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恋をした死神

作者:

1.プロローグ

2×××年、世界で大規模な災害があった。地球に隕石が衝突、地球は滅びることは免れたものの、その約3分の1もの領土は海の下へと沈み、隕石衝突によっ て起きた爆発、衝撃、津波、地割れ、噴火などのありとあらゆる災害によって、多くの生命を失った。何人の人間が生き残ったのだろうか。災害時に情報を伝え るテレビやラジオも、この状況では全く意味をなしていなかった。廃墟と化した街にはまだ火が残っており、おびただしい数の人間の死体があった。もはや助け を求める声すら聞こえない。声を発せられる人間が残っていないからだ。この世の終わり。そう表現してもおかしくないような地獄絵図のような惨状の中、その 少女は、30分ほど前まで自分の腕の中で弱々しく呼吸していた幼い少年を抱きしめたまま座りこんでいた。



2.出会い

「あー、ったく。これじゃキリがないぜ!!」

ブツブツと文句を言いながら少年は頭をかいた。年の頃17、8といったところか。何やら片手に分厚いノートのような物を持っており、しきりにそのノートに 目を落としては、持っているペンで何か印を付けている。脱色した気配のある茶髪に、まだ少しわんぱくさを残したどこにでもいるような少年だったが、一つ異 様なことといえば、真っ黒なマントがその体を覆っていることだった。

「なんだってよりにもよって隕石が地球にぶつかるんだよ。おかげであの世は大騒ぎだっつーの!」

既にこと切れた死体から抜け出して昇っていく魂達を見つめながら、その少年、ソラは街を歩き回っていた。ふと、ある公園(今ではもう壊滅し、ブランコや滑り台の残骸からかろうじて以前は公園だったのであろうことがわかる)で一人の生きた少女がいることに気づいた。

へぇ、こんな状況で生き延びたやつもいるんだ。

ちょっとした興味からか、少女の正面へ回って顔を見てみる。どうせ普通の人間には見えないんだ。なんたって俺は死神なんだから。

その少女は12、3歳くらいなのだろう。まだあどけなさの残るその顔には血がこびりついており、もうすでに魂の抜けた抜け殻と化した少年の亡骸を抱えて呆然としていた。

なんだ、まだガキじゃん。生き残って、これから大変だろうな。

などと思いながらしばらくその少女の様子を見ていると、ふと、その少女は顔を上げ、ソラの方をじっと見つめた。

これにはさすがにビックリした。普通なら人間に俺たちの姿は見ることはできないんだ。

「おまえ、俺が見えるのか?」

偶然顔を上げただけだろうとも思いながら、だめ元で問いかけてみる。普通だったら声も聞こえないはずだ。

「………うん。」

!?

やっぱこいつ、俺が見えてるんだ!!

「………誰?」

「俺はソラっていうんだ。ま、俗に言う死神ってやつだよ。普通なら人間には俺たちの姿は見えないはずなんだけど、どうやらおまえには俺が見えるみたいだな」

「死神………」

少女はさして大きな反応を見せるわけでもなく、そうつぶやくとまた抱いていた少年に目を落とした。

「私のことも殺しにきたの……?」

ソラの目をじっと見つめ聞いた。

「まさか。死神ってやつは、要は死んだ人の選任ガイドみたいなもんだよ。死んで肉体から離れた魂を、ちゃんとあの世までいけるように管理するのが俺たちの仕事だ。直接誰かを殺したりはしないよ」

「そう…なんだ……」

そう言って再び少女はうつむいた。どことなくさっきよりも気落ちしているように見えなくもない。

なんだこいつ。変なやつ。普通なら俺が死神ってだけでも驚きそうなもんだけどな。っていうか、こんなすんなり認めていいのかよ!俺ならまず疑うぞ?

