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エンシャントラ王国━2

 人間の国、エンシャントラ。周辺国家の中では国土、人口ともに圧倒的に他国より抜きんでている大国である。

 その北側、広大な平野を挟んだ場所に存在するのは獣人の国、ウルムガント。そこに住む獣人の数こそは少ないが、強大な軍事力を保有している国だ。

 国同士がさほど離れていないということもあり、二国は頻繁に貿易商などを介した国交が行われている。主な取引材料は、エンシャントラ側は魔術の技術、ウルムガント側は独自の方法によって作り出される質の高い武具だ。

 そしてエンシャントラの東側、ウルムガントと比べると遠く離れたところに広がる大森林、通称「ディアナの森」には叡智と高い魔力を宿しているエルフが集住する。エルフの王が統治するその場所は、実質的に一つの国と言える。

 

 これら三国の一つ、エンシャントラは高くそびえる石造りの城壁に囲まれている。この城壁は東西南北の四方向に門が存在し、さらにその周囲を深い堀に囲われている。その堀には澄んだ水が流れ、開門と同時に四つの門に取り付けられた鉄橋を下すことで国内外への行き来が可能になる。

 さらに空中からの侵入を阻むため、城壁の上にある通路で常に見張りの兵が常駐している。今まで前例はないが、上空からの侵入を試みれば、即刻迎撃の対象とされる。

 

 国の中央には荘厳な王城が鎮座し、その周辺には大貴族らの邸宅が、さらにその先には城壁との間を埋めるかのように――もちろん大貴族の邸宅と比べれば見劣りはするが――ある程度の爵位を持った貴族達の屋敷や傭兵会社、ある程度裕福な平民の家々が連なる。

 壁外には王国の根幹を成す平民達の村々が存在する。もちろんアンデッドの襲来などの危険があるが、現在に至るまでこの周辺ではアンデッドの中でも最下級の〈ゾンビ〉が時々数体規模で現れるに留まっている。

 よって王国軍の定期的な見回りによって大きな被害が生まれることはほとんどない。そこそこ豊かな村になると村から金銭を出して傭兵会社と契約し、警護を依頼することもあるが、そこを領有する貴族の課す税を払うので手一杯という村がほとんどだ。

 

 傭兵会社『アースラ』は、他の傭兵会社が城壁のすぐ近くに置かれているにもかかわらず、比較的大貴族の邸宅に近い場所に位置する。これは高い実力を備えた隊員がそこに多く所属していることに関係している。

 国は集団で行動するアンデッドの殲滅や危険区域の調査といった重要度、または緊急性の高い仕事を傭兵会社にも依頼することが多い。その際の時間を少しでも短縮するために、上位の会社は城の近くに置かれているのだ。簡単に言えば、国から信用されているということ。

 



『アースラ』の入り口を抜けると、そこはタイルが敷き詰められた広場だった。前方に延びる道があり、その両側には煉瓦造りの家々が並んでいる。

 見回すと同じような道が他にもいくつか延びているのが目に入った。

 

 セロは建物から出て十メートルほど歩いたところで振り返り、たった今自分が出て来たばかりの建物を見上げた。


「こうして見ると、やっぱりすごくでかいんだな」


 真っ白い直方体や正方形によって構成された傭兵会社『アースラ』は、昨日窓の外から見えた大貴族の邸宅に勝ることはないものの、決して劣ってはいないほどの偉容でそびえていた。

 会社というのでビルのような形になっているのかと思いきや、何かの施設のような横長の形状をしているようだ。


「……屋敷の大きさをステータスの一つだと考える貴族達からすれば、これも気に食わないらしいけどね」 


「ほぉー……あれ? そういえば、トレーニングルームってドーム状だったよな?」


 セロは建物を見渡してみるが、そのような部分は存在しないように見える。


「あぁ、あれは別次元に空間を造ってるんだよ。そういう魔道具があって、通路の端とその空間が違和感なく繋がってるから気付かなかったかもしれないけど、あの部屋自体は本当は存在しないの」


「へ、へぇ……」


 さらっと説明するイルミナだったが、セロには言っている意味がほとんど理解できなかった。とりあえず「魔術ってすごいんだなー」くらいのことしか分からない。

 イルミナは魔術は万能ではないと言うが、逆に何ができないのだろうか。


(死者の蘇生とかか? いや、ゾンビなら昨日見たし、意外にそれもできるんじゃないか?)


