白夜
永琳が住んでいるという都市は、外観だけならば要塞とか城塞とかそんな物騒な名前がついていてもおかしくないと思わせるような外壁に囲まれていた。入り口であろう門はチカチカ光るよくわからない機械が多数取り付けられていて、その前を守る数人の門番もいたるところに何かのライトが付いた装備と武器を持って立っていた。記憶喪失だろうがなんだろうが想像がつく、こんなに建物はこれからの人生ほとんど見ることはないだろう。壮大な目の前の景色に俺はポカリと口を開けて見とれていた。
「見とれた?」
永琳の問に大きく頷く。永琳は微笑みながらそう、と軽く答えるともっと驚くと思うわなんて言って中を案内してくれることになった。親切である。
街道を歩きながら街の中を永琳の案内とともに見物していく。都市の建物は外壁のように機械だとひと目で分かる物は少なかった。が、中身を勝手に混ぜるカップや自動でものを書く筆と炭を勝手に剃っていく硯などのように、機械に見えないのに機械みたいなことをするものがは多かった。
「人が作ったものの形をしている方が味があるでしょう?」
なんてことを永琳言っていた。無機質すぎるのは面白く無いらしい。その気持はわかる。だって、同じ形のロボットと同じ形の真四角の建物だけの街なんて生き物の気配もしなくて味気ないのと同じだろう。
まぁ、見た目では分からないが、この都市はずいぶんと便利だということがわかってもらえればいい。
さて、ひと通り回ったところで永琳の家もとい職場に連れてきてもらった。ここで俺の詳しい検査をするらしい。人間ということは分かったが、記憶喪失がどんなものでとかなにか変な超能力があったりしないかを調べるらしい。
「ここに寝て頂戴」
永琳に案内されて入った部屋は畳の部屋で、何の変哲もない布団がぽつんと敷かれていた。まぁ、殺気見たくこれも何かしらの便利機械なのだろう。おとなしくそれに従って安眠させてもらうことにした。
もぞもぞと布団に入ると、永琳は枕元に座って何やら空中に画面のようなものを出現させて触りだした。すると、眠気が急に襲ってきて瞼がするすると落ちていく。
「また、少し後でね」
永琳のそんな声とともに、俺は意識を手放した。
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しばらくして目覚めると、寝ぼけ直しなんて言って永琳が熱いお茶を入れてくれた。熱さが体の芯まで染みていく不思議なお茶で、頭が一気に冴えるのがわかった。
「調べたらなにかわかった?」
「それなりに」
俺の軽く聴いた質問に、永琳は少しずつ話すと言って話しだした。
「まずは、わかったこととわからなかったことあるということを知って。わかったのはあなたの年齢とどんな体質でどれくらいの力を持っているのか、それとあなたの病気がどんなものなのか。わからなかったのはあなたがどんな風に生きてきてどうやってあの平原に来たのか、それとどんな力を持っているのか。結果的には表面的にしかわからなかったというところよ。
じゃあ、わかったことを詳しく話すわ。
あなたのその記憶喪失は記憶だけをなくしてしまうもの、詳しく言えばあなたが今までの人生で培ってきた知識はなくならないけれど、その知識を何処でどのように手に入れたのかがわからなくなる記憶喪失って言ったところね。治療法は荒療治が嫌ならゆっくり時間経過にしておくといいわ、体へのダメージで出来たわけじゃないようだし、何かの調子に思い出す可能性が大きいわ。
次に、あなたの年齢。これはだいたい千六百歳くらいね」
「ちょ、ちょっとまってくれ」
俺の頭に千六百歳のイメージが出てきて、慌てて俺は永琳を止めた。
「千六百ならもっと老けてるはずじゃないのか?」
俺の慌てた問に永琳は落ち着いてと一回深呼吸させてから続けた。
「それはあなたの体に穢れがないからよ。生物は穢れに侵されれば寿命が縮まってしまう。あなたはその穢れに侵されていないから永遠とも言える寿命を持ち、年齢は千六百歳だけれど、成長は十六歳頃で止まっているはずよ。