「お前、俺が死神だって聞いて信じるのか?」

ソラは少女の顔を覗き込んで尋ねた。

「うん。だって、さっきから向こうの空をあっちこっち飛び回ってる人や、ちょっと前にあのビルの壁をすり抜けてきた人達も同じ黒いマントを着てた。もしあ なたが死神で、さっきの人達があなたの仲間っていうんだったら、空飛んでたことも壁をすり抜けたことも、それで全て納得できるもん」

「他のやつらのことも……見えてたのか?」

「うん」

変だな。死神は霊感があるからといって見える物ではないはず。死神は死期の近い人間を、生前から死ぬ瞬間までを見届けあの世へと案内する。つまり、死神が 見えるということは他人の死が見えるということだ。それを防ぐために、死神は生きている人間からは見えないようになっているはずだった。

その時、ソラはふと、その少女の魂の色が普通とは少し違うことに気がついた。

「あれ、おまえ、変わった魂の色してんな」

「え?」

「魂の色だよ。魂にも色があってさ、それが普通のやつとは違う、変わった色をしてるって言ったんだよ」

少女は少し考え込むふうをして黙り込んだが、すぐに顔を上げソラに聞いた。

「ねえ、死神さん」

「ん?」

「なんで私が生き残ったかわかる?」

「は?」

なんでこいつが生き残ったか。そんなの単に運が良かっただけに決まってる。人の生き死になんて、結局のところ、そういった運やら何やらが紙一重のところで働いているのだ。

「運が良かったんだろ。この街にも、お前みたいに生き延びたやつが何人かいたぜ」

たしかに、生きているといっても、やはりこの大惨事の後である。他に生き残った人間も、この少女と同じように血まみれになっていたりした。

「おまえだってケガしてんじゃねーか。服、血まみれだぜ」

そう言われて少女は自分の服を見下ろした。確かに血で真っ赤に染まっていた。しかしー

「ううん、これはこの子の血。結局止められなかったの。私はどこもケガしてない」

「マジで?」

「うん、ほら」

抱いていた少年を地面に寝かせ、少女は立ち上がり、くるんと回って全身を見せた。たしかに、血は大量についているものの、ケガをしたと言えるような部分はなかった。

「すっげーじゃん!こんな状況の中無傷で助かるなんて、よっぽどお前運いいんだな」

「ううん、違うの。別に運がいいとかじゃないの」

少女は軽く微笑んで見せた。

「何でか……知りたい?」

「おう。なんだ、核シェルターかなんかに隠れてたのか?」

「ううん」

少女は軽く一拍置いてから静かに告げた。

「私、死ねない体なの」



3.少女の秘密

最初、その少女が何を言っているのかすぐには理解できなかった。

少女の話によると、彼女の名前は沙雪。両親は二人とも科学者だったそうだ。沙雪は生まれてすぐ虚弱体質であることが判明。医者には5歳まで生きられるかど うかもわからないと言われたそうだ。そんな沙雪を生かそうと、両親は研究に研究を重ね、ついに沙雪の体を丈夫にし、寿命も延ばせる薬を発明したのだ。その 薬のおかげで沙雪はその後元気に成長し、小学校へも通えるようになったのだという。

しかし、その薬には大きな副作用があった。13歳、沙雪が中学1年の時、沙雪の体は時を刻むことを止めてしまったのである。それから何年たとうと、沙雪の 体は13歳の時のまま。ケガをしても、痛みはあるが傷はすぐに治ってしまうというのだ。両親はなんとか沙雪を元の体に戻そうと試みたものの、その努力虚し く、沙雪は未だにその副作用から抜け出せないでいた。

「その両親も、もうとっくの昔に死んじゃった」

そう言って苦笑する沙雪の横顔に、ソラは思わず見とれてしまっている自分がいることに気づいた。


「あのさ、こんなの知ってっか?」

沙雪が話を聞き終わりしばし黙りこくっていた二人だったが、ふいにソラがその沈黙を破った。

「生きてるうちに100万回いいことをすると、なんでも1個、そいつの願いが叶うんだ。」

「え……?」

「本当はこういうことって教えちゃだめなんだけどさ、特別に教えてやる! でも、誰にも秘密だからな。」

「う、うん」

そういうと沙雪は弱々しくうなずいた。

俺、なんでこんなこと教えてんだろ。

たしかに、死神は普通そういう天界の決めごとを人間に教えてはいけない決まりになっているのだ。でも、そんなルールよりは、今はこの少女に生きる希望を 持って欲しいと思った。生きることの目標を持って欲しいと思った。いつ終わりが来るかわからないその人生を、少しでも楽しんで生きて欲しいと思った。

