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激闘━4

 踏み込み、セロは上段に構えた剣を一直線に振り下ろした。それをゼイナードは半歩身を引くことで躱す。


「まだ……まだァ!」

 躱されたと分かった時にはセロは剣を跳ね上げていた。無理に力の方向を反転させたために、筋肉が悲鳴を上げるが、無視。

 自分が今、剣を交えている男は楽をして勝てる相手ではない。


「ぐっ……!」

 首を切り落とそうと繰り出した一撃は、しかし咄嗟に体を捻られたことでかすめる程度に留まった。

 さらに、ゼイナードも防戦しているだけではない。そのままの体勢から此方に向けて片手を突き出す。

同時にセロの両斜め前、まるでそこだけ空間が切り取られたように、ぽっかりと黒い円形の穴が出現。

 続く擦過音。

 セロは反射的に後方に飛びのいた。

 瞬間、先ほどまで自分がいた場所をクロスする形で火柱が通過した。


ーー少しでも反応が遅れていたら、命は無かった。

 

 その事実に、背筋を冷たいものが伝う。

 

 魔術を使えるようになった。この事実によって有利になったわけではない。ただ、相手と同じ土俵に立つことができただけに過ぎないのだ。

 慢心が油断を呼び、さらにそのすぐ後には「死」がその大口を開けて獲物を待ち構えている。


 そしてもう一つ。この黒い霧は使用するたびに、尋常でないほど体力を消耗する。計六発の火球、そして今手にしている剣の生成をした時点で呼吸がかなりの体力を使ったらしい。自分の荒い息遣いがはっきりと感じられる。

 おそらく、少なく調節してもあと数回の発動が限度。躱せるものは躱していかないと、体力がもたない。


 再びゼイナードの目が凶悪に光る。


「魔術を使う暇なんか与えるかッ!」

 セロは離れた相手との距離を、一瞬にして駆ける。

 その思惑は成功したようで、不意を突かれてゼイナードは防戦へと転じる。

 数回の激しい剣戟の後、セロは鍔迫り合いへと持ち込んだ。


「クソがァ! 燃えやがれ!」

 呪詛を吐き散らしながらもゼイナードは剣に魔力を込めていく。

 刀身から放出される火が、だんだんとその熱量を増していくのがひしひしと感じられる。

 セロも霧を出そうかと迷ったが、耐えられないこともないと判断して思いとどまった。なるべく使わないほうがいい。


 荒ぶる炎が、セロの肩を、腕を舐めるようにして焦がす。

 だが、その程度。

 剣を振る動作に問題はない。まだ戦える。


 埒が開かないと悟ったのか、ゼイナードは急に後方へと跳躍し、セロとの距離を広げた。およそ二十メートルほどだろうか。驚くほどの脚力と瞬発力だ。

 そして、再び驚くことに、その構えを解いた。だらりと両手が下げられたのだ。

 が、放たれる殺意は変わらない。むしろより色濃くなった気もする。

 一層警戒を深めるセロに対し、彼はおもむろに口を開いた。


「なかなか楽しませてくれるじゃねぇか。だが、残念なことに……俺もいつまでも遊んでられないんでな。名残惜しいが、ここで幕引きといこうじゃねぇか」

「そうだな、お前を倒してフィナーレを迎えさせてもらうよ」


 その意志を表すかのように、ゼイナードへと紅剣の切っ先を向けた。

 それを目にしたゼイナードが、ククッと笑いを漏らす。


「そいつは……楽しみだなァ!」

 言い終わるが早いか、その双眸が再び燃えるような輝きを宿す。今までの光が淡く見えてしまうほどに、強烈で、邪悪だった。

 突如として彼の周囲に奇怪な文様が浮かびあがる。それは徐々に拡大していき、半径が五メートルほどの紅い円へと変化していく。

 内部にはセロが見たこともないような無数の文字が羅列し、一瞬たりとも同じ形をとどめることなく書き換えられていく。

 

「あれは……魔方陣、か?」

 セロは依然イルミナから聞いた情報を思い出した。

 魔術にはある程度のクラス分けがあり、中でも最上級の効果を発揮する魔術の使役には魔方陣を作り上げることが必要、と彼女は言っていた。

 ついでに、それに太刀打ちするには同等の魔術、つまり魔方陣を使用するレベルの魔術でなければならないことも。


(どうする……? 俺にはまだ、魔方陣の生成なんてできる技術はない。ただ霧を集めて盾にするだけじゃ……)

 目の前では、見る見るうちにゼイナードの魔術が形を成していった。

 何処からともなく吹きつける風が、集落を覆っていた火を彼の元へと集めていく。

 

