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第11回:手料理は愛の証

【SIDE:西園寺恭平】


 男にとって女の子の手料理とは、必殺技だと思う。

 時に味が問題で必殺な場合もあるが、料理ひとつで男は嬉しくなる。

 男が女の子に求めるモノの王道。

 料理ができるかできないか、これが1つの決め手になるのも間違いない。

 料理ができれば『お弁当を作ってきたの、えへっ』などという学園イベントも発生するし、不味いなりにも手を傷だらけにして頑張れば、『ごめんっ、料理なんて初めてだから』なんていうしおらしい女の子らしさをアピールもできる。

 優しさという甘さと思い出の苦さ……料理とは実に奥深い。

 さて、夏休みの宿題を友人と一緒にして、家に帰ってきたのが午後5時。

 事件は既にその前からその場所で起きていた。

 

「……なんだ、こ、これは?」

 

 俺は込みあげてくる怒りを抑えるので精一杯。

 目の前の惨状に俺は言葉がない……。

 

「誰だ……誰がやりやがった!許さない、絶対に許さねぇ!!」

 

 俺の聖域、キッチンがむちゃくちゃにされていた。

 小麦粉の飛び散った後、生卵の殻は割ったまま、机の上にはクリーム状のものがへばりつき、流し場には表現できない色の何かが散乱していた。

 こみ上げてくる怒り、怒り、怒り……ひどすぎる、誰がこんなひどい事をした。

 うちの食事は当番制で、母さんと由梨姉さん、俺の3人が分担して行っている。

 3人だけが入る事を許された聖域、キッチン。

 そして、今日の夕食は俺の当番。

 準備をしようとキッチンに入ったらこのざまだ。

 この聖域を無残にも荒らした奴を許してはならない、絶対に!

 

「……ん?何か焦げた匂いがする」

 

 俺はさらなる被害状況を確認しようと使用中らしいオーブンに近づく。

 中からは香ばしいを通り越し、苦々しい匂いを放っている。

 

「ま、まさか、レンジ爆弾ッ!?」

 

 俺はとっさにキッチンテーブルの下に身を潜めた。

 

「……何をしてるんですか?」

 

 キッチンテーブルの下で鍋を頭にかぶった俺に麗奈が突っ込む。

 というか麗奈は今までどこにいた?

 

「麗奈、この惨状を見たか。俺は今、非常に怒っている。我が聖域を荒らしたものがまだこの近くにいるかもしれない。もしも、いたら……」

 

「い、いたら……?」

 

「どうなるかなぁ……ふふふ」

 

「お、お兄さん。顔が普通に怖いです」

 

 この怒りはただですますわけにはいかない。

 麗奈はなぜか後ろに下がりながら、上擦った声で言う。

 

「わ、私、用事がありますので失礼しますね」

 

「ああ。俺は、犯人探しでもするよ。さぁて、どうしようかな」

 

 探しでもするか、そう言おうとしていたら、

 

「ただいま、麗奈ちゃん。追加の小麦粉と卵を買ってきたわよ」

 

 由梨姉さんの明るい声、麗奈の落胆する表情……すべてが1つに繋がる。

 

「……まさか、まさか貴方が犯人だったなんて」

 

「え?何の話?弟クン?」

 

「この悲惨な事件を起こした犯人に告ぐ。言葉にできないお仕置きをされたくなければ素直に自首をしなさい」


 俺はソファーでくつろいでいた子猫のノゾミにそう問いかける。

 

「にゃー?」

 

 犯人はこのノゾミに違いない、このぷにっとした肉球があの惨状を引き起こしたのだ。

 

「ノゾミ、お前って奴は……なんてことを……」

 

 こんなに可愛くて無垢な容姿をしておきながら、やる事がひどすぎる。

 

「……自首しろ、ノゾミ。実家の母さんが泣いて、もとい、鳴いてるぞ」

 

 俺は子猫の前足を掴んで真剣に語りかける。

 

「弟クン。ノゾミちゃんに話しかけてるところ悪いんだけど」

 

「止めるな、由梨姉さん。しつけとは心を鬼にするところから始まるんだ」

 

 例え、その無垢なる瞳が俺の胸に突き刺さっても、俺は……俺は……。

 

「……ごめんなさい、お兄さん。私が……私がやりました」

 

「へ?麗奈?何を言ってるんだ?」

 

 なぜか麗奈が俺に頭をさげて謝ってくる。

 しかも、何だか泣きそうな顔をしているよ。

 誰がそんな顔をさせてる……俺ですの?