「で、でも、100万回なんて………」

「あぁ、すんげー気の遠くなりそうな話だよな。俺の知る限りでは、未だそれができた人間はいないし。」

「一人も?」

「一人もだ。まあおしいやつは何人かいたけどな。有名どころだとナイチンゲールとか、最近じゃあマザー・テレサがおしかったらしいけどな。ま、普通に生き てる人間にゃ到底不可能な数だよ。でも、おまえは他のやつよりももっと長く生きられるんだろ?くだんないかもしんないけど、そういうの目指してみるのもい いかも知れないぜ。」

そう言ってソラはへたくそなウインクを決めた。

「………うん、ありがと。死神さん。」

沙雪もそんなソラの気持ちを察したのだろう。そんなの到底無理だろうと頭の中では思いつつも、とても優しい笑顔をソラへ向けることができた。こんな自分を気にかけて元気づけてくれるソラの優しさが、素直にうれしかった。

「じゃ、俺そろそろ行くわ。さっさと仕事に戻らないと、閻魔様に怒られちまう」

「うん」

「じゃな!」

軽く手を振って挨拶をしたソラは、 そのまま空へと飛んで行った。



4.再会

それから30年後ー。

あのあと魂の整理に大忙しだったソラはなんとか通常の任務に戻ってしばらく過ごし、再び下界へと足を延ばした。

あの歴史的災害から数年は、生き残った者も自分たちが生き延びることで必死だった。しかし、それから数十年の月日が流れ、人々は以前と同じとまではいかず とも、平穏な日々を取り戻しつつあった。過半数を失った人口も、徐々にではあるが増え始めてもいた。廃墟と化した街は緑が覆い尽くしており、人々は自然と 共存するように暮らしていた。

そんな中で、ソラは再び沙雪を発見した。30年前と全く変わらぬその姿で、広場で子供達と戯れていた。

近づいて行くと沙雪もこちらに気づいたようだ。ソラに向かって優しく微笑みかけた。

「お久しぶり」

「久しぶり。だいぶ街の様子も落ち着いてきたみたいだな。あんな状態からよく立ち直ったもんだ」

沙雪は子供達から少し離れたブロックの上に腰掛け、ソラもその隣に腰をかけた。

「よかった、やっぱりいたんだ」

「ん?」

「あなた」

そういってじっとこちらを見つめた沙雪の顔は、30年前と全く変わってないはずなのに、どことなく少し大人びた感じに見えた。

「ほんとはね、あれ全部夢なんじゃないかと思ってたの。あんな状況の中で自分が一人生き残ってしまったっていうことに耐えられなかった私が、勝手に都合のいいように想像した夢。」

「俺もさ。ほんとはやっぱどこかでお前の話信じきれないでいたんだ。ここ来る途中で、もしかしたらお前はもう死んじまって、この世にはいないんじゃないかって思ってた。あれからも、なんどか大きい地震やらなにやらがあったみたいだったしな。」

「うん、あれからも人がいっぱい死んだ。」

二人はしばらく黙り込み、元気に走り回っている子供達を見つめた。その子達はみんな、あの隕石衝突の後に生まれた子供達だ。この子達がこれからの世界、未来を作って行くのだ。

「あれからね、生き残ったみんなでがんばったんだよ。またみんなが前みたいに笑って暮らせるようにって……」

「みたいだな。ここの様子を見ればわかる」

「うん、30年かかったけど、やっとここまでこれたの。あれが起きる前みたいにとはいかないけど、でも、今みんなすごく幸せだよ」

そう言って笑った沙雪の顔は、30年前にソラが見た恐怖や絶望が入り交じった笑顔とは違い、心の底から安らいだ顔だった。

そっか、だからか……

沙雪が大人びて見えたのは、たぶんこのせいだろう。体は成長してなくても、心はちゃんと成長してる。それが普通の人間の何倍以上の時間がかかろうとも、少しずつではあるが、前に向かっているのだ。

