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第20回:恐怖、ネコ耳の怪!?

【SIDE:西園寺恭平】


 人は……どうして、このようなものを作り出したのだろう。

 万国共通の萌えるアクセサリー、ネコ耳とは何か?

 ネコ耳、それは可愛らしい女の子を引き立たせるラブリーアイテム。

 ネコ耳、それはネコの擬人化という幻想。

 ネコ耳、それは……小生意気な少女の魅力を倍増させるもの。

 ふわふわした質感、キュートなネコの耳を模して作られたもの。

 尻尾もつければ可愛い最強ネコ娘の誕生だ。

 コスチューム衣装としては王道、新鮮味こそないが、王道ゆえに人々に愛される。

 いつの時代にも受け入れられるものこそ、まさに“王”の冠にふさわしい。

 そして、あれは真夏の起こした幻影か、それとも一夜限りの夢なのか……。

 全ては俺がある物を手に入れようとしていた所から始まる。

 

「うーむ……」

 

 俺はその“摩訶不思議な事件”の起こる数日前、パソコンを眺めてうなっていた。

 画面に表示されてるのは大きく『激安』と書かれた文字と一枚の写真。

 写真に写っていたのはコスチュームの付属品『ネコ耳』だった。

 価格はなんと500円、しかし、ただの安物のだと思いきや、元値は3000円以上の商品のため、それなりにいいモノだ。

 

「……これはお得だ。即買いだな」

 

 俺はネタ的要素も込めて、これを購入する事にした。

 

「妹につけてやろう。面白い事になるに違いないぜ」

 

 これをつけた麗奈の姿が目に浮かび、俺は笑いが止まらない。

 猫好きなあの子だ、さすがにポイッと捨てることはないだろう。

 メイド服と合体することにより、ここに究極進化形態『ネコ耳メイド』が誕生する。

 

『ご主人様にご奉仕するにゃん♪』

 

 愛らしいネコ耳をつけたネコ耳メイドさん。

 

『にゃー、ご主人さまぁ。甘えてもいい?』

 

 語尾には必ず『にゃ』をつける事を義務化しよう。

 この魅力に耐えられる男はいるか、否、おらず!

 美少女にネコ耳、なんという強力な追加武装なんだ。

 

「いかん、ついよだれが……。ホント、楽しみだなぁ」

 

 にやけてしまうが、これは男としてしょうがないでしょ。

 それがあんな出来事を引きこすことになろうとは……。

 ……その時の俺はまだこれから起こる事を知らずにいた。

 

 

 

 

 数日後、俺の元には今しがた宅配されたネコ耳があった。

 鼻歌混じりに包装紙を解き、そのネコ耳を見つめる。

 ふさふさの毛、色は白銀、質感も触り心地重視のためにふっくらしている。

 

「こ、これがネコ耳、ネコ耳なのか!?」

 

 ……まさに最強、ついつい俺がつけてしまいそうだった(危険)。

 手にするだけでネコ耳から後光がさしているようだ、眩しすぎるぜ。

 

「さて……麗奈はどこにいるのかな?」

 

「んっ……私のこと呼びましたか?」

 

「おおっ、ナイスタイミング」

 

 廊下で偶然にも妹と遭遇した俺はそのまま彼女の手を引いて俺の部屋につれていく。

 

「……何ですか?私はノゾミに餌を与えにいきたいんですけれど」

 

「そんなのは俺がしておいてやるから。俺の頼みを聞いてくれ」

 

「帰ってもいいですか。ものすごく嫌な予感がします……」

 

 思わず後ずさりする麗奈、お兄ちゃんは怖くないよ。

 俺はそんな彼女に優しい声で近づくと、

 

「今だっ、ネコ耳装着!」

 

 麗奈の一瞬の隙をつき、そのネコ耳を頭につけてやる。

 黒い髪によく似合うネコ耳の麗奈……か、可愛すぎる。

 麗奈は元がとても可愛い、誰がなんと言おうと可愛い女の子だ。

 だが、その魅力をさらに2倍以上に引き出すラブリーアイテム。

 ……古来よりネコ耳には魔力が込められているという伝説がある。

 その魅惑に取り付かれたら、それが最後……ネコ耳なしでは生きられなくなる、そんな噂のある都市伝説。

 目の前のネコ耳をつけた妹はなぜか、ただ俺の顔をジッと見ているだけ。

 いつもの拒絶反応もなく……どうした、麗奈、気に入ったのかい?

 

「……にゃぁ」

 

 小さく鳴いた妹は急に俺にしおらしく抱きついてくる。

 

「な、何だ!?何が起こっておりまする!?」

 

 柔らかな女の子の身体の感触にお兄さんはドキドキ……を通り越して、このまま快楽に身を任せて別世界に行ってしまいそうだぁ。

 

「大好きだよ、お兄ちゃんッ!」

 

 ……お兄ちゃん?

 いつも気のある素振りで兄を惑わす、小悪魔系美少女の麗奈がお兄ちゃんだと……?

