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戦備━10

「……なあ、俺達どこ向かってるんだ?」

「はは、安心しろよ。前みたいに牢獄ぶち込もうってわけじゃねぇから」

「いや、ぶち込まれてねぇわ。なに人のこと前科持ちみたいに言ってんだ」

「あーそうだったわ。悪い悪い、とりあえず、ちょっと話したいだけだ」


 そんな答えになっていない返しに、セロは溜め息を返す。この同じようなやり取りを、既に何度繰り返しただろうか。


 イルミナとロゼットの二人と別れた場所からは、かなり歩いたように思う。

 ルイスに連れられて、城内の通路をしばらく歩き続けた。似たような通路が続くため、歩いている場所がロゼットに案内された場所か、はたまた初めて来た場所かも分からない。

 一方で前を歩くルイスは、迷路のような道を迷いない足取りでどんどん進んで行く。

 そう――普段の言動のせいで忘れそうになるが、この男は王国騎士団の副団長。この王国の脅威を打ち払う精鋭たちの、ナンバー2。そんな人物と、自分は当たり前のように話している。先で言えば、この国の頂点に立つ国王と王女と同じ空間にいたのだ。

 そんな数奇なめぐる合わせに、運命という言葉が脳裏を過る。三流作家でも、もっとマシな筋書きを考えるだろうに。


「さて、着いたぜ」


 ふと、ルイスの言葉で思考の海から引き戻される。

 素通りしていた視覚情報を、脳が正常に認識し始める。ただ、その光景を理解するのに数秒を要した。


「ここは……」

「王国騎士の修練場。ひよっこも熟練者も、ここで戦うための技術を学ぶ。ま、お前たちでいうところの訓練場だな」


 見れば、数百人規模の騎士と思しき者達がいくつかの集団に分かれてそれぞれの訓練を行っている。基礎体力の向上や、集団での戦闘を模した演習、さらにアースラの訓練場で見たような1対1の実戦を行っているのも見える。

 その場所は屋内にある一つの部屋だ。アースラと同じように、部屋の中を特殊な魔道具で拡張しているらしい。

 おおよその構造はアースラのものと同じだ。階層が上下二層に分かれており、セロのいる上層からは下層の訓練スペースが見える。アースラはドーム状空間が一つだが、ここは複数のドームが通路で繋がっている。使われている魔道具はアースラのものより高級なものらしい。


「……これだけの騎士が国を守ってるんだな」

「人数としては、これで半分くらいだ。ちょうど遠征に出てるのもいるし」


 改めて見渡せば、なるほど、確かに収容人数にはまだ余裕はありそうだ。全ての騎士が同じ場所に集っているのを見れば、さぞ圧巻な光景だろうと思う。

 おもむろに視線をやった場所では、騎士達が召喚された獣を相手に集団演習が行なわれていた。まだ入隊して日が浅い者たちなのか、その動きのぎこちなさが、同じような傭兵素人のセロからも見てとれた。つい自分の姿と重ねてしまい、少しの間視線を留めてしまう。


 それに気が付いたのか、そうでないのか。

 いや、おそらく気が付いていたのだろう。そうでなければ、この男はこんなことは言わないはずだから。


「さて……この中で、どれだけ生き残れるかねぇ」


 そんな言葉を、ルイスが呟いた。普段の彼とは違う、あまりにも感情の薄い声色に、セロの反応が一瞬遅れてしまう。


「……まるで他人事だな。副団長がそれでいいのかよ」

「それが戦争ってもんだろ? 王国と教団、どっちかが致命的な打撃を受けないと妥協すらできねぇ。そもそもそう簡単に丸く収まるなら、最初からこんな争いなんか起こらねぇって話だ」


 そう口にし、どこか投げやりに肩を竦めてみせるルイス。


「そりゃ、できることなら全員生き残ってほしいが……お前も分かってんだろ。それが馬鹿げた願望だってのは」

「そう、だよな……悪い」


 そう、これはセロがどうこう言えることじゃない。それが理解できたからこそ、軽率な言葉を発してしまったことを謝罪した。

 ルイスの語気に苛立ちが滲んでいることはすぐに分かった。

 彼にすれば、騎士団は長い時間を共にし、苦難を乗り越えてきた仲間でもある。彼らのことを救いたいという思いは、セロの思う以上に強い感情を基にしているはずなのだ。

 そして、それができないことも、セロ以上に理解している。


 申し訳なさそうに顔を伏せるセロ。

 そんな彼を見て、ルイスはため息交じりに呟いた。


「――そういうとこだぞ、お前」


「え……?」


「お前さ、敵を殺さずに何とかしようとか、そういう甘い考え持ってないか?」


「それ、は――」


 思いがけぬ言葉だった。

 反射的に口を開くも、後の言葉が続かない。

 今までは、仲間を守るために力を使ってきた。その過程で相手を殺めることはなかった。しかし、それはただ運がよかっただけにすぎない。誰かを守るために、その力で相手を殺める必要が出てくるのだ。戦争になれば、それは間違いない。