「でもま、元気そうでよかったよ」

ソラは立ち上がり、お尻の砂埃をポンポンとはたいた。

「もう行くの?」

「あんま仕事さぼるわけにもいかないしさ」

30年前と同じへたくそなウインクをきめて立ち去ろうとするソラを、沙雪は呼び止めた。

「ね、ねえ!」

「あん?」

「えっと、その……。また……会える?」

意外な沙雪の問いに少し驚いたような表情を見せたが、ソラはすぐニカッと笑うと「あぁ、またな。」と告げ空へと飛び去っていった。



5.死神

それからさらに100年後ー。

沙雪は町外れの墓地にいた。知り合いの墓参りにでもきたのだろう。

今までの人生の中で、沙雪は一体何人の人間の死を見届けてきたのだろうか。自分が死神になってからというもの、ソラは数えきれないほど多くの人間の魂を見 送ってきた。中にはまだこの世に未練をもった魂もいたし、家族や友人、恋人と別れるのをおしみ、天上へ行くのを嫌がる魂も多くいた。それでもソラは忠実に その任務をこなしてきた。時には冷酷に淡々とその作業をこなしてきたソラは、死神になってからまだ1度も涙を流したことがなかった。

「さーゆきっ!」

墓地と言っても墓石とは違い、木でできた十字架に名前が彫られ、ずらっと並んでいるだけであったが、沙雪はそれに向かい、一人一人、熱心にお祈りをしていた。

「あ、死神さん!」

「ソラだって。いい加減名前覚えろよ〜。」

「あはは、ごめんごめん。」

そう言ってくすくすと笑う様子は、また前に会ったときとは違う印象だった。

なんか、しばらく会わないうちにだいぶ明るくなったな、こいつ。

「で、そのソラは今日はゆっくりとしていけるの?」

急に顔を覗き込まれ、ソラは思わずドキッとした。

「あ、あぁ。今日は俺仕事ないから。」

「じゃあ、その辺ちょっと歩く?あれからだいぶ街も変わったんだよ。」

なんなんだよ、さっきのドキッて!かわいい顔してるからって相手は13歳だぞ!ガキだぞ!いや、でも生きてる年数からすると相手は俺より年上の可能性も……いやいや、それでもやっぱガキはガキだ!俺はロリコンの趣味はねぇ!

などと一人で無言の葛藤を繰り返している間にも、沙雪は街を案内して回った。

沙雪が言うように、この数十年で街はさらなる発展の兆しをみせており、太陽光や風力を利用したエネルギーで動く乗り物やシステムが開発され、災害以前とは違い、人々は自然とうまく付き合いながらそれを冒すことなく守りながら生活してきた。

「ほんと、100年で変わるもんだな」

「そりゃそうよ。100年って言ったら人一人の一生分の時間だもん」

「そっかぁ、そうだよなぁ」


一通り街の中を巡った二人は、街から10分ほど歩いたところにある小さな丘の木の木陰に座っていた。街を歩いている間、沙雪とはいろんな話をした。災害の あとどうやって暮らしていたかも聞いたし、その前にはどんな暮らしをしていたかも話してくれた。自分が死神なんて仕事をしているからか、沙雪が生きている 話を聞くのは楽しかったし、なにやら不思議な感じもした。自分も過去にはそうやって生きてきたはずなのだが、もうその頃の記憶はほとんど残っていない。

