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第18回:体温38.5度の攻防

【西園寺恭平】


 うぅ、熱い……身体が焼かれているように熱い……。

 俺は妙な体の熱さを感じてゆっくり起床した。

 息切れする自分の呼吸音を聞いて心臓の鼓動が早まっているのに気づく。

 

「はぁはぁ……こいつは風邪が悪化してるのか?」

 

 昨日に引き続き、俺の夏風邪は継続中らしい。

 俺は息切れしながら、手のひらを額にのせて体温を測る。

 昨日よりも、ものすごく熱い気がするんだが。

 

「……ごほっ、げほっ」

 

 咳き込むだけで身体がだるくなる。

 発熱、のどの痛み……これほどひどい風邪をひくのも久しぶりだな。

 

「……この身体の芯から冷える寒気はたまらなく気持ち悪い」

 

 昨日、両親が帰ってきて心配はしてくれたものの、今日も仕事で留守だ。

 さすがに社長とその社長秘書というお仕事のある彼らを引き止めるわけにも行かない。

 由梨姉さんは当分帰ってこないし、昨日言っていたように素直も都合でこれない。

 つまり、今日のお世話は何としても我が義妹、麗奈に頼むしかないのだ。

 いや、考えようによってはこれはチャンスか?

 

『大丈夫、お兄ちゃん!?身体、調子が悪いんでしょ?』

 

 俺の身体を心配してくれた麗奈が俺の世話を優しくしてくれる。

 

『私がしっかりと看病してあげるから心配しないで』

 

 まるでその姿は白衣の天使、ナースのように親身になって世話してくれるのさ。

 

『ごめんね、お兄ちゃん。私、お兄ちゃんがいないとダメなの』

 

 そして、俺達の兄妹の仲も深まって、一石二鳥。

 このプラン即採用、心の優しい麗奈だ、さすがに病人である俺に厳しくなるはずがない。

 俺は気楽になった気持ちで助けを呼ぼうと廊下までほふく前進する。

 扉をゆっくりと開けて出来る限りの力を込めて救援要請した。

 

「すみません、誰か来てくれませんか~。誰か来てください、お願いします」

 

 やってきた麗奈は俺の様子を見下ろして、淡々と俺に言う。

 

「私、これから出かけてきます。薬と昼食は用意しますが、それ以上は期待しないでください。それでは……」

 

「ちょ、ちょっと待ってくれないか?昨日に引き続き、見殺しはあまりにもひどくない?」

 

 このままだとマズイと思い、俺は必死になって麗奈の足元に擦り寄った。

 

「何なんですか、ゴキブリみたいに床に這いつくばって?近づくと潰しますよ?」

 

 こ、怖いよ、この子……鋭すぎる視線に寒気以上のガタガタとブルブルが止まりません。

 ゴキブリ扱いされて踏み潰される前に俺は麗奈に誠心誠意を込めてお願いした。

 

「マジで風邪が辛いので助けて。ここは麗奈が俺を看病してくれるっていうイベントなんだよ、スキップしちゃ嫌だ」

 

「意味不明な事を言わないでください。私が貴方の世話をしてあげる必要がどこに?」

 

「そこを何とか。これ以上は悪化する一方なんだ、お願いします」

 

 だが、麗奈は聞く耳持たずと言った風に口調を強める。

 

「人間って意外と丈夫ですから放っておいても死にはしません」

 

「死ぬから!風邪をなめちゃいけないぜ」

 

 風邪から肺炎になったら命の危機だってあるんだぞ?

 

「どうせ頭の中もナース服とかの妄想しかないでしょうし。昨日の素直さんはとても可愛らしい格好でしたね。さぞ、楽しくしていたんでしょう。えぇ、私には真似できませんから」

 

 そんな俺の言葉もばっさりと一言で片付けられてしまう。

 その通りだけど……って、さすがにそれだけではない、ホントだよ?

 本気で俺を嫌悪してくる、辛い、辛いよ……うぅ。

 

「それに関してはごめんなさい。麗奈、お願いだから見捨てないで」

 

「……わかりました。それじゃ、そこで犬のように3回グルグル回って“ワン”と吠えれば世話してあげない事もないです。どうです?やめますか?」

 

 俺を嘲るように意地悪く笑う麗奈。

 兄としてのプライドと威厳がまるでなくなってる気がします。

 しかし、ここで見捨てられるのは悲しすぎるので俺はプライドを捨てる。

 体調最悪のヨレヨレな状態でグルグル回って、最後に「ワン」と犬真似をする。

 それを見ていた麗奈は楽しそうに笑顔で俺に言い放った。

 

「バカじゃないですか、それだけ元気なら世話する必要ないですね。くすっ」

 

 麗奈を怒らせると誰よりも怖い、お兄ちゃん、それを初めて知ったんだ。

 

「……大人しく寝ておけば勝手に治ります」

 

「はい、すみません」

 

 にこやかに麗奈から拒絶されて、俺は瞳に涙をためながら部屋に戻る事にした。

 布団の中に戻ると俺は涙で視界がぼやけて見える。

 

