コラボ企画 with 大橋なずな様
※大橋なずな様から許可をいただいて掲載しております。
大橋なずな『Blue skyの神様へ』 ✖ 三國 圭『ロスト・エイジ』コラボ企画!
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己の正体を知り、いよいよ迫る教団との戦い。そんな中、目を覚ましたセロを待っていたもの。そこは燃え盛る街。どこかも知らぬ場所で戸惑う中、セロは奇妙な集団に襲われてしまう。果たして、この窮地を切り抜けられるのか!
※時系列は『Blue Skyの神様へ』のレイン過去編、ガナイド地区悪魔討伐戦です。
第1章14幕1〜3の出来事ですね。
『Blue skyの神様へ』の世界とリンクした創作企画!それぞれの主人公が、異なる世界を駆け抜ける!
大橋なずな様の『Blue skyの神様へ』でも作品を公開中!主人公のレインが、『ロスト、エイジ』の世界に迷い込んだ⁉
こちらもぜひ、読んでくださいまし。
作品公開はこちら↓
http://ncode.syosetu.com/s9629c/
※イラストは大橋なずな様から描いて頂きました!ありがとうございます!
奇妙な浮遊感。
目の前は暗く、音は何もない。
ここはどこなのか。一体何故自分がここに居るのか。
それを考えているうちに、どこからかせせらぎのような音が聞こえてくる。
何か手がかりを欲していたからか、音のする方へ無意識のうちに手を伸ばしていた。
足先が、硬い何かに触れた。
それと同時、感じたのは痛みを伴った風。
「ッ……⁉」
セロが両目を開けた先、飛び込んできたものはたった一つ。
それは、荒々しいまでに濃度を増した赤色だった。
周囲が、燃えていた。ボヤなどというレベルではない。大火だ。まるで夜天を燃やさんという勢いで、家々が燃え盛っている。
一体、何が起こっているのか。何故、自分はこのような状況下にいるのか。説明を求めようにも、周囲には人影はない。
火事の衝撃が強すぎて今更ながら気が付いたが、空は桶をひっくり返したような土砂降りだった――まるで、この惨事を空が嘆いているかのように。
幸い、そのおかげで舞い上がる火の粉は少ない。セロは煙吸わぬようにしながら、脳をフル稼働させる。
まず知るべきは、自分が何故ここにいるのか、だ。それによってやるべきことは変わってくる。
しかし記憶を辿るも、混乱しているからか直前の記憶が思い出せない。むしろ気が付いたらここにいた、その説明が一番しっくりくる。
それくらいに、この状況はあまりにも唐突過ぎた。
明確なのは、何か異常な事態が起こっているということだけ。そうでもなければ、大火事の中心で佇んでいるなどするはずがない。
ただ、この場所がどこかという問いには、漠然とした推測はあった。
先ほどから燃え盛る炎の中で見え隠れしている家屋。それがエンシャントラにある西洋風の建物ではないのだ。もはや墨になりかけている柱の組み方は、明らかに日本家屋のそれだ。
周囲を窺えば、貴族の邸宅や王城のような背の高い建築物も見えない。つまり、ここはエンシャントラではないということ。
しかしセロがあの世界で目覚めてから、日本式の建築物など目にしたことがない。
「どうなってんだよ……ッ!」
今だ頭の整理はついていないが、これ以上ここに居るのは危険だ。雷のような音をたてて倒れてきた柱を避け、セロは少しでも火の手が弱いところへと走る。もしかすると、アースラの仲間が自分と同じようにここにいるかもしれない。
どうやら、ここはかなり広い町らしい。しばらく走っても、同じような光景が続いている。しかしどの建物も火だるまになってはいるものの、造りがしっかりしているためか、まだ倒壊したものは少ないようだ。