「ねえ、一つ聞いてもいい?」

「ん?」

木陰で涼んでいた沙雪が、ふいに尋ねた。

「ソラはなんで死神になったの? 生まれた時からそうだったの?」

「いや、俺も元々は人間だったよ。」

「え! そうなの!?」

これには沙雪もビックリしたらしく、珍しく大きな声を出して驚いた。

「あぁ、俺を含め死神をやってるのはみんな元は生きてた人間なんだ。死後、なにか現世に強い思いがあったりやらなにやらで、たまに転生を拒む奴がいるん だ。そういう人間の中から閻魔様が才能ありそうなやつをスカウトして、審査に合格すると死神になれる。ま、そんな感じかな」

「へぇ〜」

誰も知らない死後の世界。そんな話に、沙雪は興味津々といった様子で話を聞いていた。

「じゃあ、ソラもなにか未練があるの?」

「それがさ、もうあんま覚えてねぇんだ。なんせもうだいぶ昔のことだし。」

ソラはそう言って肩をすくめた。

「そうなんだぁ。」

「ま、案外ただたんに閻魔様が俺様の才能に惚れ込んでスカウトしたのかもしれねぇしな」

「うわ〜、自信満々!」

「へっへ、言うだけならただだし、そう思ってたほうが気分いいだろ?」

「たしかに」

そう言って仲良く笑う二人の姿は、端から見るとまるで仲のよい友達のようであり、恋人同士のようでもあった。ただ、もちろん普通の人間がソラの姿を見ることはないのだが………


楽しい時間はすぐに過ぎた。

「さて……と。じゃあ、俺そろそろ行くな。」

「そっか。じゃあ、またしばらく会えなくなっちゃうんだね。」

沙雪は素直に寂しさを表した。ソラも沙雪との別れは名残惜しかったが、死神が1度に下界にいられる時間は決まっているため、どうしても戻らなければならなかった。

「あぁ。でも、また近いうちに会いにくるよ。」

「ほんと?」

「うん、約束する。」

「わかった。」

その時ソラに笑いかけた沙雪の笑顔を見てソラは確認した。

俺は沙雪が好きだ。ロリコンでもなんでもいい。こいつじゃなきゃダメなんだ。

その思いが伝わったのか、はたまた沙雪も同じ気持ちだったのか、二人はしばらく見つめ合い、自然と唇を近づけた。

死んだ人間が生きている人間に恋するなんて馬鹿げてる。しかも自分は死神。こんな恋が許されるはずもなく、自分はもう沙雪に近付くべきでもない。こんな行為、愚か以外なにものでもない。

しかし、ソラは自分の思いを止めることはできなかった。そして、そんな自分の気持ちを受け入れようとしてくれている沙雪が、とても愛おしく思えた。

二人の唇が重なり合うと同時に、それは二人の心が繋がり合った瞬間でもあった。

「また、すぐ来るから」

そう言い残すと、ソラは自分の在るべき場所へと帰って行った。



6.願い

あれから数十年に1回、ソラは沙雪に会いにきていた。お互いの気持ちは知りつつも、やはり死神と人間。その恋は叶うはずもなく、たまに会っても、二人はた わいもないおしゃべりをしたりして、限られた少しの時間を共に過ごすだけだった。しかし、二人はそれで十分だった。二人で一緒に過ごせる時が、二人にとっ ては最高の時だった。


そして2000年後ー。

もう街は隕石が衝突する以前よりも発展していた。人々はあの衝突を『神の怒り』と呼び、それまで行われていた自然を破壊していくような進化のしかたではなく、自然を守りながら共に生きていく進化の道を歩んでいた。

「さーゆきー!!!」

沙雪の体も全く成長せず、2000年経った今でも13歳の頃のままの姿であった。科学が進歩した今でさえ、沙雪の体を元に戻すことは不可能とされていた。 隕石衝突以前とは全く違う形で発展してきた今、衝突以前の科学の資料はほとんど残っておらず、その失われた科学の力でそうなった沙雪の治療もまた難航して いたのだ。

「ソラ!!」

満面の笑みでソラを迎える沙雪は、とてもはつらつとして輝いていた。先の見えない、いつ終わるともわからない沙雪の人生の中で、ソラはとても大きく大切な存在になっていたのだ。

