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第8回:我が家に猫がやってきた

【SIDE:西園寺麗奈】


 こういう話を聞いた事がある。

 赤ちゃんが生まれたら動物を飼いなさい。

 成長と共に動物はその子供に命を教える教師となる。

 子供が成長し、動物を可愛がる事で優しさを教えてくれる。

 その動物が死ぬ時、その命をもって子供に死と命の大切さを教えてくれる。

 人と動物、共に歩む事で子供は優しい人になるのだ、と。

 ……私は今からでも優しくなれるだろうか。

 

 

 

 

 初めてその子と目が合ったとき、私は運命を感じた。

 恋に似た気持ち、まだ初恋もしたことないけど多分そう言う感じ。

 自分の中で鼓動が早くなるのを感じながら、私はその子猫を見つめた。

 

「こ、これは……猫ですよね?」

 

 週末の日曜日、お兄さんがいきなり私をリビングに呼び出した。

 また妙な事でもと思っていたら、なんと彼の手には猫が抱かれていたのだ。

 

「そうだ。俺の友人が飼ってる猫が子供を産んで、その引き取り先を探していたんだ。この前、麗奈が猫を飼いたいって言っていただろ。だから、両親に許可をとってもらいうけてきたんだぞ。アメリカンショートヘアーという種類の猫らしい。可愛い猫だろ」

 

 アメリカンショートヘアー。

 ペットショップでは人気上位の種類の猫だ。

 灰色の身体に何本もの黒いラインが入っている特長の可愛い猫。

 短い毛にふっくらとした頬は撫でると、毛の感触がとても気持ちいい。

 

「にゃー」

 

 小さく鳴いたその子猫を私は思わず抱きしめたくなる。

 

「あら、可愛い子ね?弟クンも麗奈ちゃんにプレゼントなんていい所あるじゃない」

 

 夕食の準備をしていた由梨さんがエプロン姿でこちらにくる。

 彼女が子猫の頭を撫でてると、甘えるような声をだす。

 可愛すぎ、私もすぐに抱っこしたい。

 

「私にも抱かせてください、お兄さん」

 

「ふふふっ。麗奈、この子が欲しいなら俺に『お兄様大好き♪』と言ってくれ」

 

 分かってはいたけども、この人はやはり人間として最低のクズだ。

 だが、しかし、目の前の可愛い子猫を前にすれば、そんな言葉などいくらでもかけられる。

 

「大好きですよ、お兄様♪愛してますから、私にその猫をください」

 

「うぉーっ。なんて事だ、麗奈が俺に『お兄様♪』なんて言葉を囁いてくれる日が来るなんて、お兄ちゃん感激しすぎて涙が。もう1度愛をこめて俺に囁いてくれ、マイシスター……ぐはっ!?」

 

「邪魔ですから、さっさとどいてください」

 

 おバカ発言がムカつくのでその頬を引っぱたいておく。

 この人は本当にしょうもない人だが、今日は猫を持ってきてくれたので珍しく感謝の気持ちを抱いた。

 

「……今のは流石に私もひどいと思うわ。弟として育て方を間違えたのかしら?」

 

 隣の由梨さんも呆れた顔でお兄さんを見ていた。

 私は彼から子猫を奪還して、自分の腕に抱きしめる。

 

「はじめまして。私の子猫ちゃん」

 

「にゃーにゃー」

 

 ……今、私の腕の中には小さな命がある。

 心臓の鼓動、確かにこの子は生きている。

 ふわふわでヌイグルミみたいな可愛さ。

 

「……き、気に入ってくれたならそれでいいんだ。ちょっとした冗談なのに、ぐすんっ」

 

「気持ち悪い事を言うからです。それで、この子のエサとかは用意してくれているんですか?」

 

「任せてくれ。お兄ちゃん、愛する妹のためにちゃんと用意している」

 

 彼は小屋など必需品をすべてそろえてくれていた。

 小屋と言っても小さなソファーみたいな寝床とトイレを設置するだけ。

 室内で飼うにはいろいろ“しつけ”しないといけないらしい。

 エサやトイレの場所を教えたり、コードや壁を引っ掻くのがダメだとしつけたりする。

 動物を飼うのって結構大変そうだけど、それだけの価値があると思う。

 

