第5回:もうひとりの妹
【SIDE:西園寺恭平】
新学期が始まり、学年がひとつあがって高校2年になった。
始業式を終えた俺はのんびりと時間を過ごす。
自室で漫画を読んでいると、控えめなノックの音。
「麗奈か?どうぞ、空いてる」
「……違うよ、私はあの子じゃない」
扉を開けるとそこにいたのは中学校の制服をきたセミロングの髪がよく似合う可愛らしい女の子、俺はその相手をよく知っていた。
「昔はこの部屋に入れるのは私だけだったのに……」
彼女は唇を尖らせながら、こちらに不満げな表情を浮かべる。
黒髪ショートカットの可愛らしい少女。
「どうした、久しぶり……って、うぉ!?」
「恭平お兄ちゃん~っ」
思いっきり甘えた声で俺に抱きついてくる。
だが、俺は予想していないアタックにバランスを崩して後ろにのけぞる。
そのままベッドに寝転がる俺の上にのった美少女は悪戯っぽい微笑みを見せていた。
「えへへっ。久しぶりだね、お兄ちゃん。大好きだよぉっ」
「素直、お前は相変わらずのようだな」
彼女の名前は遠藤素直(えんどう すなお)。
俺の幼馴染である女友達の妹で幼い頃から仲良くしてきた。
昔、今のように由梨姉さんや麗奈がいなかった頃はよく遊んでいたっけ。
最近は麗奈の攻略に専念していたので、中々会う機会もなかった。
「うぅ、お兄ちゃんが最近、全然私と遊んでくれない」
「悪かったよ。ここの所、家族が増えて忙しかったんだ。そういや、他の友達には紹介したけど、うちの妹、麗奈とまだ会っていなかったよな?」
タイミングの問題でもあり、彼女に麗奈は紹介していなかった気がする。
麗奈と同じ中学生なので知っているかもしれないが。
「西園寺麗奈。ちゃんと知ってるよ?相手はどうか分からないけど。今年は同じクラスになったから、会う機会はそれなりにあると思う。そんな事より、お兄ちゃんって冷たいよぉ。私が今までずっと恭平お兄ちゃんの妹だったのにーっ」
拗ねる口調の素直、“素直”という名前とは裏腹に結構甘えたがりの我が侭娘でもある。
そう言う性格ではあるが、俺に対してはホントに名前通りに素直な子なんだ。
『お兄ちゃん、私に命令して。私、何でもするからね?』
と、文句もなく言ってくれる辺り、俺としては嬉しかったり。
俺って基本的に女性に弱いので(主に麗奈)、こういう子は貴重なのだ。
幼い頃から妹みたいな子として付き合いがあるのだが、俺に義妹と言う本物の妹ができてからは少し対応が冷たかったかもしれない。
「悪かったよ。別に素直が悪いわけじゃないから」
「嘘つき。どうせ、ホントの妹が出来て、私に飽きたんでしょう。うぅ、ひどいよぉ。私の事を弄んでいたんだ。えぐっ……」
拗ねて瞳を潤ませる素直に俺はどう言い訳していいのやら。
「あのな、素直。俺は別に……」
「お兄ちゃんが私に飽きてポイッと捨てる卑怯な男だなんて思いたくない。でも、いいよ。お兄ちゃんがそう言うなら私はその現実を受け入れるからね」
「ち、違う。それじゃ、俺が極悪人みたいだ。本当にこれまで忙しくて会えなかっただけで、素直の事を無視したり、放置していたわけじゃない。俺だってお前の事は本物の妹のように思ってきたんだ」
そう、1人っ子だった俺にとって初めて「お兄ちゃん♪」と呼んでくれてた素直はとても可愛がっていた存在だ。
むしろ、俺にとってもうひとりの妹と言ってもいい。
「そんな事言って、私は知ってるんだからね。義妹の麗奈って子ばかりにかまっていたの。私が放置プレイされていた間、ずっと見てたんだから!むぅっ……」
