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初依頼━2

「あ、セロもウルスさんから呼ばれたのね。二人でやるってことかしら」


 セロが社長室のある七階層までの階段を上りきると、部屋の前にイルミナの姿があった。ちょうどこれから入ろうとしていたところらしく、ノックをするべく挙げられた手が扉の前で止まっていた。


「俺はただ依頼って聞いてたんだけど……何だ、一人じゃなかったんだな」


「……ふーん」 


 セロの言葉に彼女は悪戯めいた表情を浮かべる。


「君、一人でこなせるの? まだ全然この辺りの場所知らないでしょ」


「う……」


 痛いところを突かれ、身じろぎする。確かに依頼というものの勝手が分からないセロでは、適当に動いているうちに失敗という結果になりかねない。

 しかもこういった仕事は信頼が大切なのだとバスクから聞かされている。一度の失敗が今後の仕事に支障をきたしかねないのだ。

 熟練した者の付き添いが必須なのは間違いない。


「ぜ、是非ともよろしくお願いします」


「ふふん、よろしい」


 まだ二人でやると決まったわけでもないのに、鼻を鳴らして満足そうな笑みを浮かべるイルミナ。


(こんにゃろう……昨日の今日でよくこんな態度がとれるもんだ)


 昨日気を遣ったことを若干後悔し始めたセロを尻目に、彼女は木製の扉を音高くノックする。

 数秒後、「おう」という声が聞こえた。そこから先が続く気配がなかったので、二人は「失礼します」と言って入室した。


 部屋の中央よりも少し奥に置かれた机にウルスの姿があった。机は以前よりも乱雑に書類が積まれている気がしたが、とりあえず関係がないだろうから気にしない。


「依頼についてのお話と伺っています」


 凛とした声を聞いてちらりと隣を見やると、背筋を伸ばして表情を引き締めたイルミナの姿が映った。

 彼女のこの急激な変化には未だに慣れることができない。どこからどう見ても別人だ。

 この姿を見た者に「こいつは何かあるとすぐどついてくるんですよ」とか言っても信じてくれないだろう。


「そうだ、お前達二人でやってほしい。どうせなら見知った顔の方がいいだろ?」


 そういうとウルスは机の引き出しから一枚の古ぼけた地図を取り出し、二人にも見えるように広げた。

 それはエンシャントラ王国を中心に据えて書かれたもので、大雑把に周辺の村や他の国家のついても記されている。


「行ってもらいたい場所はここだ」

 

 ウルスが指で地図中の一点を指す。地図によると、どうやらそこにはエルフの小さな集落があるらしい。


「エンシャントラとディアナの森のちょうど中間あたり、この集落周辺の調査が目的だ」


「調査? 警護じゃないんですか?」


 話された内容に奇妙な点を発見したらしく、訝しげにイルミナが尋ねる。

 はっきり言って初めて依頼を受けるセロには全く分からない。調査か警護かなんてどっちでもいいじゃないかというのが本音だ。


「あぁ、珍しく調査任務だ。村や集落なんかは警護任務が主なんだがな」


 ウルスの視線がちらっとセロに向けられた。

 なるほど、こちらにも分かりやすいように気を遣ってくれているらしい。


「で、何の調査をすればいいんです? その集落の周りに危険な場所があるとか?」


 セロの問いかけに、イルミナも同じことを思ったらしく、小さく頷いた。

 目の前に座す男の視線がイルミナの方に向く。そしてその反応を確かめるかのように彼女を見つめ、小さく零した。


「――赤いローブを着た人物だ」


 瞬時にセロは何を指しているのかを悟った。

 赤いローブ。忘れるはずもない、昨日イルミナから聞いた言葉だ。彼女は復讐のためにその男を探している――。


「……間違いないんですか?」


 押し込められたような低い声が部屋に響く。

 ハッとしてセロは隣にいるイルミナの方に顔を向ける。


 昨日のような憎悪に満ちた、ぎらついた輝きは彼女の目に宿ってはいなかった。

 しかし、握りしめられた手が微かに震えている。それが破裂寸前まで高まった憎しみか、はたまた昨日取り逃がしたことを思い出しての不安かは判断できない。

 ウルスもその反応を見てとったのか、「確かな情報じゃないがな」とおいてから口を開く。


「その周辺で偶然別の依頼を受けてた傭兵が、それらしい奴を見たってだけだ。確証もねぇし、エルフの連中を刺激するとマズいから、大人数じゃ動けない……どうだ?」


「引き受けます」


 ウルスの言葉が言い終わらないうちに、イルミナは承諾の言葉を発した。

 普段の彼女からは考えられない行為だ。しかし、ウルスは特にそれを気にしている素振りはない。ただ、先ほどからその視線はイルミナにのみ向けられていた。

 