 

「私のせいなんです。あとでちゃんと片付けますから許してください」

 

「今、私が麗奈ちゃんに料理を教えている途中なの。だから、弟クンが怒ることは全く持ってない。……ノゾミちゃんも事実無根の無実だから」

 

 俺は怒りがすっかりと冷めて、素直に「ごめんな、ノゾミ」と謝罪する。

 麗奈ならばしょうがない、俺はそんなに心の狭い男ではないのだ。

 俺は結局失敗したらしい料理の残骸の処理を手伝いながら、

 

「この惨状から察するに、シュークリームでも作ろうとしているのか?」

 

「大正解。ちょっと初心者には難しいだろうけどね」

 

「私も女の子ですから、料理を教えてもらう事は大事だと思いました」

 

 なるほど、それなら俺が教えてあげるのに、手取り足取り、腰とりさ(深い意味はない)。

 エプロン姿の麗奈に妄想が悶々と湧き上がる。

 

『きゃっ!……お兄ちゃん、見ちゃダメだよ』

 

 それは伝説の奥義、はだか……これ以上は何か妄想しちゃダメな気がした。

 兄として……だが、男としての俺が妄想を止められない。

 

『あ、それは食べちゃダメだって言ってるのに……もうっ』

 

 最愛の麗奈が照れながら料理を作る後ろ姿に思わずグッとくる。

 麗奈のエプロン姿って絵になるよなぁ。

 ……あれ、何か忘れてないか、俺。

 

「ああッ!?麗奈よ、最強装備のメイド服はどうしたんだ?アレなしに料理するなんてありえない」

 

 料理と言えばエプロン姿、だがしかし、ここはあえてメイド服を着て欲しい。

 

「次は卵を割って入れるんですね。小麦と卵っと」

 

「――完全スルー!?」

 

 うぅ、かまってよぉ。

 かまってくれないとお兄ちゃん、拗ねちゃいますよ?

 

「だからシュー生地は手早く作っちゃわないとしぼんじゃうんだよね」

 

「……こ、こうですか?」

 

 変な事を言っても相手にしてもらえないのでふたりの姿を黙ってみる事に。

 シュークリームの生地で失敗する理由はシューが冷めてしまい、しぼんでしまうという事が一番大きい。

 また、焼いた後に蒸気を逃がすのがポイントなのだが、早すぎればせっかく膨らんだシュー生地がしぼんでしまう。

 ちなみに、俺が過去にシュークリームを作ろうとしたら、なぜか爆発しました。

 

「いいわ、今回は上手くいきそうね」

 

 美味しいシュークリームを作ろうと奮闘する麗奈。

 まぁ、器用な子ではあるので、卵を混ぜたり、小麦粉をこねる手際はいい。

 シューが大丈夫なら、問題はカスタードの味付けか。

 

「……唐辛子味だけは本気で勘弁な」

 

「そこ、うるさいから出ていくか、ノゾミと遊ぶなりしていてください」

 

「毒見係はちゃんと弟クンにさせてあげるからね♪」

 

 ……それ、微妙すぎです。

 俺はすべてを姉さんに任せて、暇そうにしていたノゾミと遊ぶ事にした。

 

 

 

  

 数十分後、目の前には美味しそうに見えるシュークリームが置かれている。

 

「美味しそう……だな」

 

「ええ。まぁ、何とか形に出来ましたから」

 

「これって俺が食べて良いのか?」

 

「良いに決まってるじゃない。だって麗奈ちゃんが弟クンのために作ったんだから」

 

 ……き、奇跡が起きたのか?

 あの麗奈が、俺のために、俺だけのために料理が上手くなりたかった?

