第4回:お花見へ行こう
【SIDE:西園寺恭平】
満開の桜の下で、花を眺め、人々との交流につとめる。
汚れた社会に生きるものにとって、年に一度の華やかな時。
それは会社の宴会であったり、恋人と過ごす時間だったり。
桜を見上げるその瞬間、美しさを皆が共通して感じることができる。
風に舞う綺麗な桜の花びら、桜吹雪とは良い表現と思う。
桜は日本人にとって特別な木。
桜とは一説では「咲く」に複数形の「ら」をつけて“さくら”と呼んだらしい。
薄紅色の花を咲かせ、わずかな間だけ人に幸福を与えるもの。
桜は春を迎えた象徴。
寒い冬を抜けて、暖かな日差しの下で木々が萌えていく。
春は出会いと別れ、恋の季節と呼ばれる。
人は希望を春という新たな季節に託す。
今年も良い出会いがありますように――。
「……で、私はどうしてここにいるのでしょう?」
春うららな4月上旬、俺と麗奈は近所の桜並木のある公園にいた。
レジャーシートを敷き、その上で紅茶を飲む妹。
目の前にはお昼用にと俺が朝から作ったサンドイッチ。
麗奈はマスタードが苦手なので、パンにバターを塗り、具をはさんでいる。
簡単手間いらず、ピクニックメニューの王道だろう。
「俺のお薦めはこのハムとトマトを挟んだのだぞ。定番ながら美味しいだろ」
「そうですね。でも、私はフルーツサンドの方が好きです。お兄さんの作った料理ってけっこう美味しいですよね。意外でなんかムカつきます」
「はははっ……俺って想われてるな」
ストレートで過激な発言にちょっぴり涙が。
もう少しオブラートに包んだ発言してくれたら嬉しいなぁ。
麗奈は生クリームで旬のフルーツを挟んだ俺特製のフルーツサンドを頬張る。
ちまちま食べる姿がハムスターみたいで可愛い。
ちなみに俺は料理が得意な方だ。
父子家庭だったので、自分のすべき事は自分でするが当たり前だったのだ。
子供の頃から由梨姉さんにはいろいろと料理を教えてもらったりしていた。
普通の家庭料理から、今ではお菓子作りまで手を出している。
あまり考えた事はないが、男の趣味としては……どうなのだろう?
こうして麗奈が喜んでくれるのは嬉しい。
「……で、質問に答えてください。私はどうしてここにいるのですか」
「いや、なんでと言われても。朝のニュースで桜が満開になっているっていうからさ。これはお花見するしかないだろう、と。今日は絶好の花見日和だしな」
「もういいです。そういう事が聞きたかったわけではないので」
何か諦めたような納得の仕方。
お兄ちゃんに感謝してるのかな?
麗奈は何だかんだ言いながらも淡い紅色の桜を眺めている。
そういえば、この子と一緒にお花見に来たのは初めてだ。
俺は彼女と桜を持ってきたデジカメで写す。
美少女と舞い散る桜、絵になる光景だな。
「……お兄さん?何をしているんですか?」
「そのままストップ。はい、カメラに目線をください」
妹は俺に写真を撮られるのが嫌なのか、ぷいっと視線をそらす。
「勝手に撮らないでください」
ふわっ、と髪をかきあげる仕草に見惚れる。
うちの妹はどうしてこんなに男を落とす達人なのだろう。
お兄ちゃんはもうクラクラです。
「あっ……」
時折、風で花びらが舞い綺麗な景色になる。
公園を薄紅色に染め上げる幻想的な風景。
舞い散る桜に見とれる麗奈、碧い瞳がピンクの花びらを映す。
「綺麗ですね。こんな風に舞い散る様が綺麗な花は他にはありません」
「そうだな。だから、桜は人を惹き付けるんだろう」
珍しく平和な憩いの時間だ。
……忘れていたが、春は妄想の季節だな。
『お兄ちゃん?もうっ、桜ばかり見ないで私も見てよ』
妹は桜を眺めていた俺に自分の顔を近づける。
『こんな所に花びらつけちゃって。とってあ・げ・る』
俺の頬についた桜の花びらを唇でついばむ妹。
尖らせた唇に俺は自分の唇を重ねて……禁断の愛に目覚める幼い妹、これは恋の始まり。
うむ、春は素晴らしい季節だ。
「……お兄さんはいつもと変わりませんね」
妄想に入った俺に冷たく投げつけられる妹の言葉。
冷めた視線は最近、哀れむような視線になってきたのは気のせいであって欲しい。
「年中、頭が春だから……かな」
春はおかしな人が増える……って、そういう納得のされ方は嫌だぁ!
