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戦備━9

無機質な色合いの壁に囲まれた、広大な部屋。そこを埋め尽くさんばかりに群れたアンデッドと、その波に飲み込まれまいと抗う十数人の傭兵部隊。圧倒的に不利な状況下で、イルミナ率いる傭兵部隊は、あきらめずに戦っていたのだった。

かなり前の出来事にも思える記憶を引っ張り出す。それと同時に、セロの向かい側に座るイルミナが口を開いた。


「確かに、あの時私たちの部隊は大量のアンデッドに囲まれていて、セロが助けてくれなければ全滅していたと思います。多分、私も……」


 そこまで行って、イルミナは目を伏せる。死の恐怖を思い出してしまったのかもしれない。当然だ、死にかけた時の記憶など、誰だって思い出したいものではない。だから、セロが話を引き継いだ。


「でも、ロゼット姫の予知した未来ではそれと違っていた。ですよね? 何をしても変えられなかった予知の結末が変わった」

「はい。その時まで幾度となく未来を見てきて、そんなことはなかったんです。イルミナさんには本当に申し訳ないのですが……私自身、その時には未来を知っても、変えようなどとは思わなかった。どうせ、何をしても無駄なのだと諦めてしまっていて……」


 申し訳ありません、と重ねて謝罪するロゼット。

普通なら一国の王女が頭を下げたことに慌てる場面なのだろうが、告げられた事実の重さに混乱しているイルミナは、「ああ」とも「うう」とも取れぬ返事だけして、再び顔を伏せてしまった。


「別に姫さんが気にすることじゃねぇだろ。結果として、今生きているわけだしな。それよりも、何で予知と現実が変わったのか考えるべきだろ?」

「……なるほどな。ようやくお前がこの二人を連れてきた理由が読めたぞ」


納得がいった、とセロの斜め向かいに座るフリージアが笑む。


「いや、話の腰を折ってしまったようですまない。私とセルルトが知っているのは、先のロゼッタ様がお持ちになる能力の話までだったからな。しかしそうか、それで『運命の子』とは……」


 その時、セロはフリージアの視線が自分へと向けられていることに気が付いた。最初はその意味が分からなかったが、ようやく彼女の言葉の意味を悟る。

いや、考えてみればもっと早く、あの施設のことが話に出て来た時点で気が付くべきだったのだ。あの話に関係があり、現在の国の要人が呼ばれている場所に呼び出されているこの状況。


 導き出した答えは、無意識に声へと変わっていた。


「――俺が、ロゼットの見た未来を変えた……?」


 確信があったわけではない。正直、その予感が外れてくれればいいと思っている部分もあった。もし本当にそうであるならば、とんでもない重責を、この先に背負う羽目になるだろうからだ。

 しかし、ロゼットの首肯がそんな淡い期待を打ち消した。


「私が未来で見たのは、たくさんのアンデッド、そしてイルミナ様を含む傭兵の方々――それだけなのです」

「それだけって……」

「ええ、そこにセロ様の姿はなかった。セロ様の存在自体が、その状況ではイレギュラーだったと考えられます。運命の理から外れた存在。だから、決められていた結末にも干渉することができた――私はそう仮説を立てています」


 その言葉に、セロは軽い眩暈のようなものを覚える。急に床がなくなったかのような浮遊感に、上半身を丸めるような姿勢になった。もたらされた情報に、頭がパンクしそうになっているのだ。その量よりも、一つ一つの情報の質量に押し潰されそうになる。

「何で、俺なんだ……?」


 口を突いて出たのは、そんな言葉だった。

 確かに、心当たりがないわけではない。自分は真紅の王率いる赤の教団によって力を与えられた。出自などまだ分からない部分も多いが、本来ならば、教団の側にいるはずの存在。特殊な立場にいる存在なのだということは分かるが、それでもただそれだけだ。運命などと言う大業なものを、ひいては人類の存続が関わる場で不可欠の存在だなど、今までの話がただの悪ふざけであったというほうがまだ信用できる。


