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対峙━3

「言っておくけど、まだ殺してないよ。あ、お姉さんがそいつを殺したりしたら、ソッコーで殺しちゃうけどね」

 エレナの足下にいるアンデッドを指し、おぞましいことを簡単に言って乗っける少年。その幼い心は完全に歪んでしまっていた。

 確かに、僅かではあるがリンの胸が上下している。どうやらまだ生きているという言葉は嘘ではないらしい。

 しかし、それもエレナの態度次第ということ。行動次第では、少女の命は一瞬にして失われる。

 現状、エレナはこの状況を打破しうる一手を持っていなかった。〈死者の王〉から跳び降り、少年、それから狼の方を見据える。

「分かった……それで、そちらの要求は? わざわざ生かしているからには、何か理由があるんだろう」

「さすが、話が早いね。頭のいい人、僕は好きだなぁ」

「残念だけど、あたしのタイプじゃないね。特に、人質なんか取る輩は」

「うわ、フラれちゃったよ」

 そう言って、小さく肩を揺する少年。いちいち神経を逆なでするようなそのやり取りに、エレナは辟易した表情を見せる。

「そう怒んないでよ、冗談だって。それに要求っていっても、すっごく簡単なことだから」

 笑うことを止めたらしく、少年の動きが止まる。そして気取ったような動作で、ゆっくりと片手をエレナの方に向けた。


「――お姉さん、僕らの仲間に入らない?」 


 仲間。つまりは、赤の教団に入れということ。

 そうなれば、多くの者を敵に回すことになるだろう。今まで仲間だった者達と敵対し、殺し合わなくてはならない。想像するのも嫌な光景だ。

「……教団は、随分と人手不足なのかい?」

「まさか。ただ、これからデカいことをやるとか言って、強い人を集めてるんだよね。どう? 多分お姉さんが考えているほど悪いところじゃないよ、うちは。命令さえなければ基本的に自由だし」