 しばしの沈黙。

 そして、ウルスが深く息をついた。


「……分かった。外に移動のための荷馬車を用意させておく。準備ができ次第向かってくれ」


 返事をし、踵を反して部屋から出るイルミナに、セロが続こうとした時だった。


「セロ、お前はちょっと残れ」


 唐突に呼び止められ、反転していた体を再びウルスの方に向ける。視界に怪訝な表情を浮かべるイルミナが映ったが、先に行っていてくれと促した。


 


 扉が閉まっても、ウルスは顔を伏せてなかなか話し出そうとしなかった。話すべきかどうかを言うべきかどうかを躊躇しているようだ。

 セロが口を開こうとした時、小さく、しかしはっきりと聞き取れる呟きが静寂を破った。


「――頼んだぞ」


 彼の言わんとしていることが、セロにはすぐに分かった。

 

 イルミナを守ってやってくれ。


「これはただの勘だ。だが、間違いなく奴はそこにいる……俺には分かるんだ」


 ウルスの口から呻きにも似た声が漏れた。


「やばいと思ったらすぐに逃げろ。イルミナは……言うことを聞かなかったら引きずってでも引っ叩いてでもいい、連れ帰れ」


 その後が怖いな、と一瞬苦笑いが浮かぶが、ふざけられる雰囲気ではないのですぐに引っ込めた。


「本当は他の上位ランカーに同行させれば――」


「――安心してください。イルミナは、俺が絶対に無事に帰します」


 セロの言葉にウルスはハッと顔を上げ、次いで苦笑を浮かべた。

 

「……馬鹿、お前もちゃんと帰ってこい」

 

 ■


 鬱蒼と生い茂る木々。それらは目いっぱい葉を付けた枝を伸ばして陽光を遮断し、日中だというのに森の中は薄暗い。

 そうして作られた闇のわだかまり、その中に男はいた。微動だにせずに佇んでいる。

 

 司祭が着る服のような赤いローブを纏って体を、フードを深く被ることで顔を隠している。が、フードの中に広がる闇に燃えるような真紅の輝きが二つ。

 男の目だ。光の反射ではなく、まるでそれ自体が紅く発光しているかのように爛々と輝いていた。

 

 その両の眼が見据える場所。

 数百メートルは離れているであろう小さな集落。そこはエルフという種族が森を開拓して集住している。

 

 常人なら到底目視することができない距離だが、男にとっては造作もないことだ。ちらほらと柵に囲まれた村の中に、数人の人影が見える。


 ふと、村と男の真ん中ほどの場所、そこに二つの動く影を捉えた。


「待ってよお兄ちゃん! そんなに遠くに行ったら危ないってば!」


「大丈夫だって! お父さん達も言ってたろ、このあたりではほとんどアンデッドなんて見てないって」


「そうだけどさ……」


 どうやら兄弟らしき少年と少女が、こちらに向かって駆けてくる。男にはまだ気付いていないらしい。

 

 男は小さく舌打ちした。何故かは分からないが、その見知らぬ二人に対してどす黒い感情がふつふつと沸き上がってくる。


 壊したい。殺したい。消し去ってしまいたい。目の前の全てを。


 男はゆっくりと二人に向けて歩を進める。


 しばらくすると、まず少年が 男の姿を捉えて立ち止まる。ついで兄を追いかけていた少女も気づいたらしい。


「何だ、お前?」


 いきなり現れた異様な格好をした人物に、少年は怪訝な表情を浮かべた。

 その問いかけには答えず、男は緩慢な動作で両手を宙に掲げる。

 そして、高らかに叫ぶ。


「さぁ、派手に祭りといこうじゃないか!」


 濃密な闇の中、両の眼が一層紅く瞬いた。

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