状況を分析しながら、セロの頭に少し前の記憶が甦る。
あれは、セロがこの世界に来て間もなくのことだった。隣にはイルミナがいて、セロにとっては初めての任務だった。ただ、結果は成功とはいえまい。守るべき村は全て焼かれ、住民はエルフの少女を残して全滅。
そして、火の海の中で対峙した男――ゼイナード。
炎を操る魔術に圧倒され、危うく少女どころか、セロたち自身も死者の列に加わるところだった。
そんな苦い記憶を思い出したのは、この状況がそれに酷似していたから。
無意識のうちに、セロは火炎の中に佇む赤いローブを探してしまっていた。
だからだろうか――目の前に現れた集団に、警戒を怠ってしまったのは。
「――止まれ」
突然発された言葉。
驚き、盛大に泥水の飛沫を跳ね上げながらも何とか踏みとどまることに成功する。
見れば、セロの十メートルあたり前方に複数の人影が見えた。
残念ながら彼らの顔は知らないものだったが、紅蓮の輝きを跳ね返す純白のコートを纏っているのを目にして、セロは反射的にとっていた戦闘態勢を解く。おそらくはこの町の自警組織だろう――敵を教団に絞っていたため、そんな考えがあったのだ。
「おい、あんたらこの町の人間だよな⁉ 赤いローブを着た連中を見なかっ――」
セロの言葉は、ここで途切れた。
言葉を継ぐかのように、ばさり、と乾いた音が鳴る。
その発生源――男達の背に生えたものに、セロは息を呑んだ。
それは、漆黒の翼。
セロの知る限り、この世界にいるはずの種族は三つ――人間、獣人、そしてエルフだ。
しかし、目の前の者たちはセロの知るどれにも当てはまらない。かといって、アンデッドでもあるまい。
生まれた疑問は、そのまま口を突いて出ていた。
「お前ら、何なんだ」
踏み出そうとしていた足を引き、セロは再び戦闘態勢を取る。
しかし、相手側からの返答はない。代わりに返ってきたのは数度の羽ばたき。
そして、冷徹な命令だけだった。
「――やれ」
どうやら隊長らしい男の命令で、周囲の部下たちがセロを囲むように散開する。
数にして四。奥の隊長格の男を入れれば五人になる。
「……話す気は無しか」
呟き、右手を前に出した時。
「――はあああッ!」
前方右側にいた男が、裂帛の気合いと共に手に持った長刀を振り下ろしてきた。
しかし、型にはまった単純な一撃だ。右手に魔力を集中させれば、柄の感触が生み出される。
出現したのは、紅の色合いを持った剣。それで迫る長刀に重ね、受け止める。
ギンッ、という鋭い金属音が静寂を裂いた。
身体能力で言えば、セロは常人のそれよりも高い。このまま押し返してやろうと思った矢先――背後で、動く気配があった。
「くっ!」
後方の二人が放った刀による連撃を、セロは前に身を投げ出すことで回避した。しかし起き上がりざま、振り返れば四人目の男も動き出していた。
突き出すようにして重ねられた両の手。そこに、握り拳大ほどの禍々しい光球が生まれている。表面を這う電流を見るに、雷系の魔術だろう。
「……終わりだな」
見れば、後方に控えていた隊長らしき男も、その手に同じような魔弾を練り上げている。どうやら二人分の魔弾の射線に、まんまと陽動されたらしい。
一人目の攻撃で隙を作り、背後から奇襲。避けたところを魔術のクロスファイアで仕留める。なるほど、連携としては素晴らしい。
「――くたばれッ!」
どぅ、と重々しい唸りをとともに迫りくる魔弾。確かに、命中すればセロなど容易に吹き飛ばすだろう――だが。
「そう簡単に……死ねるかッ!」
しゃがんだまま、セロは左手を前に突き出す。相手の正体は得体が知れないが、これが同じ魔術であるならば――。
「――『黒霧』ッ!」
叫びと同時、セロが振るう左手の軌跡をなぞるように、黒煙の壁が空間を遮る。