「……命令ってのは、〈真紅の王〉から?」

「ううん。ドクターっていってさ、会ったことない? 頭のおかしな、いつも白衣着ている人。〈真紅の王〉は僕も見たことないかな」

 その時、少年から少し離れた茂みが微かな音を立てて揺れた。少年と、狼たちの視線がそちらへと警戒の色を持って向けられる。

 エレナも始めは獣かと思ったが、一瞬遅れてその正体を知り、思わず口元をほころばせる。

 少年はその反応を見逃さなかった。

「……何?」

「いや……珍しい鳥がいた」

「鳥?」

 怪訝そうに、少年は目を細める。

「そ、このあたりは見かけないんだけど。アンタが狼なんて連れてくるから、動物たちも警戒しているんだ」

「……ふぅん」

 早くも興味を失ったのか、少年は適当に相槌を打つ。狼たちも、彼らの主が警戒心をなくしたことで関心を失いつつある。

「それで、もう一つ質問。そのドクターっていうのは、今はどこにいる?」

 その問いに、少年は指を自らの後方に向ける。イルミナ達の向かった謎の施設の方だ。

「研究所にいるけどさ……それより答え、聞かせてよ。入るの、入らないの?」

 質問攻めにされることはあまり好きではないらしく、その声音は僅かに苛立ちを含んでいた。周囲にいる狼たちも、低い唸り声を発し始めている。

 それを見てとり、エレナは再びの溜め息と共に両手を上げる。

「それ、聞くまでもなくない?」

「まぁ、そうだけどさ」

 少年は、自分の横にいる動かぬ少女の方を見る。すると、彼女を咥えていた狼がその口を開いた。湿った地面に落とされた少女の小さな体を、強靭な前足で押さえつける。

「……その子は解放するんだろうね」

「もちろん。でも、お姉さんが本当に仲間になるまでは駄目だからね」

 その言葉に、エレナは微かに安堵の息を漏らす。

「それで、君から仲間と認めてもらうにはどうすればいいのかな? その赤いローブを着て、赤の教団になりましたー、って言えばいい?」

「面白いけど、それじゃダメだね。裏切ったりしないように、もっといい方法がある」

 そう言うと、少年はローブの中から何かを取り出した。

 緑色の液体に満たされた、一本の注射器。エレナにはそれが何かは分からないが、それをどうするのかは容易に想像がついた。

 少年が、それを彼女に放る。

「それ、手首に打って。そうすればこの子は解放する」

 寄越された器具を改めて眺めるエレナ。明らかに体に悪そうな色をした液体が、容器の中で蠢く。

「……これ、何だい?」

「知らなくていいよ。ほら、早く。そうじゃないと、この子が――」

 少年が言葉を発した瞬間。

 先ほどの茂みの中から、一つの影が飛び出した。

 それはリンを抑え込む一匹の狼へと猛然と突進する。


「――吹っ飛べぇええええ!」


 それは一人の男。彼の叫びと共に振るわれた剣が、驚きに固まった獣の横腹に命中した。刹那、刀身が荒ぶる魔力を吐き出す。

 暴発した魔力は爆発となって〈サルベージ・ウルフ〉に炸裂、標的を粉々に消し飛ばした。

「なっ……何だよコイツ!?」

 叫ぶ少年に、男は応じる気配もない。一瞬の隙を突いてリンを担ぐと、笑みを浮かべるエレナの方へと走り、必死の形相で叫ぶ。

「おいあんた、さっさとあれ落としてくれよ!」

 彼が指さすは、少年と狼たちの頭上。

 つられて少年の視線もそれを辿り――再びの驚きに、目を見開いた。

 そこに浮かぶは莫大な魔力の塊。球体の形を成し、荒れ狂う暴風が渦巻いていた。

「まさか……僕と話している間に……!?」

「そういうこと。迂闊だったね――お姉さんとの会話にうつつを抜かしちゃうなんて、さ」


 悪戯めいた表情で、風の支配者は微笑む。同時に振り下ろされた腕が、魔術を発動させる合図。

「〈解放(リベレイション)!〉

 一瞬後、暴虐の嵐が少年達に襲い掛かった。

 無慈悲に叩きつけられる力。風の刃を混ぜられたそれは獲物を天高く巻き上げ、切り刻み、弄ぶ。更には周辺の木々をさえ巻き込み、その破壊の痕跡を広げていく。

 

