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激闘━2

 目の前で起こった現象。それと酷似したものをセロはもともといた世界で聞いたことがあった。

 

 粉塵爆発――大気中の可燃性微粒子に引火することで生じる突発的な爆発。

 それを何倍にも酷くしたものが、一瞬のうちにイルミナを包み込んだ。


「――イルミナッ!」

 セロが駆けよろうとした時、まるで巨大は鉄球をぶつけられたかのような衝撃が身体を突き抜けた。

 ゼイナードの繰り出した回し蹴りが、腹部にめりこんでいた。

 

 一瞬の油断。強大な相手を前に犯してしまった、致命的なミス。

 セロは空中で何回転もした後に、受け身もまともに取れずに数メートル先の大地に墜落した。


「ッ……かはッ!」

 呼吸がうまくできない。咳き込むと、吐き出された粘ついた血が草地に広がり赤い染みをつくった。

 朦朧とする意識の中で、こちらに向かってくる足音をかろうじて聞き取る。


(動け……! 戦わなきゃ、奴に殺される……)

 頭ではそれが理解できているが、何度手をついて立ち上がろうとしても途中で力が抜けてしまい、無様に地に突っ伏す。

 それを繰り返すうちに、足音がすぐ近くで止まった。


「放っておいても俺達の邪魔にはならない気がするが……まぁ、全員殺すように言われてるしな」

 ゼイナードが未だに痛みが引かないセロの腹部の下につま先を入れ、仰向けにひっくり返す。

 

 両目に、おそらく不敵な笑いを浮かべているであろう赤いローブの男の全身が映し出された。

 これほど近くにいるというのに、フードの中は闇しか見えない。魔術が掛かっているのだろうか。


「じゃあな。恨むんなら自分の無力さを――おっと!」

 赤い刀身が素早く動き、何かを弾いた。弾かれたそれは小さく砕け、光となって空気中に霧散する。

 水の銃弾だ。


 セロがなんとか動く首を向けた先には、左手に銃を、右手に青い剣を構えたイルミナの姿があった。

 彼女が生きていたことにセロは喜びを覚えたが、その顔はすぐに曇る。


 おそらくはあの爆発を水の壁を形成することで防いだようだが、完全に防ぎきれたわけではない。

 右足からは流れ出る血が滴っていた。よっぽど痛むのか、ほとんど地面に着いていない。

 

「まずはあの女からか」

 ローブの男は尚も迫りくる弾丸を剣でなしながら、軽い足取りでイルミナへと歩み寄っていく。

 

 セロはさらにイルミナの分が一層悪いことに気が付いた。

 彼女のベルトポーチが消えていたのだ。そこにはイルミナが行使する水系魔術の源、生命線といっても過言ではない水の瓶が入っていたはず。先の爆発で吹き飛ばされたようだ。

 

 アクアリボルバーでは通用しないと判断したのか、イルミナはその銃身から液体の入った瓶を取り出した。

 そして、その口を前に向ける。水が空気中を滑るように移動し、ゼイナードを囲むようにして広がり、その形を変えていく。

 

 一瞬の後、彼は無数の槍に囲まれていた。前後左右はもちろん、真上にまでその包囲網は広がっている。小さな虫でさえも逃すことはないだろうという全方位からの攻撃。

 それを目の当たりにし、ゼイナードが感心したというふうに「ほぅ」と漏らす。


「かなり精密に力を操れるみたいだな。あの少量の水がこれに化けるとは、こいつはなかなか――」

「『サウザンド水槍ランス』……貫け!」

 彼の言葉を遮り、イルミナの叫びが響く。

 それを合図に荒れ狂う槍の嵐が、風切り音をたてながらゼイナードへと襲い掛かった。

 

――これならいける。いくらこの男が強いといっても避けようがない。

 セロが希望をその胸に抱いた。

 だが、ゼイナードの姿にその期待は揺らいでしまった。

 

 未だその男の余裕は崩れていない。

 再び彼の両目が、闇の中で怪しく、そして凶暴に輝く。


「『烈火フレイム波動バースト』」    

 紅蓮の炎が彼を中心に迸り、迫りくる槍に衝突した。一瞬遅れて強大なエネルギーの奔流が、衝撃となってセロの元まで押し寄せる。

 闇の中、紅と蒼の光によって作り出されるコントラスト。状況が状況ならばセロは思わず見入ってしまったに違いない。

 

 そして再び辺りが闇に包まれたとき、セロの思考を真っ黒な絶望が染め上げた。

 ゼイナードは無傷で佇んでいたのだ。


「狙いは悪くなかったが、ただ……ハッ、笑っちまうくらい弱いな」

 再び男がイルミナへと歩を進める。

 一方の彼女はただ茫然とそれを眺めていた。

 

