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凱旋━3

 深い森の中、道ともいえない道を進んでいく集団があった。その一行の中央にはこじんまりとした荷馬車。それを囲むようにして隊列を展開している。何かがその荷馬車に接近されるのを恐れるが故だ。探知魔術も行使し、半径百メートル内にいる生物はどんなに小さなものも逃すことはない。

 これほどの警戒体勢を敷くのは、その中にいる人物が起因している。先ほど引き取った重罪人、名はゼイナードというらしい。だが戦闘でよっぽどひどいダメージを受けたのか、身じろぎする気配すらも感じられない。

 

 エルフたちの一行はゆっくりとその歩みを続ける。既に集落から引き揚げてからかなりの時間が経っていた。


「やけに静かじゃねぇか、何か企んでんじゃねぇだろーな?」

 荷馬車の右側を守っていたエルフが中に声をかける。だが、反応はない。それに気分を害したのか、彼の眉間に皺が寄った。


「おい、無視してんじゃ――」

「やめろ、ベクター」

 そのエルフ――ベクターが声を荒げるも、別のエルフがそれを遮った。声の主は、先ほど集落で指示を出していた隊長を務める人物だ。 


「セルトさん……でも、ムカつくじゃないですか! 俺達の同族を何人も殺しやがって」

「それでもだ。あくまで我々の任務はディアナの森までの連行であることを忘れるな」 

 ベクターと呼ばれたエルフはまだ何か言いたげな顔をしていたが、しぶしぶといった様子で従った。他のエルフたちはこうなることが分かっていたのか、そのやり取りを気にも留めていないようだ。


 隊の前方を歩くセルトは、持ち場に戻るのを確認すると再び探知魔術に集中する。別に彼ほどの熟練者であれば、たとえ話していたとしてもネズミ一匹漏らさずに発見はできる。ただ、彼の性格が任務中である以上それを許さないというだけだ。

 時々同僚からも真面目すぎるとからかわれることがあったが、気にもしていない。それよりは気の緩みから失敗をしでかすことの方が何倍も愚かだ。


 セルトの隊はそんなセルトの任務に対する真摯さに感銘を受けた者ばかりで構成されている。ベクターがセルトの言葉に素直に従うのは、彼もそのうちの一人であるが故であった。

 実力でいえば、彼はこの隊ではセルトの次に名が上がるほどなのだが、少々短気が目立つのが偶にきずだ。


(まぁ、以前から比べればだいぶマシになった方か……)

 セルトは人知れず苦笑を漏らした。当然、後ろにいる他の隊員達には見えることはない。

 もし彼らが今のセルトの表情を目にすればとてつもなく驚いただろう。何せ、彼は隊員達の前では一度も笑ったことはない。

 エルフのこれからを担っていく彼らを甘やかすまい、という彼の決意の表れである。それは我が子の成長を願う父親が、敢えて厳しく接するようにするのと似ていた。

 

 だが、彼は知らなかった。自分の後ろを歩む隊員達が、彼が心の奥に隠した優しさにとっくに気が付いていることを。

 ただ厳しくすればいいというわけではない。その行動の裏に愛情がなければ意味がないのだ。それを隊員達は彼の背中からしっかりと学んでいた。


 そんなことは露も知らないセルトは小さな呟きを漏らす。その顔に浮かぶ笑みは、父親のそれと何ら遜色のないものだった。


「……こいつらが出世したら、酒でも奢ってやるか」

 後ろの者達には聞こえないほどの、ごく小さな呟き。それは何者かの耳に入る前に、虚空へと消えていく――はずだった。


「来ませんよ、そんな日は。永遠に……ね」

 

 まるで粘着質を持つかのような気味の悪い声。自らの部隊の者でも、ましてやゼイナードでもない。

 瞬時にセルトが背後を向く。見ると、ベクター達も同じ場所に困惑と驚愕が混じった視線を向けていた。


 いつに間にか荷馬車の牢の上に、白衣を羽織った人物が腰かけていた。

 ゼイナードではない。フードが外されているために、その者の容貌がはっきりと確認できた。

 女性を思わせるような、緩やかに流れる銀色の長髪にほっそりとした体躯。しかし先ほどの声から察するに、男であることに間違いはない。よく見るとその端正な顔は男のものだった。