「運命の子」。それがロゼットの見た運命に干渉できる存在なのだ。そしてそれに、自分が選ばれた。

 いや、最初にジェインは「運命の子ら」と言ったはずだ。それを思い出して、セロはジェインへと視線を向ける。その意図を、彼はすぐに理解してくれたようだった。


「ああ、イルミナさんは君に助けられたことによって、決められていた運命から外れた。そこで君のような、干渉する力を持っているんじゃないかと私とロゼットは考えている」

「運命から、外れた……」

「イルミナ様の場合は、セロ様のように私の見た予知を変えたという実例がないので、断定はできませんが……可能性としては、大きいと思われます」

「それは――」


 セロは何か言おうと口を開くも、思考が声にならないことに気がついた。舌が張り付いてしまったかのように動かせず、一度、自分を落ち着かせようと口を閉ざす。

次に発声を試みた時は、上手くいった。


「それは、俺達にこの戦争の勝敗がかかっているということですか?」


気を抜けば、震えてしまいそうになる声。要人ばかりが集うこの場で、情けないところは見せまいと腹に力を入れるが、はたして効果があったのだろうか。


「もちろん、あそこに控えるロイをはじめとした王国騎士や、王国内の傭兵達の力も必要だ。総力を挙げて、教団に立ち向かう。しかしそこに君たちの力が加わるかどうか、それも今回は重要になる」

「もちろん、この国の傭兵として――」

「参加してくれるつもりだったのだろう? それは分かるとも」


 言わなくても分かる、とジェインはセロに向けて微笑む。そして表情を引き締め、その視線をセロとイルミナの二人へと移す。


「何も言わなくとも、君たちはアースラの傭兵として戦ってくれるだろう。しかし、私としては自分たちの意味を知って戦いに臨んでほしかった。その上で、改めてこう言わせてもらいたい――エンシャントラ国王として、そして、この国を愛し、生きる一人の人間として、「運命の子」二人に依頼したい。この国の希望として、我々を――人類を、どうか勝利へと導いてほしい」


 そう言って、彼は深々と頭を下げた。隣のロゼットもそれに倣い、「お願いします」と頭を下げる。

 その光景に、思わずセロは息を呑んだ。ここで何と答えようと、結局自分が持つ意味は変わらない。この国に勝利をもたらすために必要なピースだ。教団と戦うことを決めているのなら、了承の意を返すことに躊躇う必要はないはずだった。


 だが、声が出ない。喉で何かがつまっているかのように、意味のある音として声を発せない。

 その何かに名前を付けるとしたら、恐怖や不安、そして自分への不信感だろう。国という大きなものを、まだまだ未熟な自分が背負うという重責に、耐えられる気がしない。なにせ、自分よりも遥かに強い人物など、それこそこの国のどこにだっているのだ。


――だと、いうのに。


「――承りました。我ら二人、身命を賭して、与えられたこの大役を全うすると誓わせていただきます」


 聞き覚えのあるはずの声は、いつになく凛としたものだった。

 見れば、先ほどまで思い出してしまった死への恐怖におびえていたはずのイルミナが、椅子から離れ首を垂れているのが見える。

 それに合わせて、セロも慌てて首を垂れる。


「ありがとう。また今後のことは動きが決まり次第伝えさせてもらうよ――ロゼット、二人に城の中を案内してあげてくれないか? 我々は今後のことをもう少し詰めることにする。あの使者のこともあるからな」


 ジェインの言葉に、ロゼットは快活な返事を返す。それはセロ達が頼みを受けたからか、単純にセロと行動を共にできるからかは分からないが。


「はい、お父様! さ、お二人とも、こちらですわ!」


 先ほどの雰囲気はどこへやら、一転して声を弾ませるロゼットは、席を立ち上がると嬉しそうにセロが座る椅子の後ろへと回り込む。つられて立ち上がった背を押され、そのまま部屋の外へと押されていく。


「いや、ちょっ……」


 心なしか、こちらを見るロイの視線が刺々しい気がする。明らかな不可抗力なのに。

 振り返ればほとんどの者の目に憐れみの色が浮かんでいる気がする。違うのは顔が見えないセルルトと、笑みとも怒りともつかぬ表情で、顔を引きつらせているイルミナくらいだろうか。