「あっ、そうです。この子の名前を決めないといけません」

 

 私はソファーに座り、膝の上に猫を抱いて名前を考える。

 つぶらな瞳を見つめていると、私の過去を思い出してしまう。

 

「アイ……」

 

 私にとって、愛おしい存在だった友達。

 この子も私の大事な友達になれるだろうか。

 小さく欠伸をする子猫に私は微笑みかける。

 

「ねぇ、子猫ちゃん。お名前、何がいいですか?」

 

 私はその子猫に問いかける。

 もちろん、言葉なんて通じないから子猫は不思議そうに私を眺めていた。

 

「確か猫の性別はメスらしいから、女の子らしい名前の方がいいだろ」

 

「メスなんですか。それなら、ノゾミっていうのはどうでしょう?」

 

「麗奈ちゃん、良い名前をつけるわ。可愛らしいじゃない」

 

 由梨さんからも好評のようだ。

 

「ねぇ、麗奈ちゃん。その子、抱いてもいい?」

 

「……どうぞ。ホントに小さい子ですよね」

 

 私は由里さんにノゾミを抱かせるために手渡す。

 彼女は猫を抱き上げると楽しそうに声をあげた。

 

「ふわふわしてるね。この猫耳が可愛い!弟クンも触ってみる?」

 

「俺はいいよ。それにしても、ノゾミか。ホントに我が家の希望だな」

 

 希望、私が望んでも手に入らないもの。

 この子に願いを託して私はその名前にする事にした。

 手のひらに乗るほどの小さな猫。

 私はノゾミの脇腹をくすぐると、「くぅ」とお腹をならす。

 

「ん、お腹がすいてるのかしら?」

 

 由梨さんの問いにノゾミは「みゃー」と答える。

 

「エサの用意をします。お兄さんも手伝ってください」

 

「麗奈のためなら何でもするぞ」

 

 私は子猫用のキャットフードとミルクを用意する。

 子猫は冷たい牛乳だと猫は下痢を起こしちゃうらしい。

 私は少し温めたミルクを与えると舌を出してチロチロと舐めだす。

 

「可愛いなぁ……」

 

 無垢な子猫は眺めているだけで幸せになる。

 そのままノゾミがエサを食べ終わるまで待っていると、私は猫の飼い方をよく知らないな、と改めて思う。

 前足で器用に毛づくろいをするノゾミ。

 ママに頼んで、猫の飼い方の本でも買ってこようかな。

 

「えっと、このエサの説明書によると……子猫の場合は脱水症状が致命的になるらしいな。一日、3~4回くらいに分けてエサとミルクを与えろってさ」

 

「そうなんですか」

 

 他にも注意事項とかを簡単にパソコンで調べてくれた。

 いつも変な事ばかりしてるけど、こういう時だけは便利な兄だ。

 私は彼が調べてくれた事を印刷してくれるのを待っている。

 

「この子、眠そうだから寝かせてあげましょう」

 

 リビングにおいてあるノゾミの寝床に寝かせてやると、

 

「にゃぁ……」

 

 と欠伸をして牙をのぞかせたノゾミは、そのまま目を閉じて眠ってしまう。

 瞑った瞳、寝顔がとても愛らしい。

 

「……ノゾミは私の新しい家族だから、ね」

 

 私はノゾミに語りかけて、癒されていた。

 私の孤独を癒してくれるの。

 子猫の温もりに私はひとりじゃないと実感する。

 

「家族か……」

 

 私は自分の黒い髪の毛を無意味にいじる。

 私は前を向けない、常に後ろを向いている。

 兄妹になったばかりの兄に対してうまく接することができていない。

 新しい家族、仲良くしたい気持ちはあるけど、うまくいかない。

 彼が変態だからというのは当然だけど、私にも問題はあると思うんだ。

 本当の私はどうしたいの?

 子猫の寝顔に問いかける私はどんな顔をしているのか。

 

「心の成長。私も成長しないといけないのかも……」

 

 私はその日、新しい家族を手に入れた。

 大切な存在、ノゾミはきっと私にとって本物の希望になる、そんな気がしたの。

 

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