お兄ちゃんは頭が春じゃないから、ただの妄想主義者なだけだから。
「……麗奈、俺はそういう変な人ではないと今、改めて言いたい」
「それなら言動を慎んでください。というか、妄想癖何とかして欲しいです」
どうしよう、正論すぎて返す言葉がありません。
「今日くらいは黙っていてくださいね」
「はい、わかりました」
「わかればいいんです。お兄さん、お茶ください」
「どうぞ、です」
どこまでも妹に従順な兄だった。
だって嫌われたくないんだもん。
俺は麗奈の空になったコップに紅茶をそそぐ。
それを麗奈はゆっくりと飲み干していく。
「たまにはこうしてのんびりするのもいいだろう」
「そうですね。外で食事するのも悪くはありません」
「今度は姉さんも連れてきたいな」
「それなら、パパやママと一緒に来たいです。家族一緒で何かすることって少ないですから。近いうちにもう1度誘って来てみたいです」
しばらくの間、俺達は花見を楽しんでいると、麗奈が小さくあくびをする。
素晴らしいぽかぽか陽気に思わず俺もつられる。
「何だか……ねむ……く……」
眠くなってきた、そう言おうとしたのだろうか。
すでに彼女は目を瞑っていた。
こういう時の定番は俺の肩にもたれかかりながら、
『お兄ちゃん……好き……』
とかいう寝言を囁いてくれるものだろう。
……コトン。
「え?」
ふと、自分の肩に寄りかかる妹の身体。
少し開いた唇から吐息がもれる、どうやら本気で眠ってしまったらしい。
しかも、俺に寄りかかるというシチュエーション付き。
妄想が現実になる、というか、これは……。
「……可愛いな、もうっ。たまらんですたい」
普段は悪戯でもしたくなる所だが、その無防備で可愛い顔に俺は何もできない。
長い睫毛に白い肌、ぷにっとした弾力のある頬。
大好きな麗奈の顔をマジマジと見つめるだけでよかった。
妹の黒い髪にピンクの桜の花びらがついている。
俺はそれをはらってやると、彼女はかすかに言葉を呟く。
「お兄ちゃん……」
キタ━━━━(゜∀゜)━━━━ !!!!!
寝言で俺を『お兄ちゃん』と呼ぶ妹……初めてお兄ちゃんと呼ばれたぞ。
普段はそっけなく『お兄さん』と言う妹なのに。
感動して思わず涙がこぼれてくる。
俺の事をついにそう呼んでくれた……今日は記念日だな。
ふふっ、麗奈は照れ屋さんなんだからぁ。
さぁ、続く言葉は愛を囁いてくれ。
「シスコンって人間として最低です……」
「……ぐすっ」
感涙のあまり、別の意味の涙がこぼれたじゃないか。
寝息をたてる俺の可愛い妹、寝言はアレだが可愛いので許す。
春の柔らかな日差し、穏やかな天気の下。
新たな四季の始まり、桜の香りに包まれる俺と妹だった。
……。
その光景を偶然、通りかかり見かけていた一人の少女がいた。
「――あれ?どうしてここにお兄ちゃんが?」
その少女は恭平に寄りかかり眠りにつく麗奈の姿を見て表情を強張らせる。
「……っ……!」
桜吹雪に包まれる中、義妹を愛しく眺めている恭平。
兄妹、彼女の中でくすぶる苛立ちに持っていた鞄を持つ手に力が入る。
「そこは貴方の場所じゃない……」
少女の強い視線の先には眠る麗奈がいた。
「ずっと彼の隣は私の場所だった。それなのに……どうして、貴方なんかに」
春の穏やかな風は少女の髪を揺らす。
「恭平お兄ちゃん。私のこと、もういらないのかな。あれだけ、可愛がってくれたのに、あの子が来てから全ては変わってしまった。その元凶、悪いのは全て……あの子のせいだ」
寂しそうに告げる少女は振り返り、その場を後にする。
桜並木を歩くその少女は心の中で思っていた言葉を口にした。
「――西園寺麗奈、貴方は私の敵なんだ。覚えておいて。彼の本当の“妹”は私なんだからね」
彼女は口元に僅かな笑みを浮かべる。
その笑みは天使か悪魔か。
桜吹雪の舞う中で、春の嵐が巻き起こる予感に包まれていた。