 結局、知らされた事実に大きな不安を抱きながらも、セロとイルミナ、そしてロゼットは王と傭兵会社の長たちが集う部屋を後にしたのだった。



 部屋を出た後は、しばらく歩くことになった。似たような長い廊下が続き、そうかと思えば別の通路へと曲がる。ロゼットの案内がなければ迷ってしまうだろう。

 既に大広間や食堂などいくつかの場所を案内されたが、もう一度案内なしでそこに行けるかと言われたら、まず無理だ。


「どうです、楽しんでいただけました? とっても広いでしょう?」


 前を歩くロゼットが、にこやかに振り向く。その無邪気な笑みを見ていると、自然とこちらも微笑んでしまうので不思議だ。


「そうですね、俺からしたら広すぎて迷いそうですけど……」

「ふふ、私も小さいころは一人で部屋から出て、迷ってしまうことがありましたわ。もう一生元の場所には戻れないのではないかと、怖くて泣いてしまって」


 ああ、住人でもやっぱり迷うよなぁ――と安心してしまう。どうやら自分の方向感覚や記憶が使い物にならないわけではないらしい。

 隣を歩くイルミナも、新しい場所にいくたびに目を輝かせていた。こういった場所に来るのは彼女の憧れでもあったということで、その夢が叶って喜んでいるのならいいことだ。戦争だのなんだと最近は気を張る時間が長かったので、こういうのもたまにはいいだろう。


「う……何よ?」


 こちらの視線に気が付いたのか、イルミナが不機嫌そうに目を細める。


「いや、楽しそうで何よりだと思って」

「べ、別にいいでしょ。あんただってあのお姫様に鼻の下伸ばしてたくせに!」

「伸ばしてはねぇよ!? ……うん、多分」


 正直、自分の顔がどうなっていたかなど確認できるわけがないので、断言できる自信はないが。それでも、男なら誰しもかわいい女の子に言い寄られれば嬉しくないはずがないわけで。それはもう仕方がないというかなんというか。


「お二人は仲がいいのですね。もしかして、恋仲だったりしますか?」


 にこやかに、不意打ちの爆弾が投下された。


「そ、それは――」

「ち、違いますただの仕事のパートナーなので! 誰がコイツなんかと!」


 すごい剣幕で否定された。

 ……あれ、わりと本気でショックなんだけども。いや、脈がどうとかはあんまり気にしないようにしていたけど、予想を上回る勢いで断言された。


「……セロ様? どうされましたか?」

「いや何でもないよ? うん、本当に何でもない。だからあんまりこっち見ないでください」


 未来は読めるが、どうやら人の感情には疎いらしい。爆弾投げ込んだ張本人が不思議そうな顔をしてこちらを見つめてくる。無邪気って怖い。


「それより、さっき言っていた使者っていうのは何なんですか?」

「ああ、ウルムガントから使者の方が来ているのです。向こうでも教団の影が確認されたとのことで、傭兵を派遣してくれないか、と」

「ウルムガントから……ですか」


 セロは聞き覚えのある単語から、以前イルミナやバスクから聞いた情報を引っ張り出す。

 ウルムガントは堅牢な要塞の様に、自然の砦によってつくられた国だ。獣人によって統治され、過去には人間の国であるエンシャントラと戦争をしていたこともあるが、その後に起こった真紅の王封印のために同盟を結び、現在ではエンシャントラの友好国にあたる。高度な鍛冶技術を持ち、武器や鎧などで、エンシャントラの市場で見かける上質なものは多くがウルムガントから輸入したものだと聞いた。

 様々な種族の獣人がいるとのことで、ぜひとも一度訪れてみたい場所である。


「今の議会は、援軍派遣に対しての賛否で真っ二つに割れています。父がウルムガント国王と友好的な関係を築いていることもあって、援軍派遣に賛意を示す貴族の方も少なくはないのですが……」

「現状、名指しで狙われている王国は、余計なことに戦力を裂きたくないということですよね。当然、そう考える人も出てくるわ」

「保守的な考えを持つ方も多いのです。特に、他の貴族よりも中央に近い有力貴族はそういった考えを持っていらっしゃいますね」

「……別に、すぐ援軍を送ってやればいいと思うけどな」


 ロゼットとイルミナ、二人のやり取りを聞きながら、セロは率直に、思ったことをそのまま口にする。


「真紅の王に対抗するには、前に封印した時みたいに三種族が協力し合う必要があるんだろ。聞いた話、人間の都市エンシャントラが比較的豊かなんだから、傭兵を派遣することくらい簡単じゃないのか?」