「……ぐすっ、泣いてない、泣いてないもん。うぅ……うおぅ……」

 

 これは男泣きじゃない、全部風邪のせいだ、瞳が潤うのはそのせいに決まっている。

 俺は『人の生きる道とは一体何なのか?』と真剣に人生を振り返っていた。

 


  

 

 数時間後、気がつけばお昼になっていた。

 結局、本当に麗奈は出かけてしまったらしい。

 お腹もすいたし、新しい氷も欲しい……さらに言えば喉がカラカラなので水が欲しい。

 

「昼食を用意してくれたって……こんなパンひとつでどうしろ、と?」

 

 おやつにもなりません、と言うかすでに食べてしまったけど。

 妹に見捨てられたのはしょうがないので、幼馴染の春雛に連絡すると、なんと彼女は家族と一緒にグアムに1週間ほど旅行に出かけてしまっていたらしい。

 携帯電話をいじりながら、適当に友人達に電話するが誰も救助には来てくれそうにない。

 ……もはや万策尽きて、俺はここでひとり孤独死する運命にあるようだ。

 

「ふっ、これも人生か。因果応報、俺の前世、一体どんな悪だったんだか」

 

 俺が諦めかけたその時、俺の目にはかけたくない相手の電話番号が……。

 

『遠藤久遠』

 

 ちょっと待て、俺……久遠に助けを求めるなら死んだ方がマシだ。

 俺は絶望的な心境でこの名前に電話をかけるか悩みまくる。

 久遠に連絡する→アイツに借りを作る→数倍以上にして借りを返す事になる。

 この流れを踏まえた上で久遠に連絡しろ、と?

 

「……げふっ。このままだとマジで死ぬかも」

 

 だが、身体の方は正直者で命優先と番号を押していた。

 しばらくのコールの後、無駄に明るい声が電話越しに響く。

 

『恭ちゃん?どうしたのよ、電話してくるのなんて珍しいじゃない』

 

「……久遠さん、貴方は今、お暇でしょうか?」

 

『ううん、暇じゃないわよ。私は今、BL小説の読書中で忙しいの。何か用事?』

 

 BLボーイズラブ……俺の命の蝋燭はBL小説に消されそうなのか。

 俺は力尽きかけたかすれた声で諦めずに用件を伝える。

 

「暇じゃないか。暇なら今すぐ俺の家に来てくれないか?緊急的事態だ」

 

『面倒だから嫌。“琢磨の指が雅彦の背中に触れて……”ってな感じで朗読してる最中だもん。そんな暇ならない……恭ちゃん?おーい、反応が薄いよ?』

 

 もうダメだ、久遠とバカな話をしていると意識が遠のいていく……。

 

「……●ファリンの半分は愛情でできている、誰の愛情ですか?俺はそんな安っぽい愛など信じない!現実って言うのは家族すら病人に対しても冷たくて……世知辛い世の中だ……えぐっ」

 

 俺は携帯電話を手から離して息絶えそうになっていた。

 もうダメ、ここでお別れだ、どうせ死ぬのなら愛する麗奈の胸の中で死にたかったぜ。

 

『……恭ちゃん?え?何?風邪でもひいてるの?ねぇー?』

 

 遠くで久遠の声が聞こえた気がしたけど、もうどうでもいいや。

 俺は瞳を瞑って天からのお迎えを待ちます。

 我が人生、妄想に妄想を重ねた生き方だったが悔いはない……。

 嘘、めっちゃ悔いあるし……せめて、麗奈に愛されたかったな。

 俺は意識を手放して、永遠とわの旅立ちを迎えそうになっていたのだ。

 

 

 

 

 ……。

 

「……んぅっ……ぁっ……」

 

 ふと、喉に流れ込んでくる水、乾いた身体に水分が行き届く。

 何だ、身体が……すごく楽になっていく。

 俺は薄く目を開くと、女の子の顔が俺の間近に見えた。

 おぉ、ついに俺の目の前に天使さんがやってきたのね、ここは天国?

 天使が俺に柔らかい唇を触れ合わせている、天使のキスのプレゼントか……?

 

「ふぅ……ようやく、目が覚めたみたいね」

 

 ……何か聞き覚えのある声がする、多分、気のせいだ。

 

「おーい、生きてる?恭ちゃん?もうっ、これだけサービスして死んだりしたら許さないから。覚えておきなさい、この借りは高いわよ……こら、起きろー」

 

 その天使の少女はなぜか、悪魔であるはずの久遠の姿をしていた。

 とうとう、俺は頭までやられたようだ、この幻覚だけはマズイって。

 

「本当に……久遠?久遠が来てくれたのか?なぜに久遠が俺にキスを……はいっ、キスだと!?げほっ、な、何で?」

 

 あまりの出来事に目を覚ました俺は戸惑って声を裏返させる。

 久遠は俺の様子に安心したような、呆れたような顔を見せた。

 

「恭ちゃんが死にそうにうめいて、水も飲まないから、口移しで飲ませたの」

 

「な、なんですと。……だが、どうしてだ?」

 