 眉、鼻、口と全てにおいて美男子と言われそうなほどだが、おそらくこの男に近寄ろうとする女はいまい。彼の目には、狂気が溢れんばかりに渦巻いているのだから。


「いつからそこに……」

 ありえない、といった表情のまま固まったセルト。探知魔術は彼を含む五人全員が発動させていた。しかもその全員が、誰もが口をはさむ余地がないほどに熟練した使い手である。仮に一人が見逃したにしても、全員の魔術から逃れてここまで来れるはずがないのだ。


 そこに、さらにもう一つの夢ではないかと疑いたくなるほどのことが混乱に拍車をかける。何の前触れもなく、セルト以外の隊員達が炎に包まれたのだ。


「なっ……!?」


 必死にもがき、のたうち回る仲間たち。肺を焼かれたのか、悲鳴を上げることもなくじたばたと暴れ続ける。だが炎はそれを楽しむかのように、ゆっくりと、そして着実に彼らの命を奪っていく。


「あ……あぁ……」

 

 突然のことに、セルトは倒れていく隊員達をただ眺めることしかできなかった。気が付けば、最後まで苦しんだベクターが、地に倒れ伏すところだった。 

 

 檻の側面がはじけ飛ぶ。当然、中から出てきたのはゼイナードだ。その手足にはあったはずの枷がなくなっていた。


「あぁ失礼、構っていたら外れてしまいまして。しかし、案外簡単に解けるものですねぇ」

 いつの間にか、男の手の中でそれらは弄ばれていた。しばらくするともう飽きたのか、男はそれらを後ろ手に放る。ガチャン、という音がどこかで虚しく響いた。


「ゼイナード、あの子たちにやられたイライラは収まりましたか?」

 どこか楽しそうに問いかける闖入者。対して、ゼイナードはその苛立ちを思い切り顔を顰めることで表わした。


「あぁ? こんな雑魚ども殺っただけで収まるわけねえだろうが」


 雑魚。

 この言葉だけがセルトの心に重くのしかかる。死にかけるほどに厳しい訓練を積み重ねた彼らを、あの男はそう言い捨てた。

 もともと自分たちは兵士。いつ死んでもおかしくない危険な仕事でもあった。死すれば確かに悲しいだろうが、それだけだ。

 が、これは違う。兵士としての誇りも、名声も、何も残すことなく戯れで命を奪われた。ただ、苛立ちを紛らわせるためだけに。


「―――いしろ……」

「あぁ? 何か言ったか?」


 セルトが口にした言葉を聞き取れず、ゼイナードがかったるそうに聞き返す。


「その言葉……訂正しろ!」


 腰に下げた剣を抜くと同時にゼイナードへと踏み出す。

 高速で自らの身体に強化魔術をかけ、疾風の如く、駆ける。

 瞬時にゼイナードへと肉薄した時には既に上段に長剣を構えていた。

 

「ああぁぁぁぁぁ!」

 

 魔力で強化された武器に、魔術で限界まで強化された身体能力。

 鉄をも容易く両断するだけの威力を秘めた一撃を、迸る気合いとともに放つ。


 刃がゼイナードの首を落とすまでに行き着いた、刹那――。 

 

「遅ぇよ」


 セルトの視界が、一瞬で反転する。

 何が起こったかも分からぬうちに視線が上がっていき――湿った音と共に、地面に落ちた。


「せめて肉体の強化魔術の一つでも使えるようにしてから来るんだったな」

「……いや、ゼイナード……多分彼はそれを使って――」

「あぁ?」

「……何でもないよ」


 二人がそんなやり取りをしている時、セルトは自らの胴体が近くに横たわっているのを見た。

 そこから彼の意識が無くなるのに、そう時間はかからなかった。

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