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覚醒━3

 金髪の男に連れて行かれるままにアースラを出る。広場には見覚えのある護送車。ゼイナードが連れて行かれる際にエルフたちが召喚していたものと同じものだった。恐らくは同じ魔術で生成されたものであろうと見当がつく。

 一瞬彼を思い出したことで足が止まりかけるが、男に押し出され、危うく転びそうになりながらも再び歩き出す。

 

 今の自分は彼と全く同じ罪人だ。

 誰かを守ろうとしたか、傷つけようとしたかという違いはあれ、正反対のその二つの想いは同じ結末を齎した。

 外に広がる満天の星空さえも何の慰めにもならない。セロが今感じているのは、この先の自分を待つ運命のみ。嵌められた手枷の冷たさが、その過酷さを暗示しているように思われてならなかった。


「ほら、おとなしく乗れよ」

 重い音をたてて護送車の扉が開かれ、男に押し込まれるような形で乗り込む。直後、後方で錠を下ろす硬質な音が響いた。

 

 幅一メートルにも満たない、薄暗い空間。その一角には申し訳程度の木製の椅子が据えられている。体重をかければ壊れてしまいそうなほどにみすぼらしいものだった。


「一応言っておくが、その枷は魔力の供給に干渉する代物だ。魔術が使えない以上脱出などできようはずもないが、馬鹿なことは考えないことだ」

 格子から外を窺うと、いつの間にか車の近くにロイが立っていた。その隣には自分をここまで引っ立ててきた金髪の男。セロのこの状況を面白がるような笑みを湛えている。

 

「それ、滅茶苦茶高ぇから壊すなよ?」

「……ルイス、無駄口をたたくな――御者、もう出していい」

 ロイが護送車の前方に座る御者に指示を出すと、馬に鞭を入れる乾いた音が辺りに響く。一瞬の間の後に、ゆっくりとセロの乗る車が動き始めた。

 セロの乗る護送車の前後を兵士の隊列がはさみ、数十メートルほど前方、一行の先頭にはアガノフの乗る華美な装飾の馬車。護送車の両脇には先ほどルイスと呼ばれた金髪とロイといった配置になっている。 

「……来るはずがないよな」

 

 気が付くと、先ほど自分が出てきた建物に目がいってしまう。

 あれだけの騒ぎを起こしたのだ。とうに上の階までその様子は伝わっているはずである。

 責任感の強い彼女のことだ、必ず自分を助けに来ようとする。だからエレナやバスクに発した「イルミナを頼む」という言葉には、「彼女を来させないでくれ」ということを意味合いが含まれていた。もしかすると今この瞬間にも二人が必死に彼女を止めてくれているかもしれないのだ。

 

 しかし、心のどこかでは彼女が来ることを望んでいる自分がいる。光もろくに届かない空間の中、セロは皮肉めいた笑みを漏らした。

 

 


 どれくらいの時間が経ったのだろうか。

 格子の隙間から外の様子を覗く。既に何度か繰り返した行為だが、月明かりに照らされた街並みはいつ見ても同じようにしか見えない。

 本当は微妙に違っているのかもしれないが、見通しが悪く、ましてやこの世界の情報に乏しい自分ではその違いが分かるはずもない。この空間で得られる情報など、時折聞こえてくる兵士達の会話くらいのものだ。それすらもロイの一瞥で途絶えるのだが。

 そんな場所で何もせずにただ座っているのはなかなかの苦痛で、しかしこの状況で何かをしようという気になれるはずもなかった。

 このまま牢獄に入れられるまで耐えるしかないのかと思っていた。だからこそ自分に向けられた言葉に反応が遅れた。


「――不運だったな」


「え……?」

 

 視線を動かすと、此方を無表情に覗き込んでいたロイと目が合う。


「仲間を守ったお前の行動は素直に評価できる。貴族にそのような理由で楯突いた者など、前例がない」

 

 彼の表情に相変わらず変化はないが、その淡々とした口調は先ほどアガノフと話していたような、用意された台本を読んでいるようなものではない。なんとなくだが、そんな気がした。


「死罪だけは逃れられるよう、俺の方で掛け合ってやる」


「お前……何でそこまでしてくれるんだ? 王国騎士団って、アガノフの側の人間じゃないのか?」

 

 取りあえずは死刑という最悪の結果だけは免れそうではあるが、そう言うロイという男の腹が分からない。敵だと思っていた男から突然そんなことを言われれば、誰だって疑いたくもなるというものだ。

 だからその言葉に何か裏があるのか、それを確かめる。


「王国騎士という立場上従っているだけだ。我々の忠誠はあくまでも王に対して誓ったもの。別にあれに味方しているわけじゃない」

 

 ロイはかなり先を行く豪華な馬車の方に視線を送る。それに幾分冷たいものが含まれていた。


「これから先のことなど、大半の貴族は考えてもいない。こんな馬鹿なことで戦力を失っている暇はないんだ」


「戦力って……」

 

 不穏な言葉に思いを馳せる間もなく、クックッという押し殺したような笑いが聞こえてきた。当然、反対側にいるルイスのものだ。


「そいつ、お前のことかなり買ってるんだぜ? どうにかして俺達の部隊に加わってくれないか、とか言ってたっけな」


「はぁ?」

 