「沙雪! ついに、ついにやったぞ!!」

「え?」

よっぽど急いできたのだろう。ソラは黒のローブの下で、肩でゼイゼイと息としながら、それでもとてもうれしそうに沙雪のもとへとやってきたのだ。

「沙雪、俺が前にした話、覚えてるか?いいことを100万回したら……ってやつ。」

「あ、うん。覚えてるよ。」

「おまえ、ついにやったんだよ!100万回超えたんだよ!」

「ほ、ほんとぉ!?」

「そうだよ!100万回いったんだよ! やったぜ沙雪ぃ!!」

うれしさのあまりソラは沙雪に抱きつきぴょんぴょんと飛び跳ねた。

ほんとにうれしい!これで沙雪の望みを何でも叶えてやれる!

ソラはもう自分のことのように喜んでいた。沙雪も信じられないといったふうに始めのうちはぽかんとしていたが、だんだんと実感してきたのか、ソラと一緒に飛び跳ねて喜んだ。

「ほら、なんだよ沙雪! なんでもいいんだぞ! なんでも好きな望み叶えてやるよ!」

よっぽど嬉しいのであろう。ソラは目をキラキラさせて沙雪が自分の願いを口にするのを待った。

「じゃあ………」

数瞬の後沙雪は願いを口にした。それはソラを失意の底へと落とす言葉だった。



ソラ……………私を……殺して………



 自分はもう既に、こうなることを知っていたのかもしれない。心の奥底では、それが彼女の最大にして一番切実な願いなのだろうとわかっていたのだ。

「さ……ゆき………?」

「ソラはたぶんもう知ってたはずだよ。私の望み。」

「でも、そんな……」

わかっていたのかもしれない。知っていたのかもしれない。それでも、やはり彼女の口からは聞きたくなかった。それを現実として考えたくなかった。

「もう、自分だけ取り残されるのは嫌なの。だから、私の一番好きな、大好きなソラに私を殺してほしい」

「でも、俺……俺が沙雪を殺すなんて……!!」

「ごめんね。でも、ソラじゃなきゃ嫌なの。他の誰でもない、ソラがいいの。私の最後のわがまま、聞いてくれる?」

「沙雪………」

呆然と立ち尽くしていたソラを、沙雪は優しく抱きしめた。

「……そら……」

「え?」


「……空……」


「さ…ゆき?」

ふいに、ソラの頭の中に、懐かしい記憶が流れ込んできた。そう、それはもう遠い昔の記憶。自分がまだ幼かった頃のー。

「さ、ゆ、き……。沙雪!!」

そう、俺はこの顔を知っている。どこの誰よりも。沙雪。俺の大切な沙雪。


その記憶は、遥か遠い昔。ソラがまだ、生きた人間の時の記憶だった。

ソラには近所に住む3歳下の幼なじみがいた。二人はとても仲がよく、ソラは小さい頃から体の弱かったその女の子の面倒をよくみており、二人とも兄妹のよう に育った。それはソラが中2、その女の子が小5の頃には恋愛感情というものに変わり、大きくなったら結婚しようとまで約束をした。親同士も仲がいいせいも あり、二人の交際はとても順調で、お互いとても幸せだった。

しかし、その幸せも長くは続かず、ソラが高1、彼女が中1の時、ソラは車にはねられ死んでしまったのである。そしてその少女の名とはー


さ……ゆ……き……


さゆき


沙雪!!


そう今目の前にいる沙雪だった。まさか自分が死んだ後、彼女がこんなに目にあっていたとは!

ソラが沙雪をすぐにわからなかったのもしかたのないこと。死神とは確かに現世に強い思いや未練がある者がなる。しかし、そういった記憶はたいてい、死神と なる時にすべて閻魔によって消され、死神になる人間の容姿まで変えられてしまうのである。強い思いは死神の仕事への妨げにしかならない。そして、ソラも例 外となく、この記憶操作を受けていたのだ。

でも、今ならわかる!俺は今、はっきりと思い出せる!!

