激闘━3
ゼイナードの手から放たれた炎は、間違いなくイルミナの命を容易く奪うだけの威力を秘めていた。
その上に彼女にはそれを避けるだけの体力も、防ぐための魔力も残っていなかったのだ。
火球に内包された凄まじいまでのエネルギーが解き放たれ、爆炎が上がる。エルフ以外の死体が一つ増え、あとは少年を始末すればいいだけ――そうなるはずだった。
彼女が紅蓮の炎に包まれ、その命を散らす刹那。
「なっ!?」
目の前で起こった光景に、思わずゼイナードは驚きの声を発した。
直撃の寸前、炎が消えたのだ。まるでそこには何もなかったかのように。
彼は微かにではあったが感じ取っていた。今まで感知していなかった魔力の存在を。
何が起こったか分からないといった様に目を瞬かせるイルミナの前に、敵として認めてさえもいなかった少年が、いつの間にか立ちはだかっていた。
「イルミナ、怪我してないか!?」
彼女の前に飛び出したセロは、相手への警戒を緩めることなく背後の彼女に尋ねた。
「え……あ、うん。大丈夫……だけど……」
彼女は何が起こったのか分からないらしく、しどろもどろに答える。
見たところ、確かに間に合ったようだった。
「今の……セロが?」
「……まぁな。俺もまだよく分かんないけど」
信じられないというような彼女の視線が少し気恥ずかしい。少しだけ後ろに向けていた顔をすぐに戻す。
「……たかが一発防いだくらいで、調子に乗ってんじゃねぇぞ!」
集落全体に響くような怒声が、一瞬でセロの意識を切り替えた。
見ると、彼の周りには先ほどよりも一回りは大きい火球が五つ。それらは彼が手を水平に振るのと同時に放たれ、上下左右、そして再び正面からセロ目掛けて襲い掛かった。
「調子に乗ってるつもりはないんだけどな」
セロは自分でもその落ち着きぶりに驚いていた。
先ほどまでは絶対に勝てないと思っていた自分が、確かにいた。しかし今は全くといっていいほど恐怖を感じない。
片手を滑らせるようにして横に振るう。
すると、どこからともなく黒い霧がその軌跡を辿るように現れた。それはさらに広がり、濃縮し、まるで盾のような形に纏まる。
五つの火球がそれに衝突した瞬間――音もなく、消えた。
が、その霧の横から一つの影が躍り出た。その手には赤く輝く剣。
ゼイナードが、火球に気を取られているうちに迫っていたのだ。
得物である白銀の剣を身に着けていないセロ目掛けてそれを振り下ろした。
だが、セロは動じない。
霧を再び生成。それは瞬く間に一振りの長剣へと変化し、右手へと収まる。
その光沢は、まるで流れ出る血のような真紅。ゼイナードのそれよりも色濃く、禍々しいオーラを放っていた。
それを水平にし、間一髪のところで斬撃を受ける。
「ハッ! 面白くなってきたじゃねぇか!」
ゼイナードの剣が滑るように動き、周囲に火花を散らす。
「もっと俺を楽しませてみろよォォ!」
咆哮と共に次々と振るわれるゼイナードの剣技を、まるでその動きを読んでいるかのように受け、はじき返す。
虚をついて繰り出される火球も、ぎりぎりで避けるか霧で防ぐかで凌ぐ。
重なるように響く金属音が、闇に舞い散る火花が、その接戦の激しさを物語っていた。
「魔力を……打ち消してる……?」
イルミナがおもむろに口を開いた。疑問形なのは、そのような力の存在を、彼女は聞いたこともなかったから。
相殺したのではない。それならその衝撃が振動となって伝わるはずだ。
あまりにも異質な魔術。
そのような力を目の前の少年は、まるで使い方を知っているかのように易々と使いこなしている。
(セロ……あなたは、一体何者なの……?)
その声にならない問いかけに、答える者は誰もいなかった。