そして、魔弾がそれに触れると同時――音もなく、消滅した。
「馬鹿な……⁉」
セロの使う魔術に、男の間に僅かながら同様の気配が生まれる。
そんな明らかな隙を、セロは見逃さなかった。
まずは、最初に向かってきた三人。
セロの意識が自分たちに向いたと悟ると、即座に得物を構える男達。だが、遅い。
彼我の距離、数メートル。だが、セロの身体能力をもってすれば――一歩。
どっ、という爆音。ロケットのように宙を直進したセロの右脚が、正面に立つ男の腹に深々と突き刺さった。
たまらず、くの字に身体を折る男。その後ろにいた二人が反撃に出ようとするも、前の男が邪魔になっているようだ。
セロはすかさず走り、二人目の男の脇を抜ける。
そして振り向きざまに剣を一閃。男の左足を切り裂く。健を切られて動きが止まったところを、柄の一撃で仕留めた。しかし、そこに三人目の男が剣を上段に振りかぶったのが目に映る。
「貴様――ッ!」
セロの体を両断せんと、長刀が獰猛な輝きを放つ。
対して、セロが取った行動。
それは、その場にしゃがみ込むことだった。それが意味することを、文字通り男はその身を持って知ることになる。
セロがしゃがんだことで空いた空間。そこに、魔弾が飛び込んできたのだ。更にその奥には、先ほど魔弾を放った部下の驚いた顔。
「なっ……⁉」
当然、避けられずに魔弾が直撃。高圧の電流が、瞬く間に男の意識を奪い去った。
それを見届けることなく、セロは先ほどの蹴りで蹲っている男の頭に柄の一撃を加えて倒した。
「残り二人!」と勢いよく振り返ったセロ。しかし――。
「なるほど……面白い」
低く、しかしどこか愉悦を含んだ声が、戦場に生まれた。
発したのは、あの指示を出していた隊長らしき男だ。彼は残っているもう一人の部下に視線を向けると、「行け」というように顎をしゃくる。
「ですが、隊長――」
「お前は倒れたやつらを連れて下がれ。そこにいられると動きにくい」
その言葉に、まだ若い男は一瞬だけ食い下がるようなそぶりを見せた。しかし彼が言う足手まといの中には自分も含まれているということを理解したのか、すぐに倒れた仲間の元へ向かう。
彼が気絶した仲間を起こし、他の者達を二人がかりで路地へと移動させている間、セロは正面に立つ男と睨みあっていた。別に逃げる者達を追うつもりはない。第一、目の前の男が発する殺気が、それを是としないことを雄弁に物語っていた。
「……わざわざ、待っていてくれたわけか。甘いのか、それとも舐められているのか……いや、あの実力差では、それもしかたがないことか」
彼らがいなくなったのを確認すると、男は雨で張り付いた髪を煩わしそうにかき上げ苦笑を滲ませる。
「部下を率いるようになって久しいが、やはりこっちの方が性に合っているみたいだ。古臭いと、部下には笑われるが……一人だけというところを見ると、お前もそのクチだろう?」
「……生憎、ただの迷子だよ」
「おっと、これは失礼した」
くっくっと喉を鳴らす男。今なら、多少なりとも話ができるかもしれない。
「……お前ら、教団じゃないな?」
「教団?」
怪訝そうにまた側の眉を吊り上げる男の様子に、セロは確信を得る。
もしも教団の連中なら、セロの情報は伝わっているはずだ。しかし、彼らは先ほどセロが魔術を放った際、かなり驚いている様子だった。それと今の反応から察するに、どうやら、彼らは赤の教団のメンバーではないらしい。しかし、襲ってきたところから見ると味方でもない。まず、格好からして人間かどうかも怪しい。
「何のことかは分からんが、まあ、どうでもいい。早く始めようじゃないか」
「おい待て! だったら俺達が戦う必要は――」
「くどい!」