 ただ、問題を先送りにしてきただけだ。その状況を想定することを、反射的に避けてきた。だから答えられない。


「まぁ、構わねぇよ。そんな気はしてたからな」

「……責められると思ったよ。どこぞの団長様みたいに」

「ああ、ロイなら間違いないな。それに俺もまぁ、お前と似たようなもんだったから、分からなくはないって話だ」


 似たようなものだったと口にしたルイスは、わずかにその視線を上に向けた。どこか、遠い過去に思いを馳せるように。


「守りたいもの全部を救うなんて、どれだけ難しいか知ってるか? かの三大英雄でさえ難しいぜ」

「それは……分かってる」

「殺す覚悟だけじゃない。失う覚悟だってできてるわけじゃないだろう」

「そんなの分かってる……ッ!」


 絞り出すように、セロは叫ぶ。

 そうだ。まだ自分には足りていないものが多すぎる。それと同時に、もう時間がないことも理解しているのだ。

 焦りはあった。それでも、仲間に心配を駆けたくなかったがため、誰にも相談などできずにいたのだ。しかしどうやら、隠しきることはできていなかったようだ。


「じゃあ、逃げ道を教えてやろうか」

「……は?」


 意味が分からず聞き返すセロに、目の前の男は、いっそ清々しいまでに毒のない笑みで、一つの道を提示した。


「姫さんに泣き付いて、この戦争から逃げる方法を教えてもらえばいい。他の奴のことなんて忘れて、自分だけがこの戦火から逃げのびる方法をな」

「なっ……何を言ってんだよ。そんな馬鹿なことするわけないだろ!?」

「そうか? 悪くない話だと思うが」

「……おい、冗談で言ってるんだよな?」


 当然の疑問を口にする――なのに、声が震えるのはなぜだ。

 そう、きっとからかっているだけだ。なのに、そう思えない。この男との接点は少ないが、軽々しくそのようなことを口にする男だっただろうか。


「まさか、イルミナから手を引かせたいからそう言ってるんじゃないだろうな」

「おっと、想像は勝手だけどな。でも、それならこんな回りくどいことはしねぇよ」


 ルイスが手をひらひらと振る。馬鹿げたことを言うなと、そんな仕草だ。


「たまたま、お前がイルミナちゃんと同じ場所にいるってだけだ。だから今はお前の方に目がいってるようだが、最終的には俺があの子をもらう……でもな」


 言葉でおどけてはいるが、冴えた光はその目から消えず残っている。それは、先ほど告げた言葉が冗談の類ではないことを如実に告げていた。

 正面に立つルイスの手が、ゆっくりとセロの肩に置かれた。

 ぎしり、と骨の軋む音が体に響く。


「俺はイルミナちゃんが好きだ。大好きだ。お前よりも、ずっとな。だから、弱いお前と一緒にいるせいで、彼女が傷つくのは見ていられない」

「お前――!」

「吠えんな、何の覚悟もできてねぇヤツが」

 

 ぞくり、と冷たい刺激が全身を駆け抜ける。

 セロの怒りを空白に塗り潰し、抗うための肉体も、精神も、麻痺したかのようにその動きを止めていた。

 魔術的な作用ではない。このルイスという男が発する見えない圧力が、セロの行動を阻害していた。

 その様子を、ルイスは鼻で笑う。


「それで教団と戦うなんて、死にに行くようなもんだぜ――って、そういやお前は巻き込まれた口だったか。元々この世界の人間じゃないんだろ?」


 ルイスは、未だ動けずにいるセロの肩から手を下ろす。


「……!」


そこでようやく体に自由が戻ったセロは、即座に目の前の男から距離を取る。


「おいおい、危ねぇな。間違っても剣なんて出すなよ? 本当に捕まっちまうぜ」

「お前、本当に何のつもりだよ……!」


 警戒心をむき出しにして睨むセロ。それを見て、ルイスは困ったように肩を落とす。


「言ったろ、話がしたかっただけだ。ただの親切心ってやつ。それも終わったことだし、とっとと仕事に戻るかなぁ」


 言い終えると、彼は本当に出口へと歩き出した。先ほどまでこちらを掴んでいた手をひらひらと振り、幻聴でなければ「お前んとこのちびエルフにもよろしくなー」などと口にしたのが聞こえた。

 結局、呆気に取られているうちにその背は通路の奥へと消えていった。

 掴まれていた肩に手をやれば、まだ完全に痺れは取れていないらしく、違和感が残る。


「ふざけやがって……何だよ、あいつ」


 苛立ちとともに吐き出された言葉。

 それが微かに震えていたことに、セロは小さく舌打ちをした。



 かちゃかちゃと、小刻みに食器の擦れる音が聞こえる。

 静かにしなければならないというのに、一体こんな無作法な者はだれかと視線を落とせば、自分の持つティーカップが、さらに言えば自分の右手が震えているからだと理解した。


「――ふふ。もしかして、緊張なさってます?」

「そ、そういうわけでは……!」


 ごく近い距離で発された問いに、イルミナは上ずった声で反応した。

 そんな彼女を見て、正面のソファに腰掛けるロゼットはくすくすと笑い声をもらした。

 