「沙雪、沙雪!」

ソラは力一杯沙雪のことを抱きしめた。

愛しい沙雪。大好きな沙雪。なんで、俺は今まで……

「沙雪………ごめん、俺………」

「私もね、最初はまさか死神のソラが私の大好きな空だったなんて思いもしなかったの。でも、あの初めてキスした瞬間にわかったの。あぁ、これは私の大好きな空だって。姿は違っても、私の一番大切な空だって」

そう、俺の名前は柏木空。そしてこいつを、中谷沙雪のことを愛してる。

どれくらいの時間が経っただろう。抱きついていた腕をほどいてその沈黙を先に破ったのは沙雪だった。

「空、死神になってまで私のこと心配してくれてたんだね。ありがとう」

「沙雪、俺は……。ごめん。俺、沙雪のこと思い出せなかっ??」

そう言いかけたソラの唇に手をあて、その言葉を遮った。

「でも、思い出してくれた。それで十分だよ。」

「沙雪………」

「だから、私の最後のわがまま聞いてくれる?」

ソラはまだ何かを言いかけようとしたが、グッと唇を噛み締め、力強く頷いた。

「わかった。やるよ。」

「ありがとう。」

死ぬな……なんて、言えないよな。こいつがどんな思いで生きてきたか、1番わかってるのは俺じゃねぇか。

「体から直接魂を取り出すから痛みはないよ」

「うん」

頷いて、沙雪はソラに体を預けた。

沙雪の中に手を入れ、魂を掴む。

「空………」

「ん?」

体の中にソラの手が入ったまま、沙雪はソラに最後の口づけをした。

「ありがとう。空」

言い終わると同時に沙雪の魂は外に出され、体は力なく崩れ落ちた。

ソラは泣いた。抜け殻となった沙雪の遺体を抱きながら。死神になって、初めての涙を流した。



7.エピローグ

抜き取った沙雪の魂は、天へと昇って行った。

「ソラ」

死神仲間の一人がソラに声をかけた。こいつとは年も近く、死神になってから一番仲がよかった。

「よぉ」

「大丈夫か?」

「あぁ。わりぃけど、あいつの魂、ちゃんと天までいけるか見届けてやってくれねぇか?」

「それはいいけど、いいのかよ? お前がついててやったほうがいいんじゃねぇのか?」

「いや、俺はやることがあるから」

「そっか。じゃあ、ここでお別れか?」

「おまえ………」

さすがだな。全部お見通しってか。

「俺だってそれなりに恋愛経験はあるんだ。それくらいわかるさ」

「今までサンキューな」

「こっちこそ。元気でな」

そう言うと、やつは沙雪の魂の後を追って空へと消えて行った。


ソラは魂の抜けた沙雪の体を、いつか二人が初めてキスをしたあの小さな丘の木の下に埋めてやった。

やっと、思い出したよ。

生きている時、初めて沙雪とキスをしたあの日。あれもこんな、小さな丘の木の下だった。そして、将来結婚しようなと約束した時も……

「さ〜てと、辞表出しにいくか!」

死神は辞める。今日限り。死神になるきっかけとなった現世への思いはもう無くなった。閻魔のおっさんも納得してくれるだろ。

その先はソラ自身にさえわからなかった。ただわかっているのは、死神の任を解かれた者は、他の人間の魂同様、あの世に行き、転生の時を待つのだという。

「転生………か」

それがいつになるのか、何に生まれ変わるのかもわからない。でも、もし望みが叶うなら、沙雪、またお前と一緒になりたいよ。


そうして、ソラは死神の任を解かれたのち、天へと昇って行った。

でも、ソラは知らない。死神にも、人間と同じようなおまけがあることを。

「あの娘で成仏させた魂1億人目……か。」

そうつぶやきながら閻魔は柏木空、中谷沙雪の転生の書類に判を押した。

「さて、やつらの子供には誰を転生させるかな」


Fin

初めて書いた小説です。


至らない点もたくさんあったと思いますが、読んでいただきありがとうございました。

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