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第12回:イチゴ・オレ味のキス

【SIDE:西園寺恭平】


 7月に入り、梅雨の真っ只中、これさえ終われば夏がやってくる。

 朝は目が覚めれば、ちゃんと現実がある。

 

「お兄さん。もう、朝ですよ、起きてください」

 

 優しい声と共に俺の身体が誰かに揺らされる。

 

「ん~、起きるから揺らさないでくれ。ふわぁ……って、麗奈!?」

 

「お兄さん、おはようございます」

 

 目の前に満面の笑みを浮かべて俺の顔を覗き込む麗奈がいた。

 腰にまで届きそうな長くてさらさらな黒い髪をさらに印象付けされる、まるで宝石のように煌く蒼く純粋な瞳に見つめられたら誰もが彼女に恋に落ちるだろう。

 

「お兄さん。いつまで寝てるんですか?」

   

「いや、起きてるけど。おはよう、麗奈」

 

 彼女が俺をこうして起こしてくれるのは何て珍しい事なんだろう。

 それともこれは夢?

 

「おはようございます。由梨さんが起こしてきて欲しいと頼まれました」

 

「そう言うことか。それならば、今度から“お兄様”という呼び方で起こしてくれ」

 

 お兄様、俺は“妹”という奥深い世界にまた新たな世界を見出してしまった。

 

『お兄様、早く起きて。今日は私が朝ごはん作ったんだからね』

 

 おぉ、何だかいつもの会話にも一文字違いで印象的に大きな違いが!?

 

『お兄様は意地悪ね。私を焦らすの、そんなに好き?』

 

 拗ねた表情もかわいらしぞ、えへへ。

 うーむ、我が妹だからこそ、こうも魅力に溢れるのだろうか。

 俺は自分の妄想に悶絶しつつ、冷静な目で俺を見ている妹を見つめる。

 

「もしかして、まだ寝ぼけてます?さっさと起きて欲しいんですけど」

 

「たまに趣向を凝らした起こし方でもして欲しいな、と。優しくて可愛い妹が『お兄様♪』と起こしに来てくれたら理想かな」

 

 俺が笑顔で妹に話しかけると、彼女もにっこりと微笑みながら、

 

「……お兄様。朝御飯が冷めてしまいますのでそろそろ起きてくれませんか?」

 

 妹の手が俺の首を掴み、軽く爪をたてる……く、首が……あれ?

 麗奈のか細い腕にどこにこれだけの力があるのか知らないが、かなり締まってます。

 

「あ、あの、ですね。麗奈さん?な、な、何をしてるのでしょうか?」

 

「お兄様を起こしてるんですよ。早くおきてください。そうじゃないと、いつ起きられるか分からない眠りにつかせてしまいますよ?いいですか?嫌ならさっさと起きてくださいね?」

 

 お兄様と連呼しながら、ギリギリと妹の爪が容赦なく首筋に食い込んでいく。

 こ、これ以上はダメかもしれない……参りました。

 

「わ、わかったから……手を離してください。お願いします、朝から冗談言ってすみません」

 

 俺が降参すると妹は手を離して優しく言う。

 

「……お兄様。わかってくれたらいいんです。お兄様を優しく起こしてあげるのが妹の役目なんですから。ねぇ、お兄様?」

 

 妹が本当に天使に見えました、いろんな意味で。

 マジで危なかった、うぅ、純粋すぎる妹が怖いのです。

 

「お、お兄さんでいいです。変なこと言ってすみませんでした」

 

 麗奈は“お兄さん”と呼んでくれてこそ、妹となんだと思い知らされました。

 俺はご機嫌を損ねた麗奈に平謝りしながら、渋々、起き上がることにした。

 

「ごめんなさい。もう変なことは言わないから許してください」

 

「はっ、それなら初めから言わない事です。くだらない、私はもう行きますよ」

 

 最近になって思うのだが、麗奈って結構ノリはいいかもしれないな。

 何だかんだで呆れながらでも、俺の話に付き合ってくれるし。

 

「案外、俺って嫌われていないのかな」

 

