第23回:好きならそれでいいじゃない
【SIDE:西園寺麗奈】
幼い時に私は従姉妹の家に預けられた時期がある。
まだ小さな子供だったエレナと出会ったのはその頃だった。
金髪の可愛らしい女の子、私にとって妹のような子だった。
懐いてくれたこともあり、仲良く遊んだりしたけれど、幼い頃からエレナにはひとつだけ問題点があったんだ。
『……えへへっ、男の子って可愛い女の子だと何でも許してくれるよね』
悪戯好きであり、自分の容姿がいいのを理解してる小悪魔的存在。
『バカな男は利用できていいよ。私って可愛いからすぐに男の子は騙されてくれる』
彼女に騙されたり、弄ばれた男の子は数多くいるらしい。
……恐るべき11歳、彼女は本物の小悪魔だ。
だからこそ、不安にもなったりする。
私としてはエレナにそういう生き方をして欲しくはない。
「……ねぇ、麗奈ちゃん。今日は一緒に寝ても良い?」
「私のベッドで狭いから嫌よ」
「ひどいっ。昔みたいに一緒に寝たいよぅ。ねぇ、いいでしょう?ダメ?」
エレナが子供らしく私に甘えた声を出す。
昔から私だけは“裏”を使わない彼女。
まだまだ子供だなぁって思いながら、仕方なく私はベッドを空ける。
シングルベッドなので、ふたりで寝るのは少しだけ狭い。
むっ……それにしても、エレナはまた身体が成長している。
私と比べて、胸の発育が良いの+は羨ましい。
ころんっとベッドでふたりで横になる。
「……んっ……麗奈ちゃんの匂いがする。懐かしくて安心できる」
エレナは私の身体にぎゅっとくっついてくる。
「甘えたがりなところは変わってないのね」
「変わるわけないじゃんっ。麗奈ちゃんは私のお姉さんだもん。これから2週間、一緒にいられるってだけで嬉しいよ」
「何か安心したかも……」
私はエレナが変な方に育っていたらどうしようと思っていた。
けれど、素直に育ってくれてるみたいでホッと一安心。
「……ふふっ、エレナのそういう所、可愛いと思うわ」
こういうのを姉心っていうのかもしれない。
それから私達は眠りにつくまで話をする。
『中学生活はどう?』とか、『今は何をしてるの?』とか……。
話す事に困る事はないけれど、避けていた話題に踏み込まれてしまう。
「それにしても麗奈ちゃんのお兄さんって聞いてた以上にカッコいいね」
「……そ、そう?顔だけはマシだけど、性格は微妙な人よ」
「男の子はやっぱり顔じゃない?あれがお兄さんなんて羨ましいなぁ」
いけない、エレナが嫌な顔をしてる。
まるで獲物を狙うライオンのような、小悪魔の笑み。
私の不安は見事に的中してしまったみたい……。
エレナはお兄さんを気に入った素振りを見せる。
「料理も上手で、優しくて……でも、露骨に私の胸ばかり見てたエッチな人♪」
お兄さんの裏切り者っ、やっぱりエレナの胸ですか。
……うぅっ、私にはこんなに立派なものはないですよ。
胸のサイズが全てじゃない、と心の中で拗ねる。
「だけど、アレだけ私の胸を堂々と直視する人も珍しいよね。普通はちらって見るだけなのに。もしかして、ロリコンって奴かも?気をつけなくちゃ……」
「……やはり、貴方はその趣味があったんですか」
私は夕方の屈辱を思い出してしまう。
お兄さんは大きい胸の子が好きだって言ってたのは屈辱だ。
「あははっ。麗奈ちゃんも気をつけないと食べられるちゃうよ?ただでさえ、男女ひとつ屋根の下なんて、危ないのに……。私の経験的にあのタイプは兄妹なんて関係ないって思うタイプだね。我慢できずにやられちゃダメだよ?」
小学生に言われるのは何だか複雑な気分ね。
「……麗奈ちゃん?ハッ、もしや既に……やられちゃったの?そして、心に深い傷をおっちゃったんだ?……麗奈ちゃん、可哀想。禁断の兄妹愛って奴なんだね」
「違うわ、エレナの想像に呆れただけよ。そんなわけないでしょ」
「でも、義理の兄妹って恋愛してもOKじゃない。少女マンガだとよく義妹って義兄に襲われてるシーンも多いし。私は麗奈ちゃんの事が心配なの!」
最近の少女マンガは描写がきわどいから小学生に悪影響だと思うんだ。
義妹を襲うってどういう漫画を読んでるのやら。
私はエレナの頬をむにっと軽く引っ張る。
「いひゃいっ。……いひゃいよ、れぇなちゃん(痛いよ、麗奈ちゃん)」
「エレナも変な事を言わない。彼が変な一面があるのは認めるけど」
「ひゃぅ……私は麗奈ちゃんの心配をしてるのに。それなら、恭平お兄さんがいいお兄さんっていう証拠を示してよぅ」
私はエレナを納得させるためにいろいろと考えてみる。
まずは兄としていいところを探してみる。
「……いい所ね。例えば……料理が上手だとか?」
「それ以外は?」
「そ、それ以外?……それ以外……それ以外……」
頭を抱えて、私は悩んでしまう。
だって、よく考えてみたらお兄さんってそんなにいい所がない。
カッコいいくせにバカなところが目立ちすぎる。
コスプレ好きで妄想大好き人間だったりして、私にとっては嫌悪すべき存在で褒めることなんて……ひとつも……。
「……優しい所、とか。私に対して、空回りはしているけども優しさは感じる」
どうなんだろう、私にとってあの人は嫌な人だけではない気がする。
出会った当初は大嫌いだった、でも、今は……。
「何だ、結構気に入ってたりする……?」
「別に気に入ってなんかいないわよ。あんな人、嫌いよ、嫌い」
「……ホントに嫌いな人間にとる態度じゃないように見えたけどねーっ。ほら、私には隠さずに素直に答えてよぉ」
「ひゃんっ!?ちょっと、エレナ。わき腹を触るのはやめて」
布団の中で暴れるエレナを私は押さえ込んで捕まえる。
この悪戯っ子は、昔とちっとも変わっていないんだから。
「麗奈ちゃんの弱点だってよく知ってるんだから……えへっ」
見た目は大人っぽいけど、中身は子供のままだ。
それはエレナのいいところでもある。
「まぁ、いいや。麗奈ちゃんが興味のない相手なら私が遊んでもいいよね?」
「……一応、貴方にとっても従兄よ?」
「関係ないって。お兄さんも私に興味ありそうだったから、思いっきり遊べそう」
この子に狙われているお兄さん、私はどうすればいいかな。
反対すれば、反対したで私に追求が来るし……。
「いいわよ、勝手にしなさい」
「え?いいの?反対すると思ってた、なるほど~。麗奈ちゃん、私がもしもお兄さんと付き合うようになってもいいんだ?」
「つ、付き合う?貴方達の年の差を考えればありえないでしょう」
「ふふっ、そういう事を言っていたら恋愛なんてできないよ?好きならそれでいいじゃない?」
きっと、この子の“付き合う”は恋愛の“付き合う”とは違う。
恋もエレナにとってはただの遊びのひとつなんだろう。
私は何となく複雑なモノを胸の内に抱える。
……まぁ、苦労するのは彼だから別にいいとしよう。