 自然の猛威を前に、先ほどの男は呆然と佇んでいた。

「すげえな……まさか、ここまでとは思ってなかったわ」

「まぁね。ってか、君はあれだよね。確かリンが治療してた人だ?」

「あ、あぁ。治療の途中に奴等が襲ってきて、それで……」

 男の歯が、ぎりっ、と音をたてて擦れる。

「この子が、咄嗟に俺を茂みの中に隠したんだ。そうじゃなきゃ、俺は今頃……」

「なるほどね……」

 少女の咄嗟の機転が、此処にいる三人の命を救ったのだ。男からリンを受け取り、エレナはその小さな戦士の髪を梳くようにして撫でる。

「よく頑張ったね、リン……」

 その言葉に反応したのか、リンの瞼が僅かに持ち上げられた。始めは焦点が定まっていなかった瞳も、ほどなくしてエレナの姿を捉えたようだ。

「エレナ……さん?」

「あぁ。もう大丈夫だよ」

 安心させるように微笑み、リンの体を近くの木に寄りかかるようにして下ろす。しかしリンはまだ心配そうに彼女を見上げる。

「気を付けて……ください、あの人は、まだ――」

「ん、分かってる」

 最後に一度だけその頭を撫で、視線を前に向ける。エレナが予想したとおり、その先にはボロボロのローブを纏った先ほどの少年が息荒く立っていた。

「どいつもこいつも……僕の邪魔ばかりして――ッ!」

 どうやら今の魔術でフードが脱げたらしい。その幼い顔立ちが露わになっていた。白銀の光沢をもつ髪は、血によって額に張り付いている。

「あれでまだ生きてんのかよ!?」

「いや、むしろあれでそこまでダメージを負っている方が驚きだね。もしかして君、あんまり強くないのかな?」

「黙れッ!」

 エレナの言葉は、どうやら少年の神経を逆なでするに十分なものだったらしい。その目に怒気をたぎらせ、少年は叫ぶ。

「イノシシみたいに突っ込む奴なんて、あの馬鹿ナードとオゼイルのおっさんだけで十分だ! 僕はもっと頭を使って戦うんだよッ!」

 言うが早いか、少年は両の掌を大地に着ける。すると、薄紫の巨大な魔方陣が渦を巻くようにして浮かび上がった。その数は二つ。


「……なぁ、そいつはもう動かねぇんだよな?」

 前方で蠢く魔方陣を視界に入れつつ、男が後方の〈死者の王〉の方をちらりと見る。そのおそるおそるといった動きに、エレナは思わず苦笑を浮かべた。

 しかし、考えてみればこの男の部隊はこのアンデッドに全滅させられたのだ。自分を死地に追いやった存在を目の前に、恐れるなというのは無理があるだろう。

「まぁ、結構ダメージは入れたしね。再生するにはもう少し時間が掛かると思うよ」

「おう、それじゃあ問題ねぇな!」

 どこからでもかかってこい、と男が威勢よく剣を構える。動きからしてどうやら経験は積んでいるらしい。

「それで君さ――」

「レインだ。シリウスのレイン」

「――レインね。私はアースラのエレナ。それで、治療の方は終わってないんだろ? 戦力として当てにしていいのかな」

 男の傷口からは依然として血が滴り、足は僅かに引きずっている。それを懸念しての言葉だ。無理をして戦われても、足手まといになるようなら困る。

 しかし彼女のそんな心配を、レインは豪快に笑い飛ばした。

「へっ! こんな傷、屁でもねぇぜ。助けてもらった恩もあるからな。それに……」

「それに?」

 エレナが聞き返すと、レインの表情が変わった。笑うことを止め、どこかしみじみとした様子で呟きを漏らす。

「――アースラの奴に、これ以上借りは作れねぇんで」

 

 エレナにとって気になる言葉ではあったが、それ以上話をする時間はなかった。完成した陣の中心から、浮かび上がるようにしてアンデッドの体が現れる。

「マジかよ……冗談キツいぜ」

 その正体を把握したレインの笑みが引きつっていく。先ほどの威勢は片鱗すらうかがわせないような変貌だ。


 だが、誰もこの男を嘲ることはできないだろう。

 エレナ自身、それは予測できなかったのだから。


「――〈死者の王〉、まとめて奴らを叩き潰せェ!」


 魔術によって産み落とされた、二つの異形。

 絶望を体現する二対の赤い光が、それぞれの標的を見据え、吼える。


「――レイン! 倒さなくていい、時間を稼いで!」

「クソッ! あぁ、畜生!」

 毒づきながら、レインは全力で茂みの中へと駆ける。そのすぐ後ろを一体の〈死者の王〉が、木々を盛大になぎ倒しながら追っていく。

 残ったのはエレナともう一体の〈死者の王〉、そして赤の教団の少年。

 エレナが魔力を溜め始めるのと同時、〈死者の王〉の巨大な肉体に変化があった。ぐちゃぐちゃと湿った音をたてながら、その形態を変化させていく。

 背の鱗が割れ、裂け目から漆黒の羽が飛び出す。焼き焦げたようにボロボロの羽にもかかわらず、それは物理法則を無視しはばたき一つでその巨体を上空へと浮かせた。その手は重力場を作るべく、膨大な魔力がかき集め始める。

 さらに、上空にばかり目を取られてもいられない。

「――来い、〈銃魔蟲(ガトリング・ビートル)〉!」

 再び生み出された魔方陣が、更に仮初の生命を産み落とした。召喚されたのは、一メートル級の巨大な蜂。毒々しい色合いの尾部に、円形に何本もの毒針が飛び出している。

 それが少年の右腕に留まり、足でその体を固定した。

「僕を馬鹿にしたこと、後悔しながら死ぬといいよッ!」

 次の瞬間、数百発にも及ぶ毒針が勢いよく射出される。その射線上にはエレナ、そしてその後ろには動けぬリンがいる。避けることは許されない。

 エレナは攻撃用に溜めていた魔力を防御に回した。風を操り飛来する銃弾を次々に撃ち落していくが、問題はその後。

「これは、ちょっとヤバいなぁ……」

 見上げれば、頭上を覆う重力場がちょうど解き放たれた時だった。今までのどれよりも強大な一撃。防げるかどうか確証はない。

 だがやらなければ、死。

 あらゆるものを砂塵へと帰す一撃が迫りくる中、エレナは一瞬だけ防御を解く。当然、遮られるものが無くなった攻撃は嵐のように彼女を襲い掛かった。

 いくつもの毒針が肉体を穿つ痛みに歯を食いしばり、その口から血と共に詠唱の文言を吐く。

「――悠久をめぐる大いなる風よ。戦神に代わり、正しき者に勝利の恵みを、愚かなる者に敗北の罰を与えよ……」

 束の間、その一帯から風というもの全てが消えた。そよいでいた木々が、次の瞬間を待ちわびるかのように無音を作り出す。

 それは、嵐の前の静けさ以外の何ものでもない。


「――〈崩壊の風音ストーム・ディザスター〉」


 エレナが突き出した腕を這うように生み出された、逆巻く暴風。音さえも巻き込んで放たれたそれは、叩きつけられるアンデッドの一撃に正面からぶつかり、砕き、撒き散らす。

 一瞬後には互いの相殺しきれなかった残滓が己が目的を果たそうとして、それぞれの標的を飲み込んだ。

〈死者の王〉の両腕が暴風によってへし折られ、千切れ、その巨体と同じようにして大地へと叩きつけられた。一方で破壊の一撃もまた、エレナを巻き込んで大地を砕いていく。


その名残として生まれた風塵が、そこにいた全ての者達を包み込んだ。


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