 そんな事を思いながら俺はパジャマから制服に着替え始めた。

 

 

 

 

 学校の昼食後にジュースを買いに購買に向かうと一人の女の子と出会う。

 彼女は大人しそうな雰囲気ながらスタイル抜群、という男の子の目を引く容姿をした大和撫子と言っても過言がない。

 向こうも俺の方に気づいたのか、近づいてくる。

 

「こんにちは、キョウ」

 

「ああ。珍しいな、こんな場所で」

 

 彼女の名前は如月春雛(きさらぎ はるひな)、俺の幼馴染にして親友でもある。

 大和撫子、と言ったが実際に春雛の実家は古くから伝わる大屋敷のお嬢様。

 和風美人の春雛は俺とは小中高と一緒の仲で、高校は学科こそ違うものの、よくこうして学内で会うことが多い。

 

「私は今日は学食だったから。キョウはジュースを買いに来たのね」

 

「ああ。最近、このイチゴ・オレにはまっていてな」

 

 俺達は近くのベンチに座り込んで話す。

 俺は飲みかけの紙パックのイチゴ・オレをテーブルに置いた。

 春雛は興味があるのか、パッケージを眺めている。

 

「美味しいの、これ?私はフルーツ・オレは飲んだ事があるけれど、イチゴ・オレは敬遠気味してきたのよ。甘すぎるって見た目で思って。くわず嫌いというものね」

 

「まぁ、飲まなきゃ分からない、と言う感じ?甘さにクセがあるんだ。飲んでみる?」

 

「それじゃ、少しだけもらうわね」

 

 彼女は俺の飲みかけたジュースに口をつける。

 俺が気恥ずかしいと思うのとは裏腹に春雛は特に気にする様子はない。

 彼女との付き合いの長さは久遠並みだ。

 こういうのも慣れというのかな、うん……ドキドキ。

 

「イチゴって独特の甘さがあって、美味しいかも。でも、確かにクセのある味ね」

 

「まぁな。俺はそのくどい甘さがお気に入りだ」

 

 間接キスしたジュースを受け取り、俺は再びそれに口付ける。

 こういうのは気にしたら、負けな気がする。

 

「ねぇ、キョウ。話は変わるけれど、明日の土曜日は暇かしら?」

 

「明日?別に何も予定はないな。それがどうした?」

 

「それじゃ、私と遊びに行かない?」

 

 春雛が俺を遊びに誘うなんて珍しいことだ。

 見た目大人しいように、あんまり積極的な性格じゃないからな。

 俺は少しだけ驚きながらも彼女に尋ねる。

 

「それって、ふたりって意味か?つまりはデート?」

 

「そう。私とふたりっきりじゃ、嫌かしら?」

 

「そんなわけないだろ。いいぜ、別に。どこに行く?」

 

 俺がそういうと春雛は嬉しそうに微笑んだ。

 

「それじゃ、ホラー系の映画鑑賞なんてどう?話題作でしょ」

 

 その言葉には明らかなからかいが入っている。

 

「……春雛。お前、俺がそういうのが大嫌いだと知ってるだろう」

 

「ええ。以前に私と見に行ったホラー映画ではぶるぶると震えていたわよね。まるで売られていく子犬のようで愛らしいと思ったわ。そのまま私の手を……」

 

「言うな、それ以上は言わないでくれ」

 

 俺は春雛の口を手で押さえつけた。

 あんなつまらない事まで覚えているのか、この撫子は。

 

「変わらないのね、まだ怖いのは苦手?幽霊を信じて、お化けを怖がるキョウのまま?」

 

「お願いだから、それ以上は言わないでくれ」

 

 べ、別に怖かったからって同級生の女の子に抱きしめ、すがりついた記憶なんてこれっぽっちもないんだからね!

 勘違いしちゃダメ……って、俺はツンデレ娘か?

