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戦備━8

更新が遅くなり、大変申し訳ありませんでした。相変わらずの遅筆ではありますが、これからもまた書いていきますので、よろしくお願いします。

「『運命の子』って……なんかすごそうな感じしますけど、まさか俺達のことじゃないです、よね……?」


 戸惑いながら、セロはその言葉を投げかけたジェインに聞き返す。横目でイルミナを窺うが、彼女もセロと同じく困惑した表情を浮かべていた。どうやら、彼女も心当たりがないらしい。

 運命。この単語に、ここまで不気味なイメージを抱いたのは初めてのことだ。それは自分が関係している立場だということと、これから起こる、戦争という不穏な雰囲気がまとわりついているからか。

しかし、セロの問いかけに、ジェインはゆるゆると首を振った。

『運命の子』、それはまさしくセロとイルミナを指しているのだ、と。


「今日、ウルスに君たちを連れてきてもらったのは、それについて説明するためだ。直接話す方が伝わりやすい。それに、これについては、他の者に聞かれるのがいいことだとは思えないからな……と、その前に、だ」


 ジェインの視線がセロからその隣、先ほどから声を一言も発していない男へと向けられる。セロの隣で沈黙を守っている男だ。


「セルルトは、セロ君とイルミナさんに会うのは初めてだったかな」

「名は聞いている。その程度だ」


 その時、初めて男が口を開いた。首元のスカーフに隠れているが、わずかに口元が見える。声量はあまり大きくないが、深みがあり、よく通る声だった。

 カウボーイハットに似た帽子を目深に被っているため、その目元は見えない。しかし、セロはセルルトと呼ばれた男の視線が、自分へと向けられた――そんな気がした。


「……セルルト・オーヴァンスだ。まだ名乗っていなかった」


 それだけ言うと、彼は視線を外してしまい、もう伝えることはないと言わんばかりに再び沈黙を決め込んでしまう。


「彼は三大傭兵会社、アースラとシリウスに並ぶ傭兵会社、ガイアの長さ。口数は少ないが、実力は私が保証する」


 苦笑しながら、フリージアが補足情報を付け加えてくれる。どうやら少し気難しい人のようだ、というのがセロの印象だった。ただ、国王のジェインを前にして帽子もとらずこの態度だ。それはセロの視界の端で足を組んで隠すそぶりもなく欠伸をするウルスのように、並々ならぬ信頼と実力があるということ。


 ――まぁ、悪い人じゃないんだろうな。


「傭兵会社アースラの、セロです」

「同じく、アースラ所属のイルミナ・ルシタールです」


 そんな考えをもってセロが自分の名を告げ、イルミナもそれに続く。その時に「ああ」と平坦な了承の声が聞こえた気がした。


「さて、では本題に移りたいのだが……その前に、一つだけ断っておきたい」


 そう言って、ジェインは集まった一同をぐるりと見まわす。

 先ほど彼が言ったとおり、この部屋にはジェインとロゼット、ウルスをはじめとした傭兵会社の社長三人、セロとイルミナ、そして護衛として扉の前に控えるロイの8人がいる。

 必要最小限、彼はそう言った。つまりそうする必要があったということだ。


「ここでこれから話されることは、他言無用だ。どれだけ信用のおける相手であっても、決して話さないでほしい」

「……随分と用心深いじゃねぇか。あれか? 例の内通してたっていう貴族様の件で、警戒してんのか」


 ジェインが重々しく頷くと、フリージアが心底辟易したような表情を浮かべる。


「内通者とは……反王権派の貴族ですか」

「そうだ。アガノフ・ドルクレイ……聞いているかもしれないが、先日何者かに殺害されたドルクレイ家の当主だよ」

「アガノフ……」


 その名に、今度はセロとイルミナが渋面を浮かべる。

 セロが彼と会ったのは二回。一回目は町でイルミナを従僕にしようとしていた時。もう一回はそれを止めた怨嗟から、セロを賊として捕まえようとアースラまで乗り込んできた時だ。

