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激闘━1

 時折地面から這い出した木の根に躓きそうになりながらも、薄暗い森の中を全速力で駆け抜ける。

 

「このまま行けば、もうすぐ村に着きます!」

 背負う少女の声が終わらぬうちに、どこまでも続くかのように思われた闇に変化が生じた。

 まるで夕日に照らされたかのように、前方がうっすらと赤くなってきたのだ。

 

 だが、セロ達がこの森についたのは正午過ぎ。どう考えてもまだ日が落ちるには早すぎる。


 同じようにただならぬ気配を感じ取ったのか、セロに先行して駆けていたイルミナの速度が上がった。

 接近するにつれて赤く染められた範囲が広がっていく。


 そしてそれが視界いっぱいに広がると同時に、三人は森を抜けた。


「何だよ……これ……」

 目の前に広がる光景に、セロは思わず呻きにも似た声を漏らした。


 数時間前まではエルフたちがほのぼのとした生活を送っていたのだろう小さな集落。

 そこに建てられた、おそらくこの森の樹木を材料にして建てられた家屋は今は紅蓮の炎に飲み込まれていた。

 まるで髪と肉が焼けたような、胸の中で不快にわだかまる匂いが一帯に充満している。

 セロは、それが火に包まれて地面に横たわるエルフ達から発せられる匂いであるとはすぐに分からなかった。


「あ……」

 背後で漏らされた声ならぬ声に、セロは背負っている少女の存在を思い出した。

 自分の住み慣れた場所、親しんだ人々の凄惨な光景。これがこの少女に与えるだろう衝撃は想像もできない。

 

 間に合わなかった。

 セロが彼女への深い罪悪感を感じた時だった。

 

「へぇ、お客様が来るとは驚いたな」

 その声と同時に、天を突かんばかりに燃え盛る炎の中心が一瞬だけ揺らぐ。

 目を凝らすと、そこに一人の人物が佇んでいるのが見えた。

 

 赤いローブを纏い、フードを深くかぶっているせいで顔は見えない。だが、今の声からして男であることに間違いはないだろう。

 

「あいつが……ッ!」

 ぎりっ、と音がするほどにセロは歯を食いしばる。


 あの男がこの村を焼き、エルフを殺した。

 おそらくは、イルミナの時も全く同じように。


 男はさも愉快そうに、大げさに首を振りつつ溜め息をつく。


「ハッ! 何だよ、来るって言ってくれりゃあ、もっと盛大に――」

 ガガッ、という鋭い音と共に男の足元の大地が抉れ、その言葉が遮られる。

 セロの隣、イルミナの構えた銃口から白い蒸気が細い糸のように立ち上っていた。彼女から並々ならぬ怒りが殺気となって放たれているのが、肌を通してひしひしと伝わる。


「……大人しくしていれば、痛みを感じさせないうちに逝かせてあげる」

「水の使い手か。これは参ったな」

 全く困ったという感じを受けないほど、男の口調からは余裕が感じられた。事実、銃口が自分の方に向けられているというのに、構えどころか警戒の素振りすら見せない。


「……よっぽど過小評価されてるみたいだな、俺達」

 少女を下ろし、逃げるようにと身振りで示すと、セロも自らの得物を抜き放った。白銀の刀身が炎に照らされ、薄く赤色に染まる。

 振り返ると、少女はまだ呆然と立ち尽くしていた。その眼からは光が失われ、ただぼんやりと虚空を見つめていた。


「その子、巻き込まれないように守ってあげて」

 イルミナもその状態に気が付いたらしい。セロが頷くのを見て、彼女も小さく頷き返す。

 

 せめて、彼女だけでも生き残らせる。

 そう心に決意し、キッと男の方を睨み付ける。


「一つ聞かせてくれ……あんたは何者なんだ?」

 セロの問いかけに対し、男は少し考え込むようなそぶりを見せ、やがてかったるそうに口を開いた。

 

「問題ねぇか……ゼイナードだ、いい名前だろ?」 

「……くたばれ」 

 イルミナのつぶやきが聞こえたのか、その男――ゼイナードの纏う雰囲気が変わった。

 ピリピリとした、見えない圧力が正面からぶつけられる。

 

 セロはこの時直感した。模擬戦で受けたバスクのそれは、これに比べればまだかわいい方だった、と。

 今自分たちに向けられているのは、相手の命を奪うことに何の躊躇もない、凄まじいほどに冷酷で、純粋な殺意なのだ。


「そんじゃあ……開戦といこうかァ!」

 男が両手をセロ達の方に向けて突き出す。その眼が赤く瞬くと同時にサッカーボール大の火球がそれぞれに向けて放たれた。

 

 距離が開いていたのと、予備動作があったので避けるのは容易だった。

 イルミナと同時に、セロも少女を抱えて右方向に跳ぶ。


 が、ゼイナードの攻撃はそれで終わらなかった。

 二つの火球が三人の後を追って直角にその軌道を変えたのだ。


「なっ!?」

 身を投げ出したために、体勢は崩れている。これでは防御もままならない。

 

(直撃する――!)