 

「春雛のいじめっ子……」

 

 俺は拗ねるように春雛を見つめると、彼女は俺の手をどけて話を続ける。

 

「ごめんなさい。キョウはバカだから、ついからかいたくなるの。映画じゃなくて、プラネタリウムではどう?姉からペアチケットをもらったから、相手を探していたのが答えよ。こういうのってキョウは好きでしょ」

 

「あぁ、好きだな。星はいいぞ。ロマンがあるんだ」

 

「決まりね、時間は昼の1時、いえ、12時半に駅前に集合。いいかしら?」

 

「オッケー。それじゃ、また明日な」

 

 俺達は待ち合わせ時間を決めてそれぞれ教室に戻る。

 春雛と久々のデートか。

 俺は楽しみにしながら教室に戻ろうとして、立ち止まった。

 いや、立ちどまらなければいけない事態が起きていた。

 

「ふふっ、見ちゃった。恭ちゃんと春雛ちゃんのラブラブツーショット」

 

 にんまりと言った感じの笑みを浮かべる美少女がそこには立っていた。

 俺の幼馴染にして天敵、久遠にマズイ所を見られてしまった。

 

「……さて、帰るか。次は数学だったか」

 

「って、こらこら。私を無視して現実逃避するな、恭ちゃん。少しはかまってよ」

 

「何でしょうか、久遠さん。お兄さんは普通に忙しいのですが」

 

「春雛ちゃんとのデートの準備で?」

 

 ちくしょう、嫌な奴に弱みを握られてしまいましたよ。

 俺は内心舌打ちしながらジュースの自販機にお金を入れる。

 

「さぁ、どうぞ。久遠さん、何が欲しいですか?」

 

「分かってるじゃない、さすが付き合い長いだけはある。“午●の紅茶”が欲しいな」

 

 俺は黙って、彼女に差し出すと彼女は「ありがと」と受け取る。

 これで学園内に情報が伝わるのだけは阻止できただろう、安いものだ。

 

「紅茶って言えば、缶の紅茶ってあんまり美味しくないよね。これは好きだけど」

 

「そうだな。缶はミルクティーとかは結構美味しいけど、確かにレモンティーは何だかな。やはり入れたての方が味わいがある。俺も缶は好きじゃない」

 

「でしょう。風味とか全然違うものね。……で、明日、おふたりはデート?」

 

 ちっ、誤魔化しきれないか。

 俺はあっさりと諦めて彼女に話すことにした。

 付き合いが長いと言うことは相手のこともよく知ると言うことで、素直になるのが一番と言うことが俺にとっては一番の対策だとも知っているからだ。

 

「春雛から誘われたんだよ。俺から誘ったんじゃないぞ」

 

「分かってるわよ。恭ちゃん、忠告と言うか警告しておいてあげる。明日のデートは周囲にも警戒しておいてあげて。何があっても春雛ちゃんを守れるように」

 

 久遠が真面目に言うもんだから拍子抜けしてしまう。

 

「……何だよ、まるで春雛が誰かに狙われているみたいな言い方じゃないか」

 

「そう言う言い方をしたのよ。数日前にあの子から相談受けているの。どうやら、ストーカーっぽいのにあってるらしいの。大変みたいよ」

 

「おいおい、ストーカーっていうのは穏やかじゃないな」

 

 春雛がいかに美人だとは言え、そんな事にあっていたとは想像していなかった。

 真面目なタイプだけど、俺に相談くらいしてくれてもいいだろう。

 

「今回のデートも相手をいぶりだす作戦かもしれない?」

 

「さぁ、春雛ちゃんが恭ちゃんをこの件に巻き込みたくないって感じているはずよ。だけど、不安だからそばにいて欲しいのかもしれない。男の子として、しっかり彼女を守ってあげなさい。いいわね?」

 

「そういう事なら任せてくれ。俺だって春雛の力になりたいんだよ」

 

 久遠は性格は悪いが、何だかんだで俺は信頼をしている相手だ。

 こうして、俺の知らない情報をくれたりするし。

 

「……それともうひとつだけ」

 

「他にもあるのか?」

 

「春雛ちゃんとの間接キッスのお味はどうだったの?」

 

 微笑する久遠に俺は苦笑いを浮かべるしかなかったのだ。

 当たり前だが、イチゴ・オレの甘い味がしたぞ……。

 

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