 じっくりと考えてみようとしたが、イルミナがすたすたと歩いて行ってしまったので、急いでその後を追う。

 

 道を歩いている途中に何人かとすれ違ったが、武装をしていたのでおそらくはセロ達と同じ傭兵だろう。

 この街に住む人達は、鎧や武器を装備した傭兵達が周りにいても怖くないんだろうか。

 ふとそんな疑問が浮かび、改めて自分の格好を確認する。

 昨日から着ている黒の外套とズボン。腰には一メートルほどの剣を下げている。

 もしこれが前文明なら、この漆黒の装備だけでも注目の的だ。


 イルミナはというと、先ほどのカジュアルな服装。そして腰のベルトには左右に一丁ずつ拳銃を吊るしていた。白い銃身に茶のグリップを持つシンプルな作りをしたそれは、ハンドガンにしては少々大きめな気がする。


「なぁ、その拳銃も魔術か何か掛かっているのか?」


「あぁ、これ?」


 少女は一瞬右側の銃を抜くような素振りを見せたが、さすがに街中ではまずいと判断したのかすぐに手を放す。そのまま歩きながら説明を始めた。


「これは《アクアリボルバー》っていう特別な銃で、魔力を使って水を弾に変成して撃ち出してるの。水って言っても実弾より威力はあるわ」


「水か……弾切れとか大丈夫なのか?」


 セロは昨日医務室で彼女が見せた小さな褐色の小瓶を思い出しながら尋ねる。あれではいくらなんでも少なくないだろうか。


「まぁ、液体なら大体使えるし、空気中の水蒸気も還元できるから心配はいらないと思うけど」


「へぇ、便利なもんだな」


 そんな会話をしながら建物の角を左側に曲がる。 

 

「おぉ……これは、すごいな」


 セロの感嘆は、客を呼び込む店が張る声や行きかう人々の他愛ない会話によって作り出される喧噪によってかき消される。まるでお祭りみたいだ。それもかなり大きい規模の。

 

 幅五メートルほどの道の両側には商店がずらりと立ち並んでいる。商店と言っても簡易なもので、数本立てかけられた木を柱にし、その上に屋根代わりになる木板などを括り付けただけだ。

 そこを目当ての物や掘り出し物などを探して行きかう人々。今度は傭兵だけではなく、一般の人も見受けられた。値段の交渉でもしているのか、店の人と話し込んでいる人の姿も見える。

 

 売っている物はそれこそ様々で、食料品や衣類、武器などが店の棚に所狭しと置かれていた。

 空気を吸うと、肉が焼けた香ばしい匂いや菓子類だろう甘い匂いが逆らい難い誘惑となってセロの鼻孔をくすぐる。


「ここがこの国では一番大きな市場かな。何か必要な物がある時とかはここに来れば大抵は揃う――っていないし……」


 歩きながら話していたイルミナは、少年がいつの間にかどこかに行っているのに気が付いた。

 後ろを見ると、近くの店の前で店主と話している。どうやら何か買おうとしているらしい。

 

 自分も商店をいろいろと廻って掘り出し物でも探してみようか、と考えたがすぐに諦める。

 この人ごみの中、もし自分も勝手に動き回ったら間違いなく二人ははぐれてしまうだろう。いくら彼が目立つ格好をしているといっても、この中で探すのは骨が折れそうだ。

 それにセロはこの町のことをよく知らない。何か騒ぎでも起こされたら不味いことになる。特に貴族なんかが絡んでくると最悪だ。

 彼らの恨みを買うと、何をしてくるか分からないのだから。


 しばらくすると、少年がこちらに戻ってきた。

 今後のことを考え、一応軽くたしなめておくことにする。


「勝手にどこかに行かれると困るので今後はしないように。迷ったらどうすんの」


「分かった分かった、悪かったよ。ほら、これで許してくれ」


 差し出された手には、握りこぶし程の大きさの饅頭。


「……」


「ん? 甘い物苦手だったか」


「……別に」


 イルミナは饅頭を受け取り、小さく齧る。薄い皮の中には餡子が詰められており、口の中に仄かな甘さが広がっていく。まだ作って時間がそれほど経っていないらしく、若干熱かったが食べられないほどではない。

 セロはというと、もう片方の手に同じ饅頭を持っていたらしく、そちらを頬張っている。

 

