第13回:星に願いを
【SIDE:如月春雛】
私は約束の昼の12時半には駅前に立ってキョウを待っていた。
幼馴染であるキョウとふたりで遊びに行くのは久しぶりかもしれない。
中学校まではそれなりに一緒に遊んでいたけれど、高校になって学科が違うようになってからはあまりふたりっきりでは遊ばなくなった。
デートという響きは好きだけれど、私と彼に当てはまるかと言われれば、どこか違う気がする……。
私と彼との間柄に恋愛感情はなく、どちらかと言えば兄と妹に近いのかもしれない。
「はぁ、はぁ……悪い、遅れた……待たせたな」
彼が姿を見せたのは12時半をほんの少し過ぎた頃。
遅刻した事を責める気はないけど、時間に遅れるなんて珍しいわね。
「キョウ、大丈夫?何か顔色があまりよくないけれど」
「余裕に間に合うと思って家を出たはずが、道が工事中で迂回させられて、全力ダッシュしてきました。遅れて悪かったな。春雛とのデートなんて久しぶりで、楽しみにしていたんだぞ」
至近距離で彼に微笑まれて、私は顔を赤くする。
「調子のいい事を言ってくれるわね。まぁ、いいわ。今日は1日よろしく」
普段はバカな事しか言わない彼だけど、男の子としては十分な美形の顔つきなので、この距離はあまり心臓によくない。
不本意でドキドキさせられながら、私は彼から顔を離す。
「それじゃ、先にこれを渡しておくわ」
私が彼の前に差し出したチケットはプラネタリウムの無料入場チケット。
姉からもらったチケットで、「こういう場所で雰囲気作り、ラブロマンスよね~。星のように距離が縮まる事、間違いなし」とか言われても私に恋人はいない。
けれど、せっかくもらったんだから私は行ってみたかった。
「ふーん、初夏の星空か。プラネタリウムって時期によって上映する星が違うのか」
「当たり前でしょう。そうじゃなければ面白みがないわ」
「それは確かに。では、行きますか」
彼は自然な仕草で私の手を握り締めてくる。
私は驚きながらも、彼は特別意識してるわけじゃないのを雰囲気から感じ取り、そのまま一緒に歩き出す事にした。
こういうのってよくかけるけれど、実際にするとものすごく恥ずかしかった。
キョウにとっては特別なことじゃないんだろうな。
そう思うと、何だか……複雑な気持ちになったんだ。
数十分後、プラネタリウムの中にはいった私たちはちょうど上映が始まる時間だったので、室内にはいった。
頭上をぐるりと覆っているドーム状で、私たちはふたり用の席に座る事にした。
「これってカップル用の席なのか?こういうのもあるんだ」
なんてキョウが言うから私はまたドキドキさせられて。
「そうね。……デートスポットだもの」
「おー、なんかいい感じじゃね?初体験だ、ドキドキ」
口ではそう言ってもキョウは緊張もしてない様子を私に見せる。
彼は普段、感情が表情に出やすいタイプなのですぐに分かる。
……私が相手だと彼は高揚感も抱かないのかもしれない。
私だけが意識させられているみたいじゃない。
私は悔しくなったので自分から彼の身体に寄り添うように、身体をくっつける。
「は、春雛さん?何されてます?
「……さぁ、何をしてるんでしょう?」
「春雛が俺に甘えてる、と理解してもよろしいか?」
「ふふっ。正解」
私は微笑みながら彼に寄り添い続ける。
幼馴染同士とはいえ、たまにはこういうのも悪くはない。
プラネタリウムの上映が始まり、明かりが消されて室内が薄暗くなる。
静かなテンポの曲が流れ始めて、ドームに小さな光が灯りだす。
人工の空を覆う数十万個の星々。
『これから満天の星空をお楽しみください』
そういうナレーションが聞こえてから、星がゆっくりと動き出す。
プラネタリウムなんて子供の時に見たっきりだったけれど。それはとても綺麗な光景だった。
黒い夜空を煌く星の光、小さな輝きが無数に広がる世界。
「……星のひとつひとつが綺麗だな」
キョウが私の傍で小さくそう呟いた。
「うん。満天の星ってこういうのなんだ。東京じゃ、あまり見れないから」
「まぁな。昔さ、祖父ちゃんの家に行ったときに本物の星空を見て、驚いたことがあるんだ。綺麗な星は本当はいつでも夜空に煌いている。初めて、満天の星を見上げたら……何だか自分がものすごくちっぽけな存在に思えた」
「それだけ、すごく大きな世界なんだよね。宇宙って……」
私たちは今、一緒に人工的な光の幻想を見ている。
これと同じように、宇宙には本物の星が数え切れない輝きを放っているのだろう。
私たちはしばらくの間、その幻想に見入られ続けていた。
「たまにはキョウに甘えるのもいいわね」
「……ん、何か言ったか?よく聞こえなかった?」
