凱旋━1
「――はい、村を襲撃した人物は捕縛しました。その者の処遇はそちらに一任します。村の住民たちのほとんどは、残念ながら……いえ、私たちが到着した時には――」
イルミナが何者かと話す声で、セロは目を覚ました。はっきりとは覚えていないが、どうやらしばらくの間気絶していたらしい。
周辺の火が消えたので、森の中特有のひんやりとした空気が戻りつつあった。それが激しい戦いの中で負った火傷に染みこんでいくのが気持ちいい。
上体を起こして彼女の姿を探すと、セロとは少し離れた場所、集落の少し外れたところにその背を見つけた。背の高い木々がその上に影を落とし、その中で光沢をもった金色の髪がぼんやりと浮かび上がる。
その傍らには道中で出会った少女もいた。だが、イルミナの口調からしてその子と話しているわけではないらしい。
桜色の髪をした少女は、イルミナの後ろでただ茫然と佇んでいる。まだ家族や村の人々との死別という現実を受け入れられていないのだろう。
当然だ、年端もいかない子供がそれほど過酷な事実を易々と受け止められるわけがない。
イルミナはというと、どうやら《通話》という魔術で誰かと連絡を取っているようだ。
「便利なもんだな……」
誰に言うでもなく独りごちる。
この魔術は一般的に普及しているもので、そういった類の魔術は才能に関わらず誰でも使えるのだということを以前バスクから聞いた気がする。それを聞いた時は、自分も近いうちに習得しようと意気込んだものだ。
ふと周囲を見渡し、あるものを見つけてぎょっとした。いや、ものというか、人だ。
セロの傍らに、うつ伏せに横たわるゼイナードの姿を発見したのだ。だが彼の両手足は手錠のようなもので自由を封じられていた。
「心配しなくても、水系魔術をかけた手錠で拘束してあるから危険はないよ」
声のした方へ振り向くと、いつの間にか話を終えたイルミナが近くに立っていた。その後ろに隠れるようにして少女も一緒にいる。
「魔術って……だって水がないんじゃ――」
「忘れた? 私、空気中の水蒸気も力として使えるんだよ……さすがにさっきみたいに周りが火の海とかだと無理だけどさ」
「あー……そういえばそんなこと言ってたような気がするな、うん」
本音を言えば全く覚えていなかったが、「忘れた」とはっきり言ったらまずい気がしたので適当に誤魔化した。
それを察してか、イルミナの目が細められる。明らかに疑われているようだ。
「そ、そんなことより……誰と話してたんだ? ウルスか?」
「……そんなこと?」
どうやら思いっきり地雷を踏んだらしい。
しかし、どうしてそれを覚えていなかったというだけでここまで睨まれるのだろうか。頭の中にいくつもの疑問符が浮かぶ。
このままでは話が進展しないので、とりあえず「すまん」と素直に謝った。
「……まぁ、許してあげる」
何が許されたのかは不明だが、今はこれで良しとしよう。
「で、さっき話していた相手は誰だったんだ?」
先ほどと同じ質問をすると、やっとその答えを聞くことができた。
「ここを管轄にしているエルフの治安維持組織。ここはどちらかというとエルフの領地に近いから、私たちが勝手に動けないの」
それを聞き、「あぁ」と頷く。そういえば出発前にも同じようなことを聞かされた気がする。
「ウルスもエルフたちをあまり刺激できないとか言ってたっけか……あれ? でも確か人間とかエルフとかって同盟を組んでいたんじゃ……?」
セロが目覚めた時に彼女から聞いた話では、〈真紅の王〉とやらを倒すために、人間と獣人、そしてエルフの三種族で同盟を結成していたはずだ。
イルミナはその問いに対して渋面をつくった。どうやら答えにくいことを聞いてしまったらしい。
「……三種族同盟は王を封印した後、解消されちゃったの」
「解消!? だって〈真紅の王〉って復活してるんだろ?」
「まぁ、いろいろと――」
イルミナが口を開きかけた時、背後からの叫び声がそれを遮った。
「俺が憎いか、ガキ!? だったら殺して恨みを晴らしてみろ!」
二人が振り返ると、いつの間にか目を覚ましたらしいゼイナードが視界に入った。その前にはあの少女。俯いているのでその表情は分からない。
どこで見つけて来たのか、彼女の手には小さなナイフが握られていた。おそらく調理の際に使われるものであると思われるが、魔術を封じられている今のゼイナードを殺すには十分だ。
セロの背を冷たいものが伝う。ゼイナードからはいろいろと聞きださなくてはならないことがある。家族を殺された少女の気持ちは痛いほどに分かるが、ここで感情に任せて殺されては困るのだ。
「止めないと……!」
急いで立ち上がろうとするセロであったが、すぐにイルミナがその前に手を出して制した。
「何でだよ!? 殺されたらまずいだろ!」
彼女はただ真剣な面持ちで二人を見ているだけで、何も言おうとしない。彼女の意図が分からずに困惑するセロであったが、あのナイフがいつ振り上げられるか分からないのだ。
彼女を押しのけてでも止めに入ろうとした、その時。
「何で……わざと私を逃がしたの?」
呟くような、それでいてはっきりとした声が発せられた。
少女の顔が上げられる。涙が湛えられたその目の奥には、憎しみとも悲しみともとれる感情が渦巻いていた。
「わざと逃がしたって……どういうことだよ……?」
驚愕するセロに構わず、少女の言葉はさらに続く。
「あなたなら……あなたなら、殺そうと思えばすぐにできたんでしょ!? なんでわざわざ……私を……」
一筋の涙が零れ、その頬を伝う。
だんだんと叫びに嗚咽が混じり、彼女の言葉はそこで途切れた。
セロはゼイナードの方へ目を向ける。彼が少女のその姿を嘲笑するのではないかと危惧してだ。そのような素振りがあったなら、今度こそイルミナを振り切り、気絶させてでも彼を黙らせるつもりだった。
が、その必要はなかっようだ。
「……さぁな」
少女を嘲笑うでもなく、罵るでもなく、彼はたったそれだけを口にした。その目は木々が作り出す闇の中に向けられていたが、セロには彼がどこか別のものを見ているように思えた。