 彼が殺害されたことは風のうわさで聞いていたが、まさか内通までしているとは思っていなかった。


「屋敷の従者から聞いた話だと、たびたび誰かと接触していたらしい。多分、同じようなのが他にもいるだろう。下手をすると、アガノフみたいな地方の者より中枢に近い者も可能性がある」

「分かったよ、言わねぇように気を付ける。お前らも、いいな?」


 ウルスの視線がセロとイルミナに向き、二人も首肯する。


「でも、いいんですか? 私たちみたいな者、それこそ聞かない方がいいんじゃ……」


 おずおずと、小さく手を挙げてイルミナが発言する。名だたる人物ばかりだからか、周囲の顔色を窺っている様子が小動物を思わせる。「お前さっきの勢いはどうした」とセロは思うが、口にしたら後が怖いので内心で呟くにとどめておいた。


「当然、君たちを呼んだのには理由がある。それはこれから説明させてもらうけど……さて、どう説明したものかな」


小さく唸るジェイン。しばし瞑目した後、彼はゆっくりとテーブルに肘をつけた。その視線がイルミナ、そしてセロの順で移る。

 そして、こんな言葉を口にした。


「君たちは、どこかで『世界の意思』という言葉を聞いたことはないかな?」

「世界の……?」


 似たような単語に聞き覚えがあるような気がして、セロは自分の中の記憶を手繰る。


『――私の、運命の人』


 脳裏に浮かぶのは、先ほど少女と対面した場面。この言葉とともに、甘いような香と何とも言えぬ柔らかな感触が――。


「――セ・ロ?」


 冷え切った少女の声が、セロの全身に悪寒を走らせる。

 気が付けば、テーブルをはさんで向き合っているイルミナの表情があまり見たくない色合いの笑みを浮かべていた。


「何を考えているのかな?」

「な、何でもないぞ!? いや、本当に!」


 そんなに分かりやすい顔をしていただろうか。いや、多分していたのだろう。隣に座るジェインはニヤニヤと笑っており、ロゼットも意味ありげに微笑んでいる。フリージアと隣に座るセルルトは、あの場に居合わせなかったため、小さく首を傾げている。


「ふふ、お二方にも見せたかったですわ。こう、セロ様の腕が私の背に、こう――」

「してないですから! 決して! そのようなことは!」


 勢いよく立ち上がったセロの弁明に、妄想まっしぐらなロゼッタと不快感をあらわにするイルミナ以外から苦笑が洩れる。まだロゼットの父であるジェインが冗談であると理解してくれているだけマシだろうか。


「まぁ、ロゼットもからかっているだけだ、あまり気にしないでくれ。それで、先の質問なんだが、どうかな?」

「あ、すみません……」


思わず、ロゼットのペースに乗せられてしまった。どうやら周囲も彼女の言葉をそこまで真に受けていないようなので、きっと普段からこうなのだろう。きっとからかっているのだろうが、本当に、なぜこうも気に入られてしまったのだろうか。


「えっと、世界の意思ですよね……? 聞いた覚えは……」


 ない。そう言いかけた時、セロの脳裏をよぎる光景があった。

 真っ白い空間。どこか神秘的で、しかし一抹の悪意を湛えた少年の姿。


「真紅の王……そうだ。あいつがそんなことを言っていた。世界の意思がどうとかで、人は滅ぶとかなんとか……よく覚えてないですけど」


 自称とは言え、神を名乗る者から告げられた言葉だ。信じたくはないが、不安になる。

 そんなセロの表情を見てか、ジェインは深く息を吐いた。


「まあ、運命とでも思ってもらえばいいだろうか。まるでそうなることが決まっているかのように、人の力では抗えない力。そういったものが我々の生きる世界に実在するのだよ」

「運命、ですか……」


 ジェインの言葉に、曖昧な返事を返すしかできない。口にされる言葉が、どうにも唐突な感が拭えないからだ。魔術が浸透した世界とは言え、急に運命がどうと言われても、反応に困る。これが自分の呼ばれた理由とどう関係してくるのだろうか。