彼がこちらを見るけれど、私は空に視線を逸らしていた。
気のせい、と思ったんだろうか、彼も再びプラネタリウムを見上げる。
「流れ星ってさ、遠くで見るから綺麗なんだろうな。近くで見ればただの隕石、星の光って神秘的に思えるよ」
キョウが言うように星が流れていく光景はとても神秘的に見える。
私は人工的な流れ星の光に願いを込めてみたくなった。
プラネタリウムを出た後は軽い食事をする。
繁華街にあるファーストフード店でジュースを飲んで喉を潤す。
「すごく楽しかったな。いい感じにリフレッシュできたし」
「そうね。春と夏じゃ見れる星座も違うのね。いろいろとあるのを初めて知ったわ。私、今まであまり星とかって意識したことがなかったかも」
「俺も同じだ。星はいつでもそこにある。だけど、ゆっくりと見上げることがなければただの光でしかない。意識してはじめてそれが星っていう煌きなんだって思う」
今日の私たちはどこか不思議と距離が近い。
人間の関係も同じなのかもしれない。
星と同じように意識しなければ、煌いてるなんて思わない。
それが当たり前という関係。
近すぎて分からない事もある。
「妹の麗奈さんとはどう?最近は仲良く出来ている?」
「微妙だな。こちらは頑張ってるが、相手の反応がいまいちだ」
キョウの義妹、麗奈さんはとても可愛らしい女の子だ。
しかし、性格の折り合いが悪いのか、それともキョウがアレなのか、中々仲良くできていないみたいなの。
「年頃の女の子相手に変な事をしてないでしょうね?」
「そ、そんなことしてナイヨ」
すでに語尾が怪しいのだけども。
キョウの性格からして悪戯とか平気でしてそう。
「……もっと優しくしてあげたらどう?難しい年頃なんだから」
「俺なりに優しくしてもつれないんだ。かろうじて、完全に嫌われてはいないようだけどな」
「昔からキョウは女の子には優しかったもの。必ず、彼女とも仲良くなれるわ」
「その言い方、何か引っかかるな?」
彼は不満げに言うので私は笑って答えてあげた。
「だって、女の子ばかり友達が多くて、男の子の友達が少ないんでしょう?」
「うぐっ……人が気にしている事をズバッと言われると傷つくんですよ」
キョウは女の子には好かれるけど、同性相手には好かれないタイプだ。
実際に男友達は数えるほどしかいないと思う。
そんな話をして時間を過ごしながら、しばらくして店から出る。
「春雛の家まで送っていくよ」
「あら、別にいいわよ?ひとりでもこの時間なら大丈夫」
実際、それは本当に大丈夫とは言えない。
数週間前から私にはストーカーと思われる人物につけまわされているからだ。
時折、私の前に姿を現す彼を見ると怖い。
今はまだ実害がそれほどないので警察にも相談できないし。
そう思っていた帰り道、私はこちらのあとをつける人影に気づく。
後ろを気にする私に気づいたのか、キョウが控えめな声で言う。
「……誰かつけてきているのか?」
「えっと、それは……」
彼に事情を話すべきかを悩んでいると、すでに彼は事情を把握していたらしい。
「ストーカーされているんだろ?久遠から聞いたぞ、俺に相談くらいしてくれ」
「……ごめんなさい。貴方を巻き込みたくなくて」
「あのねぇ、こういう時は男の出番だ。任せろ。次の角で曲がって相手の出方を見るぞ」
頼りになる事を言ってくれる。
不安が少しだけ和らいだ。
私達は歩調を早めて、道の角を曲がり、相手を待ち構えた。
そして、しばらくすると目標の相手が現れる。
“その男”は待ち構えていた事に動揺すらせずにこちらに嫌な笑みを見せる。
「春雛さん、どうして……どうして僕以外の男と一緒にいるんだい?僕が君の隣にいるはずだろう?ねぇ、どうして?」
「……お前が春雛のストーカーか?」
私達の目の前に現れたのはメガネをかけた巨漢。
実際に顔を見たことがなかったけれど、かなり怖い印象を抱く。
「僕の春雛に男がいるなんて許せないんだ。お前、邪魔だよねぇ」
鼻息を荒くさせる男、どうやら私とキョウを恋人だと勘違いしている様子。
危機感を抱く私にキョウはそっと肩に手を置いた。
「マジで変態かよ。下がれ、春雛。こいつは俺がぶちのめす」
「暴力はやめて、キョウ。怪我をしてしまうわ」
「とはいえ、このまま放置はいけないだろ。俺だって、やるときはやる男だ」
彼は私を守ろうとしてくれる。
その気持ちは嬉しいけれど、彼を危険な目に合わせたくはなかった。
「この変態野郎、春雛は俺が守る。ストーカーなんて人間のクズは許さないぜ」
そう言って男に立ち向かうキョウ。
幼い頃から見てきた男の子はいつのまにか成長して男の人になっていたんだ。