言い終わるや否や、男が突進してくる。刀を腰だめに構えたまま肉薄し、横薙ぎの一閃。
その軌跡に自らの剣を割り込ませ、セロはその斬撃を防いだ。
だが相手はそのまま押し切ろうと、更に刀に力を込めてくる。
切り結ばれた刃が、耳障りな音をたてた。
「……何で俺を攻撃する? 目的は何だ」
「ハッ、目的だと⁉ 決まっているだろう。天使と悪魔が対峙すれば、戦う以外に何があるというのか!」
「天使……ッ⁉」
一瞬気が緩んだ隙に、僅かにセロの剣が押し込まれた。煮え切らない反応を見せるセロに、男が苛立ったように叫んだ。
「恍けるな! その背に生えた白い翼が、何よりの証拠だろうがッ!」
「何……ッ⁉」
慌てて距離を取ろうとしたセロだったが、素早く返された男の刀が、その頬を掠める。
それ以上追撃される前に、今度こそ後方へと跳躍する。幸い、男もそれ以上は向かってこなかった。
「翼って、そんなものあるはずが――」
数メートルの距離を保ちながら、セロは恐る恐る自らの背に手をやる。しかし、そこで感じた予期せぬ感覚に、思わず絶句してしまう。
思わず可動域限界まで首を曲げれば、そこには確かに、翼としか形容できぬ白いものが生え出ていた。
「おい……ウソだろ」
苦々しい表情で触ってみれば、言い知れぬくすぐったい感覚。間違いなく、これは自分の背から生えているものだ。何故これが急に自分の背から生えてきたのかは分からないが、これが男の言うように、天使である証左だとするならば。
「え……じゃあお前、悪魔か⁉」
「貴様、俺を馬鹿にしているのか⁉ 当然だろうが!」
そう言って、いかにも悪魔らしい漆黒の両翼を羽ばたかせる男。
当然と言われても、この世界に天使や悪魔など存在していたのか。イルミナやバスクからはそんな話聞いたことがない。というか、何故その天使の翼が自分の背にあるのか。分からないことだらけだ。
「……ふん、まぁいい。さっさと決めてやる。他にも斬らねばならん奴がいるからな」
そう言って、男は抜刀していた刀を再び鞘に納める。退くのかと思ったが、そうではない。
右足を僅かに出し、腰を低く落とす。右手は柄に触れるかどうかというところに置き、そのままの状態で静止する。
そして、次の瞬間――。
「――ッ⁉」
男が、目の前にいた。
微かに聞こえたのは、何かが爆ぜるような音。そして、いくつかの連鎖した輝き。
咄嗟にセロは剣で防ごうとしたが、抜刀の瞬間も見えない速度。紫電の煌めきが見えたと思った瞬間。
――バギィン!
不快な破砕音と共に、胸の辺りに熱が走った。
「……がっ」
たまらず、セロは片膝を突く。胸の辺りに手をやれば、どろりとした赤い液体が付着する。
「ほぅ? 剣を盾にして、何とか防いだか」
後ろから、感心したような男の声が聞こえる。どうやら完全に先ほどの一撃で決めたつもりだったらしい。
痛みをこらえながら、セロは何とか男の方へと向き直る。
だが、決して浅い傷ではないのは確かだ。少しずつ、熱感が増していくのが分かる。剣も折れてしまっている。時間が経たねば、再び魔術によって剣を生み出すのは不可能だ。
セロは折れた剣の柄を捨て、先ほど悪魔が使っていた剣を拾う。使っていたものよりも少し軽いが、使えないことはないだろう。
「……雷の、魔術か」
「ご名答。移動速度と抜刀の速度を上げた。はっきり言って防がれたのはショックだな……まあ、次で決めるが」
そう言って、再び先の構えを取る男。
――どうするか。
セロは考える。先ほどの一撃は不意打ちに近いものだったとはいえ、ほとんど目視できなかった。また、向こうの得物の方がリーチが長い上に魔術で抜刀速度が強化されている。
魔術を使おうにも、セロの場合、単純な物理攻撃には効果が薄い。せめて何か裏をかくことができれば……。