「クソッ……やるしかないか!」

 セロが黒煙を放出しよう右手を突き出した、その時――。


 何かがその手を包み込んだ。優しく、そして温かく。


「イル……ミナ……?」

 セロは、いつの間にかすぐ近くに来ていた人物の名前を呼ぶ。重ねられたのは、彼女の手だった。


「私が魔力をコントロールして魔方陣を作る。セロはただ、思いっきり魔力を出し続けて」

「でも、いいのかよ? 怪我がまだ――」

「やめろって言われて止めると思う?」

 その顔に浮かべられた笑みに、セロはただ苦笑を浮かべる。先ほどと逆の立場になっていたことに気づいた。


「……だよな。でも、無理はすんなよ」

「うん……分かった」

 二人は前を見据える。ゼイナードの魔方陣はもう既に完成していた。

 集められた炎が、巨大な塊となって魔方陣の上に鎮座している。


「――『召喚(サモン)炎神(アグニ)』! その名に恥じぬ業火をもって、全てを焼き尽くせェ!」

 言葉が紡がれると同時に炎が人の形を成した。

 そこに現れたのは炎の巨人。

 敵意と殺意がこもった眼差しでこちらを見据え、天に向かって吼える。


「おおォォォォォォォォ――!」

「ッ!?」

 

 ただの咆哮が、びりびりと物理的な圧力をもって叩きつけられる。足に力を入れなければ容易く吹き飛ばされてしまうほどの威力。

 獲物を見つけた、そんな歓喜の叫びのように聞こえたのは気のせいではないだろう。

 その巨大さが知らしめる威容は、圧倒的な存在感は、今までの炎魔術の比ではなかった。


――だが、負ける気はしない。


 不思議と、肌で感じる彼女の存在が安心感を与えてくれた。その温もりが、想像以上の力となって溢れ出る。

 

 セロ達を中心に、漆黒の魔方陣が展開された。

 自分はただ魔力を全開で放出しているだけ。あとはイルミナに任せっぱなしだ。

 彼女の魔力コントロールの精度は凄まじかった。あのゼイナードよりも速く、的確に魔術が形成されていく。


「……なぁ、イルミナ」

 名を呼ばれ、彼女の視線がセロへと移る。 


 今なら、言える。

 バスクと闘い、自分の非力さを実感した。イルミナの過去を聞いても、自分では何もできないと諦めていた。

 だが、力を得た今なら――随分と時間が経ってしまったけれど、まだ間に合うだろうか。


「俺、決めたよ。お前が自分の大切なものを失いたくないっていうなら、俺がそれを守る。だから……だから――」

 言ってしまってから、自分の口にしていることが無性に恥ずかしくなってきた。

 やめときゃよかった、という後悔が頭を占める。だが、言わなくてはならないと思ったのもまた事実。

 

 ここまで言い出してしまった手前、後戻りは不可能。

 何も言わず、ただ真っ直ぐに見つめてくる彼女の視線が痛い。多分今、自分の顔はめちゃくちゃ赤くなっているに違いない。


「そのー……あれだ、もう無茶すんなよ……俺のこと、頼りたきゃ頼ってくれ」

 

 一瞬の沈黙。セロは恐る恐る彼女の顔を窺った。

 イルミナは――さも可笑しそうに笑っていた。


「アハハ……何それ。台無しじゃん」

「おまッ……! 俺は元気づけようとして――」

「分かってるよ。ほら、集中しないと!」

 イルミナに続き、セロも前方に視線を戻す。心なしか、彼女の顔もうっすらと赤くなっている気がした。


 重ねられた手がよりしっかりと握られる。

 セロとイルミナ。二人の思考が一つになったかのような感覚を得た。

 同時に、魔方陣がさらに輝きを増す。

 それは、ゼイナードのものよりも強いのではないかと思うくらいに。

 

 その輝きを見たゼイナードの表情が変化した。余裕が消えたのだ。

 魔方陣の輝きを目にしたから、それもある。だが彼を驚かせた理由は別にあった。

 セロの目が自分と同じように赤く輝いていたのだ。

 

「何故……あれは俺達(・・)だけの……ッ!」

 巨人に向かって叫ぶ。今は考えるのは後だ。


「『アグニ』! さっさとあの二人を焼き尽くせ!」

「オオォォォォォ!」 

 雄叫びと共に巨人の拳が後ろに引かれる。直撃すれば一瞬のうちに蒸発してしまうのではないかという業火を纏った正拳突き。

 が、こちらの魔方陣の完成の方が早い。


 完成と同時に、とてつもない量の魔力が迸る。

 そして、セロとイルミナ、二人の口から魔術の発動のためのカギとなる呪文が紡がれた。


「――貪欲なる死界の王よ、万物を喰らい、終わりへと導け――『終焉世界エンド・オブ・ワールド』!」


 言い終わると同時に迫りくる猛り狂う火の巨人の前に生み出されたもの。

 それは、黒い球体だった。

 大きさからすれば巨人の拳よりも小さい。


(何だよあれ! もしかして魔力が足りなかったか!?)