 今日は久遠の背中に小悪魔の羽が天使の羽に見える。

 

「どうして?いきなり人に助け求めて、実際に来て見れば顔色真っ青、汗はびっしょり、それで呻いて苦しそうにしていたら誰だって心配になるわよ」

 

 今日の久遠はとても優しかった、年に数回あるかないかのレアな光景だ。

 

「だ、だからと言って口移しはどうか、と」

 

「何を今さら?キスの回数なんて覚えてないくらいにした仲でしょう」

 

「それとこれとは別問題だろうが……今は、その、違うんだからよ」

 

「違う?今も昔も私は恭ちゃんの“幼馴染”よ。アンタが死にそうなら私は心配するし、下手に死んだりしたらきっと大声で泣くわ。そういう所まで信頼していないわけじゃないでしょう。……私だって、少しくらい恥ずかしさはあるわよ」

 

 久遠に“恥ずかしさ”なんて感情があったとは驚きだ(かなり失礼)。

 

「お腹も空いてるでしょう。待ってなさい、すぐに準備してあげるから」

 

 久遠の意外な優しさを垣間見た気がした。

 新しい氷枕を用意してくれたり、体温計で熱を測ってくれたりもする。

 

「うーん、体温38.5度。微妙なラインね、熱が下がらなければ医者に行った方がいいわ。どうする?まだ様子を見るの?」

 

 体温時計を見て久遠はそう言うとタオルで俺の汗をぬぐってくれる。

 

「あぁ、今日は様子見だ。ダメなら明日にでも病院に行ってくる」

 

 久遠って面倒見のいい子だったんだね、俺はものすごく誤解していた。

 俺は久遠を生まれて初めて幼馴染でよかったと思っていた。

 だけど、俺はその時、正常な判断を出来ない状態だったんだ。

 久遠の料理って今まで1度も食べた事がないのに大丈夫なのかな。

 

「……と、いう危惧をしてたのに意外と美味しい」

 

「失礼な。私、料理を作るのは面倒なだけで苦手なんて一言も言ってないわよ」

 

 彼女が作ってくれた卵メインのおかゆは味付けもしっかりして美味しい。

 何とか復活できた俺は心の底から感謝する。

 

「いやぁ、助かったよ。久遠、本当にありがとう」

 

「感謝しなさいよ。私がここまでアンタのために働いてあげたんだから」

 

 無事に食事を終えた俺は布団から体を半分だけ起こして久遠と会話していた。

 風邪薬も飲んだし、後は効くのを待ってゆっくり休むだけだ。

 

「それにしても、麗奈もこういう時ぐらい面倒を見てあげればいいのに」

 

「うちの義妹はお兄ちゃんに対しては照れがあって、素直じゃないのさ」

 

「間違いなく、恭ちゃんの日頃の行いが悪いせいだけどね」

 

 ちくしょう、何も言い返せないぜ、ぐすっ……。

 

「私もそうよ。自分にとっては妹を愛してるつもりなのに、その愛が伝わらない。兄妹っていうのは本当に複雑よね。伝わらない想いって言うのが悲しいわ」

 

「そうそう……って、お前の所は実妹だろ。うちと一緒にするな」

 

「同じようなものでしょう。ナオちゃんも、もう少し不真面目になればいいのよ。真面目すぎると言うのも考えものね」

 

 全然違うものだと思うのは俺だけだろうか、血の繋がりがあるのは大きい事だと思う。

 

「……昨日は素直に看病してもらったんだ。あの子は本当にいい子だな」

 

「恭ちゃんにはベッタリだもの、羨ましいわ。私にはお姉ちゃんって最近は呼んでもくれないの。ナオちゃんには嫌われてばかりいるわ。信頼関係だけは時間をかけて築くしかないみたいね……」

 

 久遠は苦笑いして俺に言う、信頼とかの問題ならまだマシだ。

 間違いなく、久遠と素直の姉妹の溝は深いし、他の理由も絡んでやがる。

 

「ねぇ、恭ちゃん。私があの子と仲直りしたいと思ったとき、手伝ってくれるわよね。今日の借り、絶対に返してもらうから覚えておいて。忘れたとは言わせないから」

 

「俺に出来る事があれば協力する。素直がどこまでお前に心を開くかは分からないが」

 

 久遠は久遠で色々と悩みを抱えているらしい、たまには弱さも見せろっての。

 

「さて、それよりも汗かいたでしょ。着替えさせてあげるわ。早く脱ぎ脱ぎしましょうね。恭ちゃんの身体をタオルで拭いてあげるから……ふふふっ」

 

 怪しげに笑いながら、久遠が俺のパジャマに手をかける。

 しかも、傍らにおいてあるのはまさか……ざ、座薬!?

 これは非常にマズイ、男としてマズイと思うのでありますよ?

 

「や、やめてくれ、うぁあああ……あーっ!?」

 

 ……その日の屈辱はある意味、忘れがたいものになりました。

 久遠は天使の顔をしてもやっぱり、本物の悪魔だ……。

 あと、座薬だけはマジで勘弁してください……。

 

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