「……試してみる価値は、あるかもな」
ふと思いついた考えに、一人呟く。成功するかどうかは分からないが、今はそれ以外に考えられない。
セロは男と再び対峙すると、相手が動き出すよりも早く、その体を沈めた。
それは、全力で疾駆するための予備動作。
瞬間、先ほど見せたものとは比べ物にならなうほどの速度で、セロの体が飛び出した。
それはさながら、漆黒の弾丸。魔術による身体強化は一切使用していないが、ともすれば、先の男の速度にも引けを取らないほどだ。
予想に反したセロの行動に、一瞬だけ男は動揺の気配を見せる。
――だが、それだけだった。
男は、はっきりとセロの動きを捉えていた。多くの死線を潜り抜けた経験によるものか、辛うじて視認したセロの体勢から、その考えを読むことができたのだ。
地面すれすれの前傾姿勢。あれではもう減速は不可能。
つまり――速度にものを言わせた、ただの特攻だ。
迷いなく、完璧なタイミングで振り抜かれた刀は、間違いなくセロを捉えていた。
――それが、本当に捨て身の特攻だったならば、だ。
「――ここ、だッ!」
叫びと同時、セロは男の間合いに入る寸前で、両腕を前に突き出す。それ自体に何か意味があるわけではなかった。ただ、その動作が必要だっただけだ。
同時、爆音を伴う振動。
大気を振動させるほどのその正体は、一対の翼の羽ばたきだった。
瞬間的に発生した力が可能にするは、急激な減速。刃は、セロの眼前を過ぎる。
「――残念、だったな」
言い終えた時には、セロの振り下ろした銀弧が男を吹き飛ばしていた。
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再び走り出したセロであったが、未だ赤々と燃え盛る街道を抜けられずにいた。男に斬りつけられた傷はそれほど深いものではないが、鈍い痛みは少しずつ増しているようだ。
翼があるなら、と空からの脱出を試みもしたが、突然堪えがたい吐き気に襲われて断念した。その症状はかなりひどく、数分ほど立ち上がることすらままならなかったほどだ。原因は不明だが、ある程度上昇すると見られる、この場所特有の現象なのかもしれない。
しかし、時間が経つにつれてある考えがその頭を占めるようになる。
「ここは……俺のいるべき場所じゃない」
声に出したことで、一層その感覚が強まる。
これは、論理的な判断と言うよりも直感に近い。しかし根拠がないわけではなかった。
異国を思わせる街並みに、見知らぬ種族。未知への邂逅という点で言えば、あの忌まわしき研究所での目覚めにも引けを取らない。
ただ、今回はあまりにも唐突過ぎる。研究所の時のような、コールドスリープなどのその状況に至った要素が何一つないのだ。まさに、気が付いたらここにいた、というかんじである。
ここに来てからある程度の時間は経ったが、未だ事ここに至るまでの記憶は一切思い出さない。記憶を辿ろうとすると、まるで霧がかかるように頭の中がぼんやりしていくのだ。
「どうすればいいんだ……!」
セロが焦燥と苛立ちに思わず呻いた、その時。
突然、セロはその場に立ち止まった。
聞こえるのはぬかるんだ地面をたたく雨粒と、己の荒い呼吸。
しかしそれに混じって、確かに別の音が聞こえた。それは、金属同士が衝突する甲高い音。断続的に響くそれには、時折怒号も混じる。
誰かが、戦っているのだ。
もしかしたら、自分と同じようにここに飛ばされた仲間かもしれない。そうでなくても先ほどのセロのように悪魔に襲われているのなら、助けるべきだろう。
即座にそう判断し、セロは音を頼りに再び大地を蹴る。
音の発生源は、それほど遠い場所ではないようだった。まだ火の回っていない路地へ踏み込めば、その声は少なくても四、五人のものらしいことが窺える。