 セロが不安に駆られた瞬間、突然球体に変化があった。


 瞬きをするほどの短い間に、それが膨張したのだ。

 一瞬遅れて、空気中の魔力を吸収したのだということに気が付いた。


「ウオォォォォォ!」

 驚いたのか、動作がほんの数秒鈍ったように見えた巨人は、再び動き出すとその燃え盛る拳を球体に叩きつけた。

 二対の力がぶつかり合い、せめぎ合い、周囲に突風となって吹きつける。それは先の巨人の咆哮よりも激しかった。

 辺りの木々を、燃え尽きた家屋を吹き飛ばし、衝撃波が集落全体を包む。

 

「グッ……」

 片足が使えないイルミナを庇うようにして、セロは両手を交差させる。

 その力の奔流がセロの視界を奪う刹那、巨人の手が球体に飲み込まれていくさまが見えた。

 

 まるで縮小されたブラックホール。

 全てを恨み、喰らつくす、その貪欲さ。それが呪文に刻まれた死者の王の名だたる由縁。


「ゴオォォォォォ!」

 風と共に、断末魔にも似た叫びが辺りに響き渡る。  

 だが、それも長くは続くことはない。

 

 やっとの思いで目を開けると、おびただしい破壊の跡が見受けられた。

 球体が出現した場所はまるでクレーターのような穴が開き、周辺の家屋も消えている。

 炎の巨人も、ゼイナードも見当たらず、ほっと一息つきそうになった時、聞き覚えのある声が響いた。


「まさか、俺の炎神までもが破られるとはな……」

「なっ……」


 セロがそちらを振り向くと、ゼイナードが健在の焼け落ちた家屋から姿を現した。どうやらそれを盾にすることで飲み込まれることを防いだらしい。


 先ほどの衝撃でフードが取り払われ、その素顔が露わになっていた。

 髪は赤というよりは紅に近い。吊り上げられた双眸が、その凶暴さを表しているようだった。顔立ちはイルミナ達と同じような西洋系というよりは、セロと同じ日系のように思われる。

 だが、それも今はどうでもいい。


「生きてたのか……ッ! なら、俺がッ!」

 セロが大地を蹴る。

 もうすでに肉体の疲労が限界に近かった。いつ倒れてもおかしくはない。

 それでも距離を出せる力を振り絞って駆けた。

 その手には紅の剣。


 あれだけの魔術を行使したのだから、自分と同じようにもう魔力は空に近いはず――そう考えての行動だ。

 

 しかし、甘かった。

 彼の顔には、未だに不敵な笑みが張りついていたのだ。

 

(まずい……!)

 瞬間的にそう悟ったセロであったが、振り上げられた剣はもう戻すことができない。

 吸い込まれるようにゼイナードの肩口に迫り、そして――すり抜けた。

 確かに振り下ろした刃は彼の体を貫いているのだが、その手ごたえがない。

 刹那、その体がぼんやりと揺らいだ。


「『陽炎イリュージョン』……残念だったな、経験の差だ」

 背後から聞こえるゼイナードの声。間違いなく彼は剣を今にも自分に振り下ろそうとしているのが感じられた。


(やられる……!)

 恐怖に目を閉じかけたその時――。


 バシュッ、という音と共に、彼の持つ炎剣が弾かれた。

 背後からの銃撃。

 ゼイナードが振り返ると、そこには水銃を構えたイルミナの姿。


「何故ッ!? あの女の手持ちの水はすべて破壊したはず――」

 不意に、その言葉が途切れた。

 一瞬のうちにある考えに辿り着き、彼は血に染まった自らの腕を見る。

 

 そこに着いている血は、ゼイナードのものではなかった。

 それは、おそらくは少女の肩から流れ出ていたであろう血だ。


「こっちだって、経験なら積んでるつもりだけど?」

 してやったりと笑う水使いの少女。

 唯一にして最大の失態。ゼイナードは、それが敗因だと悟った。


このチャンスを逃すセロではない。

 自分のパートナーが、とっさの機転を利かせて作り出した勝機。


「お……おォ……!」

 思いっきり地面を踏み込む。それを軸に、体を回転。

 全体重を乗せた剣を、水平に振るう。


「おおォォォォォ!」

 放たれた剣戟が、今度こそ男の胴体を捉えた。

 

「がはッ!」

湿ったような音とともに、何かを砕いた感触。

 全力で振りぬかれた一撃が振り抜かれ、ゼイナードがかなりの勢いで近くの家屋へと吹き飛ばされた。


「ぐ……うぅ……」

 微かに手を持ち上げたが、すぐに力なく地面に落ちる。

 気絶したらしく、それを最後に動くことはなかった。


「勝った……ハハッ、やったぜ……イルミ……ナ――」

 それを確認すると同時に、セロもその場に倒れこんだ。


「ちょっ、大丈夫!?」

 イルミナは慌てて駆け寄ったが、どうやら気を失っただけらしいと分かると胸を撫で下ろした。

 眠りに就いた少年のそばに屈みこむと、柔らかく微笑んだ。


「お疲れ様……セロ」

 少年の顔にも、熾烈な戦いから解放された安堵からか、締まらない表情で笑みが浮かべられていた。   

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