続きを話すわね。あなたの体質だけれど、生物に寿命を与えてしまう穢れを極端に排除しようとする体質のようね。あなたの体の中に入った穢れは、あなたの体に入った瞬間浄化されて消えてしまうわ。だから、あなたの寿命は基本ないと考えた方がいい。ああ、でも病気や毒、それから怪我なんかでは普通に死ぬから気を付けてね。
わかったことの三つ目、あなたがどれくらいの力を持っているかだけれど、すさまじいという他にないわ。個々にある計器が全部振りきってしまうような力をあなたは内包している。それは、すべての人が生まれた時に内包する生命エネルギーのようなものである霊力も、時々生まれる超能力を持った人間としての潜在能力も、正直言って訳がわからないくらいに強くなる可能性があるわ。
さて、ここまでで何か有るかしら?」
「えっと……超能力って手を触れずに物を動かしたりっていうのであってる?」
「ええ、大丈夫よ。ただ、強力な能力は物理法則を無視したりするものもあるわ」
俺は問を重ねる。
「永琳は持っていたりするのか?」
「残念ながら持ってないわ。でも、私は培ってきた知識とそれを扱えるだけの脳があるわ。
俗にいう切れ者や天才の類を超能力だというのであれば私はそれだと言われているわ」
永琳は周囲の人間からは天才だと言われているらしい。確かに、永琳は教養がありそうな雰囲気をしている。が、漫画で天才と言われるような奴らが出す凄まじさは感じられない。人は見かけによらないとはこのことだろう。
「そうか、永琳は凄いのか」
「周りの人はそういうわ。じゃあ、続きを話していいかしら?」
「ああ、頼む」
「次はわからなかったことの話。
あなたの来歴については全くわからなかったわ。脳の奥深くに眠っている記憶が無いかを調べたところ、眠っているというより蓋がされている記憶を見つけたわ。そうね、まるで思い出せる範囲に制限をかけているみたいだったわ。なにかの拍子にしか思い出せないような細工がされていた。悪いけれど、この蓋を私は外すことが出来ないわ。さっきも言ったけど荒療治になって、最悪あなたの知識のほうを封じることになる可能性もあるから。
それと、どんな力を持っているのかっていうのは、とんでもない力を持っているのはわかったけれど、そのとんでもない力がどういうものなのかが全くわからなかったっていうこと。力が強すぎて解析しようとした方機械がパンクしてしまったわ。だから、あなたにはすごい力があるってことしかわからないし、その使い方もわからない。
ここまでが私の話、何かわからなかったことはある?」
「その、能力っていうのはふとした拍子に使えちゃったりするかもしれないんだよな?」
「ええ、その可能性はあるわ。それに、能力を先天的に持っている人は生まれた時にそれの使い方を理解するから、ふっと思い出した記憶が能力の使い方に関するものだったなんてこともありえるかも。
ああ、質問されそうだから言っておくと、能力の使い方は知識ではないわ。だって、使い方は人に教わったものではなくて、あなたが勝手に覚えたもの。だから、知ったものではないから残念だけでどあなたに使い方の知識はないわ」
「そっか、じゃあ永琳のおすすめ通り、気楽にしていようかな」
「ええ、それがいいわ」
「でさ、それでお願いがあるんだけど」
そういいながら手を合わせた俺を見て永琳は微笑む。
「予想してるわ。あなたの衣食住は保証するし、やることが欲しいなら仕事も用意する」
「本当か!? 初対面なのに色々とありがとう」
「いいのよ。なんとなくだけど分かるの。あなたは悪い人じゃない。
それに、困ったときは人間助けあうのが普通だと思わない?」
永琳はそういって笑い。俺もそれにつられて微笑んでいた。
さて、ここから俺は都市での生活に入った。主な仕事は永琳の助手という名の雑用。以後五年ほどはこのまま何事も無く進んでいく。そう、五年ほどは。