 エンシャントラ王国、第一王女。ロゼット・エルド・マクシミリオン。王国郊外の村出身で、血と汗にまみれて化け物を退治するような人生を送ってきたイルミナにとっては憧れでもあり、どうやっても手が届かない少女。

 そんな雲の上の存在が、今はイルミナのすぐ目の前に座っている。

 しかも彼女の自室で。紅茶まで振る舞われて。 

 現実を受け止められず、先ほどから緊張で失神するのではないかと思った場面がいくつもあった。いや、所々記憶がないから実際にはしていたのではないだろうか。


「どうか、緊張なさらないで。今の私のことはただの友人と、そうお思いください」


 ――いや、できるか。

 心の中でそうツッコミを入れて、イルミナは平常心を取り戻そうと深く息を吸う。

 そうだ。これくらい、いくつも潜り抜けてきた死線に比べれば大したことない。別に間違えれば死ぬわけじゃないのだから。


「それにしても、やはりイルミナの話は興味深いです。私はこの王城の外の世界をほとんど知りませんが、傭兵のイルミナはいろいろなところで、様々なものを見ているのですね」

「……好きで選んだ道じゃないですよ。私には、こんな大きな城で生活する方が羨ましいです。死にかけることもなさそうですし」

「ふふ、死んでしまいそうなほど退屈な時もありますけれど。でも、そんな平和もイルミナのような勇敢な傭兵がいるからこそ。それを忘れた日はありません」

「そ、そんな大げさな……」


 過ぎた言葉だというイルミナだが、ロゼットは静かに首を振る。その様子は、心の底から言葉のとおりに思っているようだった。

 思えば、ロゼットのような高位の人物にこのような言葉をかけられたのは初めてだ。貴族には、傭兵を軽んじ、ともすれば自分がのし上がるために存在する、使い捨ての手駒程度に思っている連中ばかりだと思っていた。

 しかし、この人のように、ちゃんと国民のことを見ようとしてくれている人もいる。自分のやってきたことが報われたようで思わず泣きそうになったくらいだ。


「だから、私は知りたいのです。私の知らない世界で、あなたがどんなものを見てきたのか。何を感じたのか。私に話してください。もっと……もっと」

「ロゼット様……」

「――あ、今度はセロ様が出てくるお話がいいです。できればその素晴らしい活躍を詳しく余さず丁寧に。むしろそれ以外は割愛しても構いませんわ」

「ロゼット様!?」


 前言撤回――否、全言撤回である。

 貴族? 王族? 地獄に落ちろ。


 咳ばらいを一つ。思わず素で叫んでしまったが、相手は王族。自分の行動が、下手をすればアースラの名声に関わりかねない。

 しかし、なぜ目の前のロゼットはこれほどセロに執着するのだろうか。


「ろ、ロゼット様はなぜ、そこまでうちのセロを気にするのですか? たしかあいつはほとんど会ったこともないと言ってたと思いますけど……?」


「うちの」というところをさりげなく強調して尋ねてみた。

 しかし実際、その理由に見当がつかない。セロがアースラで保護されてから、ロゼットはおろか、アガノフを除けば他の貴族と接点を持つ機会もなかったはずだった。


「ふふ……ええ、彼はそうかもしれませんね。それは正しいですよ」


 王女の言葉に、イルミナは首を傾げる。先ほども似たようなことを言っていた気がするが、一体どういうことだろうか。

 さらに聞いてみたい気持ちもあったのだが、それよりも早く、ロゼットがイルミナから視線を外した。やや下向けられたその視線の先に、イルミナは特に気になるものを発見できない。しかし、ロゼットにはまるでイルミナとは別のものが見えているような、そんな様子があった。


「――頃合い、ですね」

「え……?」


 呟かれた言葉。

 イルミナには聞き取れなかったが、果たして、聞き取れていてもその意味を理解できたかどうか。


 ロゼットはその問いには取り合わず、再びイルミナへと向き直った。


「興味深い話をしていただいたお礼です。私からも一つ、あなたに教えて差し上げましょう」


 その顔に浮かべるは、静かな笑み。

 しかし、先ほどとは何かが明確に異なっていた。


「私の見ることができた、確定した事象。私が伝えられる、避けようのない現実」


 喜び、親愛、悦楽――そういった温かな感情が、一切感じられぬ微笑。

 イルミナは、告げられる言葉を聞かぬこともできた。逃げることもできた。

 それでもその選択をしなかったのは、それすらも必定であるが故か。


「――あなたの想いが導く、誰も望まない破滅の未来を」


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