「あの……すみません、どうにも話の流れが――」

「『未来視』――それが私の能力なのです」


 困惑するセロの言葉を遮った人物。それはロゼットだ。


「未来を見る――それは、運命が道として存在しているからこそできるものです。未熟だからか、自分の意思でこの力を使うことはできませんが」


言い終え、「言葉だけでは信じられませんよね」と苦笑するロゼット。

 そこに、助け舟を出そうとフリージアが口を開く。


「先日の事件では、私が君の同僚であるエレナと……リン、だったかな。二人を助けたろう。 あれはたまたま私がその場に居合わせたわけではなく、王女から指示があってのことだ」

「付け加えれば、この前セロ様とお会いできたのもこの力のおかげです。あの場所に行けば会えると分かりましたから。そのために、お城を抜け出しちゃいました」


 反省の様子もなく、てへ、と小さく舌を出すロゼット。


 なるほど、なぜ騎士が彼女を追っていたのかが判明した。いや、それは今どうでもいいんだが。

 セロはここに居るメンバー、ジェインや傭兵会社の長たちの顔をぐるりと見まわしてみる。案の定、ロゼットの言葉を疑っているような者はいない。彼らは既に知っていたのだろう。知らないのは自分と、その正面に座るイルミナだけ。セロよりも、元々この世界の住人である彼女の方が、当然その事実への衝撃は大きい。


「未来を知るなんて……そんな魔術、聞いたことがない」

「魔術というよりは、生まれつき持っている能力というべきでしょう。これほどの異常な力、歴史を遡って探しても持っていた者はいないようです」

「でも、そんな力があるのなら……!」


 そこまで口にして、イルミナは口を閉ざした。自分の立場を自覚したからか、今更言うべきことでもないと悟ったのか。

 しかしその言葉の先は、ロゼットも察したようだった。先ほどセロに纏わりついていた時とは全く異なる、力ない笑みを浮かべた。


「未然に戦争を止めることもできたはず――そう、思われるのは当然です」


 そう言うと、ロゼットは何かを思い出すかのように、視線を虚空へ漂わせる。

 

「私が最初に未来を見たのは、5つの時です。その時は、小さくて、白い猫を飼っていたんです。初めて見た未来は、その猫がバルコニーの手摺に上って、その時に急に強い風が吹いたのか、手摺から落ちてしまうというものでした」

「猫のくせに、落ちたのか」


 ウルスが茶々を入れて、フリージアに睨まれる。

 ロゼット自身は気を悪くした様子もなく、その光景に苦笑を浮かべた。


「ええ、ドジな子でした。飼い主に似たのかもしれませんね。時々、バルコニーの出入り口を閉め忘れてしまうことがありまして、出てしまったのはそれが原因だったのでしょう。それが未来とは知らなくとも、その時の私は怖くなって、私自身はもちろん、世話をしてくださっている召使いの方にも、そのようなことがないよう注意してくれと、必死にお願いしたのを覚えております」

「じゃあ、その猫は助かったんですね」


 ウルスが何か言う前に、セロは妥当だろうと思われる相槌を打った。

 しかし、ロゼットは小さく首を横に振る。


「ダメでした。数日後、その猫は倒れてきた書棚の下敷きになって、死んでしまいました」

「……どうやら、経年劣化が進んでいたようでな」


 苦虫をかみつぶしたような顔で、ジェインがそう補足した。


「未来は変わらなかった、と?」

「そのようです。その後も、私は様々な未来を見ました。それが許容できないものであった時には、それが起こるあらゆる可能性をなくしたのです。でも、そのたびに予想もしないことが起きて、予知と同じ結果が生まれてしまいました。だからきっと、足掻いても、ほんの少しその過程が変わるだけで、結末は変えられない」


 沈痛な面持ちでそう零す彼女からは、言葉では語られることのなかった苦労や無力感が滲んでいた。

先ほどの猫の話のように、どう行動しても、過程が変わるだけで結果は同じだった。想像もできないことが起き、辻褄が合わされてしまう。あたかも、それが運命で定まっているかのように。