 生きていて本当によかった……ありがとう、神様。

 俺は心で感涙を流しながら、そのシュークリームに手を触れた。

 

「……ん?」

 

 しかし、よく考えてみろ、俺。

 こういう展開で痛い目にあうというのはお約束ではないか?

 石橋を叩いて、叩いて、叩き壊すぐらいの慎重さが必要だろう。

 

「……恭平お兄さん?食べてくれないんですか?」

 

 だが、麗奈の手作りシュークリームを食べないわけにもいかない。

 ここは……勇気を持って、兄として、決断するべきだ。

 

「いただきます!!」

 

 俺は自己保身より麗奈の愛を選んだ、彼女の愛に勝るものはない。

 不退転、玉砕覚悟の攻撃を開始せよ、アタック開始……ゴーゴー、俺。

 カプッとシュークリームをかじると口に広がるのはカスタードクリームの甘さ。

 バニラのいい香りと味がする、エッセンスかビーンズが入ってるのか。

 クリームは特別甘すぎることもなく、ちゃんとシューも焼けているし、洋菓子店で売ってるものと差はない、とても美味しいシュークリームだ。

 

「美味い、美味いよ。今まで食ったシュークリームで一番美味しいぞ」

 

 やるじゃないか、麗奈……お兄ちゃんはとても満足してます。

 俺がそう褒めると麗奈は苦笑いしながら、

 

「そうでしょうね、それは私が作ったんじゃないですし」

 

「――え?」

 

「ありがと、弟クン。そんなに褒められるとお姉さんも照れるなぁ」

 

 顔を赤くして照れる姉さん、何で貴方が照れてるの?

 まさか……誤爆ッ!?

 ……ということは、もしかしてラスボスはまだ……姿を現していなかった?

 

「これが麗奈ちゃん、特製のシュークリームよ」

 

 姉さんが俺に差し出したのは……えっと……ナンデスカコレ?

 生地はベチャッとしているうえにクリームらしきものと混じり、かなり不味そうな……そう、例えるならまだ焼いてないシュークリームと言ってもいい。

 あまりのドロドロ具合に思わずひいてしまう……。

 

「えっと……見た目が悪いですから。食べないでいいです」

 

「いえ、そのですね……見た目がどうこうというよりもこれは……」

 

 俺の脳内に警鈴が目覚まし時計並に激しく鳴り響いている。

 これは……どうすればいいんですか?

 俺のそんな顔に、不安そうにうつむく麗奈。

 食べるべきか、食べないべきか……。

 

「イタダキマス!」

 

 だって、食べないわけにはいかないじゃないか。

 俺のために麗奈が一生懸命作ってくれたんだから。

 シュークリームもどきは、クリームの甘さとシューの苦さ、さらにはバニラエッセンスを味付けと間違えたのか、かなりバニラの味がきつい(エッセンスは香り付け)。

 それらが交じり合ってひとつのハーモニーを生み、とんでもなく不思議な味がする。

 

『お兄ちゃんに愛を込めたの……た・べ・てっ』

 

 麗奈の愛がここにあるんだ、頑張れ……ぐふっ。

 でも、なんとか頑張って、かろうじて完食した俺は麗奈に言う。

 

「今度さ、俺も教えてあげるから。一緒に料理しようぜ」

 

「……はい。次は頑張ります」

 

 俺は不味いとも美味しいともあえて言わない。

 それを麗奈が望んでいるとは思えなかったから。

 ただ食べてくれるだけでもいい、そういう麗奈の表情に俺は……。

 

「食べてくれてありがとうございました」

 

 そう一言だけ礼を言うと、彼女も小さく頷いた。

 俺達はそれだけで心が通じ合っている、なんか嬉しい。

 

「さすが私の弟クン。心配せずとも……まだこれだけあるからね」

 

 由梨姉さんの言葉と共に新たな皿が追加される。

 その皿に乗っている物体の数、約10個程度……未確認スイーツの襲来だ。

 人体に影響を与えそうなほどの破壊力抜群な物体、どうする、どうするよ?

 

「……シュークリームのシューはキャベツって意味らしいよ」

 

 その日、俺はアメーバー状の未確認物体に襲われる夢を見た。

 しばらくシュークリーム(もどき)は食べたくないです……ガクッ。

 

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