 セロが少女を庇ったのと同時に、二つの銃声がほぼ同時に響いた。

 直撃の寸前、火球は水の弾丸にその威力を相殺され、消滅した。

 どうやらイルミナは既に予想していたらしい。


 不意に、ぞくりと背中が粟立つ。

 

 セロのすぐ目の前、いつの間にかフードの中で煌々と輝く両の目があった。

 業火を宿した右腕を大きく振りかぶっている。

 

 それが振り下ろされる寸前、セロは巨剣をその間に滑り込ませた。


「ぐっ……!」 

 目の前で光が炸裂し、衝撃で剣が手から跳ね飛ばされた。

 少女諸共数メートル先の地面に叩きつけられる。


 瞬時に起き上がろうとするが、既にゼイナードは逆の拳を振りかぶっていた。

 その瞬間――。


「『アクアウォール』!」

 イルミナが取り出した小瓶から、ごく僅かな水滴が飛ぶ。それは空気中の魔力を吸収し、瞬時に高さ二メートルはあろうかという水の壁をセロ達と男の間に形成した。

 

「弾けろ!」

 彼女の声と同時に、水の巨壁が無数の水に弾丸と成りゼイナードを襲う。

 舌打ちをし、彼は攻撃を止めて後退する。


「走って! 早く!」

 イルミナの声で我に返ったセロは、すぐに少女を抱えるとイルミナの後を追いかけた。


 三人は集落の外周を走り、ある家屋の裏に駆けこんだ。

 どうやら先の水の散弾攻撃のおかげでゼイナードはこちらを見失ったらしい。陰から顔を出すと、辺りをしきりに見回す彼の姿が見えた。


 まだ発見されるまでは時間がかかるだろうと判断すると、セロはイルミナに向き直る。その瞬間、真剣な眼差しとぶつかった。


 セロには彼女の言わんとしていることが手に取るように分かった。

 さっきのやり取りで明白になった事実。

 イルミナが助けてくれなければ、自分は既にゼイナードに殺されていただろう。

 魔術も使えず、経験、実力も向こうの方が上。セロが無理に戦いに加わってもあっけなくその命を散らすことは疑いようがない。


 足手まといだからここにいろ。

 その言葉が投げかけられるのを、セロはただ静かに待った。

 しかし、逡巡した後に彼女が口にした言葉は、その予想とは反するものだった。


「まだ、戦える?」

 一瞬その言葉の意味が理解できなかった。彼女はセロの考えを察したらしく、微かに笑った。


「どうせ私が何を言っても聞かないでしょ、君は」

「いや、俺は……」

 目を伏せるセロに、彼女は「それに……」と言葉を続ける。


「実はかなり力の相性いいんだよね。あいつと私って」

「相性が……?」

「そう、かなり特殊な場合なんだけど」

 イルミナはその手に持った二丁の銃――アクアリボルバーをセロに見えるように前に出す。


「火の力と水の力。本来は水の使い手の方が圧倒的に有利。こっちの魔術を当てれば、あいつはしばらく魔術が発動できなくなる」

「じゃあ……」

「私の魔術が一発でも命中すれば、間違いなく勝てる。確実に当てるために、かなり接近して戦うことになるんだけど……できる?」

「やる……いや、やらせてくれ」

 迷う余地なんてない。役割を与えてくれたこと、それは彼女なりの気遣いなのだ。


 彼女がその言葉に頷き、小さく微笑んだ。




 ゼイナードは集落の中央、円形に開いた広場のような場所にいた。そこだけは特に燃えるような建物もなく、周りをよく見渡せる。

 そこを囲むようにして、勢いの衰えが全く感じられない貪欲な炎が家々を飲み込もうとしていた。おそらくはそのどれかに先ほどの二人は潜んでいるのだろう。


 片っ端から家屋を吹き飛ばしていくのも考えたが、それでは面白くない。

 男は退屈していたのだ。弱いエルフたちの集落をいくら焼き払っても、その心が満たされることはなかった。

 戦いの中でこそ、この欲求は満たされることができる。それも極限の、ぎりぎりの戦いにおいてのみ。

だからこそ、ハンデとしてこの見通しの良い広場に陣取った。向こうからはこちらの姿がよく見えていることだろう。

 

 辺りを警戒するでもなく、余裕の表情でただ待ち続ける。


 突然、右手側の家屋から何かが飛び出した。そのままの勢いでこちらに接近する。その手に持つは白銀の剣。

 それは、さっきの白髪の少年だった。


「随分待たせやがって……」

 身体をそちらに向け、右手を突き出す。瞬時に淡い光が凝縮し、炎を宿したような赤い刀身をもつ剣が形成された。使い手の凶暴さを象徴するかのように、ぎらりと怪しげな光を放つ。


