) 


 驚き半分感心半分で、二人の真似をしてセロも続く。


 そこは医務室よりも少し大きめの部屋。クリーム色の壁に囲まれたその場所は、面積からすれば非常に調度品というものが少なかった。

 入り口とは反対側の両角には同種の観葉植物が据えられ、部屋の中央には透明の小さなテーブル。その左右にはソファがあり、それらから少し離れたところに一際立派なデスクと皮製の椅子。その椅子の背にもたれかかって座す男がいた。

 

 セロはここに来るまでに社長というものがどんな人物であるのかと勝手な想像をしていた。傭兵という猛者達の頂点に立つ者なのだから、きっと厳めしい面をした、軍人気質の人間なのではないか、と。

 しかし、目の前の男にそのような雰囲気は全くなかった。

 髪はぼさぼさで髭も伸び放題。くたびれて皺が刻まれたシャツに色褪せたズボン、黄色のロングコートを纏ったその姿は部屋の清潔感にそぐわず浮いて見える。

 決して線が細いわけではないが、かといってバスクのように鍛え抜かれた肉体といった感じも受けない。

 大きめのデスクの上、お世辞にも整理されているとは言えない書類の束が見た目通りの人物であることを物語っている気がしてならない。一会社の社長という、人に会う機会なども多くあるだろう人物がこんな感じでいいのだろうか、と心配になってくる。

 

 呆気にとられているセロのすぐ横で、イルミナが一歩前に進み出ると一礼する。そのきびきびとした様子からは、先ほどの彼女とは別人ではないかという感じを受けた。彼女が目の前の男を侮っているような気配はない。


「研究所にて保護した、セロという少年を連れて参りました」


 男は軽く手を挙げることでイルミナの礼に応える。

「おう。よく来たな、って呼んだんだから当たり前か」

 その視線は三人、次いでセロただ一人に注がれる。まるで頭の先からつま先まで、じっくりと観察されているようで、セロはむず痒さと同時にある違和感を覚えた。

 その原因は、先ほどずぼらそうに見えた社長という人物の眼。まるで何も見ていないようであるが、その奥には暴れ狂う猛獣でさえも従えそうなほどの獰猛な光が潜んでいることに気が付いたのだ。


――ただのオッサンじゃないってことか。

 

 セロは声にならない呟きをもらす。 

 そして先の自分を戒めた。この世界では、容貌でさえもが油断させる武器になりえることを悟って。


「なるほどねぇ……確かに面白そうな気がするな」

 男は何かを納得したように、にやりと笑った。

「セロ……だったか。俺はこの傭兵会社『アースラ』社長、ウルス=クルーガってもんだ」

 

 まぁよろしく頼むわ、というウルスの言葉に、セロはぺこりと礼をする。

 そしてウルスの視線は再びイルミナへと戻る。


「そんじゃまぁ、報告を聞くとしようかね」


 ■


 イルミナがセロについて分かったことを告げる間、ウルスという男は全く反応を見せず、淡々と聞いていた。

 唯一、セロが重度の記憶喪失であることについて述べられた際に目を細めたくらいだろうか。

「記憶喪失、か」

 彼は気怠そうににぼりぼりと頭を掻き、しばらく考え込むような素振りを見せた。

 ここに来る途中ふと聞いてみたのだが、セロの扱いについてイルミナとバスクの二人の考えは、保護観察というものだった。記憶がなく行く当てもないのなら、せめて記憶が戻るまでは面倒を見てくれるのではないかということらしい。

 はたして――。


「まぁ、他に手がなけりゃ、記憶が戻るまではここで面倒を見てやってもいい」

 ウルスの口からは二人の予想と同じ言葉が出たが、彼は「ただし」と付け加えた。

「ここに住むからには働いてもらうぜ? もちろん傭兵として、だ」


 どうする、とウルスはセロの答えを促す。


 セロ自身としては願ってもない申し出だった。記憶喪失で素性もはっきりしない人間を、好き好んで働かせてくれる場所はなかなかないだろう。この世界についてまだ知らないことはたくさんあるだろうし、それを知らなくては生きていけない。

 セロはこの世界で生きていく覚悟を決めた。元の時間に戻ることはできない。いつまでもどうにもならないことを考えていても仕方がないのだ。


「では、お世話になります」

 

 セロの返事を始めから予想していたのか、ウルスの口角が再び吊り上がる。


「うし。じゃあイルミナ、お前の部屋の近くに確か空き部屋があったよな? そこに案内してやってくれるか」

「了解しました」

 

 一礼し、「来なさい」と言って身を翻すイルミナについていく形で、セロも社長室を後にした。

 

 部屋を出た二人の足音が遠ざかっていく。

 残されたのはバスクとウルス。

「どうした? やけに神妙な顔してるじゃねぇか」

「いえ、大したことでは。ただ……」

 バスクの顔に暗い影が宿る。それだけで、ウルスには彼が何を言いたいのかがはっきりと分かった。


「……ただ、あの少年がイルミナ様の心の傷を癒してくれはしないか、と思いまして」

 案の定、バスクが紡いだ言葉はウルスの予測と同じだった。

 彼はさらにその先を続ける。

「私ではどうにもならないのです。誰か……誰か『あの事件』に関わっていない者でないと――」

「――あぁ、分かってる。もういい」


 一言一言にバスク自身の無力さを責めるような響きを感じ取ったウルスは、そこでやめさせる。

 お前の責任ではない、だからもう自分を責めるな、という意味を言外に込めて。


 そして天を仰ぐと、ぽつりと漏らした。


「俺も、そう願ってるよ」


 その呟きは、誰にも聞かれることなく虚空に消えていった。 

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