「ごめんってば。ほら、新しい家族って馴染むのに時間がかかるじゃないか。仲良くしようと思っていただけで、素直の事は俺もちゃんと妹みたいに思ってる」
「今でも私はお兄ちゃんにとっての妹?まだお兄ちゃんって呼んでいてもいい?」
うるっとした瞳、まるで捨てられた子犬のような表情をこちらに向ける素直。
この子の可愛さは俺に対してベタ甘な所だろう。
「もちろんだ。素直が望む限り、存分に呼んでくれ」
しかし、彼女はあまり妄想の対象にはならないんだよなぁ。
なぜなら、妄想とは叶わぬ現実を空想する行為なのだ。
ありえない事を妄想するから妄想の価値がある、妄想は素晴らしいのだ。
素直だとどんな妄想だって現実になる可能性があるので効果は薄い。
俺の願望を無理してでも、何でも聞いてくれる従順な子なんだ。
っと、こんな体勢でいつまでもいるわけにもいかない。
俺は俺の上に乗りかかる素直に身体をどかせるように伝えようとした。
「――真昼間から女の子を部屋に連れ込んで、いちゃつくとはいいご身分ですね」
しかし、時すでに遅し、絶対零度の冷たい視線と言葉がこちらに向けられていた。
冷たい蒼い瞳が俺を睨みつけている。
運悪く、廊下を通りすがった麗奈に目撃されてしまったらしい。
今の俺は美少女に馬乗りにされてベッドに寝転ぶ状態。
どう見ても危ない意味しかとられない絶体絶命の大ピンチ!?
「ち、違うぞ、麗奈!?俺は別に女の子に押し倒されているんじゃない」
「……貴方の個人的な付き合いに興味はありません。どうぞ、ご自由に。でも、出来る事なら音楽をかけるなりして、卑猥な音を消すなり、せめてドアぐらい閉じるなりして、家族的配慮も考慮していただきたいですね」
一応、パソコンをする時はその辺も考えてますが。
いや、この状況はそんな事を言っている場合じゃない。
「恋人ですか……?」
今度は真面目な声で言う麗奈。
俺は素直がどいてくれないので身動きできずに、
「えっと、彼女は遠藤素直って言うんだ。麗奈とはクラスが一緒になったらしいぞ」
「そうなんですか。……初めまして、妹の麗奈です」
挨拶する麗奈に素直は頷くだけだ。
「素直は家の近所に住んでいる俺の幼馴染なんだ」
その発言にそれまで黙っていた素直が口を開く。
「幼馴染じゃないよ。私は恭平お兄ちゃんの妹だもんっ」
「妹?この人に兄と慕う価値はないと思いますが?」
素直に対して麗奈は同情のような、哀れむような顔をする。
それ、どういう意味なのか、めっちゃ気になるんですけど。
「私は昔から恭平お兄ちゃんの妹だった。それを勝手に本物の妹として割り込んできたのは貴方。お兄ちゃんの妹の座は譲らないからね」
「いえ、別にどうでもいいです。ぜひ、貴方に妹の座を差し上げます。何ならその人をお持ち帰りしてください」
えーっ、俺って麗奈にとってそんなに価値が低いんですか。
素直はそんな麗奈の態度が気に食わないのか。
「お兄ちゃんに対してそんなことを言うなんて。失礼だよ」
おー、さすが素直だ、常に俺の味方のいい子です。
「素直さん、私は彼の妹であると言う事実はいりません。むしろ不愉快にすら感じています」
ぐすっ、そこまで言わなくてもいいよね。
「むぅ、私としては麗奈さんが来なければお兄ちゃんの愛情を独り占めできたのに。私だけのお兄ちゃんでいて欲しかったの」
何だか修羅場な雰囲気に俺は思わず「俺をめぐる争いはやめてくれ」と言う。
「……バカじゃないですか。いえ、本物のバカでしたね。冗談でもやめて欲しい」
素で言われると本気でお兄ちゃんも傷つくんだからね。