「ハァッ!」

 少年が裂帛の気合いと共に、振りかぶった剣を上段から振り下ろす。

 ゼイナードは右手に握られた剣を水平に振ることで、その剣戟を迎え撃った。


 剣自体の重さは少年の方が上。さらにそこに全体重を載せることででさらにその威力は強化されていた。

 にもかかわらず、結果は鈍い金属音をたて、両方の剣が弾かれた。

 

 ゼイナードは少年の目が見開かれたのを見る。

 が、それも一瞬。


 少年は弾かれた反動を利用し、身体を一回転させる。

 遠心力を更なる力へと変え、巨剣を横に薙ぐ。

 風を切り裂き、立ちふさがる万物を断つであろう一撃。

 異常なまでの膂力で振られたそれは、先のような防御など不可能。


 ゼイナードは瞬時にそれを判断し、屈みこんでぎりぎり回避する。

 その顔には笑みが浮かんでいた。


 ――もっとだ、もっと俺を楽しませろ。


 ゼイナードの左手が炎に包まれる。一撃で骨の髄まで焦がすほどの火力をともなった一撃が、少年の顔を正面から襲う。


「ッ!?」

 大きく顔をのけ反らせることで、かろうじてその一撃を躱す少年。

 

 が、それでゼイナードの攻撃は終わらない。

 右手の剣が閃き、少年の胸を掠める。

 

「ふっ!」

 気合いと共に、吐息を鋭く吐き出して手に力を入れる。

 それを振り抜く前に剣が翻り、次は左の頬を浅く裂いた。

 うっすらと滲む血を、灼熱を帯びた刀身が一瞬で蒸発させる。

 

 危険だと判断したのか、少年が地面を強くけって後方へ飛んだ。

 両者の距離が開いたおかげで、話をする余裕ができた。


 ゼイナードが薄く笑う。

「どうせお前が俺の気を引きつけて、水使いの女が狙い撃つって作戦なんだろうが」

「さぁな。もしかしたら違うかもしれないぞ?」

 目の前の少年が、肩を竦めておどける。

 その姿からは図星なのか、それとも本当に違うのか分からなかった。


「まぁいい。射撃なんざ、どこから撃たれても避ける自信があるからな」

 事実、その言葉どおりにゼイナードは幾度も水の使い手相手に勝利を収めてきた。

 

 相性? 関係ない。

 避けて、斬って、圧倒的な力で捻じ伏せる。

 それが今までの戦いの全てだった。

 そして今回もそれらと何ら変わらない、とゼイナードは判断していた。


 唐突に、少年が踏み込む。

 それに合わせてゼイナードも飛び出す。

 再び、何合にもわたる打ち合いが始まった。

 

 


 何回目かになる硬質な金属音が響き渡ったとき、イルミナは広場に飛び出した。

 その手には水系魔術で生み出した、青を基調に装飾された一振りの長剣。

 向かう先にはこちらに背を向けた赤いフード。

 

 今回の戦いでは、イルミナは敢えて射撃ではなく相手の裏をかいた近接戦闘を用いた。ゼイナードという男が相当な強さの次元にいることはすでに判明している。

 イルミナが水系魔術の使い手であると分かっても臆した様子を微塵も見せなかった。おそらく、ただ射撃するだけでは当たる可能性は低い。

 加えてまだセロと二人での戦闘経験が乏しいことも原因だった。彼の戦い方はどこか我流のところが見受けられる。イルミナがその行動を予測できないことがしばしばあるのだ。そこに援護射撃などしようものなら誤射しかねない。

 

 それに、この作戦はただの接近戦という単純なものではない。


 セロがイルミナの接近に気が付いた。即座に打ち合いを中止し、ゼイナードから離れる。

 彼の手がコートの裏からあるものを取り出した。

 

 アクアリボルバー。リロードはイルミナ自身しかできないが、撃つだけならだれでも可能なのだ。

 そう、これは二段構えの攻撃。

 イルミナがゼイナードを仕留め損ねたとしても、セロの銃弾がその逃亡を許さない。

 

 今のところゼイナードがイルミナに気が付いた様子はない。背を向けたままだ。

 彼我の距離はあと数メートル。

 イルミナが長剣を振りかぶったその時。


「舐められたもんだな、俺も」

 ぼそりとゼイナードが呟く。


 同時に、イルミナは気が付いた。自分の周りに、いや、ゼイナードを中心とした一帯に、紅く輝いて浮遊する小さな点があることに。


――読まれていた。


 それを理解した時には、彼の左手が挙げられていた。

 パチン、と乾いた音が響くのと、イルミナが閃光に飲まれるのはほぼ同時だった。

   


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