 

「ははは、麗奈よ。俺は嬉しいぞ。苦節8ヶ月の片思い、ついにこの時が来たんだな」

 

 俺が8ヶ月も待ち望んできた、兄を受け入れる妹、その運命の時が来た。

 俺は自分の中で言葉にできない感動を覚えていた。

 

「私も嬉しいの。だって、だって大好きなお兄ちゃんの傍にいられるんだもん。ねぇ、もっと近づいてもいい?いいよね?」

 

「ああ。思う存分にお兄ちゃんの胸へ飛び込んできなさい。カモン、カモンですよ」

 

 俺は夢でも見ているのだろうか。

 あのクーデレな妹がこんな事を言ってくれるなんて。

 

「じゃ……もっと近づくから。にゃーん」

 

 それは妹にしては不気味なほど素直な微笑み。

 

「え?」

 

 バサッという音と共に俺は気づけばベッドに押し倒されていた。

 背中から倒れこむ俺の上にネコ耳の妹が乗りかかってくる。

 

「……愛してるよ、お兄ちゃん」

 

「ど、どうした?何をしてるんだ?」

 

「いつもお兄ちゃんが想像してる事だよ」

 

 いや、さすがにこんな事は妄想してませんから。

 ……ドキドキは俺の中で既に消えていた。

 おかしい、何かがおかしい。

 麗奈の姿はネコ耳をつけている以外、どこも変わっていないのに。

 

「何を……怖れているの?お兄ちゃんは私のことが好きなんでしょ……」

 

「ああ。好きだけど。これとそれは話が違う」

 

「どう違うの?愛していれば……行き着く先は同じじゃない」

 

 妹の長い髪が俺の顔にかかり、彼女は俺の顔に自分の顔を近づけ始めた。

 身体を覆いかぶさられて、いろんな理由で無闇に動けない。

 

「いや、だけど……これは……」

 

「お兄ちゃん。私は……いつも本当はこうしたい気持ちを我慢してきたの。ごめんね、我慢させて。私は貴方の妹だけど、私たち本当の兄妹じゃないから」

 

「そ、そういうのはもうちょっと大人になってからだろ」

 

「ふふっ、嘘つき。お兄ちゃんも……自分に素直になろうよぉ」

 

 彼女の唇が俺の唇に触れそうになる。

 その距離がゼロに近づくほんのわずかな時間に、

 

「――キミは誰なんだ、俺の知る麗奈じゃない?」

 

 妹の潤んだ蒼い瞳と間近で目が合って、冷静になれた。

 ……俺の大好きな妹はこんなことはしないだろ。

 

「私は麗奈よ。お兄ちゃんのことが大好きな妹」

 

「違う。うちの妹は……俺的には残念な事ながら、こんな事をする子じゃない」

 

 俺の言葉に麗奈のネコ耳がピクリと動く。

 彼女は本当に純粋な子供で、それに俺の事を好きではないから。

 俺は彼女の身体を押しのけて立ち上がろうとする。

 

「どうして拒むの?貴方のこと、大好きなのよ?」

 

 だが、それを彼女は許さず、互いの息遣いまで聞こえる距離のまま。

 ベッドの軋む音と妹の匂い……このままどうにかなりそうだ。

 キスしたい、そんな自分の理性を俺はこれまでにないくらいに抑え込む。

 落ち着け、俺……ここで彼女に手を出せばそれは本当の最後になる。

 ……恋を“諦める”のと“終わる”のとは……全く意味が違うのだから。

 

「俺は知ってるんだ。妹は俺を男として見てないから。兄としてしか見てない」

 

「嘘つき。これがお兄ちゃんの夢でしょう?したいんだよね、キス。この私の唇を乱暴に味わいたいんだよねぇ。お兄ちゃんならいいよ?」

 

「……悔しいけど、これが現実だ。妄想はな、現実にないことを妄想するからいいんだよ。夢と妄想は違うんだ」

 

「何を言ってるの、お兄ちゃん……?」

 

「俺の好きな麗奈は、いつも冷たい反応しかしてくれなくて、かまってくれても嫌な顔ばかりする。しかも最近、ちょっと扱い悪いし。でも、俺はそんな彼女が大好きなんだ。うちの妹は本当に自分が望んだ事しかしない。俺とのキスなんて、今のあの子は望んでないくらい分かってるんだ!俺は妹を愛してるんだから!」

 

 俺は麗奈(偽者らしい)に堂々とそう言い放つ。

 麗奈という一人の女の子に男として意識してもらえなければ、全てはただの良い兄でしかない。

 俺はようやく彼女からの束縛をとき、身体を起こす。

 

「……ふんっ。つまらないのぉ。もう少しでこのふたりを引き裂けたのに。お兄ちゃんは強いねぇ。本気でこの子を愛してるの?純粋な人だね」

 

「お前は誰なんだ?身体は……妹だよな?」

 

「そうだよ。私の本体はこれ。なんと、ネコ耳でーす♪にゃん、にゃんっ」

 

 麗奈の頭につけてあるネコ耳をつかんでクイクイと動かす。

 

「……はい?今、何を言いましたか?」

 

 激しく待て、俺は衝撃発言に自分の耳を疑った。

 

「ちょっと待て。貴方は何を言ってるのですか?」

 

「つまり、私は呪われたネコ耳って感じ?意思を持ってるんだよねぇ」

 

 麗奈の可愛い口を使い、砕けた口調でしゃべるネコ耳。

 あ、ありえねぇ……だが、他に麗奈が俺にキスしようなどという理由がない。

 夢?妄想?……これは本当に現実なのか?