そして、路地を抜けた先。
そこは、比較的大きな広場になっていた。見れば、セロから数十メートルほど離れた先で先ほどの悪魔たちと同じ、白い軍服の男達が動き回っているのが見える。どうやら、誰かがそれに囲まれているようだった。黒の翼の隙間から辛うじて見えたのは、おそらくそれと戦っているのであろう人物の、淡い緑色の髪。どうやらセロの知る人物ではなさそうだが、だからと言って見殺しにするわけにはいかない。
右手を振れば、刹那の光芒を伴って生み出される真紅の剣。視線の動きだけでそれを確認すると、セロは男達の元へ向かおうとした。
だが――。
「ぎゃああッ⁉」
いくつもの銀弧が瞬いたかと思えば、その軌跡をなぞるように悪魔から鮮血がほとばしった。斬りつけられた男が倒れぬうちに、その周辺で同じように悪魔たちがなぎ倒されていく。
それによってできた空間に着地したのは、セロと同じような黒色の軍服をはためかせる一人の青年だった。背は低く、線の細い体をしているが、決して華奢と言う印象は受けない。振るわれる刀は、一撃で的確に悪魔たちを仕留めていく。更にその足を止めることなく、彼は再び悪魔たちへと切り込んでいく。
黒の集団の隙間を縫うように駆けるその姿は、まるで演武のよう。
動きに合わせて揺れる髪は、つむじに近づくほどその色を強めている。たとえるなら、春に萌え出でる若草だろうか。その不思議なグラデーションは、金色の双眸と相まってどこか艶やかな雰囲気を漂わせていた。
そして、何より特徴的なのが背から生えた一対の翼。セロに生えている物と同じ、純白のそれが意味するは、おそらく――。
「――天使」
先ほどの戦闘で聞いた言葉が、セロの口を突いて出た。
悪魔と戦っているところを見ると、どうやら彼らと敵対しているのは確からしい。加勢をするつもりのセロだったが、ふと抱いた違和感に、その足を止める。
原因は、やはりあの青年だった。
その金色の瞳は、激しい感情を湛えていた。怒りや憎しみといった負の感情。いや、それ以外に――深い、悲しみを。
「泣いている……のか……?」
当然、その問いに答える者はいない。
気が付けば、ちょうど最後の悪魔が青年によって切り伏せられたところだった。
大きく肩を上下させながら、こちらに背を向けて佇む青年。どうやら、まだこちらには気づいていないらしい。
「おい――」
声を掛けようと、セロが一歩踏み出す。
刹那、即座に振り返った金色の瞳と目があった――気がした。
しかし、それは一瞬のこと。
まるで来た時と同じ唐突さをもって。
次の瞬間には、セロの視界は黒く塗りつぶされていた。
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僅かな間、無重力の空間に放り出されたような浮遊感を味わった。
そして目を開いた先。海を思わせる深い青色が、目の前にあった。
「あ、起きた」
「――――ッ!?」
反射的に、体をのけ反らせる。その拍子でベッドから落下、咄嗟のことに受け身を取り損ね、強かに背を打ち付けてしまう。
あまりの痛みに起き上がれずにいると、視界に、呆れたようにセロを見下ろす少女が映る。ご丁寧に、溜め息まで付けて。
「……い、イルミナ?」
視線を彼女から外し、ぐるりと周囲を見渡す。
そこは、薄暗い小さな一室。ベッドと衣装ダンス、それと簡素なテーブルと椅子以外には家具もほとんどない、殺風景な空間。セロの自室だ。
しかし、それならば何故彼女がここに居るのか。
「え、と……何でイルミナさんが俺の部屋にいるんでしょうか」
「あんたが魔術について教えて欲しいとか言うからでしょうがッ!」
「あ、ああ! そうだったっけ⁉」