 敵の強大さは、実際に三種族が手を取り合って死者の軍団と戦争を行った彼らの方が分かっているはずだ。その時は、いがみ合っていた異種族同士が協力し合うことで、多数の犠牲を出しながらもなんとか真紅の王を封印することができたという。

 ならば、今回も同じように連携を図らねばこの戦いを乗り切ることはできないだろう。子どもだってセロの考えと同じ答えを出しそうなものだ。

 しかし二人の反応は、それに対して肯定的なものではなかった。


「あんたねぇ……そんな簡単にまとまるはずないでしょうが」


 呆れたように首を振るイルミナ。その向こうではロゼットが曖昧な笑みを浮かべている。あ、これはあれだ。子どもが困ったことを言い出した時に大人が浮かべる顔だ。


「確かに、みなさんがそういった考えを持った方ばかりなら、議会の一つでここまで悩まなくてよくなるのでしょうねぇ」

「その国の行く末が非常に不安ですけどね……」

「そんなに妙なこと言いました!?」


 どうやら処置なし、という結論で二人の共通認識が図られたらしい。セロとしてはその過程に異議を唱えたいところではあるが、先ほどのような険悪な雰囲気になるよりはマシだ。

 このまま穏やかな時間が過ぎればなぁ、などと考えていたのがあだになったのだろうか。はたまた、これも先ほどから聞く「運命」というものの仕業か。


「――お、姫さんじゃん。それにイルミナちゃんまで!」


 場違いなほどに緊張感のない声が、城内の空間に響く。それと同時、もはや条件反射なのか、その声が聞こえた瞬間にイルミナが思いっきり顔をしかめたのが見えた。

 声が聞こえた方に目をやれば、セロもよく見知った男がこちらに手を振っている――いや、さすがにそれはまずいのではなかろうか。


「……やっぱりルイスか」

「やっぱりってなんだ、オイ。あ、姫さんどうも。イルミナちゃんも」

「はい、お久しぶりです。騎士ルイス」


 驚くことに、ルイスのこの態度にロゼットは至って普通に接している。確かに目の前のこのお姫様は誰にでも同じ目線で接しているように思えるが、それにしてもこれはないだろう。


「……え、なに。お前って王様とか偉い人に対してもこんな感じなの? 時代が時代なら首幾つあっても足りねぇよ?」

「バッカお前、さすがに他の奴いたらちゃんとするわ。今は口うるさぇ奴もいねぇし、姫さんは許してくれてるからいいの」

「いや絶対ダメだと思う」


 見つかったらタダじゃ済まないだろうに。変わった男だとは思っていたが、ここまでとは思っていなかった。

 ただ、何だろうか。慣れない場所に来て、緊張する時間が続いたためか、見知った人物と会えて安心できた部分もあった。特に、ロイに比べればこの男は案外話やすいのだ。


「おうおう、何だお前もガラになく上がってんのかよ。お客様で来たんだろ? じゃあ堂々としてりゃいいんだよ」

「いや、そういうわけにもいかないだろ……」

「そうか? まぁいいや、ちょうどお前に話があってさ。姫さん、ちょっとこいつ借りるけどいいっすかね?」

「む……しかし、大事な話ならば私のわがままは言えませんね。仕方ありません。でも、またここまでお連れ下さいね」

「へーい。というわけで、ごめんなイルミナちゃん。少しだけ姫さんに付き合ってやってくれな」

「……まぁ、いいけど」


 軽い調子でそう言ってのけるルイス。気が付けば勝手に話がまとまっているではないか。


「待て待て待て。お前なに勝手に決めて――力強ッ!?」

「はいはい廊下ではしゃがない」


 毎日訓練している騎士だけあって、やはりルイスもなかなかの筋力だ。結局、彼に引きずられるようにしてセロはイルミナ達の元を後にしたのだった。


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