 再び人の流れに沿って歩き出す二人。

 そこでイルミナの頭にふと一つの疑問が生まれた。


「そういえば、セロってお金持ってたの?」


「ん? あぁ、出かける前にバスクから少しもらったんだ」


 そう言って革袋をポケットから取り出すセロ。中には結構な枚数の銅貨が入っているようで、振られるたびにじゃらじゃらと音を立てる。

 お世辞にも治安が良いとは言えないこの街で、あまり褒められた行為ではない。


「何でそんなにたくさん――」


 言いかけてからその理由に思い当たる。恐らくは先の模擬戦で、本気になりかけてしまったことへのバスクなりの詫びのつもりなのだろう。

 

 その時はバスクの大斧が唸りをあげるたびにひやりとさせられた。途中は中断させた方がいいのではないかと思ったほどだ。

 まぁこれくらいはもらって然るべきかもしれない。

 

 そして、イルミナがもう一度饅頭を口に運ぼうとした時のことだった。

 

 視界の端、数十メートル先の方にあるものをとらえた。

 

 無意識のうちに、歩いていた足がぴたりと止まる。

 一瞬で自分の身体が硬直し、手にあった饅頭が地面に落下した。

 心臓の鼓動も、だんだんと早くなっていく。


「……イルミナ?」


 横を歩いていたセロが彼女の異変に気が付き、どうしたのかと呼びかける。

 

 イルミナの視界の先。

 市場でごったがえす人々によって作られる隙間から、一瞬だけ見えた後ろ姿。

 真紅のローブを身に纏い、フードを深く被っているので顔を窺うことはできなかった。

 が、見間違えるはずがない。


「あいつだ……」


 かすかに唇が動き、自分のものではないような掠れた声がでた。

 

「あの時の……ッ!」 


 気が付いた時には全力で走り出していた。

 背後でセロが自分の名を叫んだような気がするが、どうでもいい。


 前にいた人々を押しのけるようにして、喧騒を突っ切る。

 先ほどの赤いローブの人物はすいすいと人の隙間をくぐる様にして進んでいく。

 そして人気のない路地裏に消える。


「逃がすかッ!」


 腰から二丁の拳銃を勢いよく引き抜く。

 それを見た周囲の人達から微かに悲鳴が上がる。


 幼いころに刻み込まれた記憶がフラッシュバックする。

 少数の村民が互いに助け合いながら生活していた小さな村落。

 そこになだれ込む屍の群れ。

 阿鼻叫喚の世界を背景に佇む、真紅のローブ。

 そして――無力な自分。  


 あの男だけは自分の手で斃す。


 胸の中で燃え上がるどす黒い感情を表すように、銃のグリップを強く握る。 


 路地裏に駆けこんだとき、赤いローブの先が、別の脇道に吸い込まれるようにして入っていくのが見えた。

 それを追い、どんどん人気のない場所へと進んでいくイルミナ。


 そして、もういくつ目か分からない路地裏に飛び込んだ時。

 そこは行き止まりだった。しかし、あの男の姿はない。姿を隠せるような物も存在しないため、煙のように消えたとしか思えない。


 見失った。

 イルミナの脳裏に、その単語のみが事実として浮かぶ。


「ッ……!」


 唇を噛みしめる。まだ餡子の甘みが残る口の中を、微かな血の味が上書きしていく。

 しばらくの間、その場に立ちつくしていた。


 もしかしたらあの男を仕留める最初で最後のチャンスだったのではないか。

 そんな思いが強く頭の中を占める。

 しかし、もうどうしようもない。


 冷静になろうと深く息を吸い込む。

 頭の奥底がずきりと疼くが、逆にそれが落ち着くきっかけになった。

 両手に握られていた二丁の銃をゆっくりと仕舞う。


「そうだ……セロ……」


 市場に置いてきてしまった少年のことを思い出し、深い罪悪感に囚われる。

 取りあえずは彼を探さなくてはなるまい。

 その後、セロには悪いが一度『アースラ』に戻ろう。

 なぜあの男がここにいたのかは分からないが、このことを早急にウルスやバスクに報告しなくてはならない。

 十年前のように、全てが手遅れになる前に。


 当面のやるべきことを判断し、イルミナが路地裏から出ようとしたその時。


「貴様、自分が何をしでかしたか分かっているのか!?」


 ここからそれほど遠くはない場所から、怒気が含まれた甲高い叫び声が上がった。

 イルミナはその声に聞き覚えがある。このあたりを領有する貴族の一人だ。


「まさか……セロ!?」


 イルミナは声がした方目掛けて走る。最悪の事態が発生しているのではないかという不安と、彼を一人にしたことへの後悔が渦巻いていた。

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