「お兄ちゃん相手によくそれだけ暴言が言える。お兄ちゃんは優しいから怒らないけど、やっぱり、麗奈さんは私の敵だ」
麗奈に冷たくされた俺の心の傷を慰める素直。
堂々と敵宣言された麗奈はかなり困惑気味な様子。
「……私は別に貴方とは敵対するつもりはありませんけど」
「私には敵視する理由があるの。ふんっ。私の勝手にする。お兄ちゃんに甘えるもん」
先ほどからずいぶんと長い間、俺にのっかかったまま素直。
にこっと笑うと甘い声をあげる。
「久しぶりのお兄ちゃんの温もり……ぁっ……」
「なっ、何をしだすんですか!?」
麗奈の驚く声、素直は俺にぎゅっと身体を預けてくる。
別に実際はいやらしくもない行動なのだが、素直は麗奈を挑発する。
「お兄ちゃん、ダメだよ。そんな所、触っちゃ……あんっ」
素直も成長したなぁ、身体つきが女性らしく……。
ハッ、いかん、素直の魅力に別世界へいきそうになってた。
「……きょ、教育的指導!!」
だが、俺が別世界に行く前に素直は麗奈に突き飛ばされる。
その攻撃で彼女はベッドから落ちる。
「ふぎゅっ!い、いたいじゃないっ!」
「教育的指導、イエローカードです。私の目の前で兄が卑猥な行動をするのを止めます」
「あの、これは俺がしてたわけじゃないんだけどな」
「問答無用ですよ。変態は黙っていてください。素直さん、貴方も考えて行動してください。もっと自分を大事にした方がいいです」
床に尻餅をついた素直はむぅっと不機嫌そうに言う。
「……何よ、私が抱きついただけで嫉妬するんじゃない」
「嫉妬ではないです。教育的、かつ、健全な青少年の育成が……性の乱れは心の乱れなんです」
「意味不明だし。私の行動に不満があるならはっきり言えばいいじゃん。私はお兄ちゃんの妹として受けて立つわ」
「だ、だから、嫉妬ではない、と言っています」
うーむ、珍しく焦りを見せる麗奈。
無邪気な妹属性の持ち主である素直相手には手強いようだ。
彼女たちは対峙して睨みあう。
お兄ちゃんはどちらでもカモ~ンな状態なのだが。
「ともかくっ、過剰なスキンシップは禁止します」
「えぇー。何で、それを麗奈さんに決められなくちゃいけないの?」
「私が不本意ながらもこの人の義妹だからですよ」
麗奈は素直が俺に絡むのが面白くなさそうだ。
「他意はありません。そう、家族としてこういうのは許せない、それだけです」
「ふーん。妹として、私に戦いを挑むと言うのね。それならば、私も考えがあるんだから……」
臨戦態勢、何でこんな事になったのか、俺はベッドに座りながら二人を見つめる。
このふたり、実は案外気が合いそうなんだ。
「……今日はここまで、かな。私はもう帰るよ。じゃぁね、お兄ちゃん。ちゅっ」
去り際に俺の頬に軽くキスをした素直が笑顔で「また来るね」と部屋を去っていく。
な、なんだと……素直……やりおるわ。
「……なっ……」
その光景に麗奈は唖然としつつ、肩を震わせて何とも言えない顔でこう言った。
「……お兄さん、鼻の下、伸びてます。最低ですね。こんなダメな人をどこが気に入ってるんだか。いいですか、お兄さん。彼女が名前通りに素直な子だからってやりたい放題はいけないと思います」
「だって、ホントに兄妹みたいな関係だからな」
「だ、だからって……キスとか最低です、今すぐ死んでください」
「死刑決定っ!?何だかんだで、麗奈は俺に興味を抱いてくれてみたいだな……って、いや、ただの冗談だから殴ろうとしないで、麗奈!?」
妹としてのライバル、素直の存在は麗奈にどのような影響を与えるのか。
……お願いだから、いい影響だけにしてくださいね?