眉を逆立てる彼女の後ろに、セロは稲妻を幻視したような気がした。尚も憤懣冷めやらぬと言った様子のイルミナは、セロに詰めよると更にまくし立てる。
「ちょっと休憩とか言ってベッドで横になったかと思えば、寝息が聞こえてくるからおかしいと思ったのよ! つまらなくなったんでしょ⁉」
「い、いやそのほら、さっきまでバスクにさんざんしごかれてたし……疲れていたというかなんというか……」
「どうしていいか分からない私の身にもなれ!」
「……それは本当にすまん」
どうやら謝罪の効果があったのか、少しだけイルミナの怒りモードが和らいだように見えた。どうやら矛を収めてくれたようだ。
「……今度、甘いもの奢りなさい」
……収まってなかった。
思わず天を仰ぐ少年から視線を外したイルミナは、その傍らにあるものに気が付く。
「……何、それ?」
「ん? ああ、さっきで店で買ってきたんだ」
ひょい、とセロが持ち上げたものは、雲一つない晴天を思わせる色地の枕。隅の方に、小さく一対の翼がプリントされている。
彼女もそれが気になるのか、手渡すと、珍しそうに眺め始める。
「何かお店の人がさ、よく眠れるとか不思議な夢が見れるとか言ってたから買って来たんだけど……」
「ふーん……いい夢はみられた?」
「ああ、えっとな……あれ?」
思い出せない。
何か、奇妙な体験をしたはずなのに。あり得ないようなものを見て、そして最後に、誰かと会ったような気が――。
「――ぶえっ!」
不意に、枕が顔面に叩きつけられた。顔を押さえる手の隙間から窺えば、犯人はにやにやとセロの方をみて笑っている。
「ふふん、私の時間を無駄にした罰よ……うん?」
ふと、二人の視界に白いものが映る。宙を滑るようにゆっくりと落ちてきたそれは、セロの膝の上へと音もたてずに着陸する。
それは、一枚の羽だった。
「……鳥の羽?」
「いや、それにしちゃ少し大きすぎるような気も……」
どちらともなく、二人は開かれた窓の方を見やる。その向こうには、枕の生地を同じ、抜けるような青空が広がっている。
ただ、セロはどこか心がざわつく感じを覚えた。
「……イルミナ」
意識せずに、彼は少女の名を呼んでいた。不思議そうに見返してくる彼女の視線を意識しながら、セロはその先を続ける。
「もし教団が戦争を仕掛けてきても……俺は、絶対に負けない。だから……」
「――うん、分かってる」
言葉と同時、少年が伸ばした手に、少女はそっと手を重ねる。
その時、開いたままの窓から澄んだ風が流れ込む。それは先ほどの羽を再び宙に舞わせ、部屋の中に仄かな若草の匂いを残して消えていった。
コラボ企画、とても楽しかったです。
他の作者様から見たロスト・エイジの世界、こうなってるんだなぁ、と実感いたしました。色々と学ばせていただくことも多く……いや、すごいですよ? 私が考えていなかった点までいろいろと質問していただいて、「あ、考えてなかった」って言う点が多々ありまして……まぁ、詳しくは活動報告で。
内容に関しては、私が『Blue Skyの神様へ』の世界でのセロ視点を、なずな様には『ロスト・エイジ』の世界でのレイン視点を書いていただきました。こちらの作品に関しては、読んでいただいた通りです。少しでも『Blue Skyの神様へ』の世界観を味わっていただけたら、と。本編を読んでいない方は、そちらも合わせてお楽しみください。
お相手、なずな様に書いていただいた『ロスト・エイジ』の世界、もうお読みになった方はいますかね?たくさん質問していただいて、あんなに素晴らしいクオリティに仕上げていただきました!感謝!
最後に、今回のコラボ企画に協力いただいた大橋なずな様、そして共演してくれた『Blue Skyの神様へ』の主人公レイン。本当にありがとうございました!