 数歩の内に、男が彼女の前まで辿り着く。次いで無造作に剣が振り下ろされた。


「くっ!」

 目前に迫った危険で我に返り、何とかその剣を受け止めたイルミナだったが、片足が使えないのでは結果は見えていた。

 すぐに重心を動かされ、体勢を崩してよろける。

 

 その隙を逃さず、ゼイナードの剣が一瞬だけ引かれた。

 そして、右足の踏み込みと同時に真っ直ぐ剣を射出。

 強く大地を踏みしめたステップによって加速し、爆発的な威力を生み出す。

 

 その一撃は、彼女の右の肩口に深々と突き立てられた。


「う……あぁぁ!」

 鋭利な切っ先は留まることなく反対側へ貫通した。

 

 彼女の苦痛をこらえる呻きが、肉が、骨が、そして血が焦げる音が熱風に乗ってセロの元まで届く。

 その凄まじい痛みに耐えかね、彼女の手から紺青の剣が零れ落ち、カラン、と虚しい音をたてる。


 男は傷口を広げるように突き立てた剣に捻りを加えていく。

 一層苦痛に歪められるイルミナの顔を、さも面白がるように眺めつつ。


「不運だったなァ。お前も、お前の連れも、あのチビに会うことがなければこんな目には会わずに済んだんだぜ?」

「ぐッ……黙れ!」

 イルミナの目からはまだ闘志が消えていなかった。その言葉に抗うかのように、ゼイナードの顔目掛けて正拳突きを放つ彼女だったが、それはあっさりと躱されてしまう。

 そして剣を引き抜きざま、その背に強烈な回し蹴りを叩き込まれた。

 二転、三転としながらセロの近くまで吹き飛ばされる。


 尚も立ち上がろうともがいていたが、これ以上戦っても結果は見えていた。


「おい! 俺のことはいいから、あの子連れて逃げろよ! 勝ち目なんて無いのはもう分かっただろ!?」

 セロの必死の叫びも聞き入れそうな気配はない。地に這いつくばりそうになりながらも、よろよろと彼女は両足で立ち上がった。


「聞いてんのかよ! 無理だって――」

「無理だから、何?」

 イルミナがセロの言葉を遮る。そして僅かにこちらを振り返った。

 

 何もしないでも体中が痛むはずなのに、立っているのもやっとなはずなのに、彼女はその顔に笑みを浮かべた。


「弱いから、無理だから……そんなの、諦める理由にならないよ」

「なっ……」

「私は決めたの! 戦えない人たちに代わって、その人たちの幸せを守るために戦い続けるって! 戦いをやめるとしたら、それはその命を散らす時だけだって――あの日に!」

 

 セロはハッと息を呑んだ。


 自分は危険になったら彼女だけでも逃がすとウルスに誓った。それが彼女のためだと信じて。

 が、本当にそれは正しいのだろうか、という迷いも少なからずあった。

 

 そして、今の言葉で確信した。

 その行動は、彼女を一層苦しめることに他ならないと。

 

 ならばどうすればよいか。

 本当は、彼女を救う方法はもう分かっていたのだ。

 己の無力さを言い訳にして、できない、不可能だといつの間にか目を背けていた選択肢。

 それが、唯一彼女を救える方法であるにもかかわらず。

 

 彼女は今、満身創痍の体を引きずりながらも進もうとしている。

 その先には地獄が、そのあぎとを開けて彼女を待ち受けているのだ。

 ゼイナードが両手を突き出したのが見える。そこには今にも放たれそうに揺らめく炎。


(そうだ……俺が戦わないでどうする!)


 その時、頭に鈍い痛みが甦った。昨日、無力さを痛感した時に感じた頭痛だ。身体を動かすほどに、それは痛みを増していく。

 だが、気にしない。この痛みに屈して彼女を見殺しにすれば、それ以上の苦痛を受けることになる。


「邪魔を……するなァ!」

 叫びと共に両の足でしっかりと大地を踏みしめ、体を支えた、その瞬間。


 限界まで膨張した痛みが爆発した。

 一瞬意識を失いかけるが、気力を振り絞って手放さないようにしがみ付く。

 閉じかけた両目を、意志の力で無理やり開かせる。

 

「イルミナを……死なせてたまるか!」

 いつのまにか痛みが消えていた。


 セロは気が付いていなかった。

 その瞬間、自らの内で、眠っていた力が目覚めたことを。 

 再び開かれた両目が、煌々と赤く輝いていたことを。


「うおぉぉぉぉぉ!」

 腹の底から叫び、手を突き出す。

 それは、赤いローブの男の手から灼熱の業火が放たれたのと、ほぼ同時だった。 

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