 その事実を否定したくて、セロは先日の事件における、ロゼットの功績を挙げる。


「でも、あなたがフリージアさんを呼んでくれなければ、エレナさんとリンは助けられなかった! 二人を救ったのは事実でしょう!?」

「いえ、私がその時見たのは、その二人と教団の者が森で交戦しているということだけで、二人が死ぬという結末までは見えませんでした。それ以外の事態に対処できる戦力としてフリージア様に向かっていただきましたが、きっと私が行動しなくとも、二人は何とか生き延びることはできたのでしょう」


 淡々と、自分の無力を認めるかのように話すロゼット。それに、と彼女はさらに言葉を続ける。


「この戦争に関しては、相手が真紅の王です。神とも人とも依然として不明ですが、あれがこちらの想像を超える、絶大な力を持っていることに違いはありません。この戦争については、それこそ私たちにとって避けることはできない道なのだと思います。そして、この戦争の結末も、少し前に私の前に示されました」

「戦争の結末ってことは、姫さんはどっちが勝つか分かったわけだ?」

「それは……」


 身を乗り出すウルスと、口を噤み、複雑な表情を浮かべるフリージア。一方で、こちらは関心があるのかないのか、セルルトは微動だにしない。ジェインはすでに知らされているのだろう、瞑目したまま娘の言葉を聴いている。

 おそらくここで一般的な反応は、フリージアのものだろう。怖いもの見たさで知りたい一方で、告げられるのは変えられない運命だ。もし敗北だとするなら、これからどう足掻こうとも、迎える滅びは避けられないことになる。

 

 そしてこの話の流れからして、おそらく答えは――。


「――それぞれの国を埋め尽くす無数のアンデッド。その光景から、私たちは教団に敗北するものと思われます」


 静かな声のはずなのに、ロゼットの声はやけに大きく感じられた。

 その余韻が消えてもなお、声を発する者はいない。

 敗北。その言葉だけが、頭の中をグルグルと回っている。

 ならば、もう意味がないというのか。どれだけ強くなろうとも、戦おうとも、その結末は変わらないと――?


「――ハッ、なぁに暗い顔してやがんだお前ら」


 その言葉に反応する暇もなく、セロの頭に置かれた手が、荒々しく髪をかき乱した。


「いだだっ!? ちょっ、何を!?」

「ふわっ!? う、ウルス社長!?」


 どうやら、声からしてイルミナも同じ仕打ちを受けたらしいことが分かる。

 手の下からのぞけば、不敵に笑うウルスの顔が見える。その笑みには、絶望は微塵も感じられなかった。


「まさか、わざわざ『あなたたちは負けます』なんて水差すためだけに呼び出したわけじゃねぇだろうが。さっさとその先を続けろよ。こんな辛気臭ぇ顔に挟まれてたんじゃ、じめじめして頭からキノコでも生えちまう」

「生えるだけの養分もないだろう。しかし、彼の言うとおり、我々も『最悪の未来が見えても、まだ勝機はある』としか聞かされていません。ロゼット様、どうかその先を」


 ウルス、そしてフリージアのおかげで、部屋の雰囲気が少しだけ柔らかくなった。その二人に言葉の先を求められたロゼットは、悪戯がばれた子どものようにバツが悪そうな表情をする。


「申し訳ありません。たしかに、悪ふざけが過ぎましたね。ですが、これから話すことを踏まえても、状況はかなり厳しいということを皆様に知っておいてほしかったのです」


 一泊おいて、彼女は次の言葉を紡ぐ。その視線は、セロ、そしてイルミナに向けられる。


「お二人にも、大きく関わってくることです。厳しい内容になるかもしれませんが、よろしいですか?」

「……あまり、聞きたくないようなことなんですか?」

「セロ様よりも、むしろイルミナ様にとって、かもしれません」


 その言葉に、イルミナが身を固くするのが分かった。

 先の言葉を考えれば当然だろう。そして案の定、ロゼットは言いにくそうに視線を下げる。

 逡巡した後、彼女の口から出た言葉はこうだった。


「イルミナ様は――私が見た限りでは命を落としているはずなのです。お二人が会われた、あの地下の施設で」


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