 

「うちの可愛い妹を乗っ取って何が目的だ、ネコ耳」

 

「私はこうして宅配された人の関係を壊すのが趣味なの。今までも、仲のよかった恋人同士を引き裂いてきたんだから。壊すのは楽しいよぉ」

 

「悪趣味だな。そんなに人の恋愛が憎いか」

 

「別に。ネコ耳だから、普通に暇なのよ。だって、頭につけられるだけだもん」

 

 危ない、こんなネコ耳の企みにハマろうとしていたとは。

 恐るべし、呪われたネコ耳……って、普通にびびってどうする、俺。

 

「お兄ちゃんはすごいね。これだけされても、キスひとつ、手を出さなかったんだもの。もしかして、ヘタレなだけ?」

 

「ネコ耳にだけは言われたくない!」

 

 うわっ、ネコ耳に突っ込んだよ……今の俺は普通に危ない人ですか?

 妹(ネコ耳)は立ち上がるとなぜかスカートを翻しながら、

 

「……愛してる。この子の口からそう言ってもらえるといいね」

 

「まぁ、その辺は地道に頑張るのだ、諦めないのが俺のポリシーだ」

 

 今、こうして麗奈の声で好きだと言われて、心が躍りそうなくらい嬉しいけれど、やっぱりこれはただの幻でしかない。

 ……いつか麗奈自身の言葉でその言葉を聞けるのだろうか。

 

「ま、ばれたものはしょうがないから。私を元のお店に返品して」

 

「……帰るのか、ネコ耳」

 

「うん。ここは……私のいる場所じゃないから。幸せだね、お兄ちゃんは」

 

 麗奈(ネコ耳)は自分の黒髪をかきあげるしぐさをする。

 

「それじゃ……さよなら、お兄ちゃん。にゃお♪」

 

 それが最後だった、ネコ耳はただの喋らないネコ耳に戻る。

 そして麗奈の身体がゆっくりと床に倒れこんだ。

 

「……ごめんな」

 

 俺は床で眠っている彼女にそう声をかけた。

 あれはやっぱりただの幻、俺は彼女の頭からネコ耳をはずす。

 

「そうだ返品しなきゃ。着払いの宅配便で送り返そう」

 

 お兄ちゃん、か……全く、いい夢を見させてくれたよ。

 俺はネコ耳に感謝しながら、丁寧に宅配便で送り返すことにした。

 もう人に迷惑かけるなよ、ネコ耳。

 

 

 

 

 俺が宅配会社から家に帰ってくると、玄関前に麗奈が突っ立っていた。

 

「ただいま。麗奈よ、どうかしたのかい?」

 

 うつむき加減の妹は顔をあげるともの凄く顔を赤くしていた。

 頬をいちごのように紅潮させた妹はただ一言だけ。

 

「わ、私の唇を守ってくれて、ありがとうございます。お兄さん」

 

 それだけ言って、麗奈はそのまま自分の部屋と逃げ込んでしまう。

 

「……え?」

 

 それはつまり、あの事を全て覚えていたというわけで。

 ……普通、こういう展開って記憶を失ってるとかのご都合主義があるんでは?

 あんなに恥ずかしくて、青臭い台詞を真顔で妹に呟いてた俺の立場は?

 いくらお兄ちゃんでも恥ずかしいです。

 

「あはは、意識はあったんだ。……はぁ」

 

 俺は乾いた笑いをしながら、その場に座り込んで膝を抱えてしょげた。

 キスしなくて、本当によかった……頑張ったな、俺。

 というか、ネコ耳と普通に会話していたのもやっぱり現実……なのか?

 

「――にゃぁあああ!!!」

 

 今さらながら、俺は玄関で家中に響くくらいに恐怖の咆哮をした。

 夏の幻影……それは世にも奇妙なネコ耳物語。

 結局、あのネコ耳は何だったんだろう。

 今でも都市伝説として「喋るネコ耳」は噂として聞く。

 奴は今もこの世界のどこかで悪戯をしているに違いない。

 俺は時折、あのネコ耳を思い出すのだ。

 せめて、1枚くらいネコ耳麗奈の写真を撮るべきだった……。

 何ていう後悔をしつつ、今日もネットでコスプレを選ぶ。

 

「おっ、何だ。これは?和服チックなメイド服、大正浪漫を感じさせるな。これは麗奈にさせれば可愛いに違いない。和と洋のコラボは最強だからな」

 

「何をしているんですか、お兄さん?また変なものでも探してるんですか?」

 

「うぉ!?何もしていません、気にせずに!?」

 

 麗奈がアレ以来、俺のネット通販の邪魔&監視をするようになったのはまた別の話。

 

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