 ルイスの言葉を受けて、ロイの方を向く。すると、彼の真剣なまなざしと直面した。どうやら本当のことらしい。


「……いや、突然そんなこと言われてもさ。その……」

 言おうとしている答えは勿論、ノーだ。自分を心配してくれたアースラの仲間たちを裏切るようなことはしたくない。

 しかし同時に、死刑から救い出そうとしてくれている男の申し出を断っていいものかどうかという考えも抱いていた。罪悪感などではない。ただ命が惜しいだけだ。  

 しばらく言いよどんでいると、ロイが答えを察したかのように長い吐息を漏らした。


「……断るか。いや、心配するな。我々人間の味方でさえあればそれでいい」


「人間の味方……?」

 

 意味ありげな言葉に思わず眉をひそめる。それではまるで、生者に憎悪を持つアンデッドだけでなく、獣人やエルフまでも敵と言っているような気がしたのだ。

 

 が、ロイはその様子は気にも留めていないらしい。そのまま言葉を続ける。


「まぁ、残念ではあるな。俺達ならあの女のようにお前を見捨てたりはしないつもりだったのだが……」


「……ちょっと待てよ、見捨てたってどういうことだ!?」

 

 彼の続けた言葉は、先ほどのものよりも大きな衝撃をセロにもたらした。イルミナがあの場にいなかった理由。それをこの男は知っているというのだ。それも、セロが考えていたものとは違ったものを。

 急にいきり立つセロに憐れむように一瞥し、ロイが口を開く。


「あぁ……この男が奴を足止めしていたのだ。来るとアガノフを止めるのが面倒になっただろうからな。手こずったというほどだ、どうせあの男が来ているということまで話してどちらか選ばせたのだろう?」


「へ? あぁ……まぁ、な……」

 

 向けられた視線に、きまりが悪そうにルイスは歯切れの悪い答えを返した。


「奴はお前よりも自分の安全を選んだ……そういうことだ」


「……嘘……だろ?」


 ただからかっているだけであって欲しい。そう願うが、先ほどの短いやり取りのなかで、この男がそういった類のことをしないことは分かっていた。案の定、ロイに冷たく言い放った言葉を撤回する素振りは微塵も見受けられない。

 

 だからこそ、この男は「不運だった」と声をかけたのか。あの言葉は、理不尽な理由で捕まえられたことにではなく、仲間であったはずの人間から裏切られたことを言っていたのか。


 崩れるようにして粗末な椅子に寄りかかる。急な加重によって、木が悲鳴のような音をたてて軋んだ。


「イルミナ……」


 自らの口からその名が漏れたことにも気が付かなかった。

 心の内にあるのは怒りでも、はたまた悲しみでもない。

 そこには何もなかった。


「あぁー……あのな、実は――」

 

 その様子をしばらく見ていたルイスが、とても言いにくそうにして口を開く。

 が、その言葉は最後まで続くことはなかった。


『――神の裁き(ゴッド・パニッシュ)


 魔術の詠唱。それと同時に目を焼くほどの閃光と耳をつんざく轟音がセロを襲った。

 何が起こったかも分からぬうちに護送車ごと吹き飛ばされ、壊れた扉と共に中から放り出される。息の詰まるような衝撃を伴って地面に叩きつけられ、一瞬意識を手放しかけた。


「ぐっ……何だってんだよ一体!?」

 

 麻痺していた視覚と聴覚がだんだんと元に戻っていく。周囲の状況を確認すると、驚くような光景が視界に飛び込んできた。

 巻き上げられた土煙の合間から、先ほどまで自分たちがいた場所が巨大なクレーターと化しているのが見えた。近くにいた兵士たちも吹き飛ばされ、ロイやルイスの姿も見えない。

 

「ふむ……危ういところでしたな。ようやく見つけてみたら連行中とは、よもや我らが神もお考えにならなかったでしょうよ」 

 

 更なる情報を求めて周囲を見渡していると、どこからか低い、しかしよく通る声が聞こえてきた。

 それは自分の周辺からではない。

 それを理解し慌てて上を見上げると、またしても護送車を見た時のような既視感に襲われた。

 驚きのあまりに掠れた声が漏れる。


「お前……何でここに!?」 


 十数メートル先の家屋。その屋根の上に、「紅」は佇んでいた。

 瞬間的にゼイナードだと思ってしまった。だが、それはただの錯覚であることにすぐ気が付く。

 

 真紅のローブから伸びた手足はゼイナードのような褐色のそれではなく、むしろ病的な白さを持っていた。

 そして年齢を重ねて白く染まった髪に、深く皺が刻まれた顔。見た目は穏やかな顔をした老人であるのに、その背は鍛え上げられた剣のように真っ直ぐだ。むしろ若者より活力を秘めている気さえする。


「おや、私を誰かと勘違いしていらっしゃるようだ……ひょっとして、火の坊やかな?」

 

 老人はあくまで穏やかな雰囲気を崩さず、小さく首を傾げる。だがすぐに考えるのを止めたらしい。

 首の位置をもとに戻す。

 

 そして、その老人はセロに向けて穏やかに微笑み、こう告げた。


「お迎えに上がりました――我らが同朋よ」

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